僕と彼女と純情恋心【ヴァージンハート】   作:炉心

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Q4:予定調和の終戦

 

 

 戦争というものはあくまで一時期の現象であって、長期の現象ではないということを知らねばならない。

                             ―――― 鈴木 貫太郎

 

 

 

 状況の先送りと自己保身。

 

 優柔不断を象徴したような提案をしてはみたのだが、実際のところは戦々恐々とした不安な思いもあった。

 

 とは言え、現状で得ている立場の有利さから考えれば、拒否の言葉が返ってくるなんて微塵も思ってはいなかったのも事実だけど。

 

「かなり魅惑的な提案ね。……拒否したら?」

 

 あれぇ?

 

「え? 拒否なんてしないでしょ? デメリットがまるでないのに」

 

 寧ろ、Aクラスにはメリットしか存在しないだろう。ここで僕一人の為にCクラスに敗北するなんて、馬鹿げた選択をわざわざ選ぶ必然性もなければ意味だってないはずだ。

 

「「「き、木下さん!?」」」

 

「……優子?」

 

 木下さんの物議を醸し出すこと請負な発言に当惑している周囲のAクラスの面々。あの表情の変化に乏しい霧島さんですらも、微妙に怪訝とした様子なのが伝わってくる。

 

 当然と言えば当然だろう。今の状況では、下手すれば即時自分達の敗北にも繋がりかねない返答なのだから。

 

 思わず僕が口にした疑問符付きの台詞も、予想外の事態に流れそうな雰囲気に戸惑うAクラスの人達の心情が普通に理解できたが故のものだったし。

 

「確かにアタシ達にデメリットは殆どないわね」

 

 周囲の様子を認識しているのかいないのか、至って冷静な態度で話を切り出す木下さん。そこに先にした自身の発言に対する動揺や焦りは見て取れない。

 

「でも、メリットしかないようにも思えないわ。アタシは楽観主義者ってわけではないし。それに、かなり個人的な意見になるけど、藍坂君の態度や交渉の仕方も気にくわないしね」

 

 ……成程ね。

 

 射抜くような視線と堂々たる態度を僕に向けてくる木下さんだが、その様子から彼女の思惑と意図がなんとなく読み取れる。予想がつく。

 

「後顧の憂いとなる可能性が高い交渉はしたくない。ってこと?」

 

 人の口に戸は立てられない。誰かしらからか漏れるかもしれないし、気の変わった僕が後々になって脅しの材料に使う可能性だってある。所詮は本当の意味での責任も立場も持たない学生同士の口約束。信頼性なんて有って無いにも等しい。

 

 安易な妥協と先見性のない観測に命運を託す愚かさを、木下さんは充分に理解しているようだ。流石にAクラスだけあって頭が良い。……まぁ、僕の私見的な予想では、それ以上の理由として、木下さんの持つ学年を代表する優等生且つAクラス所属としての矜持が絶対に許さない――――ということなんだろうけど。

 

「そうね。端的に言えばそうなるわね」

 

 僕の確認するような問い返しの言葉と、その裏に隠した意味をおそらくは察しているのだろう。

 

 表情ひとつ変えずに昂然と応じるその姿は、土木の変に際して果断な処置を行った兵部尚書の于謙も舌を巻くような強気な姿勢。想定外の対処に苦慮と苦渋を味わう結果になった、エセン・ハーンの気持ちも推し量ることができると言うものだね。

 

「でも、そんな返答をされちゃうと、僕としては交渉の余地が無くなっちゃうんだけどな~」

 

 本心から心情を吐露すれば、自分の意見をしっかり持って、実際に行動に移せる人は凄いと思う。それが困難や周りからの批難を浴びる結果に繋がっても、揺るぐことなく行えるのは尚凄い。

 

 軟弱で意志の弱い僕には多分一生無理なんじゃないかとさえ思える、本当に格好良い姿だった。

 

「アタシの考えは伝わったかしら?」

 

「……そうだね。木下さんの考えは分かったよ。――――じゃあ、霧島さんは……どう考えてるのかな?」

 

 仕方ないから、交渉相手の矛先を変えることにする。

 

 先程からの僕と木下さんとのやり取りを、横合いから口を挟むこともなく静観していた霧島さん。この場でのAクラス側の交渉の主導者は間違いなく木下さんだったけど、現実問題としてAクラスの代表は霧島さんなのだから、いくら木下さんが僕からの提案に対して拒絶の意思を表明しようと、クラスの進退を判断する最終的な決定権は霧島さんが握っているはずだ。

 

 この際、他のAクラスの人達の意見は重要視する必要はないだろう。……何人かが必死に木下さんの説得を試みようとしているけど、多分、木下さんは意見を変えたりしないと思うよ?

 

「私は……」

 

 凛とした佇まいで、一歩前に出る霧島さん。一瞬前まで気配を消していたかのように存在を感じさせなかったのに、歩み出た瞬間にその存在感が圧倒的となる。

 

 シノンの宮廷に足を踏み入れた『乙女【ラ・ピュセル】』みたいだな。

 

 その一挙一動に、その場にいた人間全員が意識を引き寄せられる。

 

「優子の味方」

 

 静かだけどハッキリとした言葉だった。

 

 差し向けられた黒曜石の瞳は静寂さを湛えているが、その奥で瞬く明確な敵愾心の光が、彼女の告げた言葉の裏打ちとなっている気がする。

 

「……代表」

 

 木下さんの少しだけ感じ入ったような声が響く。

 

 霧島さんと木下さんがどんな交流関係を結んでいるのかなんて知る由もないけど、少なくともただのクラスメイト同士以上の高い信頼と友情を築いているのは理解できた。

 

 僕が同じような状況に陥った時、同様の台詞を言ってくれる友人がはたしているだろうか?――――なんて、皮肉にもならない答えのわかりきった自問自答に浸ってみたりする。

 

「交渉は決裂か……」

 

 誰にも聞こえないレベルで自嘲するように呟き、曖昧な苦笑を浮かべる。

 

 所詮は臆病な日和見軟弱野郎の浅はかな望みを託した程度の交渉だったけど、それでも勝算がまったく無かったわけじゃない。ただ、木下さんや霧島さんみたいな芯の通った人達にはまるっきり通用しなかっただけだ。

 

 『進退維谷まる』ってやつかな?

 

「――――さて、藍坂君。聞いたでしょ。代表の言葉通りよ。アタシ達Aクラスはあなたと交渉は一切しないわ」

 

「みたいだね。残念だよ」

 

 再び会話の表舞台に出てきた木下さん。

 

 逆に霧島さんは一歩退き、完全に静観モードに戻ったようだ。このマイペースさは本気で羨ましいな。

 

「「「…………」」」

 

 周りにいたAクラスの人達が、無言のまま臨戦態勢に移行したのがわかった。そんな、テルモピュライの戦いに挑むラケダイモンの兵達を見るような、警戒心全開の鋭利な視線を向けなくてもいいと思うんだけど……。

 

 『窮鼠猫を噛む』の諺じゃないけど、追い詰められた人間の選択する行動なんて限られているから、次の瞬間には僕が霧島さんと刺し違える行動に出るかもしれないと予想したのだろう。そんな簡単に自棄っぱちな行動に移る人間に見えるのだろうか、僕は?

 

 願わくば、是非とも試召戦争にも戦場での投降と捕虜の身柄保障制度を導入してもらいたいね。僕みたいな普通の人間は、孤軍奮闘なんて英雄的行為を実行するのはまず無理だし。

 

「腹を括るかな?」

 

 言葉に出したのは、僕の中で意志を固める為だったのかもしれない。

 

 では……どちらの意志を?

 

 

 ワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッ!!!!!

 

 

 自問に自答する寸前で、新校舎の方から歓声が響いた。

 

「……終わったみたいだね」

 

 どうやら、僕の意気込みは泡沫と帰したようだ。

 

 歓声に混じって断片的に聞こえてくる単語から、戦争の勝敗が決したらしいことが伝わる。

 

 それは当然だけど、

 

「やっぱり負けたか」

 

 我がCクラスの敗北だった。

 

 「佐藤さんがCクラスの大将を討ち取った!!」という声が聞こえてきて、小山さんが戦死したのがわかった。

 

 ……意外だ。予想通りで当然の結果とは言え、僕の中で悔しいと思う気持ちが僅かにだがある。なんでだろう?

 

 やっぱり、なんだかんだ格好つけたことを言ってても、クラスの設備低下が現実のものとなったことに対する若干の不満心があるのだろうか?

 

 戦争終了の報告を携帯で受けた田中先生が召喚フィールドを解除し、全員の召喚獣が光となって消え去る。

 

 その場にいた全員の張り詰めていた空気も同時に霧散していく中で、木下さんだけが戦意の篭もった視線とどこか不服そうな雰囲気を纏ったままだ。

 

「戦争は終了ね。……結果的にだけど、あなたの望み通りの展開だったんじゃないの、藍坂君?」

 

「何がかな?」

 

 木下さんの的を射過ぎている指摘に、空惚けて答える。

 

「…………」

 

「……それじゃあ、戦争も終わったことだし、僕はもうクラスに戻るんで」

 

 無言で圧力を掛けてくる木下さんに屈する前に、早々にこの場から去ろう。

 

 思い立ったが吉日。立会人を務めてくれていた田中先生に退去する旨を伝え、立ち塞がる存在がなくなった渡り廊下を越えて新校舎側のCクラス教室へと向かうことにする。

 

 ……戻ったら、悲壮な雰囲気のクラスメイト達が待っているんだろうか?

 

 あ、凄く教室に戻りたくない。

 

「藍坂君」

 

 ちょっとだけ踏み出す足が重くなった僕が渡り廊下に差し掛かる直前、不意に背後から名前を呼ばれる。

 

 何故か悪い予感のようなものを感じつつも、立ち止まって振り返ってみると、声をかけてきた人物であろう木下さんが、胸の前で両腕を毅然と組み、真っ直ぐ突き刺すような挑戦的な視線を寄越してきていた。

 

 そして、

 

「次は出来れば正々堂々と戦ってちょうだい。今回はあなたの不意打ちに対して、アタシ自身の油断もあって不覚を取ったけど、次はこうはいかないわ。必ず完膚無きまでに叩きのめしてみせるから」

 

 組んでいた腕を解き、流れるような動作で僕に向かって右手とその人差し指を伸ばし、『ビシッ』と擬態語が響きそうな勢いで僕の顔面を指差して、完全無欠で傲岸不遜に思えるほどに自信家な態度と表情で宣言する。

 

 窓から射し込む光が空気中の微粒子に反射して煌き、仁王立ちしている木下さんの姿を鮮烈的に彩る。

 

 彼女の翡翠色に輝く瞳の奥に、強い意志とプライドの炎がチラついて見えた気がした。

 

「……そんな機会が訪れないことを、心の底から祈っているよ」

 

 木下さんの言動は、ある意味敗者に鞭打つようなものだったけど、何故か嫌味な印象はまるで受けなかった。

 

 清々しいまでに豪胆且つ凄い人である木下さんに感嘆の念を抱きながら、切実な思いを弱々しく口にした僕は、敗残兵らしくさっさとその場から逃げ去ることにした。

 

 

 





 対Aクラス試召戦争終了。
 
 そして、結局最後まで戦わない主人公。
 
 次回は少し雰囲気を変えた話の予定。
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