誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。
―――― W・プフェッフェル
……さて、これからどうするべきだろうか?
四面楚歌と嘆くべきか、釜中之魚と恐れるべきか。
取り敢えず、端的に現在の僕の召喚獣が晒されている現状を表すならば、Aクラスの生徒が召喚した召喚獣達によって完全に周囲を取り囲まれ、剰え各々の武器を突き付けられた絶望的過ぎる程の状況だった。
しかし、傍から見たら完全に僕の方が悪役にしか見えないな。
何せ、凛々しい姫武者姿の霧島さんの召喚獣や程度は違えども中世の騎士甲冑(フリューテッドアーマーとかかな?)や当世具足等の立派な出立ちをしたAクラス召喚獣の面々に対して、地味な砂色柄の服と簡素な革製の手甲等を局部に身に付けただけの僕の召喚獣。その上、持っている武器がどちらかと言うと携帯系のリーチのないタイプで、それを霧島さんの召喚獣に必殺の位置で突きつけている様相は、乱破者が姫武者に対して荒事に及ぼうとしている光景としか言い様がないだろう。
「取り敢えず、全員その場から動かないで」
発した牽制の言葉は、腕輪の特殊能力使用による行動不能タイム発生の為、少なくとも数秒間は現状を維持しなければならないからだ(要するに、動けないのは僕の召喚獣の方なのだ)。
出来るだけ、感情を見せないような冷静で冷徹な口調を装う。内心はこの一瞬即発な状況への動揺と緊張でいっぱいいっぱいだけど、流石に今ここでそれを晒すような下手打つマネはできない。
鉄面皮で知られた、プロイセンの鉄血宰相ビスマルク並の外面の皮の厚さが必要だった。
「予想外の奇襲ね。してヤられたわ……」
苛立ち気な顔で呟いたのは木下さん。
霧島さんのすぐ傍にいた為、僕の召喚獣が腕輪の特殊能力によって再出現した位置に偶然にも最も近い位置取りで召喚され、素早く武器を構えて牽制の態勢を取った木下さんの召喚獣。
この突発的な展開に動揺も有るはずなのに、それを微塵も感じさせずにいる豪胆さは、流石は学年を代表する超優等生の木下 優子さんと言える。武器を急所に突き付けられ、後一歩で確実に戦死が待っている状況にも関わらず、全くの無表情且つ無感動な状態で悠然と屹立している霧島さんには負けるけど。
「……優子。迂闊だった」
「そうね、代表」
坦々とした泰然自若をそのまま地で行くような物言い。まるで危機感を感じさせない霧島さんのその様子は、全くもって読めない人だなと思う。木下さんも微妙に呆れ顔だし。
「……それで。藍坂君……よね? あなたはこれから一体どうするつもりなのかしら?」
色々と思案するところは有ったみたいだけど、木下さんは一先ずは意識を切り替えて現状に当たることに決めたらしい。ほんと、優等生だ。気苦労したり余計な重荷を背負い込んだりしそうなタイプにも見えるけど。
「出来れば、この場でCクラスに敗北宣言でもしてくれると、個人的には凄く助かるんだけど」
一応、虫のいい事を提案してみる。一縷の望みを託してだが……
「却下ね」
……だろうね。
ヒトラーがチャーチルに対してバトル・オブ・ブリテン前に行った和平交渉くらい返答の分かりきった交渉だったし、況んやエリートの集まりであるAクラスに所属できる生徒が敗北を簡単に認めるとも思えなかったし。
「じゃあ、このまま現状維持ってことで」
「「「「???」」」」
いや、そんな「何言ってんだ、コイツは?」みたいな視線を周囲から向けられても困るんだけど。
「折角の千載一遇のチャンスなのに、そんな意味不明なことを言うなんて……良ければ理由を教えてもらえる?」
表情は冷静沈着な優等生面のままだけど、寄越してくる視線は僕の意図を探るような感じの木下さんが、その場にいる全員の意思を代弁するようにして聞いてくる。
しかし、この場にはAクラス代表である霧島さんがいるのに、完全に霧島さんを差し置いて木下さんが代表みたいな感じになってるな(誰も文句を言わないから、多分いいんだろう)。
「僕自身、色々と思うところがあるからかな? 一応、試召戦争とかで教室や設備を奪い合うって行為自体に乗り気じゃないってのも理由だし、今回Aクラスと戦う必要性も感じていないってのも理由のひとつとして挙げられるけどね」
正直に言うと、奪い合う行為云々かんぬん以前に、教室の設備とか自体がどうでもよかったりする。それどころか、あんなAクラスみたいな豪華絢爛の極みみたいな教室だと、逆に意識が散漫になって全然落ち着かない自信がある。
宮殿とかお城なんかは傍目から見て楽しむものであって、実際に住むような場所ではないと比較的小市民の僕的には思うわけだよ。
「無駄な恨みを買うのもゴメンだし」
最低でも一年間は共に教室で椅子を並べることになるクラスメイト達とは仲良くしておきたい気持ちは当然有るけど、だからと言ってAクラスの人達に恨まれるのも勘弁願いたい。
八方美人で何方付かずなコウモリは、最終的には獣達からも鳥達からも見放されて一人孤独に過ごすことになったけど、子供の頃その童話を聞いて凄く共感と同情をした記憶がある。
誰にも嫌われたくない、出来ることならば上手く立ち回れる立場でいたいって思うことが間違いだとは思いたくない。
……そうだ、時間稼ぎついでだし、いっそのことこの場を借りて聞いてみるか。
「ところで木下さん。ちょっとだけ質問というか、聞きたいことが有るんだけど?」
「この状況で、随分と余裕綽々ね……で、聞きたいことって何なのかしら? 質問の内容如何によっては、答えてもいいけど?」
口調は結構つっけんどんな感じだけど、それでもちゃんと話を返してくれるのは、木下さんが優等生だからなのか彼女の根が律儀だからなのか。……両方かな?
「僕はその時その場にはいなかったんだけど。今日の朝、わざわざうちのクラスにまで来て、木下さんが喧嘩を売ってきたって聞いたんだけど……それ、本当?」
興奮気味で感情的になっているクラスメイトの話だけでは、正直なところ眉唾な感じを受けていた話だった。
優等生として評判で、学校や教師陣からの評価も高い木下さんのイメージとの違和感が有り過ぎる気もする。
折角だし、丁度目の前に本人がいるのなら、直接問い質すのが一番だろう。
「何それ? どう言うこと?」
訝しげな表情になる木下さん。疑問符が頭上に浮かんでいるようにも見えるその表情は、とても事実を隠す為に演技しているようには見えない。
あぁ、やっぱり彼女じゃないのか。なんとなく、予想はしてたけどね。彼の存在もあることだし。
「ええっと……だから、今朝のホームルーム前に木下さんがうちのクラスに突然来て、Cクラスのことを思いっきり扱き下ろした挙句にクラスのみんなを豚呼ばわりしていったと――――」
「秀吉~~」
コワっ!!!
俯き表情を隠したまま、ボソッと発せられた特定人物の名前。憎悪と言うよりは、怨念でも込められたような声の響きに、思わずその場にいたほぼ全員(教師含む)が一瞬たじろいでしまった。霧島さんだけは微動だにしなかったのは……やはり、学年主席になるような人間は、超大物人物だからだろうか?
しかし、自分の名前と発音が似ている所為か、僕自身がそれこそ丑の刻参りか何かの呪いの対象にでもなったんじゃないかと錯覚してしまった。
木下さんの弟である木下 秀吉くんは演劇部のホープで、その上二人の容姿はケストナー作品の双子の如く瓜二つだから、彼が木下さんのフリをしてCクラスを挑発し、Aクラスと戦争をするように仕向けたのならば納得が出来る。彼はFクラス所属らしいから、今後の下克上を狙う過程で上位のクラス同士を戦わせて疲弊させるのは戦略的に正しい。
疑問は晴れた(代償が微妙に降り掛かってしまった気もするが)。
となれば、次にするべきことは、新たに発生した問題に可及的速やかに対処することだ。
即ち、現状の打破。ある種の地獄からの脱出。
「「「「…………」」」」
重苦しい沈黙が支配するこの場のどうにかしなければならない。
各々が青褪めたり引き痙ったりした表情の周囲の人間の様子などお構いなしに、ブツブツと呟く木下さんの纏う雰囲気がヤバすぎる。時折聞こえる、「制裁して……」とか「お仕置き……ううん、寧ろ調教を……」って言葉がどういう意味なのかなんて出来れば考えたくもない。
「あ~、え~……き、木下さん。宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
なけなしの勇気を振り絞って、平身低頭の限りを尽くして出した声に反応したのか、顔を上げた木下さん。向けられた表情は涼やかな後光の射すような笑顔で、もうそれは慈愛と優美さを兼ね備えたラファエロ・サンティの傑作『大公の聖母』さながらの完璧なものであったと記憶している。
確実に仮面であるであろう表情を瞬時に作り上げた木下さんを見て、「女の子って、いろんな意味でスゴイな~」と、心底思った瞬間でもあった。
何はともあれ、木下さんが話を聞いてくれる状態になったのならば、この機会を逃す手はない。
先程の暗黒面に満ちた魔空間に戻さない為にも、さっさと僕の望む本題の交渉を進めてしまおう。
「と、兎に角。僕の希望としてはこの戦争が終了するまでの間、この場での戦闘行為の中止と現状の維持。それに加えて、僕がこの提案をしたことをこの場にいる人間だけの秘密にして欲しい」
……こんな感じの内容で、どうだろうか?
次で一応は対Aクラス試召戦争が終了予定です。