「ふむ……何かの幻聴かと思っていたんだが、ひょっとしてそういう事なのだろうか?」
とりあえずは現状把握。この男、もといこの竜動揺しないにも程がある。精神許容耐性とでも言うべきものが尋常ではないほど高い。何があったらこいつは混乱するのか?と言いたくなるほどに、精神状態は安定していた。
《転生の成功を確認しました。不具合はありますか?》
「うん?誰かいるのか?」
《マスターが所有されている
「ああ……そういえば、何か言っていたな。正直、気が朦朧としていたから内容をちゃんと聞いていなかった……?」
《膨大な量の存在値を有する個体が接近中。当該個体を“星竜王”ヴェルダナーヴァと推測》
「……誰?」
竜がそうぼやくと、遠方からは点にしか見えないほどの距離を置いて尚、圧倒的な存在感を感じた。あれが
暫く待っていると、目の前にはその圧倒的な存在感に違わぬ力を持った竜だった。竜であれば、生前その道を生きる者ほどではないが多く見てきた。それでも、これほど優美にして途轍もない存在に会った事はなかった。勝てぬとまでは言わないが、戦えば間違いなくいかなる形であれ自分は死ぬと覚悟させた。
「おやおや、新しい同胞の存在を感じてきたんだけど……だいぶ変わった存在だね」
「そりゃそうだろうな。俺自身、先ほどまで玉座で死にかけていたと思ったら、次の瞬間にはこの姿になっているんだ。俺自身もどういう事なのか、さっぱり分かっていないからな」
「ほぅ……君は元々人間だったのかい?人間でその力を持っていたと?」
「死ぬ寸前にスキル獲得がどうこうとは言っていたような気がする。それでも、まぁ、基本は俺の力だと思う。……それで申し訳ないんだが、そちらの名前を尋ねてもいいか?」
「良いよ。ボクはヴェルダナーヴァ。この世界を創りだした竜であり、先ほどまで唯一存在していた竜種だ」
「唯一?他には存在していないのか?」
「何を言ってるんだい。私の目の前にちょうどもう一体いるだろうに」
「……俺か?」
「そうとも。ふむ……君、名前はないのかい?無いのであれば、名付けるけども」
「名前?俺の名前は……」
《名付けには十分ご注意ください。場合によっては自らの魔素を大幅に失う事もあります》
なんか恐ろしい事を言い出したぞ、こいつと思いながら考える。今の世界には竜種が自分を含めて2体しかいない。そして、目の前にいる竜――――ヴェルダナーヴァは自分の兄の立ち位置だという。ならば、何か共通点があった方が良いだろう。
「……ディアス。ヴェルディアス。それが俺の名前だ、兄上」
その言葉によって、世界に認められたのか自分の存在力とでも言うべき物が上昇するのを感じた。その姿にヴェルダナーヴァは頷いていた。
「うんうん、大分この世界に馴染めたようだね。ヴェルディアス、君はあのままだったらこの世界からはじき出されていたよ」
「どういう事なんだ?」
「君の持つそのスキル――――
「……まぁ、分からない話じゃない。これでも前の世界では、神になる資格を手に入れた事もあるからな。異端としてはド級の存在なんだろうな」
「それはスゴいね。でも、ならば理解は早いだろう。君はボクに匹敵するぐらいの力がある。戦ったとすれば、どちらもタダでは済まないのが明白だ。ならば、世界が排除しようと動くのも無理からぬことだ」
「だが、もしそうだとするならばだ。どうして、俺を助けるような事をするんだ?兄上からすれば、俺という存在はいない方が助かるんじゃないか?」
「おいおい、そんなにボクが非道な存在に見えるのかい?君はこの世界に生を受けた。ならば、それを歓迎するのは当然の事だ。それに――――弟が死ぬかもしれない状況にあるんだ。兄として、助けるのは当然だろう」
「……………」
その言葉に、竜は――――ヴェルディアスは愛を感じた。生前、与えられることのなかった無償の愛と呼ばれる物を、彼はこの瞬間に確かに感じていたのだ。そして、それ故にヴェルディアスは誰にも悟られることなくヴェルダナーヴァに負けたことを受け入れた。
「……ありがとう、我が兄ヴェルダナーヴァ。確かにこの身は、あなたの好意のおかげで救われたよ」
「気にする事はないよ、我が弟ヴェルディアス。それよりも、語り合おうじゃないか。君の前世の話なんて特に興味がそそられるよ」
「あなたの興味を満たす事が出来るほど大した話できないと思うけど……分かった。俺の話が我が兄の無聊の慰めになるのなら、大歓迎だ」
「嬉しいね。ボクはこの世界を、ひいてはこの世界に生まれた存在を愛している。だが、それはさておき異世界の住人が嫌いな訳ではないし、その話は特に興味があるんだ」
そうして、2番目の竜種――――“大地竜”ヴェルディアスはこの世に生を受けた。
ヴェルダナーヴァとの出会いから数千年、ヴェルディアスは別にこれと言って何かをしていた訳ではない。世界の造物主たる“星竜王”とは違い、“大地竜”たるヴェルディアスは誰も干渉しようとしなかったからだ。
ヴェルディアスの保有している『
まぁ、当人(当竜?)は好き勝手に過ごしているのだが。人間の都合は竜には関係がない。超魔導大国だかいうところが一夜のうちに滅び去った、とかいう話を小耳に挟んだりはしたが、関係ないとばかりに人化の術を使って世界中を歩き回っていた。
その中で、多くの者たちと関わってきた。魔人も人間も、獣人もはたまた魔物も。一切の区別を抱える事もなく、関わっていった。ヴェルディアスからすれば、些細な違いでしかなかったからだ。等しく皆全て、かけがえのない命を持った存在なのだから。
「へぇ、そりゃあ大変だったな」
「はい。ヴェルディアス様に助けていただけなかったら、どうなっていた事か……」
「なに、気にする必要はないさ。とにかく今は、ゆっくり身体を休めるといい。なんだったら、この森に住みついても構わないぞ?行き所がないというのは大変だろうしな」
「おお、寛大なるご配慮、ありがとうございます」
ある日、ヴェルディアスが暮らしている森の中に迷い込んでいたエルフの集団を保護した。なんでも、件の超魔導大国が滅んだ余波で、色々と狙われるようになったそうだ。面倒な事に巻き込まれたんだな、と若干の憐れみを抱きながら助けていた。
エルフたちからすれば、渡りに船と呼ぶにふさわしい。たとえ、どれだけ愚かな存在であったとしても“大地竜”に喧嘩を売る存在などいない。世界にたった5種しかいない竜種、その中でも唯一生物に対する配慮をしてくれる絶対存在なのだから。
「とはいえ、開墾の類から始めないといけないから色々と大変だろう。俺はこの拠点さえ残っていれば気にしないから、あとは好きにしてくれて構わないぞ」
「ありがとうございます!この御恩、末代まで忘れません!」
「大げさだな。これぐらいは大したことじゃないよ。あっ、でも……」
「何かございますか?」
「いや、別にそこまで気にするような事でもないんだけど……偶になんだけど。妹たちがこの拠点に遊びに来る時があるんだ。返事がなかったら俺はいないと思え、とは言ってあるんだ。でも、もしかしたら、何かを言われるかもしれんから、その時は気を付けてくれ」
「妹御と申されますと……“白氷竜”様と“灼熱竜”様ですか!?」
「そうそう。ヴェルザードとヴェルグリンドな。まぁ、別にいきなり怒って皆殺し、なんてことはないと思う。でも、あいつらの沸点がどこかとか、俺には分からんからな」
彼女たち――――ヴェルザードとヴェルグリンドはヴェルディアスに懐いている。だからこそ、万民平等主義者であるヴェルディアスには他意などないとはいえ、彼に懐いている存在が邪魔と思っている。普段はヴェルディアスに抑えられているから手を出さないが、本当は排除したいと思っている。
本音を言えば、ヴェルディアスから名付けを受けた魔物など彼女たちからすれば存在自体が許しがたい。しかし、彼らはヴェルディアスが認めた存在でもある。そんな存在を勝手に排除すれば、間違いなく怒られるのは間違いない。だからこそ、彼女たちは手を出さないだけなのだ。
「……ん?」
「ど、どうかされましたか?」
「いや、なにか強大な存在がこっちに近づいてきていると思ってな。この辺には大した物もないし、通り過ぎるとは思うんだが……」
「ま、まさか、妹様方では……?」
「ヴェルザードとヴェルグリンドが?いや、明らかに違うな。この気配はどちらかと言えば、悪魔じゃないか?天使や精霊とは違うみたいだし」
「あ、悪魔……まさか、赤毛の悪魔!?」
「知ってるのか?っていうか、もしかして超魔導王国を滅ぼしたとかいう悪魔か?」
「は、はい。我らをこの地まで追放せしめた悪魔め……この地でも我らを虐げようと言うのか!?」
「ふむ……」
エルフの青年が拳を握り締めながら俯く姿に、ヴェルディアスは首を傾げる。相手にそういう意思を欠片も感じないからだ。どちらかと言えば、悪魔の意思はこちらに向いている。目的はあくまでもヴェルディアスであって、エルフには興味を示さないと思えてならなかった。
「なら、俺の方から迎えに行けばいいか」
「ヴェ、ヴェルディアス様!?我らをお助けいただけるのですか?」
「そりゃ、相手の目的次第さ。相手の目的が俺なら君たちは助かるし、そうでないなら死ぬ。それだけの事だよ。まぁ、たぶん問題ないとは思うけれどもね」
目的が自分であるなら良し。そうでなければ、話をした上で別れれば良いだけのこと。ヴェルディアスはそう割り切った。ヴェルディアスはどちらかと言えば善性の存在だが、必要であれば他者を切り捨てるのを厭わない。彼は文字通り、万民平等主義者なのだから。
「おお、ヴェルディアス様!どうか、どうか我らの命をお救いください!せめて、子供たちだけでも」
「……まぁ、吉報を心待ちにして待っていろ。どうせ、事ここまで至れば、どうしようもないだろうからな」
そう告げると、ヴェルディアスはこちらに近づく悪魔に近づいていった。相手もヴェルディアスの存在に気付いたのか、その場に止まって待っていた。そこには確かに先ほどのエルフが言っていた通り、赤毛の悪魔が立っていた。背後にもう二人立っていたが、おそらく従者なのだろう……と思っていると。
「……ん?なんだ、原初の悪魔じゃないか。
原初の悪魔――――ヴェルディアスが暮らす物質界たる地上とはまた異なる精神世界たる冥界に暮らす悪魔たち、その中でも最古の世代と言われる7柱の悪魔たち。圧倒的な力を持っている彼らがこの場に態々赴く意味が分からないが、気にしていても仕方がないと疑問を切り捨てる。
「おう、初めましてだな?ヴェルダナーヴァに連なる系譜、星竜王に準ずる強者よ。オレはギィ。テメェの兄、ヴェルダナーヴァから『調停者』を任された者だ」
「初めまして、ギィ。俺の名はヴェルディアス。我が兄ヴェルダナーヴァより『大地竜』の称号を与えられた者だ。で、『調停者』が何なのか俺は知らないが、如何なる用件でこちらに来たんだ?」
「なに、つい先日、オレはお前の兄に挑んだ。結果は……まぁ、言わずとも分かるだろう。で、だ。そこでテメェの事を紹介されたのさ。この世界に生まれながら、自分に匹敵する力を持った存在がいる、ってな」
「それで態々会いに来たのか?律儀だな。我が兄からすれば、敵対はしないように程度の意味しかないだろうに。俺は兄のすることに干渉しないし、兄は俺のすることに干渉しない。それが、俺たち兄弟の間で結ばれたルールだからな」
「へぇ、なんでまたそんなルールを作ったってんだ?」
「それこそ言うまでもなく分かるだろう、ギィ?俺と我が兄が争えば、どちらの命も危うい。だが、それ以上に、この星がその争いに対して
だからこそ、我が兄は俺に干渉しないようにしているんだ。同時に、俺としても我が兄は敬愛の対象だ。だからこそ、我が兄が嫌がる事を、俺はしないように心がけているつもりなんだ。
ご理解いただけたか?」
「ああ。お前らが互いを尊重しあってる、って事はよく分かったとも。んじゃあ、訊くが。大地竜よ、人間ってのをどう思う?」
「……ああ、『調停者』というのはそういう意味か。人間をどう思うのか?定命の身で悩み、迷い続ける小さき者ども、と言ったところだな。取り立ててどう、と言うほどの存在じゃないよ。まぁ、我が兄は結構気に入っているようだけどな」
「テメェの意見は理解した。じゃあ、オレの取る行動にも邪魔立てはしないと言えるか?」
「そりゃあ、その時々だろうよ。俺と我が兄も自らの行動が衝突する事はある。そして、その時々で結果は異なっている。俺が譲られる時もあるし、我が兄に譲る時もある。俺と相対し、俺が譲る気になれば、そちらに譲るだろうさ」
「はっ、なるほど。厄介極まりないな。こちらとしては積極的に妨害する意思はない。ヴェルダナーヴァをして同格と言わしめる、テメェに対して勝負という土俵に上がるのは愚かだからな」
「そうだろうな。俺も我が兄とぶつかり合う事はしない。ダイスを用意して大きな目が出たほうが勝ち、みたいな条件で勝負する。そんな風にワンクッションを置かないと譲り合うことが出来ないんだよ」
「へぇ、そんな適当で良いのかよ?」
「求める理由がどうでもよければ、だけどな。それに、たかがダイスと侮るなよ?俺たちの領域になれば、どうとでも弄れるんだからな。とはいえ……俺は基本的にお前の邪魔をする気はない。精々、俺は俺が庇護すると決めた対象を庇護する。その程度の邪魔しかしない。そう約束しよう」
「もし、その相手が俺の狙う相手であったなら?」
「そんな事は知らん。早い者勝ち、という奴だ。お前が『調停者』として動くというのなら、俺は『庇護者』として動く。守りたいと思う者を守り、そうではない者をただ見守る。それが俺の在り方であり、俺の選ぶ自由という奴だ」
どこまで行っても自由を尊び、それを侵す者を許さない。自分が関わっていればその別ではないが、そうでなければ誰が何をしていたとしても気にする事はない。自らの線引きを超えなければ、如何なる暴虐であろうとも彼は許容する。何故なら、それがヴェルディアスの生き方だからだ。
「だから、ギィ。お前は好きに動けばいい。我が兄がお前に託したという事は、それはお前たちには必要な事なんだろう?だから、俺は基本的に邪魔をしない。それでも、もし俺とぶつかるような事態があったなら。その時はその時だ。何か公平なゲームでも用意しておくさ」
「くっ、はははは!テメェは本当に面白いな!ちょっくら肩慣らしに戦おうかとも考えたが……それは止めといた方が良いみたいだな?」
「そうだな。今のお前じゃ歯応えがない。せめて、
「はっ、ほざけよ!俺は魔王だ。いずれお前らの場所に至ってみせる男だぞ?その場所に至るなんてのはな、確定事項なんだよ」
「ほう?面白い寝言をほざくな。あまり調子に乗らないことだ、原初の悪魔。我が兄の言葉を信じるつもりだったが、気が変わった。お前自身の手で、俺に貴様の言葉と力を証明してみろ。もし、お前がこの俺に一撃でもダメージを与える事が出来たなら、お前を『調停者』として……否、我が友として認めてやる!」
「言ったな?後悔すんじゃねぇぞ、大地竜!」
そこから三日三晩の間、原初の魔王と竜種での戦いが行われた。これは後の世に魔竜激突と名付けられる事になった戦いであり、その結果がどうなったのか両者ともに語り合う事はなかった。しかし、激突した場所は巨大な湖となり、数百年の間互いの魔素が充満した魔素溜まりになったという。