気づいたら竜種に転生していた件   作:シュトレンベルク

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星の加護

 ヴェルディアスは所有する宝物庫から一本の刀を取り出した。それは世界に存在する武具の中でも最上位に位置する、神話(ゴッズ)級の武具。眷星神たる鍛冶神(ヘファイストス)から渡され、しかし決して抜かれる事のなかった一品である。

 そもそも、ヴェルディアスは誰かから献上された武具を使うことはなかった。専ら、己の魔力によって精製された武具しか使用することはなかった。これは作った者の意志を貶めようとか、そういう事ではなかった。ただ純粋に、使うのがもったいないと思っていただけなのである。

 

 何故なら、ヴェルディアスに献上された武具たちは配下たる者たちの想いの結晶。それを己の我が儘のために揮うというのは、どうにも気が引けた。あくまでも自分の戦いは自分の物で、その戦いに誰かを、そして何かを参加させるというのが嫌だった。

 

「しかし、そうやって我が儘を言ってもいられんか」

 

 配下から受け取った刃は自分の手で精製される武器などよりも、よほど高い性能を誇っている。階級としては同じ代物であったとしても、何者かの意志を籠められているかそうでないかでまったく違う代物となる。意志の力とは案外馬鹿にならないものであるという事だ。

 刀身に魔力を奔らせていく。余剰分の魔力が一筋の雷に変換され、ヴェルディアスの頬を焼いた。頑強極まりない竜種の肉体すら焦がすほどの魔力。それがいかほどの破壊力を持っているのか、想像するに余りあるだろう。従来の魔物では存在する事すら難しいほどのエネルギー量がそこには籠められていた。

 

 通常、そんな力を籠められれば耐えられる訳がない。魔力を通した瞬間に粉々に砕け散るのが道理という物だろう。しかし、ヴェルディアスの手元にある刀に壊れる気配はない。寧ろ、そのエネルギーを受け止めるに留まらず、時間が過ぎるほどに力が膨れ上がっていった。

 刀を切り払い、力を払った。その瞬間、遥か彼方に存在した海を蒸発させた。刀を鞘にしまい、外に出た。その場にはヴェルディアスに仕える多くの者たちが頭を下げていた。世界につま弾きにされた者たちであり、ヴェルディアスに救われた多くの者たちがその場に集っていた。

 

「お待ちしておりました、ヴェルディアス様」

 

「ああ、待たせたようで悪いな。それと事情を説明できなくて悪いな」

 

「お気になさらず。我らはヴェルディアス様の爪牙。御身の剣であり、盾であり、目であり、耳でもある。我らの総ては御身がために存在しているのですから」

 

「……ありがとう。では、さっそく始めよう。――――汝らに祝福を授ける。永劫変わらぬ天凛の星の輝きを。俺に近づくための足掛かりたる自らの星を創世せよ」

 

 ヴェルディアスが手を向けると、手の中からテンペストで行われた物と同じ輝きがその場を包み込んだ。その輝きを受けた総ての者たちが、確実にヴェルディアスのいる境地に近づいた。究極の領域に至る者、そうではない者の別なく、その輝きを宿す祝福が包み込む。

 それは万能ではないが、多くの可能性を与える輝きであるが故に。途轍もない多幸感を彼らに齎していた臣下たる彼らにとって、ヴェルディアスに近づくという行為は畏れ多い物でありながら同時に大いなる幸福でもあったのだから。

 

「本当はこんなこと、したくはなかったんだがな……」

 

 本意ではない。それでも、世界を守るために打てる手は打っておかなくてはならない。はるか昔から見えていた未来。どうにか回避する事はできないか、そう思っていた。しかし、時間が経てば経つほどに避けられないのだと理解させられる羽目になった。

 ならば、こちらもなりふり構っていられないのだ。やりたくなくてもやらなければ、世界に未来はない。一人でも多く、あの存在に対抗できる存在を作らなければならない。己という存在が死しても、アレに抗える存在がいなければこの星は詰んでしまう。ヴェルディアスにとって、それは容認できない事だった。

 

「俺は託されたのだから。ならば、託されたものとしてやるべきことはしなければならないだろうが」

 

 この世界を生み出し、この世界を愛し、けれど、この世界に理不尽に踏みつけられた兄ヴェルダナーヴァからこの世界を引き継いだのだ。ならば、守らなければ。愛しき力のなき弱者たちが踏みつけられぬように。この世界の営みを踏みにじられることのないように。そのためならば――――

 

「触れるまいと思った輝きでも触れる。あの光景を繰り返すことになったとしても、この宿命を今度こそ踏破してみせよう」

 

 大いなる天頂神。そう呼ばれていた時代、目指していた光景を今度こそ齎してみせる。あの時は失敗した。だが、今度こそ自分は守るべきものを違えないと、そう心に誓いながら。ヴェルディアスは祝福を、『恩寵』とでも呼ぶべきそれを臣下に齎す。

 この輝きを今生において最初に授けられた者はアリーシャである。次に十二星神。そして、テンペストの民たち。つまり、この輝きをその身に受けた者は本当に数が少ない。それだけ、ヴェルディアスがその輝きを授ける事を避けてきた、という証明でもある。

 

 その輝きを、『恩寵』を授ける。その意味の重さを知る者は決して多くはない。それこそ、最初にその輝きを受けたアリーシャぐらいのものだろう。だからこそ、彼女はその事実を重く受け止める。決してその『恩寵』を授けようとしなかったヴェルディアスが、配下とはいえ惜しげもなく『恩寵』を与えようとする。それはつまり、それだけの事をしなければならない相手が目前に迫っているという証左でもあるからだ。

 ヴェルディアスは宝物庫から取り出した刀を腰に差し、跪く部下たちの道を歩いていく。その後ろをラーマが続き、最後まで歩いた瞬間にラーマは言葉なく手振りだけで解散を命じる。その命を受けた従者たちはすぐさま元の作業に戻っていった。それを確認したラーマはヴェルディアスに語り掛ける。

 

「ヴェルディアス様、ありがたく存じ上げます。これからも粉骨砕身、お仕えさせていただきたく」

 

「ああ、頼りにしているよラーマ。六星竜王のトップとここの侍従長……二つの頂点としてある身で多くの苦労を掛けると思うが、よろしく頼む」

 

「何を仰います。天地を統べる竜種の頂点におわしますヴェルディアス様と比べれば、この身の負担などなんのその。比べる事すら烏滸がましいものでありましょう」

 

「それほどではないよ。ただ俺は悠々自適に生きているだけだ。何かを背負うなど……そこまで言えるほどの何かをしている訳ではない。俺は俺がするべき事をしているだけなんだから」

 

 ヴェルディアスの眼光に黄金の色が宿る。かつて果たせなかった物、そしてかつて自らの意志によって捨ててきた物。その象徴たる輝きがヴェルディアスに宿る。人智を超越した文字通り、神の領域ともいえるその輝きにラーマは己の想いの正しさを知る。

 目の前の御仁こそ、神の領域に立つ存在。他の妹方や弟御とは及びもつかぬほどの高位の位置に立たれている。自分が同じ領域に立ったとしても、この方には届かないのだと確信していた自分は決して間違ってはいなかったのだと、そう理解する事が出来た。

 

 この方こそ、遥か空の彼方にて輝く恒星そのもの。遍く万民にその輝きによって恩恵を齎す、天頂の星の耀きを確かにこの方は宿していらっしゃるのだと。ラーマはそう思わざるを得なかった。竜の特異個体として誕生し、同種からも親からも見捨てられ大地竜に見いだされた雛はそう思う以外の選択肢がなかった。

 

「ラーマ、お前に頼みがあるんだが……良いかな?」

 

「なんなりとお申し付けください。御身の願いであれば、全力をとして叶えてみせましょう」

 

「ありがとう。では――――六星竜王の召集を。俺手ずから探しに行ってもいいが、俺は俺で錆落としをしなければならん。俺の世話など放っておいても構わんから、フウガ以外の者たちに通達しておいてくれ」

 

「かしこまりました。では、ミツビとクロムにはエルピスとエレボスを向かわせましょう。ホムラとミズリは探索特化の配下を動員させて探し出しましょう。期間などはございますでしょうか?」

 

「いや、特に設けてはいないよ。早いに越したことはないが、遅くとも問題はない。やることは先ほどやったことと同じだ。まぁ、お前たちには加護と同時にそれを使いこなす鍛錬も加わる訳だが」

 

「それこそご安心ください。ただ加護を戴いただけで終わりなどという軟弱な思想を持っている者は、この地にはおりません。皆、すぐにでも加護の習熟を始めさせます。ご安心ください、ヴェルディアス様。我らは必ずや御身の御力になってみせましょう」

 

 この瞬間にもラーマは自らの星を把握する事に全神経を張り巡らせている。その与えられた加護が一体どういった物であるか、ヴェルディアスから何の説明を受けてもいない。それでも、ラーマは理解しようとする。ただ何もせずに待っているだけの奴には、何も得られない事を知っているから。

 

「……やはり、俺の目に狂いはなかった。お前は恐ろしく感じるほど素晴らしい。俺の与えた星を、もう理解しようとしている。お前を今の地位に据えた事は間違いではなかった」

 

 そして、その事実をヴェルディアスは見抜いていた。ヴェルディアスの与えた加護は、その根本からしてこの世界のルールとは異なる。ヴェルダナーヴァが敷いた世界の理とはまったく別種の代物なのだ。それをノーヒントで欠片とはいえ理解する。それはさながら単語の意味も文法も何も知らない状態で、外国語を欠片でも理解したに等しい。

 

「だからこそ、お前には見せておこう。星の極点、お前ならば立ち入れるかもしれない極致の姿を」

 

 ヴェルディアスたちは訓練場にたどり着いた。元々、ヴェルディアスは六星竜王筆頭であるラーマに教示をするつもりでいた。その前に欠片程度とはいえ、理解しているラーマの理解力の高さに苦笑を禁じえなかったが。それでも、ラーマは知るべきだと思った。

 

「さぁ、刮目せよ。お前もまた至れる可能性を持つ存在なのだから――――■■せよ、我が守護星」

 

 ヴェルディアスの圧力が増していく。今この瞬間、竜種たちの頂点に位置するヴェルディアスの力は文字通り桁外れの領域に足を踏み入れた。ラーマは目の前のこの偉大なる存在を例える言葉があるとするならば、それこそ『神』という他ないと思わざるを得ないほどにヴェルディアスは極まっていた。

 

「お前ならば分かる筈だ、ラーマ。お前は俺の配下の中でも最も才を持つ秀でた者。この輝きを見れば分かる筈だ。お前が持っているその星の使い方を。俺の錆落としのついでに、お前の星を確認させてもらおう」

 

 大いなる天頂神の言葉に、ラーマは奮起する。今この瞬間に目の前にいる『神』は自分に期待を向けている。いや、ずっと昔から期待を向けてくれていたのだ。それは侮蔑や畏怖の感情ばかり向けられていた己にとって、求め続けていた感情だった。だからこそ、その期待に応えたい。その想いに真摯に向き合いたいのだ。

 

 その感情をこそ、ヴェルディアスは尊んでいる。己の配下の中でラーマこそが、己の後釜として君臨する可能性を持つ者だからこそ。己に万が一があったとしても、ラーマであれば世界を任せるに足る存在に成長することが出来るのだと信じている。

 無論、万が一があるなどとは思っていない。己の役割を誰かに押し付けようとなどとは欠片も思っていない。来たるべき時が訪れようとも、自分が勝利するために全力を尽くす。それこそ生前に戦乱の時代を駆け抜けた時と同じように。

 

「胸をお借りします、ヴェルディアス様」

 

「良いとも。寧ろ、こちらも肩を借りる訳だからな。遠慮なくかかってくるといい」

 

 ヴェルディアスのその言葉に、ラーマは改めて自身の内側に意識を向ける。ヴェルディアスが発する星の輝きを参考に、自身の内側に確かに存在する星の輝きを表出させていく。その輝きはヴェルディアスの思い描いていた物とは違ったが、確かにラーマらしいと思えるものだった。

 

「素晴らしい……加護を与えたばかりだというのに、断片程度とはいえもう掴むか。さしもの俺でも、最初にそこまでは……どうだったか?」

 

 自分の過去がどうだったか、振り返ろうとした瞬間に昔すぎて忘れている事に気づく。そんなポンコツさを晒している主に気づかず、ラーマは星の光に潜行していく。深く、より深く、星の理、その深淵に触れんと輝きに手を伸ばしていく。

 

「……ふむ。そこまでだ、ラーマ。それ以上は、お前の身体が持たんぞ(・・・・・・・・・・)

 

「………………」

 

「相当没入しているな。最初でそこまで深淵に行けるのは才能だろうが……安易に手を伸ばしすぎると戻れなくなる。そろそろ本格的に止めんとな」

 

 ヴェルディアスがそう呟きながらラーマに一歩近づいた瞬間、ラーマとヴェルディアスの腕が一瞬ブレた。次瞬、訓練場に張られていた結界に罅が入った。その罅はすぐさま修復されたが、ラーマの意識は戻ってはいなかった。

 

「酔っている、か。始めから飛ばしすぎだ。俺の期待に応えたい、そう思うお前の気持ちはありがたいが、それでそこまでの状態になられても迷惑でしかないんだがな」

 

「――――■■せよ、我が守護星」

 

「まぁ、良いとも。お前には頼りっぱなしだった事だし、少しはガス抜きをさせてやらなければと思っていたところだ。その相手をしてやる必要はあるだろうしな」

 

 黄金の雷と白色の雷が衝突する。互いにぶつかり合って相殺しあい、何もせずとも地面を抉り空間を焼いていく。そんな中、ヴェルディアスは腰元の刀を抜いた。異色の雷が荒れ狂う中でも、『我はここにあり』と主張するがごとく強烈に、鮮烈に、刀身に膨大な力が集まっているのが感じられた。

 

「さぁ、来い。お前の星の調べを、俺に届かせてみろ」

 

「■■■■■――――!」

 

「……驚いた。星の繋がりから俺の前世の名を読み解いたか。やはりお前は面白い」

 

 笑みを浮かべながら、空間を歪めて異空間化させる。これで世界に対する影響を気にせずに戦える。自分たちが全力を出せる環境を整えた。これで何にも気兼ねせずに力を振るうことが出来る。そこまでしなければ、戦うという行為に世界が耐えられないのだ。

 作り上げられたその異空間はさながら――――広大な宇宙のようだった。大いなる天頂神と大いなる巨神がぶつかり合った。それはさながら、神々と怪物の大戦争のように。

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