あと1話分は書き溜めがあります。
戦争を始める正当な理由は、要するにただ、正当な理由を持つことさ!
―――― T・H・ホワイト
人身事故だか車両点検の為だか知らないが、乗り継ぎ電車が予定時刻より大幅に遅れた所為で、新学期早々にも関わらず遅刻確定で学校に到着し、立番していた今週の風紀の担当教諭に理不尽なお小言を少しだけ言われて、早足で自分の教室であるCクラスに向かったのだが、辿り着いてみれば教室内が随分と騒がしいことになっていた。
教室の後ろの扉を開けて中に入り、既にクラスメイト全員が揃っているのが確認できたのだが、クラス内は何故か異常に険悪で怒気に包まれた雰囲気が漂い、クラス代表である小山 友香さんが何やらヒステリックに叫んでいる。
「なんかあったの?」
近場の比較的親しい関係のクラスメイトに状況を伺ってみると、どうも自分が教室に来る少し前にAクラスの木下 優子さんがやって来て、Cクラスに対する罵詈雑言を散々言い散らかし、宣戦布告とも受け取れる発言をして帰ったのだそうだ。
「それで、小山さんがあんなにキレてるのか……」
クラスメイトになってまだ日も浅いが、何度かした会話や多少聞き齧っていた彼女の性格に関する噂から、相応に気の強い性格なのが大体想像出来てしまう小山さんのことだ、直接対峙して木下さんと遣り取りしたなら、散々自分達のことを扱き下ろされて腹に据えかねていることだろう。
しかし、あの木下さんが喧嘩を売ってきたなんて……本当だろうか?
「戦争よ!! Fクラスなんかより、あの高慢ちきな女がいるAクラスを今すぐ叩き潰すのよ!!」
物凄い勢いで、今にも教室から勇み足で飛び出していきそうな小山さん。それに追従して気炎を上げているクラスメイト達。
それにしても、『戦争』……か。
この文月学園には世間一般の学校には存在し得ない特殊なシステム――――テストの点数を戦闘力に反映させた召喚獣なるモノを召喚して戦わせる、試験召喚戦争(略して、試召戦争)等というどこぞのアニメや漫画じみた独特のシステムが存在するが、小山さんが言っている『戦争』もその試召戦争のことだろう。傍目には、本気で普通の銃火が飛び交う戦争をしそうな雰囲気でもあるが。
正直、自分と周囲との温度差がありすぎて困惑している。
体調不良による早退と言う名目で、今すぐこの場から逃げ出したらダメだろうか? そんな思考が脳裏を掠める。
「――――藍坂君っ!!」
試召戦争の準備を始めるよう、周囲のクラスメイト達に矢継ぎ早に指示を出していた小山さんだが、突然、目を吊り上げた羅刹女のような形相でこちらに向かってくる。小さい子供や気の弱い人が直視したら泣くかもしれないな。
「……何?」
折角、顔立ち自体は結構綺麗なのに勿体無い……と、頭の片隅で考えながらも、小山さんの纏った穏やかならざる空気に、思わず及び腰な態勢で応対する。
「以前した、私との会話を覚えてる?」
以前?
「……あぁ。一昨日、DクラスがFクラスに負けた後の……」
確か、こんな感じだったような――――――――
二時限目の授業が終了した後の休み時間。
「藍坂君、ちょっといいかしら?」
自席に着いて次の授業の準備をしていたら、不意に声を掛けられて振り向いてみれば、Cクラスの代表である小山さんが立っていた。
「え~と、何か用?」
「少し相談事があるの。――昨日、DクラスがFクラス相手に試召戦争で負けたのは知ってるわよね?」
斜め後ろに立っていた小山さんは、回り込んで横の空いていた席に座ると、知的なクラス長然とした表情で話してくる。
「……知ってるけど」
Dクラスには知り合いも前年度からの友人もいる。個人的に気になることもあったから、それとなく気に掛けてはいたので、昨日の夜の時点で既にDクラス敗北の情報は入手していた。
「それで、今後のことも考えて、うちのクラスの戦力の把握と試召戦争をする時の役割を決めておきたいのよ」
こちらが情報を得ていることを、おそらく小山さんは承知していたのだろう。表情も口調も変えず、澱みなく話を進めていく。
「それで?」
「私が集めた情報では、何故かFクラスにはあの姫路さんがいるらしいわ。まさか、Fクラスがうちに攻めて来るとは思えないけれど、Dクラスを倒して勢いづいている可能性もある」
小山さんの見解には異議があった。
僕が昨日聞いた話では、FクラスはAクラス攻略を見越しているらしいから、うちのクラスやBクラスに攻めてくる可能性は大いにあった。
その情報を言うべきかどうか言い淀んでいる内に、小山さんは間断なく話を続ける。
「Fクラスと戦うことになったとしても、その他大勢のFクラスの生徒程度なら問題はないわ。基本的に、うちのクラスが地力で負けることはまず有り得ないでしょう。……だけど、Aクラストップレベルの実力を持つ姫路さんだけは怖い。だから、姫路さんが出てきた時は、藍坂君に彼女の相手をしてもらいたいのよ」
「……どうして? 知ってるとは思うけど、僕はこのクラス内では上の方の成績とは言え、それでもAクラスどころかクラス代表の小山さんにも劣る成績だよ。……普通に考えて、Aクラストップレベルの姫路さんに勝てるとは到底思えない」
「総合点や殆どの教科ならそうね。でも、特定の教科なら別でしょ?」
「…………」
「歴史……特に世界史に関しては、あなたは学年トップレベルだった筈よね?」
急に表情を変転させ、意味深で意地の悪い表情で僕の顔を覗き込むようにして見る小山さん。少しだけニヤついたようにも見えるその顔は、『不思議の国のアリス』に登場する、チシャ猫みたいな表情だなと思った。
正直、あまりイイ気分にはなれない類の表情と視線だった。
「そうだとしても。申し訳ないけど、僕は協力するつもりは殆どないんだ。ハッキリ言って、試召戦争自体にも然程興味がないし」
「クラスの為に協力出来ない? 随分とワガママで自分勝手ね」
「クラスの皆が本当に困っているなら、勿論その時はクラスメイトとして出来る限り助けに入りたいとは思ってるよ。……でも、小山さんは思ってないでしょ?」
「思ってない? 何がかしら?」
僕の微妙な言い回しに怪訝な表情になる小山さん。
そんな小山さんに対して、少しだけ声のトーンを抑えて、僕は思っていたことをハッキリと言うことにする。
「『クラスの為』なんてことを、内心で全然考えてないでしょ? 小山さんは」
瞬間、目の前の少女が頬を引き攣らせたのが分かった。
「……どう言う意味かしら?」
瞬時に鋭い目付きと表情に変貌した小山さんが、僕同様にトーンを抑えた声で問い返してくる。冷淡で威嚇するような声。
「覗き見するつもりは無かったんだけど、今朝のホームルーム前に偶然見かけたんだ」
本当に偶然だった。渡り廊下から外を見下ろした先に見えたのだ。
「小山さん、Bクラスの代表の……根本君と校舎裏で何か話してたでしょ?」
「……だから何? 藍坂君は知らなかったかもしれないけどね、私と根本君は付き合ってるのよ。彼氏と彼女が一緒にいるのに、一体なんの不自然があるのかしら?」
一瞬、目を細めた小山さんは、即座に表情を繕って僕の指摘を受け流す。しかし、小山さんはあの根本君と恋人関係だったのか。ちょっと予想外の答えだな。
「へ~、そうなんだ」
「そうよ、だか――――」
「じゃあ、益々『クラスの為』っていうのは嘘っぽく聞こえるんだけど」
小山さんの言葉を遮って、僕は更に言葉を続ける(場の主導権を小山さんに持って行かれない為だ)。
「去年に何度か合同授業で一緒になったけど、根本君は他人の為に何かを進んでするタイプじゃない。言い方は悪いし、僕自身も大概で人のことは言えないところはあるけれど、結構自分勝手な性格だよね? 小山さんが根本君のあの性格を知らないとは思えないから、その辺を承知で根本君と付き合っているだとしたら、そんな小山さんが、『クラスの為』なんて愁傷なことを本気で考えてるの?」
「…………」
「まぁ、これは僕の勝手な憶測だから、特に何かしらの確証があって言ってるわけじゃないし、だからどうなんだって話でもあるんだけどね。……何はともあれ言えることは、僕は試召戦争に積極的に参加するつもりはないからってこと」
「……藍坂君って、見た目の印象と違って、随分と性格が悪かったのね。覚えておくわ」
どこか呆れも含んだ苛立ち顔で言い放つ小山さんだけど、僕は今までどんな見た目の印象を持たれていたんだろうか? あぁ、あれか。どこにでも居そうな軟弱そうな『クラスメイトその1』とかか。
「……僕自身としては普通だと思うんだけどね。それに、本当にクラスの大事になった時はちゃんと協力するから。その証拠として、クラスメイトとしてひとつだけ耳寄りな情報提供をするよ」
流石に、このまま言いっ放しなだけで何もしないのは気が引けるし。
「何かしら?」
「Dクラスの友達に聞いた話だと、FクラスはAクラス打倒が最終目標らしいよ」
「それ、本当?」