気づいたら竜種に転生していた件   作:シュトレンベルク

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暴風竜の申し子

 ジュラ・テンペスト連邦国の首都リムル。そこでは、突如復活した暴風大妖渦(カリュブディス)への対策を講じている真っ最中だった。しかし、そこにとある一報が伝えられた。強大な魔素エネルギーを持った存在が接近してきたという報だった。

 ただでさえ、カリュブディスのせいで気が立っている。そんな状況で現れた強大な存在――――疑わしい事この上ないとしか言いようがない。リムルは『侍大将』に任命したベニマルと秘書であるシオンを連れて、外で待っているというその存在に会いに行った。

 

「待たせたな。俺がこの国の王であり大同盟の盟主リムルだ」

 

「盟主自らお会い下さるとは、ありがとうございます。私はクロム・ブルグ。我が主の命により、この国の助力に参った次第です」

 

「……へぇ、そうなんだ。それで、その『主様』が誰かは教えてもらえないか?」

 

「あなたが知る必要がありますか?教えても構わないと思っていらっしゃるでしょうが、それはあなた個人にはまったく関係のない事でしょう」

 

「おいおい、他人に自分の主が誰かも明かそうとしない相手を信じろって?そりゃあ、無茶ってもんじゃないか?」

 

「協力できずとも、別に構いませんよ。私は私で勝手に動くだけですから。ただ協力していた方がそちらの被害をより少なくすることが出来る、と思っただけですので」

 

 クロムに悪意はない。ただ純粋に好意によって声をかけただけに過ぎない。しかし、その言葉があまりにも相手を煽っていた。リムル自身は自身の持つスキル『大賢者』によって、悪意がない事を理解している。それでもムカついていることに変わりはないのだが。

 

「なんですか、あなたは!リムル様に対して失礼な!」

 

「……?私に言っているのですか?」

 

「当たり前です!どこのだれかは知りませんが、リムル様はこのジュラの大森林の盟主!そんな方に対して失礼だとは思わないのですか?」

 

「ふむ……リムル殿、部下の教育はしっかりした方がいい。その反応を見る限り、私の事を知らないのでしょうが、その様ではいざ魔王と対面しても殺されるかもしれないですからね」

 

 その言葉と共に、クロムは少し拘束を緩めた(・・・・・・)。すると、クロムの肉体から膨大な量の魔素が溢れかえる。その姿は魔王と呼んで差し支えないほどであり、シオンやベニマルは愚かリムルの顔にも緊張の色が見えた。まぁ、目の前にいきなり魔王レベルに強い者が現れれば当然なのだが。

 

「では、改めて自己紹介を。私はクロム・ブルグ。『六星竜王』が一人、『闇星(ダーク・エレメンタル)竜王(ドラゴン・ロード)』のクロム・ブルグです。以後お見知りおきを、大森林の盟主殿」

 

「『六星竜王』だと!?」

 

「知ってるのか、ベニマル?」

 

「はい。人間界で特に有名なドラゴンがいまして、その方が名乗ったのが『六星竜王』という称号だそうでして」

 

「それはホムラ……いや、ミズリですか?あの頭の腐りはてた女でしたら、名乗っていても不思議ではありませんが。ホムラがそれをやったのなら、少々折檻が必要かもしれませんね」

 

「ミズリ様……『水災竜妃』様のことをご存じということは本当に」

 

「当然です。そもそも、この称号を僭称するという事は我々に対する挑発行為。普段からそれほど仲がいい訳でもない我々の中でも禁断の行いとして、即座の撃滅を認可しているのです。そのような真似はしませんよ」

 

「ちなみにそれ、他の人たちは知ってるの?」

 

「知りませんが、そもそも選ばれた面子は全員竜王(ドラゴンロード)です。僭称したとしても、大概は一発でバレます。我々の領域に至れるなら、そのような事は無意味でしかないと理解していますよ。そうでなくとも……我々の事を知らぬようでは長続きはしないでしょう」

 

「どういう意味だよ?」

 

「我々、六星竜王と呼ばれる存在は対外的には人間側に近い魔王と認識されています。人間たちを救う事もある、しかしその上で人間たちを害する場合もある。我々はそういう存在なんですよ」

 

 事実、六星竜王は敬われる存在であると同時に畏れられる存在でもある。それはヴェルディアスと同様に守る存在とそうでない存在に明確な違いがあるのだ。そして、守る存在に危害を加えられた時、彼らは尋常ではないほどに怒る。そして、その怒りに触れた相手を完膚なきまでに滅ぼす。その中には人間の国家と同じように魔王も存在していた。

 十大魔王という称号が人間たちに定められるより前、魔王の数が変動した理由の一端に『六大竜王の怒りに触れたから』という理由が挙げられたほど。魔王以上に身近であるからこそ、その怒りに触れてはならない。ある意味助かるが、ある意味で迷惑極まりない存在でもあった。

 

「それって、どうなんだ……?」

 

「弱者たる彼らは救われることを喜びこそすれ、殺されることに対して我らを非難する権利などないのです。元々、我ら魔物と彼ら人間は別種の存在なのですから。それに対して、責められたとしても何とも思いませんな」

 

「ふ~ん、そっか。それで、さっきのは何だったんだ?いきなり、エネルギーが変動するとは思わなかったぞ」

 

「その事ですか。我々、六星竜王はその潜在エネルギーを覚醒魔王級の物と同等に位置しています。先ほどは魔王種級まで開放しましたが、それでも感じたでしょう?圧倒的な差を。要するに、膨大すぎる魔素量の放出を防ぐため、我々は枷を作っているのですよ」

 

「枷、っていうと放出する魔素を制限しているって事か?でも、自分で抑えるだけじゃどうしても漏れる部分があるんじゃないか?」

 

「確かにリムル殿の言う通り、自分で抑えるだけではどうしても魔素が漏れてしまいます。少なくとも、覚醒魔王級の魔素を普通の魔物と同規模に抑えるというのは中々難しい。そこで、我らが主が用意した『枷』が意味を成すのです」

 

「……段階的に魔素の放出量を制御してる、って事か」

 

「ほう……中々読みが鋭いですね。ええ、その通り。我らが主は、私たちに枷を作られました。我々はそれを好きなタイミングで開放することが出来ます。各々に委ねられているとはいえ、日常生活では我らは本当にこの国にいる魔物と同程度の魔素しか持っていないのです」

 

「そりゃあ、こちらとしては助かる話だけど、そっちは良いのかよ?」

 

「主から頂いた物に文句などありよう筈がありません。それよりも、今はカリュブディスに対する話し合いの方が重要では?」

 

「それもそうだな。それで、あなたはカリュブディスについて何か知っているのか?」

 

「はい。なにせ、私が初めて戦った相手がカリュブディスでしたから」

 

「……はい?」

 

 そう、かつてクロムともう一体の竜――――ミツビはカリュブディスと相対した経験がある。上位竜(アークドラゴン)竜王(ドラゴンロード)の狭間に位置するぐらいの能力を有していた頃であり、ヴェルディアスから最初に任された仕事だった。

しかし、その頃の二体は六星竜王として名を連ねるにはどうしようもなく弱かった。手傷を与える事はできたが、倒すまでには至らなかった。結局、ヴェルディアスの手を借りざるを得ず、特に悔しい想いをした事を今でも覚えている。

 

 その時、ヴェルディアスはカリュブディスを完膚なきまでに滅ぼしつくそうとしていた。しかし、クロムとミツビが懇願した事で封印に留めた。懇願した内容は、必ずや次こそは自分たちの手でカリュブディスを討伐してみせる。だから、どうか我らの雪辱の機会を奪わないでほしい、という物だった。

 それがどれだけ厚顔無恥な願いだったかは分かっていた。ヴェルディアスに断られて当たり前の願いで、だからこそその願いを受け入れてくれたヴェルディアスには感謝している。今回、ミツビはいないが、それでも自分ならば成し遂げてみせると、強い覚悟をクロムは持っていた。

 

 しかし、何よりも優先するべきはヴェルディアスから任された仕事だ。だからこそ、前回は遠慮しようとしていた。ヴェルディアスとしてはそこまで優先させるほどの仕事ではないため、今回は因縁の清算をつけさせることを優先させたのだ。

 無論、クロムやミツビの現在の力量であれば圧倒的な力量差がある。今や、二人ともカリュブディスなど恐れるに値しない。文字通り、鎧袖一触。本来の力量であれば、カリュブディス諸共従っているメガロドンを葬り去る事もできる。しかし、その許可は降りないだろうとクロムは思っている。

 

 何故なら、主であるヴェルディアスは『この森の盟主との協力』を前提として挙げた。カリュブディスの討伐はこの森の盟主に必要な功績であると、ヴェルディアスは認識したのだ。ならば、クロムはその命令に粛々と従うのみである。

 

 結局、クロムもカリュブディス討伐隊に同行することになった。しかし、クロムの言葉通り、リムルたちはカリュブディス討伐に苦戦を強いられることとなった。その理由は、カリュブディスとメガロドンが共通して持っているスキル『魔力妨害』が原因であった。

 そのスキルは特定範囲内の魔素の流れを阻害するスキルであり、分かりやすく言うと魔法の威力を低下させるスキルだ。これを突破するために必要なのは、『魔力妨害』スキルを無効化させるスキル。或いは、そのスキルを物ともしない威力の魔法を行使する事である。

 

「呑みこめ――――光崩壊(ブライト・コラプス)

 

 クロムの言葉と共に放たれた一撃。そのたった一撃によって13体はいたメガロドンの内、半数が消し飛んだ。その威力たるや、見ていたほぼ全員が絶句の一言。極められた一撃は文字通り、余人に言葉を許さぬほどの力を見せつけるのだった。

 

「あんた一人で良いじゃん、これ……」

 

「私はそれでも構いませんが。主からはあなたが主眼となって行動するべきだと言われていますので。そうでなくとも、暫くは見に徹させていただきます」

 

「…………分かった。じゃあ、いざとなったら頼らせてもらうよ」

 

「ええ、それで構いませんよ」

 

 クロムは別に疲弊しているわけではない。そもそも、あのぐらいの一撃、というか核撃魔法ぐらいであればどれだけ放とうが疲れ果てるという事はない。その程度もできないようでは、『六星竜王』など名乗っていられないのだ。

 何故なら、彼らは準竜種という扱いを受けているのだから。そして、多くの者がいずれは天災級(カタストロフ)へ至る事を目的としている。ヴェルディアスに憧れ、ヴェルディアスの見る景色を見たいと願う。その願望をひと際強く持つ者こそ、『闇星竜王』クロム・ブルグなのだ。

 

「おい、お前!」

 

「はっ、なんでしょうか?ミリム・ナーヴァ様」

 

 振り返るまでもなく、クロムはミリムの存在を認識していた。暴虐の化身たる魔王と言われながら、あの町の魔物たちに対する配慮。伝え聞いていたミリムの特徴とは異なるが、それでもその身に宿る圧倒的な力を見間違えるほどクロムは耄碌していない。

 世界で唯一存在する竜魔人(ドラゴノイド)ミリム・ナーヴァ。ヴェルディアスが自身の家族の中で唯一庇護対象とした少女。今でこそ離れているが、ヴェルディアスがミリムを慮らなかった時はない。それほどの相手に失礼な態度をとるわけにはいかないのだ。

 

「お前、竜王(ドラゴンロード)なのだろう?実力は魔王クラスなのに、どうして名が知られておらぬのだ?」

 

「それは私の職務が原因かと。私は主の命により、魔王ギィ・クリムゾンの監視を行っており、俗世にはあまり関与しておりませんでしたので」

 

「ギィの監視?誰がそんな事を命じるのだ?」

 

「我が主――――世界に存在する5体の竜種が一体、『大地竜』ヴェルディアス様です」

 

「叔父上の……叔父上の配下だったのか、お前は」

 

「はい。今回の戦闘に参加させていただいているのも、私の因縁が原因です。ヴェルディアス様は私を慮り、派遣させてくださいました」

 

「そうか。…………叔父上は、元気にしているか?」

 

「私もそう何度も拝見させていただいている訳ではありませんが……はい。先日、拝謁させていただいた際には壮健そうなご様子でした」

 

「それは良かったのだ。私の事は何も言っていなかったか?」

 

「……はい。ミリム様の事は何も聞き及んではおりません」

 

「そうか」

 

「し、しかし、ミリム様!ヴェルディアス様はミリム様の事をずっと思っていらっしゃいます!決してなんとも思っておられないという事はないかと……!」

 

「……?お前は何を心配しているのだ?」

 

「はっ……」

 

「叔父上はかつて私に言ったのだ。私の事をいつまでも応援していると。叔父上が何も言わなかったという事は、その想いは変わらないという事なのだ。だから、安心した」

 

 ヴェルディアスのミリムに対する愛は変わらない。移ろい変わりゆく物を多く見てきたからこそ、その不変性がどれだけ貴重な物なのか分かる。かつての約束からどれだけの月日が経ったのか、思い出すのも難しいほどの時間が経っても変わることのない想いがそこにはあるのだ。

 目に見えなければ、手で触ることも、肌で感じる事もできない。でも、それでも、そこにあるものをミリムは確かに感じていた。そんなミリムを見て、クロムはヴェルディアスとミリムの間にある自分では届きえない何かを感じ取った。

 

 ヴェルディアスが積み上げてきた物。長い長い時をかけて積み上げられてきたソレは、大きな力を生む。今、ヴェルディアスが作り上げていたものが纏まってきている。それをクロムは感じ取った。

 

 そうして、ミリムとクロムが談笑している中。戦場は停滞し始めていた。

 周りに漂うメガロドンの掃討が完了し、最後の相手であるカリュブディスとの戦いに入った。しかし、事前にクロムが与えていた情報通り、一筋縄ではいかぬ相手だったからだ。巨大な体もさることながら、自分の鱗を使った攻撃と超速再生スキルが穴を封じていた。

 

「くそっ、分かってたけど、これじゃあじり貧だな……」

 

《解。現段階での突破口は見込めていません》

 

「あの超速再生を上回る攻撃で倒すしかない、か……やっぱり頼るしかないか?いや、でもヴェルドラ関係だったら俺がどうにかしないといけないし」

 

 リムルの負い目。それは今、リムルの中にいるヴェルドラの存在だった。カリュブディスがヴェルドラの魔素によって生み出された存在と聞いた時から、相手の目的が自分なのではないかと疑っている。その疑惑があるからこそ、リムルはカリュブディスの相手を止める訳にはいかないのだ。

 しかし、リムルにはカリュブディスを殺しつくす術がない。そうするためにはあまりに相手が大きすぎるからだ。これだけのサイズの相手を圧倒するだけのスキルや魔法をリムルは持っていないのだ。だが、逆に相手の攻撃もリムルには届かなかった。

 

 現段階でリムルの保有するユニークスキルは大きく分けて三つ。『大賢者』、『暴食者』、『変質者』の三つである。普段使いのスキルとして使い勝手がいいのが一つ目と三つ目。強敵相手でも使えるのが二番目なのだが、如何せん相手は巨大故に威力が足りないのだ。

 

《解。現存する配下含め、攻略手段が乏しいのが現状です》

 

「分かってるって!でも、なぁ……大賢者、あのクロムさんなら何とかできると思うか?」

 

《解。先ほどの魔法行使を参照した結果、その可能性は高い物と判断します》

 

「そうだよなぁ……」

 

 先ほどの一撃。『光崩壊(ブライト・コラプス)』は核撃魔法『重力崩壊(グラヴィティー・コラプス)』の反対に位置する魔法なのだ。『重力崩壊』が中心に収縮する魔法であるとするなら、『光崩壊』はその真逆。中心から拡散していく魔法なのだ。もっと分かりやすく言えば、超新星爆発に関わる魔法といえば、その凄まじさが伝わるだろう。

 

 相手は何故かリムル(こちら)側に配慮してくれているが、それもいつまで持つか分からない。親友だと言っているミリムと違って、クロムはリムルと何ら関わり合いがないのだから。逆に、樹妖精(ドライアド)である森の管理者トレイニーは知り合いのようだが。

 

『リムル殿、こちらに対しての配慮は不要です。あなたは我が主が配慮せよと告げた方だ。であるならば、私もそのように対応します。ですから、私が出る必要が出た時にだけ声をかけていただければ結構です』

 

「……って、言ってたけどさ。そうも言ってられないよな」

 

 クロムはリムルと比べても圧倒的な強者だ。文字通り、ミリムと同じくらいの強さがあるかもしれない。そんな相手に対して配慮不要と言われても、そうそう納得できるものではない。魔物にとって強い者こそが絶対であるからこそ、尚更だ。

 

「……って、うん?」

 

『おの……れ、ミ、ミリ、……ミリムめ』

 

「え?ミリム?こいつ、俺じゃなくてミリムに用事があったのか!?」

 

 大賢者による『解析鑑定』を行い、とある魔人がカリュブディス復活のための素体に利用され、これまでの攻撃でカリュブディスの魔核と魔人の魔核に齟齬が生まれた事で声が聞こえた事が判明した。そこでミリムに任せようと思った瞬間、クロムはどうしようかと考えた。

 

「いや、これだけ待たせて、やっぱりミリムに任せるっていうのは難しいか?でも、相手はミリムに用事があるみたいだし……」

 

「リムル殿、先も言いましたが私への配慮は無用です。ミリム様が討たれるなら、それでも構いません。私の因縁など些細なものですから」

 

「それはこちらとしてもありがたいですけど……本当に良いんですか?」

 

「ええ。最初から分かっていましたが、改めて確認して分かりました。カリュブディスは最早、我らの足下に及ばない、取るに足らない存在となった。なら、固執する意味もないでしょう。それならば、一思いにやっていただいた方が、奴のためにもなるでしょう」

 

 本音を言えば、最初から分かってはいたのだ。災禍級(ディザスター)でも上位勢と互角に立ち回れる自分に対して、同じ位置に立てない程度の相手が互角足りうる訳がない。魔王を恐れて、魔王と同格であると名乗れないような輩に自分が負けるはずがない。そんな生半な鍛錬は積んでいない。

 何より、ヴェルディアスには自分をここまで引き上げた恩義がある。親を失い、唯一の同胞以外の総ての同族を失い、それでも努力し続けてきた。強くなりたい。何者にも奪われないほどに強く。そう願い、ヴェルディアスはその願いを叶えてくれたのだ。

 

 それ故に、クロムはヴェルディアスに忠誠を誓うのだ。自分から何もかもを奪った相手を、意図も容易く葬った雷を今でも覚えている。あの力強さに焦がれ、ここまで来たのだ。今更、こんな取るに足らない弱者にかかずらっている暇はクロムにはないのだ。

 カリュブディスなど取るに足らない弱者でしかない。誰かが葬ってくれるというなら、それに越したことはない。それよりも、早くこの仕事を終わらせて元の職務に戻りたかった。この地で得られる物など、何もないのだから。

 

 そんなクロムの意図を知らず、リムルはミリムにカリュブディス討伐を任せる。そして、カリュブディス討伐後、素体となっていた魔人『フォビオ』をカリュブディスの魔核を分離させることで助けた。しかし、それ自体はクロムにとってどうでも良い。

 ただ、ヴェルディアスから任された仕事は果たされた。それ以外の、今回の時間に関する事実など些事に過ぎない。そう判断した。その後にカリオンが現れた事もどうでも良かったし、両国家間の不戦条約も、何もかもがどうでも良かった。ただ――――

 

「少しだけ、見せてもらったがよ。結構な配下を連れているじゃないか。そこの黒い奴とか、とんでもない実力を持っているみたいだしな。俺様の配下としてスカウトしたいぐらいだ」

 

 ――――その一言だけは許しがたい物だった。

 

「え、ちょ、あの人は別に俺の配下じゃ……」

 

「貴様如きが俺の主になる?調子に乗るなよ、獣畜生が。誰の許可を得て囀っている」

 

 クロムの身体から膨大な量の魔素が溢れかえる。その量はカリオンなど目ではない代物であり、その場にいた多くの者たちが『暴風竜』ヴェルドラを幻視させるほどの領域だった。それは文字通り、逆鱗に触れられた竜の怒り(ソレ)だった。

 魔素に対する耐性を持つ魔物ですら膝を屈したくなるほどの威圧。それでも生きている。クロムの最後の良心によって生きることを許されている。そう実感させられるほどに、クロムの怒りの感情は激しかった。

 

 彼は格下の相手から下に見られるという事を最も嫌う。何故なら、幼き頃弱かった頃を思い出させるからだ。そうでなくとも、偉そうにしていいのはそれだけの格を有する者だけという持論がある彼にとって、偉ぶっている弱者というのは見ているだけで腹が立つのだ。

 カリオンは別に弱者ではないが、クロムから見れば格下だ。相手の本来の力量を見極める事もできず、偉そうに宣っている。クロムにとっては、その行動がとても許しがたい。

 

 ミリムが同じことをしたとしても、ここまで激しく怒る事はないだろう。ミリムはクロムの実力を見抜いているし、何よりクロムを上回りうる実力の持ち主だ。ヴェルディアスの庇護を抜きにしても、ミリムに対してクロムは一定の敬意を持つ。

 しかし、カリオンは別だ。いや、カリオンだけではない。天空女王(フレイ)人形傀儡師(クレイマン)も、彼にとっては格下。魔王だなどと名乗るに値しない弱者であり、まかり間違っても自分よりも格上に振る舞う事など到底認められない。

 

 そんな相手の怒りをカリオンは全身で受けていた。事ここに至れば、自分が失敗したことは明白。であればこそ、自分がするべきはその怒りを一身に受け止める事。間違っても、配下や国にその怒りが向けられることがないようにする義務が、王たる彼にはある。

 

 

「いつまで、そうやっているつもりですか?闇星竜王」

 

 

「お前は……」

 

 クロムの背後に現れたのは褐色の肌に黒髪の青年だった。その背中に大剣を背負い、されども身に纏うのは手甲と脚甲だけという軽装。敵意はないが、明らかに強者と認識できるというちぐはぐさ。そんな異様さ故に誰もが警戒せざるを得なかった。例外は唯一青年の正体を知るクロムだけだった。

 

「『試練』は終わったのか?勇者殿」

 

「一先ず、出された分は。報告に来てみれば、『暴風竜』の申し子の復活に魔王が二体もいる。それに森には魔物の集団が出来ていて、しまいには怒り心頭のあなたがいる。最早、何が何だか分からない事だらけですよ」

 

「あの『試練』を突破したというのか……人間が」

 

「侮りすぎです。そうでなくとも、我らが師が私たちにできないことをさせる主義の方ですか?」

 

「……なるほど。違いない。あの方は我々のできる範囲の、少し超えた範囲の『試練』しか出されないからな。できない訳ではない、か……」

 

「そういう事です。さぁ、自分の職務に戻られては如何ですか?あなたとて別に暇なわけではないでしょう?」

 

「そうだな。では、勇者殿のご厚意に甘えさせてもらうとしよう。命拾いをしたな、獣畜生。次に偉そうな口をきけば、その命臣民諸共に狩りつくしてやるからそのつもりでいろ」

 

「…………ああ、肝に銘じておく事にするぜ」

 

 その言葉と共にクロムはその場を去った。それと共に威圧感も消失し、多くの者が膝をつき息切れ状態になっていた。それと共に青年もその場を去ろうとしたが、ミリムに腕をつかまれた。

 

「おい、貴様。あの竜は『勇者』と言ったが、本当なのか?」

 

「らしい、ですね。私にはまったく実感がありませんが。師匠も私の資質が目覚めないことに疑問を抱いているらしく、定期的に『試練』へ挑まされている訳ですね」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんですよ。そういう訳で、現段階であなた方魔王と戦う気はこちらにもありません。無論、そちらが戦われると仰るならその別ではありませんが……そうではないでしょう?」

 

 勇者として覚醒している訳ではない。それでも、目の前に立つ青年はれっきとした勇者の一角に数えられる存在。覚醒しておらず、究極能力(アルティメットスキル)を保有していないだけで、彼は魔王とも相対することのできる人間における最強種なのだ。

 

「……分かったのだ。お前も叔父上の関係者だというなら、手は出さないのだ」

 

「……叔父上?という事は、あなたがミリム様ですか?」

 

「うむ!私こそが破壊の暴君ことミリム・ナーヴァなのだ!」

 

「ははぁ……なるほど。これは失礼しました。お話は師からかねがね伺っています。では、自己紹介をしておかなければなりませんね。

 私はアレク。『大地竜』ヴェルディアスが二番弟子であり、『英雄戦士団』が筆頭戦士の位を預かっている者です。以後、お見知りおきください」

 

 そう告げながら、青年――――アレクは恭しく頭を下げるのだった。


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