僕と彼女と純情恋心【ヴァージンハート】   作:炉心

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Q2:敗色濃厚

 

 

 我々の目的が何かと言えば、一言で答えられる。勝利だ。

                            ―――― W・チャーチル

 

 

 

 Aクラス対Cクラスの試召戦争の火蓋が切って落とされた。

 

 とは言っても、お互いの戦力差は傍目にも歴然で、実際のところは九割九分九厘くらい敗北が確定しているような戦いなのだけど。

 

 ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルは、陥落の際に自戦力の10倍以上の推算10万にも及ぶメフメット2世のオスマン軍勢に包囲されたと聞くけど、個人的な心持ちではそれくらいの圧倒的戦力差があるようにも思える。

 

「予想通りの……劣勢か」

 

 開戦から大凡三時間近くが経過し、Cクラスの戦力は既に開戦時の半数近くを失った状況だった。

 

 どうやら小山さんは、策略や策謀を巡らせる狡猾さはあっても、戦略や戦術といった実地面で必要となる事柄に対しては頭が上手に働くタイプではないようで、結果的に正攻法での攻防(基本的に教室が隣同士だから、あんまり奇を衒った作戦は立案しようがないけど)となれば、自ずと戦況の行く末も見えてくる。彼女が対Fクラス戦を見越した時に自ら言った台詞ではあるが、地力云々では下位のクラスでは上位にクラス相手にはまず勝ち目がないのだ。

 

 因みに僕自身は、開戦の申し込みの使者(一昨日の会話をネタに押し付けられた)としてAクラスに赴き、多数の敵意の視線に晒されながらも、去年同じクラスだった学年次席の久保君の取りなしによって運良く事なきを得て、Cクラスに無事生還し、その後は小山さんからの指示で得意科目の世界史と日本史の戦力強化を含めた再テストを受けていた(振り分け試験の時の点数が、あまり良い出来ではなかったと言った為だ)。

 

 ここで人生の格言をひとつ。『人付き合いは大切』、これは間違いなく真理だと思う。

 

「日本史はまぁまぁの出来だったけど、世界史は自己新記録達成か」

 

 こんな状況にも関わらず何故が解答の調子が良かった為、世界史で初の大台突破をしてしまった。確か、特典で特殊な能力が使用可能になるんだっけ? 一応、確認しておくべきだろうか。

 

 因みに現在は、Aクラス対Cクラス戦の主戦場となっている新校舎から離れ、散発的に発生している戦闘を回避する為にも迂回ルートを取って旧校舎側の階段を進みつつ、注意と警戒と防備が多少は手薄になっているであろう旧校舎側からの奇襲を仕掛けようと、一人黙々とAクラスを目指している(決して、クラスの皆からハブられたわけじゃないと思いたい)。小山さんに、刺し違えてでもAクラスの木下 優子さんを倒して来いと言われたからだ。

 

「完全に戦争の目的がすり替わってるな」

 

 僕が再テストを受けている間に、一度Aクラスの前線部隊を指揮していた木下さんによる西部戦線に於けるドイツ軍の電撃戦もかくやの勢いで攻め込まれ、激しい攻勢を受けて結構ヤバい状況にまで追い込まれたらしい。

 

 テストを受けていた別教室からクラスに戻る直前に携帯で連絡を受け、電話越しに叫ぶ小山さんは、完全に頭に血が昇っている様子だった。今朝見た時もそうだったけど、感情が高ぶると周りが見えなく成り易いのは、小山さんの重大な欠点だと思う。早い時期に改善しないと、いつか絶対に後悔すると思うんだけど……まぁ、そこは僕が気にすることじゃないけどさ。

 

「あっ」

 

 新校舎と旧校舎を結ぶ渡り廊下に差し掛かる数メートル手前で足を止める。渡り廊下の中間付近で、Aクラスと覚しき数名の生徒が旧校舎側を警戒して陣取っていたからだ。

 

「強行突破は……無理かな?」

 

 素早く校舎の柱の陰に身を潜ませて、ピーピング・トムに倣うようにして状況を伺う。

 

 近くには教師の姿が見えないけど、特定科目以外の教師では、僕ではAクラスの防衛陣を突破可能な点数の召喚獣を召喚出来ない。使者として一度Aクラスに赴いている為、顔も既にバレているので、無関係のクラスの生徒を装っての素通りも無理だし、周囲に他のクラスメイトもいない現状では、協力して現状に当たることも不可能だ。

 

 ――――結論。

 

「諦めて、様子見だけ続けるか」

 

 情報不足と現状認識不足の末に旅順攻略を敢行して失敗した旧帝国陸軍第三軍じゃ或るまいし、特攻による無駄死になんて馬鹿げた行為はしたくない。コレといった妙案も打開策も浮かばない以上、無策のままで下手に行動してAクラスの生徒に見つかるよりは、行動に移すチャンスが巡ってくるまで静観するのが一番妥当な案に思える。

 

 ……我ながら、本当に臆病者のチキン野郎だな。松尾山で東軍と西軍のどちらに味方するか決めきれずに及び腰になっていたという、小早川 秀秋といい勝負だ。

 

 情けない行動を平然と採択しようとしている自分自身に憤りを感じていないかと言えば嘘になるけど、だからといって積極的に何かを変えていこうとも思わなかった。そんな自分の嫌な部分を、本当は受け入れたくない気持ちがあったとしてもだ。

 

「?? ――――あの人は……確か、霧島さん?」

 

 視界の端に引っかかった人物の輪郭。

 

 遠目からでも分かる、濃紺のような色合いの長い黒髪に整った顔立ちの女子。純和風美人にしてどこか典雅な平安期の貴族の姫君をも彷彿とさせるその人は、間違いなく現在交戦中のAクラスの代表にして学年主席でもある、霧島 翔子さんその人に他ならない。

 

 数人の生徒を引き連れて(寧ろ護衛としてついて来て)、どうやら戦場の状況とクラスメイト達の様子を見に来たらしい。どこか浮世離れした雰囲気と噂の多い霧島さんだが、意外に仲間思いで人情味のある人物なのかもしれない。……ただの気紛れの可能性も十分に有るが(美人だが平淡とした無表情からは、彼女の感情や思考が殆ど読み取れない)。

 

「……これは、好機到来なのか?」

 

 通常の場合なら、単独行動中の自分には手出しは出来ない。だけど、霧島さんの後ろからやって来た人物の姿を捉えて、躊躇と共に一縷の可能性が生まれる。

 

「木下さんと……世界史の田中先生も一緒か」

 

 何か勘繰りたくなるような、出来過ぎな事態。今の世界史の点数で召喚可能な召喚獣ならば、使用できる『腕輪』の持つ特殊能力の力で、戦況を一気に終結させることの出来る状況になってしまった。

 

「赤壁の戦いに挑む、蜀と呉の連合軍の気分なのかな?」

 

 はたまた、秦の始皇帝に死刃を振るおうと試みた、荊軻の心境なのかもしれない。

 

 圧倒的な戦力に対する絶望的なまでの現実に、乾坤一擲の力と機会を得たことに対する淡い希望と期待。負け戦気分でいたにも関わらず、千載一遇のチャンスに直面したこの瞬間に生まれた不安と緊張で胃がキリキリと痛みだした。

 

「小山さんは何がなんでも木下さんを潰せって言ってたけど……普通に考えて、狙うならば大将首だよな」

 

 実際、チャンスは一度しかないだろう。

 

 木下さんと霧島さん。確実に倒せるのはどちらか一人。おそらく、トドメの一撃を見舞うのと引換に、周囲のAクラスの生徒達によって間違いなく自分の召喚獣は袋叩きにあって戦死する。

 

 霧島さんを倒せば戦争終了だが、木下さんの場合はそうはいかない。

 

「西村先生自体は嫌いじゃないんだけど……。それでも、鬼の補習室送りは、正直言って勘弁願いたいな……――ん?」

 

 今、Aクラスの生徒の一人と視線が合ったような……マズいっ!!

 

「お前!! Cクラスの藍坂だなっ!?」

 

 完全にこっちの存在に気づかれたようだ。

 

 渡り廊下の中央付近にいたAクラスの生徒の集団が、気勢を上げて旧校舎側に向かってくる(普通に廊下を走ってるけど、田中先生は注意しなくていいのだろうか?)。

 

 ……仕方ない。逃げ切る自信もないし、少しでも有利な状況を確保しよう。

 

「Cクラスの藍坂、Aクラスの霧島さんに世界史勝負を申込みます――試獣召喚【サモン】!!」

 

「「「「しまっt――――」」」」

 

 柱の影から飛び出し、全力で走って出来る限り距離を詰めつつ、相手側に付け入る隙を与えずに一気に叫んだ。

 

 僕の申し出を聞き取った田中教諭の承認の言葉に続いて、光明を湛えた幾何学的な魔法陣が周囲に広がり、自分の姿をデフォルメした試験召喚獣が眼前に出現する。

 

「縮地」

 

 間を置かず発した言葉を引き金に、出現した僕の召喚獣の姿が掻き消える。

 

 次の瞬間、一足遅く出揃ったAクラスの生徒達の召喚獣による布陣の真っ只中、皆に守られるようにして中央に佇んでいた霧島さんの召喚獣の眼前に再出現する。

 

「「「「――なっ、何!?」」」」

 

 驚愕の声を上げるAクラスの生徒達。

 

 そんな彼等の反応を尻目に、僕の召喚獣は所持していた武器である『ミセリコルデ(スティレットの可能性もあるが)』を霧島さんの召喚獣の心臓が位置する部分に押し当てた状態で停止した。僅かに動くだけで、確実に霧島さんを仕留めることの出来る状態だ。

 

    『Cクラス 藍坂 日嘉  世界史 367点』

 

 微動だにせずに武器を構え続ける僕の召喚獣の頭上に、参考となる点数(戦闘力)が標示される。

 

 ただし、表示された点数は実際に先程受けた試験結果の点数から40点分差し引かれた点数だ。『腕輪』の特殊能力を使った為だろう。

 

「つ、強い。学年トップレベルじゃないか……」

 

 Aクラスの生徒の誰かが、呆然とした声で呟くのが聞こえた。

 

 






 次からは不定期更新。

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