煌めく剣閃がぶつかり合う。
アリーシャとアレクの二人がその手に持った剣をぶつけ合う。瞬く間に切り結びあう剣同士で奏でるデュエットの様なソレを外から見ている存在がいた。
「相変わらず、貴様の弟子はすさまじいな」
「アイツらは俺の弟子の中でも上から数えた方が早い実力者だからな。お前ご自慢の聖騎士たちにも負けはしないだろうさ」
「ヒナタにも勝てる、と?」
「まぁ、負けることはないだろう。アリーシャは元より、アレクも中々育ちつつある。半精神生命体――――『聖人』クラスまでもう少し、といったところだろうな」
「ふん……あの女は仕方あるまい。最強の勇者と言われた
「仕方ないだろう?アレクは俺の弟子の中では有望株。才能という点で見れば、アレクはアリーシャを凌駕する。同じ期間、同等の修行をすれば間違いなくアリーシャもあの子も追随を許さないだろう」
「……貴様がそこまで言うほどの逸材なのか?ヴェルディアス」
「ああ。少なくとも、現段階でもスキル抜きでアリーシャと相対することが出来る点からも明らかだろう。お前個人としては、気に入らないんだろうがな?ルミナス」
ヴェルディアスの目の前には対外的には引退した魔王『
「……仕方あるまい。多くの弟子を取っている貴様が言うのだ。その目は
「ヒナタもそうだけど、勇者として目覚めれば違うと思うんだがなぁ……まぁ、ヒナタとは原因が真逆みたいなんだけどな……」
「真逆?」
「ああ。ヒナタは自分の中に闇を抱えている。その闇が光の要素を自分に取り入れることを拒絶している。だが、アレクは違う。あいつは自分にできる事しかやらない。だから、あいつの心には闇がない。絶望を知らない。絶望を知らないという事は、同時に希望が分からないという事でもある。
そうなれば、光も闇も宿らないだろう。どちらに傾くかという話ではない。それを語る段階にすらいないのだからな。そうなれば、この先少し困ったことになるかもしれん。だから、試練をぶつけているんだが……どうもあの子には不足らしい」
「試練、か。お前が言うならば、生中な相手ではないのだろう?一体、どれほどの試練を課してきたのだ?」
「そうだな……今の段階で11個は与えたかな」
「……は?」
ヴェルディアスが試練と称するに値する課題を11個も与えられて尚、絶望を知らぬ者。そんな相手をルミナスは見た事がない。ヴェルディアスの試練は並大抵な代物ではない。過去、アリーシャに与えられた試練の概要を聞いた時、ルミナスもヴェルディアスのやり方に引いたものだ。
そもそも、ヴェルディアスは現段階で突破できるような試練は与えない。現段階で存在する限界を突破することでようやく、といった試練ばかり課す。限界を突破しなければならない、という事は死の絶望の中に生の希望を見出すからこそ突破できるのだ。
だというのに、できると思ったからその試練を突破する?それは中々に無理難題という他ないだろう。ヴェルディアスが教育方針で迷ってしまうのも当然だろう。それではどうやっても勇者とする事など難しい。だが、ヴェルディアスの許ならば強者というのは欠かないものだ。今、模擬戦をやっているアリーシャもそうだ。
「アリーシャは駄目だ。アリーシャのスキルありの攻撃を把握するためには、時間の情報子への管理権限を入手しなければならない。それは誰にでも手に入るわけではない。アレクもそれが分かっているからな。アリーシャはそもそも絶望の対象にならん。絶対に勝てない相手と分かっている相手に絶望など抱かんからな」
勝てるかもしれない、という希望があるからこそ、絶望は生まれるのだ。絶対に勝てないと分かっているのなら、そこに生まれるのは諦めだ。何をしたところで無駄、という思いが生まれる。それでは
頭を悩ませるヴェルディアスの姿を見ながら、ルミナスは注いである茶を口にする。絶対の上位種たる竜種、その頂点に立っていると言っても相違ない存在が頭を悩ませる。その姿は存外面白い物があった。だが、そんなヴェルディアスに助け舟でも出すかのように、執事服姿の青年が現れる。
「お待たせしました。こちら、料理長が考案しました新作の菓子でございます」
「ああ、ありがとうラーマ。仕事で忙しいのに悪いな、給仕の真似事などさせてしまって」
「お気になさらず。仕事など部下に任せておけば問題ありません。そもそも、私のここでの仕事など世界中から集めた情報を管理するだけですから」
「それでも、俺が任せたんだ。俺がお前の功を労うのは当然だ。ただでさえ、お前には
「六星竜王筆頭?こやつがか?」
「初めまして、魔王ルミナス・バレンタイン様。私はヴェルディアス様から六星竜王筆頭を任されています
今まで謎に包まれていた六星竜王の筆頭。目の前に立つ執事服を身に纏う白髪の青年からは、その名に相応しいと言えるような魔素を感じ取れなかった。しかし、それはラーマの魔素コントロール技術が尋常ではないほどに高い証左だった。だが、そんな事よりも聞き覚えのない単語の方がルミナスは気になった。
「
「より竜種に近いドラゴン、という分類だろうな。ラーマは凄いぞ。いまだ可能性の芽は出ていないが、いずれ俺と同じ竜種へと至れるかもしれない。純粋な特異個体だ。これからが中々楽しみな奴だよ」
本来、名付けをされた魔物は性質が変化する。それは魔物から覚醒種となる可能性の芽を摘んでしまう行為に他ならない。しかし、ラーマは特異個体であるヴェルディアスが特異個体と認める存在だ。『
それ故に、他の六星竜王に比べて、ラーマに向けられている期待は大きい。その期待にも軽々と応えてみせるからこそ、ヴェルディアスはラーマを筆頭の位置に据えた。ラーマ・キュルスこそ、ヴェルディアスに仕える者たちの中での最強なのだから。
「ただのドラゴンが竜種に……?そんなバカな話があるか?」
「バレンタイン様。ヴェルディアス様の仰ることは話半分でお聞き流しください。ヴェルディアス様は私を幼少時から見ておられますので、その分少し大げさに見られる傾向があります。私の様なドラゴンが竜種になど畏れ多いにも程がありますので」
「ほう。竜種に至れそうという割には謙虚な奴じゃな。あのトカゲとは大違いではないか。なぁ、大地竜?」
「……むぅ。あまりヴェルドラの事は言わないでくれ、ルミナス。自分に対して正直に行動するのが竜種であり、ヴェルドラは自由奔放に振る舞うという自分の在り方に正直に従っているだけなんだ。お前の怒りも分かるが、あまり俺の前で虐めないでやってくれ」
「ふん。これぐらいは当然の権利であろうが。あのトカゲは本当にろくな事をしない。大地竜は常に尻拭いをしてやっているが、貴様は何か言いたい事はないのか?六星竜王筆頭」
「……臣下の身で物を申すなど不敬でしかありません。どうか、発言を控えさせて抱くことをお許しください。魔王バレンタイン様」
「ふふっ、まぁ、よかろう。貴様の内心も多少は探れた事だしな」
ラーマの注いだ茶を楽しみながら、ルミナスは笑った。ラーマがヴェルドラの事を嫌っているのは一目瞭然だったからだ。崇高なる主に尻拭いをさせるような輩を、ヴェルディアスに心の底から忠誠を誓う六星竜王筆頭が嫌っていない訳がない。自らの同志の登場にルミナスは楽しくなっていた。
「して、大地竜よ」
「なんだ、ルミナス?」
「貴様の弟子の事よ。こやつはぶつけてみぬのか?傍目には勝てないとは思えないが、実際は圧倒的な実力を持っているこ奴なら立派な試練となるのではないか?」
「ラーマを?……それは試練とは呼ばんよ。ただの弱い者イジメだ。確かに、アレクの実力は未だ覚醒ならずとも魔王種に匹敵するぐらいはあるだろう。だが、それでは意味がない。なにせ、ラーマは
「ほぅ。お前と同等だと?」
「いえ、魔王バレンタイン様。その言葉はお取消しください。私は他の竜種の方々の足下にも及びません。そのような不敬、許されるはずがないのですから」
「固い奴よ。だが、良かろう。おぬしがそう言うのであれば、取り消すのも吝かではない」
端的に言えば、ルミナスはラーマの事を気に入っていた。圧倒的な強者であることはヴェルディアスの口ぶりからして明らか。されど、ラーマには先駆者たるルミナスに対する敬意がある。恐らくはギィ・クリムゾンに比する強者が己に対して敬意を払っている。これほど面白い事があるだろうか?
だが、それとは別にラーマはヴェルディアスが気にしているから、ルミナスに敬意を払っている訳ではないという事実もある。ルミナスの歩んできた歴史、そしてその果てに得た力。そういう物を始めとした、先駆者としてラーマはルミナスを尊敬しているのだ。
その実直さが、なんとも微笑ましい。ラーマは先駆者も後続者も、己の尊敬する事のできる部分があるならば尊敬の念を抱く。節操がないと言われればそれまでだが、尊敬の念を向けられても尚その想いを無碍にしようと思うほどルミナス・バレンタインという存在は腐っていない。
「であらば、ヒナタはどうだ?
「ヒナタは……まぁ、悪い選択ではないな。グランベルは、どうなんだ?元勇者とはいえ、あいつも歳が歳だ。アレクのような若手を相手どらせるにはきついだろう」
「そうかもしれんな。だが、あやつも腐っても元勇者。その研鑽から学ぶことは多いのではないか?」
「その意見は否定しないが……いや、やはり遠慮しておく。お前に借りを作るのも嫌だし、何より今のアレクに必要な試練は力による物ではないのかもしれない」
「ほう?では、何ならばあやつを成長させるに相応しいと?」
「さぁなぁ……だが、力押しの試練では駄目だ。それだけは少なくとも分かる。見てみろ、俺たちが談笑している間もまったく止まらないぞ、あいつら」
ルミナスが視線を向けると、まるで予定調和であるかのように剣戟を交えていく。精神生命体となっているアリーシャは疲れなど知らないが、肉体を持つアレクはそうではない。であるにも関わらず、アレクの表情には一切疲れの色が見えない。
アリーシャとて、今でこそ勇者を名乗ったりはしていないがそれでも最強の人間種だ。その剣戟は生半可な相手に受けられるほど甘くはない。寧ろ、精神的には負荷がかかる類の剣なのだ。ルミナスを持ってしても、長時間アリーシャの剣の前に晒されて疲労の色を見せないというのは難しい話なのだ。
「まぁ、俺が修行を見れない間はアリーシャに任せていたから、慣れもあるのだろうがな。それでも、人間の極致といっても相違ないアリーシャの攻撃にあれだけ対応できるんだ。生半可な相手では試練にもなり切れないというのは納得するしかないだろう」
かと言って、究極の領域に至る存在など本当に数少ない。そういう存在を試練の相手に据えるというのは、ヴェルディアスをもってしても難しい。魔王種に至る可能性の高い存在を試練としてあてがい、相手の覚醒を裏から促すと共にアレクの能力向上とした。
どこまでも強くなるアレクという存在に期待しつつも、その先に至れない事に疑問が尽きない。超人的な能力と比例しないその精神性。それは長い時を生きているヴェルディアスをして、理解することが出来ない存在というのは珍しいと言わざるを得ない。
「そういえば、ラーマ。何か報告したい事でもあったんじゃないか?」
「はっ、魔王バレンタイン様の御前で申し上げるのはどうか、という内容なのですが……」
「気にする必要はない。妾の事は気にせず、自らの仕事を果たすがいい」
「ありがとうございます。それでは……ヒナタ・サカグチを始めとした神聖法皇国ルべリオス直属の聖騎士がファルムス王国と共同し、ヴェルディアス様が気に為されていらっしゃるジュラ・テンペスト連邦に攻勢を仕掛けたそうです」
「……なんだと?」
「計画自体はファルムス王国からの発案の様です。テンペスト連邦はファルムス王国にとって、邪魔でしかありませんでしたので行動自体は不思議ではありません。しかし、聖騎士まで動くというのは……教義を考えれば自然な事かもしれませんが」
「ふむ……連中は魔物の存在を認めていないからな。魔物の国など認められないんだろう。だが、また動きが性急だな。テンペスト連邦の方向性は人社会との融和だ。敵対者と判断するには早計だと思うが……」
「どうもファルムス王国と共同の提案をした最高司祭の立場にいる人間がいるようです。まぁ、人間特有の欲深さを発揮した結果でしょう。あの国には魔人ラーゼンと呼ばれる守護者がいるというのも理由の一つではあると思われます」
「そうか……まぁ、放っておけばいい。こちらから手を出す必要はない」
「……よろしいのですか?」
「ああ。ここが、分水嶺だからな。あのスライムが魔王へ至れるか否かの、な。そこに余分な手出しは不要だ。だが、そうだな……
「情報、ですか?」
「ああ。ファルムス王国とヒナタたち聖騎士が動いたという事は、自然と二面作戦となるはずだ。ということは、テンペスト連邦にも被害が出る。そうなった時、どうにかできる可能性が魔王にはあると知れば、あの魔物は魔王を目指すだろう」
「おい、黙って聞いているが、ヒナタには被害が及ばぬのだろうな?それに貴様が言っているのが、
「ヒナタに被害は出ないよ。追い詰めた獣は何をするか分からない。そして、ヒナタは分からない者には手を出さない。問題はない。それに、
「……言い分は分かった。しかし、それは魂ありきであろう?魂もなしに復活したとしても、それは別人に過ぎない。分かっていよう」
「もちろん、分かってるさ。だが、その問題に対する対策はすでに終わっている。だろう?」
「はい。現地ではエレボスが魂が拡散しないように強力な結界を敷いています。事後報告となってしまい、申し訳ございません」
「構わないさ。こちらの意図を組んでくれたんだろう?それを誉めこそすれ、貶すことはしないさ。エレボスには後で何か褒章を用意しておくとしよう」
「そうしていただけますと、彼も喜ぶかと。それと、できましたらエルピスにも顔を合わせていただけますと幸いです。未だ彼女が活躍するに足る戦場がありません故、活躍できていませんが彼女の実力も相応に上がってきております」
「へぇ、お前がそこまで言うとはな。分かった、後で顔を合わせておこう。完成具合がいかほどか、俺も気になっていたところだ」
「ありがとうございます」
「礼を言われるような事でもない。それに、もう一つ頼んでおきたい事もある」
「はっ、なんなりと」
「今回の一件、裏で動いている者がいるはずだ。その者の調査を頼みたい。ある程度素性が分かれば良い。その後は俺が調べるからな」
「かしこまりました。早急に調べ上げます」
「任せたぞ」
そう告げると、ヴェルディアスは虚空を見る。その瞳に一体何が写っているのか、それは誰にも分からない。しかし、それでも、その瞳ははるか先を見ている。この世界にはいまだ現れず、しかし近い未来に訪れるであろう脅威の到来を、ヴェルディアスは確かに知覚していた。