かの文豪、夏目漱石は「I kill you」を「月が綺麗ですね」と訳した。

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ヤンデレ・ザ・ワールド

「わ、私! ずっと前から、あ、あなたの―――心臓(ハート)が欲しいと思っていました!!」

「オーケイ。まずは手に握った包丁を降ろして話し合いをしようじゃないか? な、話せばわかる」

 

 夕焼けオレンジに染まる校舎裏。

 告白の定番の舞台とも言えるそこで、俺は1人の女子生徒向き合っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほ、包丁を降ろせなんて…! いくらなんでもそこまで酷いフリ方はないですよね!?」

「すまない。むしろ、俺の方がそこまで酷いキレ方をされて泣きそうなんだが」

 

 まさにこの世の終わりだという顔で、泣きながら俺を見つめてくる少女。

 平時であれば罪悪感の1つでも湧きそうな顔だが、残念ながら包丁を向けられた状態では恐怖しか感じない。まあ、その恐怖も()()したての頃に比べれば小さなものなのだが。

 

「もういい! あなたを殺して私も死ぬ!!」

「だから話し合いを―――ゴフッ」

 

 そして、少女は一切の戸惑いもなく俺の心臓に包丁を突き立てた。

 ズブリという不快な感触と共に、噴水のように血が噴き出し、互いの制服が赤く染まる。

 少女はそのまま間髪を入れずに、流れる様に包丁を自分の心臓に突き刺す。

 流石の手際だと言わざるを得ない。俺の中でのあだ名、『辻心中』は伊達ではない。

 

「ふふふ……これで来世は一緒に……」

 

 地面にゆっくりと崩れ落ち、何やら恍惚とした表情で呟く少女。

 そんな彼女に対して俺は。

 

「何を馬鹿なこと言っている。フェニックスの俺が本気で死ぬか。ほら、『リヴァイヴ』」

 

 炎の中から復活を果たしつつ、相手にも蘇生魔法をかけてやる。

 すると、先程までの悲壮感はどこに行ったのか、少女がムクリと起き上がる。

 

「告白の練習に付き合ってくれてありがとうね、山田君。これで勇気をもって中島君に告白に行けるよ」

「今の君なら間違いなく中島のハートを射貫けるさ……物理的にな」

「ありがとう。それじゃあ、早速行ってくるね!」

「ああ、逝ってらっしゃい」

 

 死ぬことのない種族、フェニックスの俺を告白の練習台にした少女に手を振る。

 さて、俺は帰ってこの血に塗れた制服をどうにかするとしよう。

 そう、慣れた手つきで血糊に触れていた時に、ふと正気に戻る。

 

 

「いや。やっぱ、この世界おかしいだろ」

 

 

 そんな昨日の放課後も言った言葉を、今日の朝にもつい言ってしまう。

 別に俺は中二病を発症しているわけでも、反抗期特有の斜に構えた態度というわけでもない。

 いや、一度死んで生まれ変わった転生という中二設定はあるのが、これは関係ない。

 しっかりとした理由がある。

 

「どうしたのイッテツ君? そんな疲れた顔で変なこと言って」

 

 隣から茶色のショートカットに、犬耳(・・)しっぽ(・・・)が目立つ少女が、青く大きな目をさらに大きくして尋ねてくる。

 こいつの名前は犬塚(いぬづか)チヒロ。

 俺と同じ重愛(じゅうあい)高校2年生の幼馴染。

 そして、種族は犬人間とでも言えばいいか。

 

「いや……俺の常識がおかしいのかと思ってな」

「そう言えばイッテツ君って初めて会ったとき、やけに私の耳とかしっぽに興味をもってたよね」

「まあ、昔は珍しく感じたからなぁ」

 

 この世界がおかしい理由その1。

 ファンタジー世界のように様々な種族がいる。

 例を挙げれば、エルフやヴァンパイアにラミア、果てにはドラゴンもいる。

 それに、現代日本みたいな社会なのに魔法が存在する。もっとも余り使われないが。

 

「昔はいっぱいモフモフしてくれたのに……私はいつでも準備万端なんだよ?」

「いや、もう子どもじゃないんだからな」

「お、大人のスキンシップがしたいの? もう、大胆なんだからぁ。はい、ウェディングリング」

「綺麗な名前で言い換えたところで、首輪は首輪だ。リードも合わせてクーリングオフする」

 

 耳をピコピコと動かしてトリップに入るチヒロに溜め息をつく。

 それと、嬉しそうに押し付けてきた首輪とリードは丁重にお返しする。

 このやり取りだけでも分かると思うが、俺が今気にしているのは種族とかじゃない。

 見た目は慣れればいいし、魔法だってそれ一辺倒ではなく、科学技術もある。

 本当におかしいのはもっと別のこの世界の常識的な部分だ。

 

「コホン。なあ、チヒロ。お前はあれ見てどう思う?」

「え、何? あれって」

「あそこで修羅場ってる二人組だよ」

 

 そう言って学校の玄関前で起こっている惨劇を指差す。

 

「ねえ…平等院君。さっきの女は誰なの?」

「だからさ、サキちゃん。俺っちの部活の後輩だって何度も言ってるでしょ!?」

「こっちも私以外の女を見ないでって何度も言ってる…!」

「いやいや! 日常生活に支障が出るよねそれ!?」

「平等院君は私だけのものなのに…。もういい、平等院君を殺して私も死ぬ!!」

「ちょっ、それはマジで死ぬって―――ギャァアアッ!?」

 

 白昼堂々と行われる、痴話げんかと言うには重すぎる喧嘩。

 断末魔の悲鳴と共に血飛沫が上がり、悲劇の無理心中の現場が出来上がりだ。

 普通ならこんな光景はアニメか、ヤンデレゲームでしかお目にかかれない。

 だというのにだ。

 

「まーたやってるよ、あの二人」

「ええなぁ、ウチも彼氏作ってあんなんやりたいわぁ」

「平等院のやつ相変わらずリア充だな、そのまま爆発すりゃいいのに」

「君の心臓(ハート)を貫くなんてロマンチックね……」

 

 通りがかる生徒は気にも留めない。

 それどころか、はやし立てる人間までいる。

 そもそも、俺自身がつい昨日同じ光景を作り出していた。

 前世の常識で考えれば異常な光景だし、血も涙もない人間しかいないのかと疑うような言葉だが、その理由はすぐに明らかになる。

 

「あ、斎藤先生。あの二人がまた心中したんで蘇生魔法お願いします」

「なんだ、またか」

 

 うちのクラスの担任の斎藤先生が呆れたよう顔をして二人に近づく。

 因みに、斎藤先生はケンタウロスの男性だ。

 

「よし、蘇生、蘇生っと」

 

 先生が適当に魔法を唱えると光が死んだ二人に当たり、見る見るうちに傷を癒していく。

 この世界の魔法は文字通り魔法だ。

 骨折だろうが、致命傷だろうが一瞬だ。寿命や重い病気以外は簡単に治してしまう。

 もっとも、フェニックスである俺はこういった魔法は相手に使うのが基本なのだが。

 

「ふぅ、俺っちふっかーつ! 斎藤先生ありがとうございまっす」

「あれ…? 私なんでこんなことしちゃったんだろう……」

「起きたかお前達。なら、汚した分は二人で掃除しておけよ」

「二人で……よし、仲直りの共同作業と行こうぜ!」

「初めての共同作業…!」

 

 お互いにはにかみながら初めての共同作業、もとい血の掃除を始める二人。

 そんなどう考えても異常な光景に頭を痛めながら、視線をチヒロに戻す。

 

「で、お前はあれを見てどう思った?」

「雨降って地固まるって素敵だね!」

「降った雨も固まったのも全部血だけどな」

 

 この世界がおかしい理由その2。

 魔法があるせいか死生観とか常識が色々とぶっ飛んでいる。

 街をちょっと歩けば、先程のような光景が簡単に拝める。

 簡単に生き返れるせいか、簡単に人が死ぬのだ。

 

「はぁ……憧れちゃうなぁ。私もイッテツ君とあんな風にいちゃいちゃしたいよ。というわけで、今すぐ私をメチャクチャにして!」

「何がというわけだ、アホ」

 

 軽くデコピンをお見舞いしながら呆れた目で見つめてやると、何故かチヒロは息を荒げ出す。

 しまった、忘れていたがこいつの性癖は特殊な部類だった。

 

「その雑な対応…それに私の体に突き刺さる痛み(快感)…! これが私への愛ね!?」

「どちらかというと、俺の今の感情は、幼馴染が人の道を踏み外しているという(あい)だ」

 

 見ての通りこいつはドMだ。

 それが発覚したのは、幼いころにドッチボールでこいつを当てたときだった。

 目を潤ませて俺を見つめてくるこいつに、あの時は傷つけたかと慌てたものだったが、興奮していただけだった。あの日の俺の心配を返して欲しい、切実に。

 

「その冷たい返しも大好物だよ!」

「ダメだこいつ、どうしようもない」

「その罵倒おかわり!」

「お前には人としての誇りがないのか?」

 

 本物の犬のように左手を俺の手に置き、期待するような眼差しで尻尾をブンブンと振るチヒロ。

 幼馴染の将来への不安から溜息を吐き、改めてこいつの顔を眺めてみる。

 黙っていればどこからどう見ても美少女だ。ドMだが。

 正直、なぜ俺なんかに好意を向けてくるのか未だに分からない。ドMだが。

 なので、改めて尋ねてみることにする。

 

「……お前、本当に俺のことが好きなのか?」

 

「当たり前だよ! 私がどれだけイッテツ君のことが好きか言ってあげようか?

 君の魂が好き。イッテツ君は私にとって神様がくれた奇跡なんだよ。

 君の匂いが好き。私は犬と同じぐらい鼻が利くからどこにいても君を追えるんだよ。

 朝起きた時は昨日の女の匂いがまだついてたから、私の匂いでマーキングしておいたの。えらいでしょ?

 君の顔が好き。そんなにイケメンじゃないけど優し気で、私を包んでくれそうなところ好き。

 あ、もちろん私にとっては最高にカッコいいよ? 目に焼き付けても良いぐらい。

 君の体が好き。脂肪の下に適度に筋肉がついたお腹に、ほんのり固い二の腕が好き。

 君の名前が好き。山田って苗字もいいし、イッテツって響きも好き。

 結婚したら、私の名前が山田チヒロになるって子どもの頃からずっと考えているんだ。

 まだまだ、好きなところがいっぱいあるんだけど語り切れないよ。

 あっ、嘘じゃないよ? ホントにホントに君のことが大好きなんだよ。

 好き好き大好き。何度だって言えるし、日記には毎日君のことを書いているんだよ。

 君が今日何をしたのかと、それを見た私の君への愛を毎日10ページは書いてるし!」

 

 どうやら俺は特大の核地雷を踏んでしまったようだ。

 数秒前の自分を呪い殺したい気分になりながら、何とか話を止めさせる。

 

「ああ…うん、わかった。もう言わなくていいから。お前が俺のことが好きなのはわかったから」

「えへへ。想いが通じるって嬉しいね」

 

 しっぽをブンブンと振って上機嫌に笑うチヒロ。

 そんな様子に俺は引きつった顔で天を見上げる。

 

 そして、心の中でこの世界で最もおかしいと思う事柄を叫ぶ。

 

 この世界がおかしい理由その3。

 この世界の女性はどいつもこいつも頭がおかしいヤンデレだ。

 というか一般的な告白方法が―――包丁で心臓を刺すというのがまずおかしいだろう!

 

 

 

 

 

 そもそも、どうしてこの世界がおかしいと思うようになったのかというとだ。

 俺には前世で日本で暮らした記憶があったからだ。

 と言っても、最初から全てを思い出していたわけじゃない。

 デジャブのような感覚と、小さな違和感があっただけだ。

 自分の前世を完全に思い出したのは中学2年のバレンタインデーのことだった。

 

 デジャブのせいか、絶賛中二病であった俺は、女になびかない硬派な男に憧れていた。

 そのため、チョコを持ってきたチヒロに『いらない』と言ってしまったのだ。

 詳しくは思い出したくないが、簡潔に言えば俺は心臓(ハート)を奪われたのだ。物理的に。

 そして、そのときのショックで前世の記憶を完全に思い出して、今に至る。

 

「おい工藤。筆箱から包丁が落ちたぞ」

「ありがとうございます、斎藤先生。危なかったです」

「本当にな。包丁は女性のたしなみだから大切にしろよ」

「そうですね。よく研いでいつでも使えるようにしておかないと、いざというときに使えませんからね」

 

 朝の会も終わり、過去を思い出していた俺の耳にこの世界では何気ない会話が聞こえてくる。

 そう、この世界では包丁は女性のたしなみなのだ。勿論料理ではない。

 ついでに言うと、包丁で意中の男性を刺すことが女性からの告白なのは平安時代かららしい。

 ……この世界の男性は良く子孫を残せたな。

 俺なら死ななくても、女性を見るだけでインポになってしまいそうだ。

 

「イッテツ君! 一時間目は美術室で授業だから一緒に行こ!」

「そう言えば美術の授業か。分かった、今準備する」

 

 遠くの席から大きな声で呼びかけるチヒロに返事をして、ロッカーに道具を取りに行く。

 だが、立ち上がったところで、何者かに背中から抱きしめられ動きを止められる。

 

「だーれだ?」

 

 そして、ゴロゴロと喉を鳴らす、甘える猫のような声。

 ああ、振り返るまでもなく分かる。

 これはいつものあいつだ。

 それでいつも通り次の瞬間には。

 

「カプッ!」

「いだだだッ! だから首を噛むなって何度も言ってるだろ、猫林(ねこばやし)ぃッ!」

「あーん、そんな。苗字で呼ぶなんて他人行儀な。口内を通して伝わる肌の温度のように生温かく、そして愛情を込めて、レオナって呼んでください」

「会う度に、俺の頸動脈を狙ってくる奴に愛情を込められるか!? 後噛むのだけじゃなくて(ねぶ)るように舐めるのもやめろ!」

 

 こいつ、猫林レオナに首筋を噛まれながら叫び声をあげる。

 猫なんて名前についているが、こいつは獅子娘、ようするにライオンだ。

 甘噛みだとしてもめちゃくちゃ痛い。

 後、相手の性的興奮も感じられて、ぶっちゃけ気持ち悪い。

 

「愛情表現の一種ですわ。私の歯型をイッテツさんにつけるのはマーキングのようなものです」

「ほぉ? 勢い余って喉笛を食いちぎって俺を血の海に沈めたのもマーキングだと言うのか?」

「あ、あれは初めてのことで力加減を間違えただけですわ。お恥ずかしい……でも、あの時の温かくて柔らかな感触は癖になりそうです。私が告白するおりには包丁ではなく、牙で心臓を抉るのもいいかもしれませんわね」

 

 ジト目の俺に対し恥ずかしそうに頬を染めて熱っぽい視線を向けてくる猫林。

 スレンダーな体つきに、長く優雅な金髪、そしてエメラルドのような瞳。

 ライオン耳としっぽがついていても、その容姿は良いところのお嬢様にしか見えない。

 実際に良い家の人間なのだが、毎日噛みついてくるので俺の中での評価は低い。

 

「正直に言わせてもらうと、痛いから噛まれたくないんだが」

「ご安心を。私も淑女です。イッテツさんの熱くてヌルヌルの体液に塗れるという欲望を押し殺して、甘噛みで我慢します。何度も噛みついていけば、いずれは痛みを感じさせずに跡だけ残せるようになりますわ……恐らく」

「おい、俺の目を見て言ってみろ。というか、仮に出来てもそこにたどり着くまでは痛いだろ」

「そうは言われましても、イッテツさんの種族は跡を残すのも一苦労なんですから、数をこなさないことにはどうしても……」

 

 少し、伏し目がちにそう言ってくる猫林に思わず口をつぐんでしまう。

 確かにフェニックスである俺の種族は回復力というか、再生力が凄まじい。

 そのせいで噛まれてもすぐに跡が消えてしまうのだ。

 確かに一度だけで完璧に跡を残すのは難しいだろう。

 そういう点ではある意味では不幸かもしれない。

 

「まあ、だからこそ燃えるのですが。壁は高い方が乗り越えがいがあるものですわ!」

「俺としては切実に乗り越えて欲しくないがな」

「そ、それは私との触れ合いが減るのが嫌という意味で…?」

「純粋にやめて欲しいと言っているのが、なぜ伝わらないんだ…?」

 

 恥ずかしそうにチラチラとこちらを見つめながら、盛大に勘違いする猫林に戦慄する。

 正直、一度こいつの頭をかち割って覗いてみたい気分だ。

 ……一瞬、チヒロなら喜びそうだと思ってしまった自分が憎い。

 そんなことを心の中で呟いたおかげか件の人物が援軍に現れる。

 

「ちょっと、イッテツ君に変なことしないでよ、この泥棒猫!」

「……あら、またうるさい雌犬が邪魔立てを」

 

 グルグルと唸りながら、俺を守るように割り込んでくるチヒロ。

 そして、それを見た瞬間、瞳の温度が氷点下になる猫林。

 どう見ても一触即発の光景だが、このクラスでは見慣れた光景のために俺以外は反応すら示さない。

 

「また、イッテツ君の嫌がることをしてたでしょ?」

「スキンシップと呼んでいただきたいですわね。尤も犬風情には理解できないでしょうけど」

「ふーん、てっきり猫は猫らしくぼっちでいるのが好きだと思ってたんだけど違うの?」

「…………」

「…………」

 

 誰でも一目見れば分かるようにこの二人は仲が悪い。

 仲良くしてもらいたいと言ったら、原因のお前が言うのかという冷たい目で見られるので言わないが、それでも毎度喧嘩をされるのは疲れる。

 まあ、口を挟んだらそれこそお前が言うなとキレられそうなので何も言わないが。

 

「大体、イッテツ君とたった2年の付き合いしかないくせに馴れ馴れしいのよ、泥棒猫」

「愛とは過ごした時間に比例するものではありませんことよ? そもそも私はイッテツさんとは前世からの恋仲ですわ! そうですよねイッテツさん!?」

「な!? そ、それなら私は前々前世からイッテツ君の傍に居るわよ! ね、イッテツ君!?」

「良い精神病院を紹介してやるぞ?」

 

 というか、残念なことにどちらも記憶にないからな。

 転生した記憶がある俺が言うんだから間違いない。

 

「いつにもまして辛辣なイッテツ君……でも、そこがいい!」

「あぁ…この全く興味がないような態度……やっぱり壁は高い方がいいですわね!」

 

 こいつら本当は気が合うんじゃないだろうか。

 揃って頬を赤らめて興奮する二人を見ていると思わずそんなことを思ってしまう。

 

「と、話を戻しましょうか。そもそもですが、わたくしの愛の形を否定する権利などあなたにはないはずですが?」

「権利はないけど嫌いなものは嫌いなのよ。あなたはいつもいつもイッテツ君を傷つけて最低ね。あなたとイッテツ君が一緒になったってDV妻になるだけよ、ディー・ヴイ」

「そういうあなたこそ、いつもいつもイッテツさんに虐められて喜んでいるドMじゃありませんか。きっとご近所から嫌なうわさが流されて家庭崩壊…なーんてことも」

「……へー、猫の癖に言うじゃない」

「獅子です。それにあなたの方こそ犬コロの分際でよく言いますわね。いいでしょう、ここでハッキリさせておきましょうか」

 

 どこまでも険悪に、そして俺に見せる態度とは真逆のものを見せる二人。

 もしも、これが初見だったら大いに引いていたかもしれないが、生憎俺にとっては見慣れた状況のために溜息しか出ない。

 そもそも、この二人はなんだかんだ言って殺し合ったりはしない。

 

 ヤンデレというと対抗馬を殺すイメージがあるが、この世界の女性にはあまりそういう気が見られない。男側が女性の怒りを受け止めて(物理的に)やっているからとも言われる。

 ……ただ単に、殺しても魔法ですぐに蘇生するのが分かっているせいかもしれないが。

 

「いいよ、私の行動はあんたみたいな猫とは違うって教えてあげる」

「あなたこそ私の愛に打ちのめされて後で吠え面をかかないことですわ」

 

 何やら自分達の行動原理の崇高さについて語り合おうとしている二人。

 こうなったらこいつらは止まらないと判断して俺は教室から出て行く。

 そして、そんな俺の背中に二人の言葉が重くのしかかってくる。

 

「私の行動は全てイッテツ君への―――」

「わたくしの行為は全てイッテツさんへの―――」

 

 

「「―――愛!」」

 

 

「どっちも傍迷惑だって自覚はないのな」

 

 深いため息を吐きながら俺は一人で美術室に歩き出す。

 いつもの喧嘩だ。チャイムが鳴り始める頃には焦って走り始めるだろうから心配はない。

 そう心の中で逃げるための理論武装をしながら、俺は立ち去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 俺には夢がある。

 

 突然何を言い出しているのかと、自分でも呆れてしまうが仕方がない。

 大きくはないが小さくもない、そんな切実な夢があるのだ。

 

 転生したことを理解してからは、前世ではできなかったことをしようと思った。

 そして真っ先に思いついた願いがハーレムを作ることだった。

 だが、それは今願っている夢じゃない。

 

 当然だ。以前の世界ならいざ知らず、この世界の女性は基本頭がおかしい。

 1人でも死ぬほど(比喩抜き)苦労しているのにハーレム。

 フェニックスの死因がストレス死とか全く笑えん。

 誰だって、24時間常に命を危険にさらすような真似はしたくないだろう。

 

 というわけで、俺は普通に一人の女性を愛したいと思っている。

 

 

 そして、それは―――まともな感性を持った女性であって欲しいと、切実に祈っている。

 

 

「あの、蛇島(ヘビシマ)先輩……肋骨がミシミシ鳴って痛いので、尻尾を解いてもらえないでしょうか?」

「コマチ様って下の名前で呼んでくれたらいいわよ」

「どうかこの拘束を解いてくださいませ、コマチ様」

 

 放課後、廊下を歩いているところを突如として尻尾で拘束され、命の危険にさらされた俺。

 それが無茶苦茶痛いので、恥も外聞もなく、言われたとおりに様付けをして頼み込む。

 そんな俺の姿を、腰まで伸ばした絹のように滑らかな黒髪を撫でながら、爬虫類らしい黄色い目で眺めてくる、蛇島コマチ先輩。

 

 思わず息を呑んでしまうような美しさであるが、その下半身である蛇の尻尾で縛られている俺には当然そんな余裕はない。というか、締め付けられて呼吸が出来ない。

 

 と、ここまで言えばわかるだろうが蛇島先輩はラミアだ。

 ……何故か俺を縛り上げて窒息寸前にまで追い込むのが好きな。

 

「仕方がないわね。はい、これならいいでしょ」

「尻尾を解くと同時に、手錠で俺を拘束しながら笑わないでください。拘束するのをやめてくださいと言っているんです」

「手錠まで否定するなんて……私のアイデンティティーの否定かしら?」

「もう少しマシなアイデンティティーを持ってください」

 

 思わず失礼な口調でツッコミを入れてしまうが、蛇島先輩は可愛らしく小首を傾げるだけだ。

 そう、これは彼女にとってのコミュニケーションのようなものなのだ。

 よって先輩には罪悪感なんて欠片もない。むしろ楽しんでやっている。

 

「蛇は獲物を捕らえる際に締め付けるのが普通よ」

「普通の蛇は手錠なんて使いません。いいから手錠も解いてください」

「相変わらずせっかちな子ね、もっと気楽にするべきよ、常識的に」

 

 肋骨をへし折られたり、手錠で拘束されても気楽にできる奴は絶対におかしいだろう。

 フェニックスでも痛いものは痛いのだ。

 そう心の中で叫びながらも、黙って手錠を解いてくれるのを待つ。

 今ここで反抗しても、解放されるのが遅くなるだけだと経験から分かっているのだから。

 

「はぁ、やっと自由になった。全く毎度毎度俺を拘束して何が楽しいんですか?」

「好きな異性を束縛して自分だけのものにする独占感が堪らないわ」

「それで、いつも殺されそうになる俺の気持ちは無視ですか」

「美少女からのハグを嫌がるとか……あなたホモ?」

「ホモだろうが、ノーマルだろうが、生物である以上は命の危機に興奮したりはしません」

 

 ジトッとした目で睨んでみるが、先輩はどこ吹く風で笑っている。

 そう、この世界にとっては、この程度は常識的な恋愛観だから誰もおかしいと思わないのだ。

 

 事実、この犯行現場は放課後の廊下という人目に付く場所であるにも関わらず、誰も気にもせずに通り過ぎて行っただけだ。むしろ、俺がホモ扱いされたりする。解せぬ。渡る世間は鬼ばかりとはまさにこのことだ。

 

「あなたは殺しても死なない種族なんだから、むしろ役得と思いなさいよ」

「死ななくても痛いものは痛いんですからね? 俺をどこかのドMと一緒にしないでください」

 

 確かにフェニックスは殺しても死なない。

 蘇生魔法があるこの世界においても、ほとんどそれにお世話にならないレベルだ。

 だが、痛いものは痛い。なにより精神的にきつい。傷つかないことに越したことはないのだ。

 

 

「はぁ……それで、俺が廊下を歩いているところを、いきなり拘束してきた理由はなんですか?」

「私が私であるためよ」

「そうですか、それでは俺はここで」

 

 話にならないと判断し、踵を返して靴箱に向かう。

 しかし、制服の襟をがっしり掴まれてしまいすぐ抱き留められてしまう。

 この人、ラミアのせいか普通に俺より力が強くて困る。

 後、大きなおっぱいが当たって気持ちが良い。

 

「今のは冗談……じゃないけど、ちゃんと呼び止めた理由はあるわよ」

「へぇ、なんですか?」

「ペッ…あなたのために首輪を買ってきたんだけど―――」

「そういうのは俺の幼馴染みにあげてください!」

 

 反射的に自分の肩を外す(・・・・)ことで先輩の腕の中から脱出して逃げ出す。

 フェニックスなので少々無茶しても、勝手に直るのでその点は実に便利だ。

 後ろで先輩が何か言ってる声が聞こえてくるが無視して、靴箱まで全力ダッシュをする。

 俺をペットとして、飼おうとしている人の言うことなど聞けない。

 

「はあ…はぁ……ここまでくれば大丈夫か」

「先輩、何をされているんですか?」

「うわッ……て、なんだ白鳥(しらとり)か。何でもないよ、ちょっと走っただけさ」

 

 声をかけられて思わずビクリとするが、相手の顔を見て胸を撫で下ろす。

 相手の名前は白鳥キズナ、俺の1年生で俺の後輩だ。

 小柄な体躯でクリーム色の髪をツインテールにまとめ、手からは翼と羽が生えている見た目だ。

 見たまんまの鳥人間でもある。ちょっと親近感が湧く。

 

「そうですか……何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」

「ああ、ありがとう。心配してくれてありがとう」

「当然です。なぜなら私と先輩は―――」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべながら、俺の心配をしてくれる白鳥。

 こいつは俺の周りの女性の中でも数少ない、直接的に被害を与えないタイプだ。

 なのでこいつといる時に肉体的損傷を気にする必要は無い。

 もっとも―――

 

「夫婦ですからね」

「おっと、まだ誰とも結婚した覚えはないんだがな。というか年齢的に無理だろ」

 

 ―――極度の妄想癖があって精神的にはきついのだが。

 

「…? 先輩が私と結婚するために総理大臣を脅して、法律を改善してくれたじゃありませんか?」

「そんな何を当たり前のことを…みたいな顔をしないでくれ。というか、総理を脅すとか完全にテロリストだな。妄想の中の俺は何をしてるんだ?」

「私は忘れません。先輩が愛のためなら世界すら壊してみせると言ったことを……」

「忘れる以前にそんな事実は欠片たりとも存在しない」

 

 軽く白鳥の頭を小突いて現実に引き戻してやる。

 全く、こいつの中での俺はどんな完璧超人になっているんだ。

 俺はこいつが倒れたときに保健室に連れて行ってやったことがあるだけなのに、どうしてここまで狂信的な感情を向けられるのかが分からない。

 いや、正直に言うと分かりたくもないが。

 

「すみません。授業中は先輩と会えないので、想像の中の先輩と一緒になっていました。そうですよね、先輩ならテロなんてやらずに自分が世界征服をして世界を変えてくれますよね」

「テロを起こす方が余程現実的な気がしてきたな」

 

 どこぞの国の総理は、自分が同性愛者だから同性での結婚を可能にしたと聞いたことはある。

 しかし、俺はそこまでしたいと思わないし、なによりそんな才能はない。

 学校のテストだって中の中なんだ、世界どころか国のトップにも立てるわけがない。

 

「あ、先輩! そう言えば大切なことを忘れていました」

「……嫌な予感がするが一応聞いておこう」

「今度生まれる赤ちゃんの名前を決めたいんですけど―――」

「俺は童貞だ。だから既成事実を作ろうとしても無駄だ!」

 

 思わず声を大きくして言い切ってしまう。

 それぐらいに慌てていたのだ。冗談でも言っていいことと悪いことがある。

 しかし、俺の慌てぶりをよそに白鳥はキョトンとした顔で俺を見つめるだけだ。

 ……なにやら様子がおかしいような。

 

「あの……赤ちゃんというのは私達の子どもじゃなくて家で飼っている猫のことですよ?」

「なぜ俺は死ねないんだ……」

 

 どうやら俺は墓穴を掘ってしまったようだ。

 いや、むしろ墓穴に入りたい。

 

 こいつのことだから、どうせそういう話だろうと思い込んだ完全なる自業自得だ。

 これじゃあ俺が常日頃から、そういうことを考えている変態みたいじゃないか。

 正直、クスクスと笑う白鳥から今すぐに逃げたいが、そうすると余計に面倒なことになりそうなのでなんとか耐えきる。

 

「すまない、変なことを言ったな。もう疑わんから許してくれ」

「うふふ、本当ですよ。だって―――私達の子どもならもうスズって名付けたじゃないですか?」

「すまない、前言を撤回させてもらう」

 

 再び白鳥の頭を小突いて現実に引き戻しつつ、俺は心の中で悲痛な思いで叫ぶ。

 

 

 頼むからまともな感性の女の子と出会いたい、と。

 

 

 




ずっと前に書いた作品を短編にしてみたものです。
供養用の一発ネタ。

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