本日3度目の起床。
体温計が鳴るまでの間は、今日の学校のことについて考えていた。予習はしてるものの、休んだ分の遅れは変わらない。誰かにノートを見せてもらいたいのだが、すぐに思い浮かぶ御行はクラスが違う。
(早坂に頼めば見せてくれるだろうけど)
頼んでもいいものかと頭を悩ませた。最近不定期で早坂と一緒に放課後を過ごしているが、それはあくまで早坂の仕事の関係だ。監視しないといけない彼女の立場を考慮し、大人しくそれに協力している。下手に自分から動いてしまうと、面倒な方向へと自体が進んでしまいかねない。主に親のせいで。
さて困った。ノートを借りるという行為は、主に友人間で行われる行為だ。唯一の友人が他クラス。次点で協力を仰げそうな人物への接触は控えないといけない。
その次の候補がいない。
(あれか? 早坂にノートの写メ送ってもらえばいいのか?)
最も現実的な作戦だった。
だがしかし、彼は気づいていないことがある。彼は例外を除けば、誰が相手でも同じ距離感を保つ人間なのだが、これはあくまでも
実際に、光上晶という人間は、大半の人間から一定以上の好評を得ている。秀知院学園という箱庭で育った仲。体が弱い彼のことは周知の事実。協力を惜しまない人もクラスに多い。
「古典だとお前の方がノート取るの上手いよな」
「数Ⅲはあたしが担当するね~」
「英語は僕が受け持つよ」
朝のSHRではこんな会話が繰り広げられ、放課後に纏めて光上にノートの写真を送ることが決められている。光上は白銀家にいるのだから、そんな事が起きているとは知る由もない。
『ピピピッ! ピピピッ!』
体温計が鳴った。何度まで熱が引いたか確認し、微妙な顔をする。
「37.8℃。まだ熱あるな」
彼の平熱は36.3℃。微妙に低い平熱と言える。その状態からプラス1.5℃。最初に比べれば良いペースで下がっているものの、まだまだ熱がある状態。
極力白銀家には迷惑をかけたくない。動けるようになったら自宅へと戻りたいものの、それはまだ叶いそうにない。
「今何時だろ」
寝転んだまま首を動かし、時計がどこにあるか探してみる。今の視点からでは見つかる場所に時計が無く、体を起こそうとしたころでタイミングよくブラインドカーテンが開いた。様子を見るようにそっと覗き込んできたのは、この部屋の主たる圭だった。彼女は光上が起きてることに気づくと、僅かに目を見開いた。
「起きてたんですね」
「ついさっき起きたところだけどね」
「熱は計りました? 体温計が近くにあったと思うんですけど」
「うん計ったよ。37.8℃。まだ少し休む必要があるかな」
「ひとまずは、熱が少し下がったことと、ここで帰ると言われなかったことに一安心です」
「あはは……、無理はしないって約束したからね」
ほっと胸を撫で下ろす圭に、光上も苦笑いを浮かべた。約束がなければ自宅に帰ると言っていただろうと、自分でも思っているからだ。光上の行動に対しての圭の予測が、油断ならないほどに精度を増してきている。未だに勘違いしたままなのに。
「あ、飲み物お渡ししますね。それとお昼ご飯も持ってきます」
「やっぱりお昼の時間?」
「今は2時前ですけどね」
思いの外寝ていたようで、綺麗な笑顔とともに告げられた時間に言葉を詰まらせる。いくら体が弱っているからと言って、他人の家でこれだけ寝られていることに驚いた。頭が回っておらず、緊張を感じてる余裕もなかったからなのだが。
部屋を出た圭が、スポーツドリンクを片手に戻ってきた。先に水分を摂取してほしいのだ。未開封の新品なわけだが、これは家にあったのだろうか。もし買いに行っていたのだとしたら、申し訳ないなと思う気持ちが強くなる。
「しっかり水分を取ってくださいね。お昼ご飯はお粥にします。しばらくお待ちください」
「何から何までごめんね」
「いいんですよ。こういう時はお互い様ですから」
「……ありがとう白銀さん」
「どういたしまして」
部屋と台所を行ったり来たりしている圭だったが、これはこれで彼女にとって都合のいい移動だった。
(光上さんが私の部屋にいるのが、自分の部屋なのにドキドキする……!)
部屋を使わせてもらっている
様子を見るために部屋を訪れる
なぜか彼女の中では、光上の部屋を訪れている気分になっていたのだ。
中等部で過ごす自分とほぼ同じ状態を演じていて、2度目に抜かりはないと思っていた。しかし、その余裕が生まれたことによって、余計な妄想が彼女の
「彼起きたのか」
「パパいたの? 仕事は?」
「
「……ほんとだ」
「眼中にないパパ。これがパパイヤ」
「しんで」
あまりにも寒いことを言われ、刺々しい言葉が飛び出す。兄に対しては何度か言っていることだが、この日とうとう父親にまで言ってしまった。その事に罪悪感を抱くも、ここでプライドが壁となって素直に謝れない。無言で光上のためのお粥を作る。
娘が反抗期に入ったことなど父も把握している。とうとう言われちゃったなぐらいの気持ちで、そこまでのダメージはない。じーっと横顔を覗き込み、娘の気持ちをある程度汲み取れているのも大きい。洗濯物も一緒には洗いたくないという
「なにしてんのパパ」
「娘の恋路について少々」
「なっ! こ、こいじって!」
「彼が好きなのは見れば丸わかりだ」
「ーーっ、パパが反対しても関係ないから」
「いやむしろ俺は全力で応援するけど」
その言葉にハッと驚き、父の方へと振り向く。相変わらず何を考えてるのか分からない顔だ。
圭は反対されることを警戒していた。身の丈に合わない恋だと自覚している。彼は秀知院学園の理事長の息子。将来その座に就くことが決まっている。それに対して彼女は一般人。一般人の中でも、父親の職業が不定の父子家庭。少しでも家庭を支えようと新聞配達のバイトを中学生ながらに行っている。
家の格式で言えば何一つ釣り合わない。身を滅ぼす恋だと言われて止められると思ってた。
「玉の輿じゃん」
絶句した。
たしかにそうではあるのだけど。客観的に見れば玉の輿を狙っている女ではあるけども。
父親がそこを理由に全力応援を宣言するのはどうなのだろうか。
感謝しかけた気持ちが消え失せる。今朝の兄と似たパターン。
「圭が本気で好きなのは伝わってる。娘の本気の恋を邪魔する理由なんて親が持ち合わせるわけないだろ。諦めずに掴み取ればいい」
「パパ……」
尊敬できるところが全然ない父親だけど、この時ばかりは父親の姿がカッコイイと思った。こういうところを母親は好きになったのかなと頭に過ぎる。
思わぬ後押しだった。そして、身内からの、家族からの後押しであるからこそとても心強い。すっと体の内側に一本の柱が現れた。心を支えてくれる柱。とても太く、しっかりと立っている。
「孫を見られるのが楽しみだな」
「どんだけ先の話!?」
やはり父は父だった。
出来上がったお粥を持って部屋へと入る。彼に渡していたスポーツドリンクは半分ほど減っており、ちゃんと水分を取っていることがよくわかった。
お盆に乗せたお粥を零さないように気をつけながら、彼の側で腰を下ろす。小さなテーブルでもあればよかったのだが、生憎とそれは部屋にない。圭は左腕の肘から先でお盆を支え、右手でスプーンを持つ。体を起こした光上は、彼女のその行動に疑問を浮かべた。
「白銀さん?」
「光上さんの熱はまだ高いですから。私が補助します」
「これはさすがに恥ずかしいというか、食べるくらいならできるというか」
「ご迷惑でしたか?」
シュンと眉を下げられる。その落ち込んだ様子を見せられると折れるしかなく、光上は圭にお願いする形となった。
(計画通り)
あざとさを身に着けた圭だった。
彼からの許可を貰い、これで合法的に食べさせることができる。機嫌をよくした彼女はスプーンでお粥を掬い、彼の口へと運んでいく。
この時になって彼女は、これが
スプーンを持つ手が小さく震え、彼の口へと無事に運べた瞬間に思わず目を強く瞑る。スプーンを彼の口から退かさなければ彼も咀嚼できないというのに、彼女は羞恥に堪えていてそれどころじゃない。
手で知らせてもいいのだろうが、彼女の片手はお盆を支えている。下手に刺激を与えるとたちまちお粥を溢してしまうだろう。そうして待つこと数十秒。ようやく圭はスプーンを退けてなかったことに気づき、謝りながら慌てて引っこ抜いた。その際にスプーンが歯を襲撃。痛みこそなかったものの、味どころの話でもなかった。
「すみません……。つ、次いきますね!」
「白銀さんこれそんな気合を入れることじゃないと思うな!」
やらかしはしたものの、これでも秀知院学園に通う才女。2度目からはスムーズに食べさせることができた。
「お味はどうですか?」
「んっ。正直言うと、緊張してて味がそこまで分からない」
「そ、そうですか」
「だから、もう少し食べたら慣れてわかると思う」
そう言われてまた圭に緊張が走る。お粥は彼女の手作りだ。簡単なものだとしても、光上を想って作ったことに変わりない。その味の評価が気にならないわけがない。
光上は生活レベルが格段に違う。富裕層の人間だ。その舌が肥えてるのも当たり前。果たしてそんな人間に、ザ庶民である圭の手料理は響くのだろうか。
緊張を抑え、静かにお粥を差し出す。それを彼が食べ、軽く咀嚼してから嚥下する。光上はしっかり味わおうと目を閉じて集中した。
「美味しい」
「ほんとう、ですか?」
「うん。これ白銀さんが作ったの?」
「はい。と言ってもお粥は簡単なものですし、料理と言うには少し……」
「ううん。そんなの関係ないよ。作ってくれてありがとう。本当に美味しいよ」
「ありがとうございます!」
我慢などできず。彼女は満開の花を咲かせた。
それは見る者も笑顔にさせるほど無邪気で。
見た者が視線を逸らせぬほど美しい花だった。
本日4度目の起床。白銀家では3度目の起床。
もう夕方になっていて、日もだいぶ傾いている。
まだだるさを感じるものの、体の調子も大分良くなった。これなら自力での帰宅もできる。そう思い、体を起こそうとしたところで、胸の上に何やら重さを感じる。頭を上げてそこを見ると、圭が凭れかかるように寝息を立てていた。
「もう少し寝させてやってくれ。朝から気苦労が続いてたんだ」
「もちろんそうします。……何かお礼を考えないといけませんね」
「何にするかは君のセンス次第だ」
「ハードル上げてきますね」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
いきなりのはぐらかし。御行から父親がどういう人かはある程度聞いていたし、その言葉の出処にも心当たりがあった。
「週刊誌読んでます?」
「あれわりと好きでね。仕事の時でも使える」
「相手がストレスでやられるのでやめてあげてください」
白銀父との話もそこそこに、可愛らしい寝顔を見せる圭に視線を移す。そして静かに寝息を立てている圭に、心から感謝した。今日は世話になりっぱなしだ。この華奢な少女に報いらねば。
部屋の壁にもたれかかり、腕を組んで話しかけてくる白銀父。そんな格好の理由はただ一つ。
──こんな感じの大人ってカッコよさげに見えるから
これだけである。
光上の反応も大したものではなかったために、早々にそれをやめるわけだが。彼が起きる30分ほど前からスタンバイしてたのは大人の秘密である。
「圭と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、感謝するのはこちらですよ。彼女と出会った時も助けられましたから」
「いや本当にな」
悪意があって相手を翻弄するような言動を取っているわけじゃない。この父親は単純に楽しんでいるだけだ。人付き合いの経験からそれが素なのだと理解し、今頃生徒会の仕事に追われているであろう御行の苦労も察する。
そう考えていると、白銀父はおもむろにスマホを取り出して操作。それを終えた画面を光上に見えるように近寄った。
「よく撮れてると思わないか?
「…………撮ってたんですか?」
「無音カメラは便利だよ」
「娘さんに怒られても知りませんよ!」
見せられた画面には、光上が圭に食べさせてもらってる写真が映っていた。それも1枚ではない。パターンの違う写真がこれでもかとフォルダの中に保存されていた。
「って、ここ白銀さんの部屋!?」
「すっごい今更だな。なんだ思春期か」
「この年の人はみんな思春期ですよ! ……もしかして布団も?」
もしそうだったら圭になんて言おう。ぐるぐると悩みが渦巻き、いい答えが出てこない。彼女が普段使ってる布団を使ってしまっている。しかも高熱だったんだ。寝汗も相当かいている。そう思うと、間に布団があるとはいえ、彼女が上に凭れて寝ているのも申し訳ない。割合的には恥ずかしさと半々だ。
「安心しろ。その布団は圭のじゃない」
「あ、そうですか。安心しました」
「妻のだ」
「安心を返してもらっていいですかね!!」
「圭が起きるだろ。静かに」
妻が帰ってくる可能性は限りなく0に近い。それでも一応残せるものは残している。こんな感じで、来客者用に使えなくもないのだから。
そんな事よりも、と白銀父は話を区切る。光上に聞かないといけないことがあったのだ。圭が眠っているこの間に。
愛娘である圭のことをどう思っているか、
「君、何か病気抱えてるね?」
「……」
触診した時に気づいたこと。
それを問うておきたかった。
修学旅行編について
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漫画出るまで修学旅行編待機
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18巻の内容までならOK
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ネタバレ気にしないから更新続行