「建国祭?」
『はっ、リムル殿は人間との融和を目的としているそうです。なので、この度周辺国や関係を持っている国などから重鎮を招待し、建国祭を執り行うとのことです』
「それは善きことだな。そういう祝い事はいくらあっても困らんものだ。それで、何故態々そんな話を俺に?その事柄に関係しているとすれば、それこそセリオンの領分だろう?」
『この件は既にアテナにも伝達済みでございます。
「俺が?魔王リムルに?何故?」
『先日は代行者としかお顔を合わされていませんでしたので。ご当人と話されたいのではないか、そう思った次第。そうであらずとも、久方ぶりに弟御と顔を合わされたいのでは、と』
「ふむ。ヴェルドラか……あいつにしては珍しく魔素を制御できているようだな。ヴェルザードやヴェルグリンドがあれだけ言ってもできなかったのにな。中々愉快なことだ。しかし、そうだな……魔王リムルにはヴェルドラを匿ってくれた恩があるからな」
そう言うと、眼下で膝をついている六星竜王に視線を向ける。ほぼすべての修業を完了し、後は独自で習熟させていく段階にまで至った。ヴェルディアス手ずから育て上げた存在の中では、まず間違いなく十指に入る。相性の差はあるかもしれんが、ヴェルディアス配下の中ではトップレベルで強い。
「……そうだな。手配は任せられるか?
『御身の気の向くままに。同行者はいかほどになさいますか?』
「同行者……世話係のことか?別におらずとも構わんが……」
『御身の御威光がその程度で剝がれるとは申しませんが、多少なりとも箔というのは必要なもの。『時空の勇者』どの以外にもご用意していただきたく思います。必要であれば、こちらから『
「多大なるご配慮には感謝いたします、『
「……という事のようだ。リムル王にはまたこちらから連絡を出そう。俺が招待に応じる旨のみ、リムル王への伝達を頼めるか?『
『御身のご意向のままに』
その言葉と共に、連絡が途絶える。ヴェルディアスは今回のことは良い機会かもしれないと捉えていた。ヴェルディアスは対外的に六星竜王が己の配下であると宣言していない。だからこそ、人間たちは六星竜王を敬い同時に畏れている。恐怖をひた隠しにしている。
自らの配下だと明かした程度で、その恐怖が薄まるとは思っていない。されど、そうしておけば責任の所在は明らかなものとなるだろう。総てはこの大地竜に帰結するものであり、心に留められない想いは自分に向ければいいのだと。
「ラーマ、良い機会だ。世界中にお前たちを公開しようと思うが、どうだ?」
「それがヴェルディアス様のご意思であれば、何も問題はございません。私どもは常にヴェルディアス様の物でございます。ヴェルディアス様の望まれるようにお扱いください」
名声も悪名も等しく名高き六星竜王。その中で名前が知られているのは、実はミズリだけなのであった。その要因はミズリが六星竜王に招かれる前にやっていた悪行が原因だった。一度は世界を滅ぼしかけた大竜――――それこそがミズリだ。
一昔前であるが、ミズリは既に並み居る
生物種、特に人間を始めとした水を必要とする生物にとっては致命的ともいえる行動だった。未だヴェルディアスの庇護下にいたセリオンの住民に乞われ、名無しであったミズリを下した。雷神の如き雷と水神の如き水の暴流のぶつかり合いが一日中続き、最終的には雷神が水神を下したのだった。
その時の神話の如き戦いを見た人々は、勝った雷神――――ヴェルディアスを信仰し、下された水神――――ミズリを恐怖した。その後、名づけをされたミズリの手で、甚大な被害を受けた土地の復興に協力した。人間の手ではどうにもならなかったであろう事柄も解決したその手腕から、六星竜王の評価が決まったともいえる。
「欲のないことだ。なんにしても、お前たちのことをヴェルドラやリムル王には紹介しておこう。後々、何かの役に立つやもしれんからな」
「役に立つ、ですか?新参の魔王はまだしも、あの暴君などと呼ばれる愚か者に紹介して何の意味が?」
「ふふっ、辛辣だな。そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、ヴェルドラは愛しき我が妹弟の一人。あまりそうやって嫌ってくれるな。無論、無理にとは言わんがな」
「でしたら、無理ですわ。あの愚物を嫌うなというのが無理な話。私どもにとって、何より尊するべき相手に迷惑を当たり前のようにかける。そのような相手を嫌わない理由がございませんもの」
「そう言われてはどうしようもないな。嫌いなものを嫌うなとはいえん。好きにするがいい」
「ご寛恕いただき誠にありがとうございます」
「気にする必要はない。俺が好きにしろ、と言ったのだからな。用意は任せるぞ、ラーマ」
「ご期待に沿えるよう力を尽くさせていただく次第でございます」
言葉を残し、ヴェルディアスはその場を去った。ラーマは部下に命令を伝達していく。他の六星竜王はその時まで体を休めることにした。ラーマ統制下の家臣団に何か助力しようと考えるほど、愚かではないからだ。
ラーマはこの土地の実質的な支配者に等しく、全権をヴェルディアスから与えられている。それはこの土地に住まう者、ひいては配下たちに対する絶対的な命令権を得ているに等しい。この場所の侍従長として君臨して以来、ラーマはその全能力の把握に努めている。
だからこそ、誰が何をできるのかを理解している。たとえ、その当人が認識していない事であったとしても、ラーマは総てを知っているのだ。であるが故に、全体統制能力を保持している。彼ができると言えば、それは本当にできる事でしかないのだ。
「ラーマ、私は勝手に用意しておくから何もしなくていいわ。私より、そこの怠け者の準備を手伝ってあげなさいな」
「うるさいわ。俺だってテメェの準備ぐらいテメェでなぁ……」
「できる訳ないでしょうに。あんたみたいな物ぐさ、後で迷惑をかけるのが関の山よ」
「……確かに」
「……それはちょっと否定できないかもですねぇ」
「おいおい、お前らちょっとは先輩を敬えよ!なぁ、ホムラ!」
「……………………ノーコメントで」
「おおぉぉぉいいいいいいいっ!そこで黙りこくるんじゃねぇよ!」
「心配はいりませんよ、フウガ」
「おおっ、分かってくれるかラーマ!やっぱりお前はできたやつだ!」
「ええ……もう既にあなたの荷物は用意済みですので、何もされなくて結構ですよ」
「うおぉぉぉいっ!やっぱり分かってねぇじゃねぇか!お前ら全員俺を物ぐさ扱いしすぎだろうが!」
「そういうお言葉はご自分のこれまでの行動を立ち返ってから仰ってください。少なくとも、我らの反応はあなたのこれまでの行動の結果の裏返しですよ」
「くっそ……めちゃくちゃ言うじゃねぇか。さてはお前、相当苛ついてんな?」
「さぁ。どちらにしても、あなたにできる事はありません。あちらに赴いた際にヴェルディアス様のご迷惑とならぬよう、体を休ませておいてください」
ラーマは有無を言わせぬようにそう言い残して立ち去った。多くの配下を持つヴェルディアスの代行をしている以上、ラーマは六星竜王の中で最も忙しい。ゆっくりとしている時間も彼にはなく、しかしその忙しさの中でも修行の時間を捻出している事がラーマの優秀さを証明しているともいえる。
筆頭のその言葉にフウガも肩をすくめながら立ち去った。それに続くように、他の者たちも修行場所でもあった闘技場から出て行った。まるでここだけ災禍の嵐に呑まれたかのように悲惨な有様を見せている闘技場を放って。ちなみに、後でヴェルディアスが直している。
そして、暫くたったある日。ヴェルディアスは配下たちが用意した服を着させられていた。普段は自分の魔力で編んだ服しか着る事のないヴェルディアスが、配下たちが手ずから作った服を着る。滅多にない珍事にある意味、この土地もお祭り騒ぎとなっていた。
ヴェルディアスとしては、パーティーにも自分の魔力で編んだ服を着ていこうと思っていた。しかし、滅多に誰かの作った服に袖を通すこともないのも事実。配下たちが心の底から望んで作った服。それを一度も着ずにいないというのも気が引けた。特に真剣な眼差しを向けてくる以上は、それに報いなければと思った。
しかし、思っていた以上に服の量が多い。夜半にはパーティー会場に向かわなければならんというのに、これではいつ終わるか分かったものではない。ラーマに視線を向けると、胸に手を当てて一礼した後手を叩いた。
「はい、そこまでです。これ以上はヴェルディアスにご迷惑にしかなりませんからね。あとはこちらでやっておきますから、あなたたちは仕事に戻りなさい」
「……かしこまりました。お目汚し、失礼いたしました。平にご容赦を、ヴェルディアス様」
「構わんさ。お前たちの熱意こそ、俺への忠誠の証そのものだ。それを嬉しく思いこそすれ、疎ましく思うことはないさ……手加減は、してほしいがな?」
「……はい。それでは失礼させていただきます」
「ああ、ご苦労だった。急な話だったが、見事間に合わせたその技量。まさに驚嘆に値し、また誇らしく思う。これからも頑張ってくれ」
「ありがたきお言葉にございます。そのお言葉を胸に刻み、今後も邁進していく次第です」
その言葉と共に、従者たちはその場を去っていった。その背を見送ったヴェルディアスは、部屋の中に集まった服に顔をしかめる。先ほど褒め称えはしたものの、やはり目の前にある服の量には辟易とせざるを得ない。そんな主の様子にラーマは吊るされている服から数点を見繕い、それをヴェルディアスに渡した。
「私の個人的な見解ですが、この辺りがヴェルディアス様のご趣味と合致している物かと」
「悪いな、ラーマ。お前の目であれば、心配する必要もあるまい。流石にこれだけ作ってもらった手前、見ない訳にはいかんがそこまで俺の目も肥えてはおらん。しかし、そんなに見ていては時間が足りんからな」
「主の手助けをすることこそ、我が役目にございます。いつ何時であろうと、この身は御身がために存在するのですから」
「…………意外と、お前が昇れないのはそういう理由なのかもな」
「はい?なんでしょうか?」
「いや、気にするな。ただの独り言だ。というか、俺の準備も結構だが、お前たちの準備は大丈夫なのか?」
「問題なく進んでおります。他の者たちも既に身支度は整えております故。御身にご迷惑をおかけするような愚昧な輩ではありませんとも」
「別にそこまでは言ってないが……問題がないのであれば構わん。そういえば、アリーシャの姿を見ないがあいつはどうしているんだ?」
「勇者殿であれば、今頃侍女たちに囲まれている頃合いかと。彼女は自らの容姿というものを考えて行動しておられませんので、侍女たちにとってはこういう機会は数少ない好機なのかと」
「好機か。まぁ、人間とは違うからな。ある意味で、肉体的には完成している。まぁ、やりすぎないようにな。パーティーの前に体力を浪費されても困る」
「言い含めてあります。さて、ヴェルディアス様はどの衣装になさいますか?私としましてはこちらの衣装などとてもお似合いかと思われますが……」
「そうか?では、その衣装にしよう」
「はっ……本当にこれでよろしいのですか?ヴェルディアス様の好みもあると思い、他にもご用意させていただきましたが」
「……俺の臣下が用意したものを、嫌だと思う訳がないだろう?そうでなくとも、お前は俺の片腕。俺は信を置く者の判断を信じるだけだよ」
「ヴェルディアス様……ありがたき幸せにございます」
「ははっ、何故お前が礼を言うのだ。それはこちらのセリフだというのに」
ヴェルディアスから向けられる全幅の信頼。それはヴェルディアスに仕える者にとって、最高の褒美。ヴェルディアスが何でもないと語るソレに、彼らは最高の価値を見出している。だからこそ、その言葉はラーマにとって何物にも代えがたい価値を持っていた。
ヴェルディアスから信頼を向けない訳がない。自由気ままに振舞う自分を支えるために普段から懸命にあり続ける臣下たちを、心の底から信じている。彼らに裏切られてしまうというのなら、それは自分がそれだけの事をしたか何か事情があるのだろうと受け入れるぐらいには信じている。
「なぁ、ラーマ。楽しみじゃないか?」
「はっ……何が、でございましょうか?」
「お前たちは俺の身勝手でその名を晒すことなく生きてきた。少なくとも、ミズリ以外の者たちは極少数しか知られていない。そんなお前たちがこの世界にその名を知らしめる時が来た。それが、どれほどの衝撃を与えるのか……実に楽しみだ」
ヴェルディアスの誇る最精鋭――――
あの魔王ギィ・クリムゾンですら、『敵に回せば厄介』と称される集団。それこそが六星竜王という名の集団であり、ヴェルディアスの誇る眷属たちなのだ。だからこそ、内心では心待ちにしていたのだ。彼が最も信を置く者たちが、その名を世界に知らしめる時を。
「ヴェルディアス様のご期待にお応えできるよう誠心誠意、努めさせていただく次第にございます。我らの総ては御身がために」
そう総てはヴェルディアスのために。ただの名もなき魔物として拾われ、彼からの信頼を全身に受けて育ってきた。命を落とすかもしれぬ危険を負いながらも、名を与えられた。それだけの価値があるかも分からないのに、望まれたように成長できるとは限らないのに――――全幅の愛をもって鍛えてくれた。
その心を、愛を、ラーマは忘れたことはない。ヴェルディアスが与えてくれた物で今の自分は形成されている。ならば、その恩返しを一生を懸けてでもなさなければ嘘だ。たとえ、それを当の本人が望んでいないのだとしても……あの時の温もりを忘れた事など一度としてないのだから。
「相も変わらず、お前は重いな。だが、良い。お前がそうしてある事を、俺は誰よりも誇りに思っているからな」
その言葉と共に、ヴェルディアスは外に向けて手を振った。それは何でもない動作のようで、しかし世界に大きな衝撃を与えた。空に突如として巨大な大都市が現れたのだ。突如として現れたソレこそ、ヴェルディアスの本拠地たる居城――――『移動型天空都市アトランティス』。
普段はヴェルディアスの操る膨大な量の魔素によって、姿を隠しているソレは姿を晒す。誰しもが知りたがったヴェルディアスの住居たる『アトランティス』の姿に、それを見た誰もが膝をついて祈りをささげた。
ヴェルディアスは『豊穣』を司り、同時に『天災』を司る存在でもある。捧げられる祈りは様々であり、収穫が豊かになる事を願う者がいれば、その力の矛先が自分に向かないように祈る者もいる。総じて共通する点があるとすれば――――ヴェルディアスを『竜種』としてではなく『神』として見ている点だろう。
その祈りがヴェルディアスに力を与える。ヴェルディアスの自分の手を見つめ、すぐに顔を上げた。自分の行動がどういう結果をもたらすのか、それを理解した上で彼は動く。たとえ、その結果として何が起こったとしても。
「さぁ、行こう」
総ては大いなる希望のために。