気づいたら竜種に転生していた件   作:シュトレンベルク

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迷宮の魔王と復活の魔物

 ある日、ヴェルディアスはとある森を訪れていた。そこにはとある扉がつながっており、その先に用事があった。その先にいるのは、この世界で唯一といっていいヴェルディアスの頭が上がらない相手でもある。

 

「さて、元気にしてるかな?あの女王様は」

 

 そう口にしながら、歩を進めていく。そして、その先に広がる光景に相変わらずそうだと判断する。

 ヴェルディアスがいるのは、『精霊の棲家』と呼ばれる精霊女王の棲家であると同時にとある魔王の領域となっている迷宮だった。無論、ヴェルディアスに魔王との敵対意志はない。しかし、偶には様子を見るように心がけているのだ。

 

(王様だ)

 

(本当、王様だ)

 

(お久しぶりです、王様)

 

「ああ、久しぶりだな。ラミリスは元気にしているか?」

 

(元気も元気ですよ)

 

(あまりに誰も来なさすぎて退屈しているぐらい)

 

「それは仕方ない。なにせ、この迷宮に繋がる道が辺境ばかりだからな。それは中々、人も寄り付きにくいという物だ」

 

(普段は風星様とぐうたらしているわ)

 

「あいつは最低限、ラミリスの身柄を守ればいいと言い含めてあるからな。役割を果たしているなら問題ない。下手な事態に陥っていなければ、それで構わないさ」

 

(優しいのね、大地の王様)

 

「優しい?否、これは甘いっていうんだよ。事実、他の連中に知られればあいつは怒られるだろうからな」

 

(それでも、ですよ。竜種の頂点)

 

「まぁ、世間話はそれぐらいで良いだろ。それより、ラミリスのところに案内してもらえるか?」

 

(かしこまりました。それではこちらにどうぞ)

 

 精霊の先導の元、ヴェルディアスは歩を進めていく。ヴェルディアス一人でも迷宮を踏破すること自体は可能だが、やはり時間がかかる。それならば、道を知っている者に尋ねた方がよっぽど時間を短縮することが出来るという物だ。

 そのまま談笑しながらしばらく歩いていると、大きな広場の前に巨大なゴーレムが立っていた。少し前にラミリスが調達してきたゴーレムで、元を辿れば武装国家ドワルゴンという国が開発した物だという話を聞いていた。

 

「あれが話に聞いていたゴーレムか。これだけの物を作るとは、ドワーフも中々、といったところか?」

 

(女王様が大分手を加えてますけどね)

 

「そのようだな。元素精霊を最大限活用しているみたいだな。精霊工学の粋を尽くした、というところなんだろう」

 

(一目で見抜かれるのね。流石は王様)

 

「元素とは即ち大地に関わるものだからな。火も、水も、風も、地も。俺と関わり合いのない存在というのは、無きに等しい。とはいえ、流石はラミリスだ。ここまで一つの肉体に精霊を上手くまとめあげるとは」

 

 目の前に立つゴーレム――――聖霊の守護巨像(エレメンタル・コロッサス)と名付けられたゴーレムを見てヴェルディアスはそう言った。ヴェルディアスからすれば芥に等しいとはいえ、その出来栄えはまさしく見事というに値する一品だったからだ。

 

「ん~?ああ、ディアじゃん!久しぶり~!」

 

「ああ、久しぶりだラミリス。壮健そうで何より」

 

「まぁ、人も偶にしか来ないしね。聖霊の守護巨像(エレメンタル・コロッサス)にゼノがいたら、問題なんて起きようもないし」

 

「それは何よりだ。俺も一角を割いているだけの価値があるという物だ」

 

 ヴェルディアスの目の前には小さな精霊がいた。ヴェルディアスを崇拝している者であれば、噴飯ものの言葉遣いをしているその精霊に怒るものはここにはいない。それに、もしいたとしても、ヴェルディアスが止めた事だろう。

 目の前にいる存在こそ、ヴェルディアスの唯一頭の上がらない相手――――十大魔王が一人、『迷宮妖精(ラビリンス)』ことラミリスなのである。その存在をヴェルディアスは何よりも重要視している存在であり、どれぐらい重要視しているかと言うとヴェルディアスが管理している存在に守護を任せるほどである。

 

「それで、今回はどうしたのよさ?何か問題でもあった?」

 

「いいや。それほどのことはないよ。ただ久しぶりに顔を見ようと思っただけさ」

 

「律儀だねぇ。んで、何かお土産とかないのよさ!?」

 

「ふふふ。もちろん用意してあるとも。ほら、とある有名菓子店のお菓子だ。後で他の精霊たちと一緒に食べたら良い」

 

「おぉぉぉぉっ!ありがとうね、ディア!」

 

 ラミリスはヴェルディアスの差し出した菓子の包みを受け取ると、小躍りし始める。その姿を見ながら、横に視線を向ける。そこには熟睡している男の姿があった。

 

「別に寝てる振りしなくてもいいぞ。どうせここに来ているのは俺だけだし、お前がサボっていたって俺に怒る気はないからな」

 

「……それなら放っておいてくださればいいのに。相変わらず、主様はその辺り分かっていらっしゃらないですねぇ」

 

「ふむ、そうか?俺はお前が俺の言った役割をこなしていれば気にしないが、他の連中はそうではないだろ。特にミズリなどは激怒しそうだろ?」

 

「うへぇ……水星の話はしないでくださいよ。あのヒステリック女の相手なんて面倒極まりないんですから。火星の奴もよく相手してられますよ」

 

「まぁ、あの二人は力関係がはっきりしているからな。ホムラの方がまだ若輩な分、中々ミズリには勝てない。そうなると、どうしてもそういう上下関係になってしまうさ」

 

「それを止めない主様もどうかと思いますけどね。まぁ、俺が口出しする事でもないですし構いませんけど。それで闇星と光星は相変わらず監視業務ですか?」

 

「そうだな。俺の仕事の手伝いをさせるのはどうかと思うが……まぁ、おそらく今回で最後だからな。協力してもらうさ」

 

「最後、ですか。んじゃあ、また俺らの役割変更ですかい?」

 

「そうだな。六星竜王(お前たち)にも何かを頼む日がやってくるかもしれない。最近ではなにやら調子に乗っている魔王もいるようだし、また面子が崩れるかもしれないからな」

 

 ヴェルディアスの言葉に男は肩をすくめる。はるか昔から生きているヴェルディアスからすれば、魔王の面子が変更される事すら茶飯事だった。そして、その事を至極どうでもいいという反応を取っている辺り、流石だと言わざるを得なかった。

 

「まっ、そりゃ構いませんがね。調子に乗っている、というとクレイマン辺りですか?魔王種を獲得して偉そうにしている程度の雑魚とはいえ、放置しておくのはどうかと思いますが?」

 

「仕方がないだろう。俺はあくまでルドラとギィのゲームの審判役だ。どちらかの戦力を潰す権利などないんだ。不要になればその別ではないが、今は手出しできん」

 

「そりゃ、なんとも言えませんな。しかし、主様相手であれば、あのギィ・クリムゾンもそこまで強く言うことはないでしょう?」

 

「ないかもしれんが、文句を言われることその物が億劫なんだ。それに、アレらは俺の友だ。友の邪魔をする、というのは俺の本意ではない。忠告だけはしておくが、それ以上の事はしないよ」

 

「――――それで、姪御様に危害が及んでも、ですか?」

 

「当然だ。あの子はすでに独り立ちをしている。だというのに、その結果に文句など言える訳がない。あの子がこちらを頼ってきたのなら話は別だが、そうでもないなら何も言わんさ」

 

 冷たいとすら言えるヴェルディアスの反応。しかし、その内側にはミリムに対する愛情と――――絶対の信頼があった。ミリムであるならば、どんな苦境であろうとも己の力で、そして誰かと共に手を取りあう事で苦難を突破してのけると。

 ミリムは魔王の中でも上位に位置する存在だ。そんな存在と手を取り合える存在は珍しいのは確かだ。それでも、ミリムは根が優しい子なのだ。その優しさを理解できる者ならば、周囲の評価に惑わされずミリム自身を見れる者ならば、理解できる筈だとヴェルディアスは思っている。

 

「……そうですか。では、主様の思うがまま行かれるがよろしいかと」

 

「もちろん。それじゃあ、ラミリスの警護は引き続き任せるぞ。フウガ」

 

「仰せのままに。主様より与えられた名前と、風星竜王の名に懸けて必ずやお役目をまっとうして見せましょう」

 

「最初から疑っていないよ。そうでもなければ、我が兄に通ずる『星』の字はやらなかったよ」

 

 ヴェルディアスにとって、どれだけの月日を経ようともヴェルダナーヴァは特別な存在である。そんな存在に関係しているのではないかと疑わせるような単語を与えている辺り、六星竜王と呼ばれる存在への信頼度がいかほどの物か伺えるだろう。

 ヴェルディアスはしばらくラミリスとの談笑した後、『精霊の棲家』を出た。そして、ジュラの大森林もといジュラ・テンペスト連邦国こと魔国連邦(テンペスト)の観察に戻ろうとした。しかし、そこで強大な存在が現れたのを確認した。

 

「これは……カリュブディス、だったか?魔王クラスの魔物の復活とは穏やかじゃないな」

 

 ヴェルディアスは空間移動を行い、すぐさまジュラの大森林近くに用意した拠点に移動した。そこでは武装を整えたアリーシャが立っていた。ヴェルディアスが戻ってきたのを確認すると、すぐさま駆け寄ってきた。

 

「師匠、お戻りになられましたか」

 

「アリーシャ。どういう状況になっているかはわかるか?」

 

「詳しい事はなんとも。ただ、少し前にユーラザニアの使者を名乗る人物が訪れていた事とミリム様がこの森を訪れていたぐらいしか、変化はありませんでした」

 

「ミリムがあの国に?……なら、オークロードの一件も魔王が関与していると見て間違いないか。まぁ、それはどうでもいい。それで、ユーラザニア?獅子王(ビーストマスター)があの国に何の用だ?魔王同士でジュラの大森林は不干渉の同盟があっただろ」

 

「それがどうも魔王間での不干渉条約が撤廃されたそうです。獅子王(ビーストマスター)人形傀儡師(パペットマスター)天空女王(スカイクイーン)、そして破壊の暴君(デストロイ)の連名で」

 

「……ふっ、なるほどな。狙いはあのスライムとその国に仕える者たちか」

 

「おそらくは。あのスライムの事を別にしても、鬼人たちはAランクの魔物。仲間にできれば十分な戦力となりえますから」

 

「そういう物かね……」

 

「……まぁ、師匠からすればランクなど、どうでもいい区分なのでしょうが。人間たちからすれば大事な指標です。覚醒魔王級の臣下を複数従えている師匠にはどうでも良いでしょうけど!」

 

「おいおい、何を怒ってるんだ?別に悪いとは思っちゃいないさ。お前もランク制度の区分に力を貸していたことはよく知っているしな。だが、魔王種がどれほどの力を得ようとも、お前にはさしたる違いはないだろう?俺が育て上げたお前がその程度の相手に負けるはずがないのだから」

 

 そこに籠められた意図は全幅の信頼。アリーシャならば、自分が育て上げた愛弟子であるのならば、魔王種など言うに及ばず、覚醒魔王であっても倒すことが可能だとそう信じているのだ。傍で見続けてきたからこそ、ヴェルディアスはアリーシャを信じているのだ。この世に二つとないほどに。

 それを理解しているからこそ、アリーシャは憮然としていた。ヴェルディアスはアリーシャを信じているが、決してアリーシャを簡単には褒めない。どれだけの難事をこなしたとしても、それを当然の事として受け止めているからだ。自分の愛弟子なら、それぐらいはこなしてみせると本気で思っているからだ。

 

 しかし、あまりにも永い時を生きているとはいえ、アリーシャとて人間なのだ。褒めてほしいと思う事はあるし、お前は頑張っていると慰めてほしい時もある。あまりにも当たり前な人として生きるためのモチベーションとなりうる言葉を求める時が、彼女にもあるのだ。

 

「……相変わらず、お二人とも仲がよろしいようですね」

 

「おや、クロム。わざわざどうしたんだ?」

 

「お久しぶりです、我らが主。此度はギィ・クリムゾンより主の許へこれを届けろと言われまして」

 

「ギィが?ふむ、なになに……?」

 

 ギィがわざわざ書類を認めるというのは結構珍しい事だった。何故なら、そんな事をせずとも自分で直接言いに来るからだ。ヴェルディアスもギィも、互いに遠慮しあう仲ではないからだ。言いたい事があれば、相手のところに行って直接言うのだ。

 

「なるほど。こんな内容なら直接言えば良いと思うが……俺に対する配慮か何かのつもりか?」

 

 ギィからの手紙には人形傀儡師(パペットマスター)ことクレイマンたちの目的――――自分たちにとって都合のいい魔王種の誕生と、それによって小競り合いが生まれるだろうという忠告だった。わざわざ手紙を認めるような内容でもないだろうに、と思いながら読み進めていくと自然と苦笑が浮かんだ。

 ヴェルディアスには六星竜王と呼ばれる配下がいる。あまり好き勝手に行動する訳にはいかないヴェルディアスが用意した、手足とも呼べる存在である。その内の二体、闇星竜王クロムと光星竜王ミツビをそれぞれ魔王陣営と東の帝国の監視に充てていたのだ。

 

 これはヴェルディアスが己の役割を果たすために必要だ、と判断したためにやった行動だった。しかし、ギィ本人からすると、息苦しいにもほどがあるそうだ。別に配下である悪魔たちと戦わせたりとかはしていないが、どうも四六時中誰かの視線があるというのは鬱陶しいらしい。

 つまり、今回の手紙の本題は体のいい人払いだ。今頃、ギィはつかの間の自由を味わっているのだろうとヴェルディアスは思った。それと同時に、丁度いいかとも思った。

 

「クロム、一つ頼み事をしてもいいか?」

 

「はっ、私は御身の手足なれば如何様にも」

 

「そうか。では、この近くにカリュブディスが復活したという報が入った。この森の盟主と協力し、彼の魔物が人間世界を蹂躙する前に叩き潰せ」

 

「……私が、でしょうか?」

 

「そうだが、なにか不満でもあるのか?」

 

「いいえ、御身の命令に不満など。しかし、この森には姪御様が……破壊の暴君(デストロイ)ミリム・ナーヴァ様がいらっしゃいます。私が手を出さずとも、あの方やこの森の盟主殿で蹴散らしてしまわれるのではないでしょうか?」

 

「確かにな。カリュブディスが魔王種レベルの魔物とはいえ、ミリムは覚醒魔王。敵になどなりうる訳がない。だが、カリュブディスの本体は精神体だ。肉体を殺した程度では終わりではない。だが、お前ならば最後まで殺しきれる。違うか?」

 

「――――いいえ。御身の仰る通りです。主は、ヴェルディアス様はカリュブディスの完全討伐がお望みなのですね?」

 

「ああ。ヴェルドラの魔素から生まれたとはいえ、意思のない魔物。存在したところで何の役にも立たないだろうしな。ああ、あくまでミリムと盟主殿が力を尽くして尚、無理だった場合で良い。基本は傍観に徹しろ。助けを求められた場合は自己判断で動くように」

 

「かしこまりました。それでは行ってまいります」

 

「任せたぞ」

 

「御身の思し召しのままに」

 

 そう言い残すと、クロムは姿を消した。ヴェルディアスの言葉に従い、まずは大森林の盟主に接触しに行ったのだ。その姿を見送ったヴェルディアスはそのまま拠点に入った。その中では先に入ってお茶の準備をしていたアリーシャがお茶を注いでいた。

 

「……何故、師匠自らが行かれないのですか?」

 

「俺が行ってもしょうがないだろう。それに、俺の場合は下手するとカリュブディスごと盟主たちを薙ぎ払いかねない。そういう訳にはいかないだろう?」

 

「ミリム様にお会いにはならないのですか?」

 

「……会わないよ。あの子が会いたいというならまだしも、俺の方から会いに行くことはない。あの子が一人で頑張ると決めたのだから、俺はそれを応援するだけさ」

 

「……本当に意固地なんだから」

 

 耳に入ったアリーシャの小言を聞かなかったフリをしつつ、お茶を飲む。いつもより苦いような気がするそのお茶を楽しみながら、戦場となるであろう場所に視線を向けるヴェルディアスだった。


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