覚醒魔王と魔王種、その間にある絶対的と言っても相違ないほどの実力差。それは凡人がその道の天才に挑むよりも悲惨な結果を生み出すことになる。それは多くを見てきたヴェルディアスもまた知っていた。だからこそ、新たに覚醒魔王となったリムルと魔王種でしかないクレイマンにも興味はなかった。
だが、個人的に調べたい事のあったヴェルディアスは会談の会場に赴くことにした。もちろん、誰にも膝を屈することのないヴェルディアスが、形だけであっても魔王の後ろに立つことはできない。だからこそ、別室で会談の光景を見ていた。
「大地竜様、お待たせしました。こちら紅茶でございます」
「ありがとう。君は
「感激な言葉を賜り、誠にありがとうございます。レイン様とギィ様の顔を汚すことのないように、しっかりと給仕させていただきます」
「ふふっ、大丈夫だ。基本的に俺はここで見ているだけだからね」
言葉の通り、ヴェルディアスは会談に干渉する気もなければギィに怒るつもりも欠片もなかった。ヴェルディアスはあくまでも最新の魔王であるリムルの状態の確認と、愛する家族であるミリムの顔を見に来ただけだ。まぁ、もう一つ理由がない訳ではないのだが割愛する。
だが、だからこそと言うべきか。後から現れたクレイマンが愛するミリムを殴った時には気を悪くした。だが、ヴェルディアスは忘れていた。己の力が過去の、神と呼ばれた頃の領域と遜色のない領域に達していることを。
いまや、ヴェルディアスが意識を向けるだけで世界には圧力がかかる。それは苛ついただけでもそうなのである。つまり何が言いたいのかと言うと――――気を悪くしたことでヴェルディアスの周囲が
その光景はただの一悪魔としては悪夢としか言いようがない光景だった。無論、相手が世界における最強種――――竜種であることは知っている。しかし、魔法やオーラを用いている訳でもない。どころか本人は意図している訳でもない。それなのに、世界が悲鳴を上げているのだから。
このままこの場にいれば自分が滅されてしまうかもしれない。そう思ってしまうのも無理らしからぬ話であり、それとは別だがギィやミザリーにレインたちも会談の場所で冷や汗をかいていた。ヴェルディアスが遠くから飛ばしている視線から厚みが増したからだ。それによって、何人かの魔王がヴェルディアスを認識してしまっている。同時にその者たちも冷や汗をかき始める。
ヴェルディアスは会談の邪魔はしないし、暴れる事はしないという約束でギィの城を訪れている。しかし、基本的に竜種は気まぐれだ。いつその約束を覆すか分からない。城が壊れる事は究極どうでも良いが、問題はヴェルディアスが暴れるという行為そのものである。
現存する竜種における頂点。それがギィたちのヴェルディアスに対する認識である。妹であるヴェルザードやヴェルグリンド、そして弟であるヴェルドラとは画一した力の持ち主。久しく戦っていないが、未だ魔王の頂点に君臨するギィに勝利を許さない者。
そんな存在に暴れられれば、魔王の席に空席が出来てしまう。ただ空席が出来てしまうだけならばいいが、将来有望な者を潰されてしまっては困る。今の面子を揃えるだけでもギィはそれなりに苦労してきたのだから。
同時にヴェルディアスの存在を認識した者たち――――ルミナス、レオン、ディーノ――――は知っている。ヴェルディアスは基本的に温和に接してくれるが、いざとなれば暴れる。そして、暴れた際の被害が尋常な物ではない事を。最低でも新しく地図を書き直す必要があるくらいにはその暴威を振るう。
三者三様にヴェルディアスの力を目の当たりにしている。この世界で最も怒らせてはならない、触れてはならない逆鱗。それがなんであるのか、詳しく知らない者は理解した。それを知っている者は純粋に恐怖を抱いた。総じて抱いた感想は――――クレイマン、ふざけんなよお前である。
そのままであれば、大地竜の怒りがその地を吞みこんでいたかもしれない。だが、それを寸でで抑えるように、ヴェルディアスのいる部屋の扉が開いた。そこにはヴェルディアスの愛しき妹、白氷竜ヴェルザードだった。
愛しき家族を前に、いつまでも怒り続けるほどヴェルディアスも狭量ではない。一旦、怒りを治めてヴェルザードと話すことにした。ちなみに、ヴェルディアスの圧力が消えた事を認識した魔王と悪魔たちは心底からヴェルザードに感謝していた。
「お兄様、こうしてお話することが出来て嬉しいですわ」
「久しいな、ヴェルザード。確かに、こうして面と向かうのは久しぶりだな。お前が壮健であることはクロムから聞いてはいたが、やはり目で見ると安心感が違うな」
「クロムからですか?彼は良い子ですね。何よりも力に対して貪欲なのに、礼儀は弁えている点はとても良いです」
「そうか?クロムもヴェルザードには感謝していると言っていたぞ。レインやミザリーと同じくらい鍛え上げてもらったとか。会うたびに強くなっていくあいつを見ているのは中々面白かったよ」
「お兄様のご期待に沿えたなら何よりです。それより、どうしてお兄様はここに?何か気になる事でもあったのですか?」
「まぁ、当たらずとも遠からじだな。新顔の魔王君を見ておこうと思ってな。ついでにミリムの姿もな。相変わらず元気そうで何よりだ」
「ミリム……ヴェルダナーヴァお兄様の落とし胤ですか。養育されると仰った時から思っていましたが、過保護にすぎるのではないですか?」
「どうした、ヴェルザード。嫉妬とは珍しい。まぁ、そんなお前も可愛くて俺は好きだがね」
「もう、お兄様。真面目に聞いていらっしゃいますか?」
ヴェルザードはそう言いつつも、何だかんだ頬を赤らめていた。しかし、ヴェルザードの言葉も本当だった。ヴェルディアスは庇護した者に力と住処を与える。そして、ある程度まっとうに生きられると判断した者はそれ以降はあまり干渉しようとはしない。
唯一、例外があるとすれば覚醒勇者としての力を得ているにも関わらず、傍に居続けるアリーシャだろう。それ以外でヴェルディアスが独り立ちした後も関わり続けている存在はほぼいない。だからこそ、ミリムに対する姿が珍しく感じられた。
「聞いているとも。だが、ミリムは俺からしても娘のようなものだ。たとえ幾つになろうと、子供というのは可愛いものだ。元気でやっているかは気になるさ。兄妹や庇護した者たちとはまた違うよ」
「そういうもの、ということですか?」
「そういう事だ。それにミリムの事は物のついでだ。そこまで重要じゃないよ」
「そうですか……そういえば、クロムだけでなくミツビも呼び戻したそうですが、何かあったのですか?」
「ミツビだけではないがな。六星竜王は今ちょっとした修業期間でな。俺が手ずから鍛え上げている真っ最中なんだ。それが終わり次第、一旦この居城には戻すよ。すぐに呼び戻すかもしれんがな」
「まぁ、お兄様手ずからですか?それはそれは……とても珍しいですね」
「そうか?」
「ええ。お兄様は力を与えてそれの習熟に付き合ったりしますけれど、手ずから鍛えあげる事はされませんから。それこそ、アリーシャと小耳にはさんだアレクでしたか?お弟子さんたちぐらいでは?」
「ふむ。そういう認識か……」
ヴェルディアスにはそういう認識はない。六星竜王の中でもクロムとミツビ、そしてラーマは幼少時より面倒を見てきた。アリーシャとアレク以外にも多くの人間や魔物たちとも関わってきた。その中には少なからず強くなりたいと言った者たちがいた。その者たちの成長にも携わってきた。
だが、人々はヴェルディアスから鍛えられたとは称しなかった。あくまでもヴェルディアス様は自分たちが生きていけるように、御力を貸してくださっただけなのだと。鍛えてくださったなどと偉そうなことは言えないと。
「そういう考えの者もいるという事か。まぁ、構わんさ。彼らは生きている。それだけが俺に与えられる褒賞であり、かけがえのない物だからな」
「お兄様は変わりませんね」
「
「もう、お兄様ったらそればかり。私とギィはそういう関係ではない、といつも言っているでしょう。そういうお話が好きなのかしら?」
「そうは言わんがね。お前たちも共に時間を過ごして長かろう。そういう邪推がしたくなるぐらいには、な」
「それでしたら、お兄様とアリーシャはどうですの?お兄様とあの娘も共にあり続けて長いのでは」
「そうさな。アリーシャとは共に時間を過ごしてきた。お前とギィの付き合いに匹敵する長い付き合いだ。そう思えてしまうのも無理らしからぬことか……」
「ええ。私もヴェルグリンドも気になっているんです。お兄様はあの娘を伴侶として迎えるのかと」
「伴侶か。それも、悪い選択肢ではないのだろうな」
「では……」
「だが。今の俺にはやらなければならない事がある。その問題が解決するまで、その話は脇に置いておくしかない。大事の前の小事に足を引っ張られるわけにはいかん」
「お兄様をして大事?それはとても想像できませんね」
「そうか?俺とてお前と同じ一個の命。どうにもならない事ぐらい、当たり前に存在しているさ」
「それはそうかもしれませんが……お兄様の配下たちと十二星神の力を使えば、大半の事は何とかなりますから。お兄様のできない事を想像する方が難しいぐらいですよ」
「それは俺の力ではないよ。あくまでもあいつらの力だ」
「いいえ。いいえ、それは違いますお兄様。彼らはお兄様の所有物であり、何よりもその力となる事を心から願っている者たちです。ならば、それはお兄様の御力に相違ないでしょう」
配下の力とは即ち主の力。それを認めようとしないのはおおよそ、ヴェルディアスぐらいのものだろう。レインやミザリーの力はギィの力であり、青騎士や黒騎士の力はレオンの力である。それら総てを合わせた力が、頂点に立つ主の力なのだから。
個々人しか見ないヴェルディアスにとって、力とは各々が持っている物でしかない。総計など存在せず、ただその手の内にある物だけがその者の持つ力なのだ。各々の手の中にある物を、一つに束ねる術を持つ者など早々いないのだから。
「……まぁ、良いさ。ヴェルザード、お前にも言っておくことがある」
「私に?お兄様が態々、一体何を?」
「……いつか。いつになるかまでは正確に見とれていない。だが、必ず。必ず大いなる大海を渡り、神々の集団……いや、軍団と呼称するべきか。間違いなく、この世界の敵と呼ぶべき存在がやってくる」
「大いなる大海……?」
「この星の外に広がる星海の宙の事だ。我らが兄ヴェルダナーヴァは無垢なる混沌であった星海の宙に自らの理と世界を生み出した。しかし、その外側にも星海の宙は広がっているんだ。そして、敵はその外側からやってくる」
それは銀河系の遥か彼方にまた別の銀河系があるかのような話。今の自分たちが知覚している領域の外にも、世界は広がっている。ただ、自分たちがその外に広がっている物が何であるのかを知らないだけなのだ。
「何故、そんな場所から態々……それにどうしてお兄様はその事をご存じなのですか?お兄様の持つ未来視は遥か彼方の未来まで見通すというお話ですけれど、それは情景しか見ることが出来ないのでは?」
「それは勘違いだな。まぁ、そう思うのも無理はないが。確かに、お前の言う通り俺の『目』はあくまでもその時の場面を見ているだけに過ぎない。しかし、口が動いているのは分かる。俺は声が聞こえなくても唇の動きで大体何を言っているのか分かるんだよ」
「なるほど……」
「何故この世界にやってくるのか、という話だが……分からん。しかし、遠征を行う者の特徴として何かしら欲しい物がある筈だ。それがこの世界にあるのか、はたまたこの世界すら中継地点に過ぎないのか。そこまでは俺にも分らんよ」
「それが、お兄様が力を求める理由なのですか?お兄様や配下たちが有する
「いつ如何なる時であろうとも、未知の敵を前にして己の力が足りていると思うべきではないよ。もし己の力が足りなかった時、どうする事もできない状態で終わってしまうからね。必要であれば、俺は俺が黙秘し続けてきた力も明かすさ」
遥か彼方、ヴェルディアスが未だ人ならざる身になる前の時代。己が一つの世界をつかみ取った力の象徴たる星の力。それは文字通り、神々とそれに連なる者たち、そしてそれとは真逆に位置する混沌の怪物を連想させるような力。
「……羨ましい事。お兄様にそこまで思われる臣下たちは幸せ者ね」
「お前にそう言ってもらえるのなら、確かに俺の臣下たちは幸せ者なのだろうさ。俺は俺の戦いに巻き込んでしまって申し訳ないという思いでいっぱいだよ」
「あら、お兄様に心配される者がいるなんて驚きだわ。お兄様は私たちにだって心配なんてしてくださらないのに」
「お前たちは心配などする必要がないだけだよ。最早一人で立ち、生きていく術を持っているお前たちを心配するなどお前たちに対する侮辱でしかないと思っているからな」
「お兄様らしいこと。でも、ヴェルドラちゃんも復活したそうじゃない?お兄様、一緒に会いに行かないですか?」
「嬉しい申し出ではあるな。しかし、あいつも俺とお前を同時に相手取りたくはあるまい。またの機会にしておくよ」
「あら残念。……それで、お兄様?」
「うん?どうかしたか?」
「私にはいただけないのかしら?――――お兄様の有する星の輝きを」
「ヴェルザード。一体誰から聞いたんだ?その言葉を」
ヴェルディアスはこの世界に転生して以来、誰にもその話を明かしたことはない。ヴェルディアスの星の力は資質に左右される部分こそあれど、逆に言えば資質さえあれば弱者ですら圧倒的な強者へ変える。それヴェルザードの様な強者であれば尚の事だろう。
しかし、それ故にヴェルディアスはその力は秘匿してきた。誰にも知られることのないように、誰もこの力を求める者がいないように。それこそ、ヴェルディアスの秘密を知る者など今はもう亡きヴェルダナーヴァぐらいのものであろう。
「……まさか、兄上からか?」
「ええ。ヴェルダナーヴァ兄様は秘密だよ、と言いながら私に教えてくださいました。ヴェルグリンドちゃんとヴェルドラちゃんは知らないと思いますけど。ヴェルダナーヴァ兄様も私があまりにもごねたので仕方なく教えてくださった感じでしたし」
「はぁ……兄上も勝手な事だ」
「そう怒らないでくださいな。ヴェルダナーヴァ兄様もあの時の事は憶えていらっしゃらないでしょうし、半ば無理やり聞き出したのですから」
「本当に他のものは知らないんだろうな?」
「ええ。他のもので知っている可能性がある者がいるとすれば、それこそミリムでしょう。しかし、当時のミリムは未だ言葉も喋れぬ赤ん坊。知っている余地などないでしょう」
「ならば良いが……ヴェルザード、お前が求める理由はなんだ?我らは存在そのものが星に匹敵する竜種だ。たとえ、相手が星海の宙を渡ってきた相手であろうとも、お前が後れを取る事は早々ないぞ」
「
「お前は分かっているのか?星の力を得るという事は、極天に至らぬ限り俺の星の支配下にあるという意味なんだぞ?」
「もとより、承知の上です。そもそも、お兄様の領域に届かない限りはお兄様の危惧する相手を凌駕する事など出来はしないでしょう?私もお兄様と同じく栄えある竜種の一員です。ヴェルダナーヴァ兄様が残したこの世界に牙をむく輩を放置する事など出来ません」
「ヴェルザード……」
「ヴェルディアス兄様。どうか私のことを想って下さるのなら、配慮など不要です。私は私自身の意志でヴェルダナーヴァ兄様が残されたこの世界を守りたいのです」
「……良かろう。迷った時は俺の所に来い。お前の掴んだ星を俺が導いてやる」
ヴェルディアスの手がヴェルザードの額に触れる。自らの中で輝く星々の輝き、その熱がヴェルザードの身体に染み渡っていく。世界そのものに触れたかのような全能感がヴェルザードを支配する。同時に、目の前に立つ兄からそれを上回る熱量を感じ取っていた。
ヴェルディアスの手が離れた瞬間、兄から感じ取っていた天文学的な熱量は感じ取れなくなった。しかし、自分の体の内側に確かに存在する星の輝きは残ったままだった。ヴェルザードは兄を見上げると、その眼光が金色の色に染まっているのを見た。
そして、瞬きをした瞬間、ヴェルディアスの姿は消え去っていた。まるで一夜の夢のように、ヴェルディアスの姿は跡形もなく消え去っていた。ヴェルザードはそんなヴェルディアスの行動にため息をつき、注がれていた紅茶を口に含む。
姿を消したヴェルディアスは時の制止した空間を進み、
障害になるかどうかを精査し――――結果、放置しても問題ないだろうという結論を出した。クレイマンとその背後にいる存在である