パーティーが始まり、空に浮かぶ大地は下にあるテンペストの住民たちには受け入れられていた。寧ろ、遥か空の彼方に浮かぶ月と共に並ぶ事で、より見栄えの良い姿に好感を持たれていたと言っても相違ない。そんな評価を受ける場所の主は着替えを済ませ、集合場所――――アトランティスの中央の地にある転移門に訪れた。
その場には既に他の六星竜王とアリーシャが正装に着替えて待っていた。更には見送りに来ていた他の従者たちも、ヴェルディアスの到着を待っていた。ヴェルディアスの姿を視認すると、大勢の者たちが道を開き頭を下げていた。
「待たせたな、皆」
「いいえ、ヴェルディアス様は我らが主でありパーティーの主賓。そのような御方をお待たせするなど、従者としては言語道断です。ヴェルディアス様は我らを待たせるぐらいで丁度良いのですから」
「言うな、ラーマ。まぁ、構わんさ。準備の方は大丈夫か?」
「万事滞りなく。サポートはお任せください」
「そうか。ならば、存分に頼らせてもらうとしよう」
「ええ、ご存分に。ヴェルディアス様から頼られるほど嬉しい事などありません故、お気の召すままにお命じください」
「そうか。では、行こうか」
ヴェルディアスが手を向けると、転移門が起動する。その門をくぐり、ヴェルディアスたちはテンペストの地に降り立った。ヴェルディアスの圧倒的な魔素量にテンペストが揺れる――――なんていう事は起こらなかった。どころか、それまでと一片も変わらない情景が広がっていた。
他の者に欠片も存在を気付かせないほど自然な魔力制御。それは、一定以上の力量を持つ者であれば誰もが行っている魔力制御という技術の極致。リムルをして、【
「ふむ、直接足を踏み入れたのはこれで二度目だが……賑やかだな、中々に」
「善きことではないですか?ある種の理想でしょう、この光景は」
人も魔族も関係なく。互いが互いの事を尊重しあっている。魔族側も人側もある程度の線引きをしているとはいえ、この場に集った者たちが平和を願っているという事に違いはないだろう。その光景は、アリーシャからすれば素晴らしいという他ない。彼女は勇者だが、魔物を忌避している訳ではないのだから。
「確かに。この光景は早々見られるものではないのは確かだ。ルドラが抱いた理想はきっと、こんな姿だったんだろうな……面識も何もない奴がその光景を実現しているとなれば、あいつも歯噛みするかもな」
「ヴェルディアス様、ルドラ様は……」
「分かっている。そもそも、あいつは前回の時点で既にほぼ限界だったんだ。今のあいつの状態は最初期のころから予想出来ていた事態だったさ。だから、お前が心を痛める必要はないよミツビ」
「ああ、あの坊主はもうそこまで……」
「ルドラは理想を現実にすることはできなかった。しかし、ルドラの願いはこうして叶っている。皮肉というか何というか……ルドラがこの光景を見たら、なんて言うんだろうな」
そう呟きながら、ヴェルディアスは街を歩いていく。誰もが笑みを浮かべている姿に、自分とは全く関係ない光景ではあってもヴェルディアスは嬉しく思った。前世ではこういう光景をこそ、彼は望んでいたのだから当然とも言うべきかもしれないが。
そのまま歩を進め、パーティー会場に到着する一行。『
「おい、あれは……まさか大地竜様か!?」
「魔王リムル殿には暴風竜のみならず、大地竜様へのパイプがあるというのか?」
ヴェルディアスが会場に入ると、その場に集まっていた貴族たちは騒めいた。よっぽどでもない限り、世俗に姿を現さない大地竜の姿を見る事が出来たのだ。騒がない方がどうかしているが、リムルは詳しく知らないので凄い人なんだな、ぐらいにしか思っていなかった。
「やぁ、直接顔を合わせるのは初めてになるか。初めまして、魔王リムル。俺はヴェルディアス。大地竜ヴェルディアスだ。以後お見知りおきを」
「あ、どうも初めまして。この国の王で『
「殿など不要だ。君は我が弟と友誼を結んでいる。弟の友に便宜をはかるぐらいはしてやるとも。存分に頼ってくれて構わんから、そちらもそのつもりでいてくれればいい」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。そうでなくとも、ギィの新たな戦力だ。これからのゲームはより華々しくなることだろう。いや、もしやすれば今回で決着となるかもしれんな」
「ゲーム……?」
「後はギィに訊いた方が良い。俺は審判役でしかないからな」
ヴェルディアスが話を切り、周りに視線を向けると頭を下げるセリオン勢とヴェルディアスを見ているミリム率いる新旧魔王たちがいた。その中でも、ミリムに視線を向け両手を広げる。すると、ミリムがヴェルディアスに向かって突っ込んでいった。その行動に、誰もが止めることが出来なかった。
ミリムがヴェルディアスにぶつかりとんでもない轟音が響いた。しかし、ヴェルディアスは顔をしかめる事もなく、ミリムを受け止めていた。それこそまさしく、総てを生命を抱き受け止める大いなる大地のように。
「久しいな、ミリム。あんなに幼かったお前が、今や多くの臣下に囲まれている。それは、とても喜ばしい事だな」
「叔父上!」
「どうした?そんなに泣いていたら可愛らしい顔が台無しだぞ?俺はお前の笑った顔が見たいものだがな」
ヴェルディアスはミリムの涙で服が汚れるのも構わず、ミリムを抱きしめる。ミリムを抱きしめながら頭をなでるその姿は、まさしく親子のようで。フレイたちはその姿に驚愕を隠せず、リムルはどこか見覚えがあると思っていたヴェルディアスの顔立ちからこの光景に納得していた。
「まったく……久しぶりに会ったのだから、俺に大人なお前の姿を見てくれよミリム。まぁ、どの姿のお前であっても俺にとっては愛いがな」
そう呟きながらミリムを抱き上げ、ヴェルディアスはフレイやカリオンたちに視線を向けた。その視線に、フレイやカリオンは膝をつきそうになった。かつて、十大魔王と呼ばれた者たちの一員であった王たる二人が、ヴェルディアスを上位と認めたのだ。
「良い、膝などつくな。お前たちの主は俺ではない。お前たちには今後とも変わらず、ミリムの事を支えてやってくれ。この子は私生活がだらしないからな」
「……元からそのつもりです。私とミリムは友達、ですから」
「言われるまでもねぇ。ミリムは俺たちの主なんだ。締めるところはきちんと締めてもらうさ」
「そうかそうか。この子も善き縁に恵まれたようだな。強すぎる存在というのは中々友誼など得ないものだが……孤独だったこの子にも友や仲間と呼べる存在が作れるようになったんだな」
本当に嬉しそうな表情でミリムの頭を撫でているヴェルディアスの姿は、まさしく娘を可愛がる父親のようだった。ミリムもヴェルディアスの温かさを感じて嬉しいのか、表情が更に緩んでいった。ヴェルディアスはその時、ようやくフレイたちの後ろにいる『竜の民』であるミッドレイたちの存在に気付いた。
「その装束……『竜の民』か。会うのはどれほどぶりだったろうか」
「お初にお目にかかります。私めは『竜の都』にて神官長を務めておりますミッドレイと申します。この者は従者のヘルメスです。大地竜様におかれましてはご健勝のこと、大変喜ばしく思っております」
「ミッドレイ?ふむ……ああ、あの時の赤子か」
「はっ?」
「知らぬのも無理はあるまい。以前、『忘れ去られし竜の都』を訪れた時に祝福を授けてやって欲しいといわれてな。加護の種を与えたのだ。そうか、あの時の赤子がここまで大きくなったか。見る限り、強くなってもいるようだし、そのままミリムの力になってやってくれ」
「はっ……ありがたき幸せです。これからもミリム様のため、このミッドレイ粉骨砕身の覚悟で努めさせていただく次第でございます!」
「うむ、期待している。お前に授けた俺の加護で悩みがあれば、存分に俺に頼るがいい」
ミリムの頭から手を離し、その手元に膨大な量の魔素が集中していく。その魔素が破裂すれば、この場にいる貴族たちは助からないだろう。そう思えるほどに膨大な量の魔素を、片手間のように操作していくヴェルディアスの姿にどれだけ人のように見えても違う存在なのだと認識するしかなかった。
ヴェルディアスが魔素の操作を止めると、そこには拳ほどの大きさの魔石があった。ヴェルディアスはそれをミッドレイに差し出した。ミッドレイはソレを恭しく受け取った。その魔石は落ち着いたブラウンカラーをしており、人間たちがスモーキークォーツと呼ぶソレに似ていた。
「これは流し込まれた魔力を登録できるようになっている。これに魔力を流しつつ話しかければ、念話が繋がるようになっているから用事がある時は遠慮なく使うと良い」
分かりやすく言うと、魔素を使った携帯電話である。電話の機能しかないとはいえ、片手間のように異世界の技術を再現してのける技量。その事実にリムルは目を見開く他なかった。この人、本当は自分と同じ転生者なんじゃ?と疑いを持つぐらいには驚愕していた。
泣き止んだミリムの頭をもう一撫ですると、ヴェルディアスはもう一人の顔見知りに視線を向けた。その顔を見るのも本当に久しぶりだと思いながら、話しかけた。相手――――エルメシア・エルリュ・サリオンも本当に懐かしそうな表情を浮かべながら話に応じた。
「それはそうと。久しぶりだな、エルメシア」
「ええ、お久しぶりですお爺様」
「エルメシア!ヴェルディアス様に対してなんと無礼な口を利くのですか!?」
「構わんさ、ミュリア。エルメシアにそれを許したのは俺だ。それより、サリオンの事は聞いているよ。お前も随分と立派になったものだな」
「もちろん。お爺様お墨付きですもの」
「くくっ、そうだな。お前は俺が言った通り、自らの道を貫き通した。ならば、俺はそんな今のお前を受け入れ慈しむだけだよ。暇が出来たら俺の居城にも足を運ぶと良い。盛大に歓待させてもらうからな。なぁ、ラーマ?」
「ヴェルディアス様の御客人であれば、配下一同全力をもっておもてなしさせていただきます」
「それは楽しそうね。でも、その前に訊きたい事があるのだけどいいかしら?」
「なんだ?」
「お爺様の後ろにいる勇者殿を除いた六人は誰かしら?いえ、一人は想像つくのだけれど」
「おお、そうだな。今回はこいつらを――――俺の配下であり、同時に眷属でもある者たちの紹介もしておきたかったのだ。では、一人ずつやってもらおうか。ラーマ」
ヴェルディアスが視線を向けると、その場にいた者たちの視線も自然と集まった。ヴェルディアスと同じように、極限まで魔素を制御しきっているその姿は怪物と称しても遜色なかった。一見するとただの人間のようにしか見えないのに、その実この面子の中で本当に強いのはこの男なのだと理解せざるを得なかった。
「では、僭越ながら――――私はラーマ。ラーマ・キュルスと申します。ヴェルディアス様からは『六星竜王』の筆頭の地位を戴いております。字名としましては『
「次、俺か。俺はフウガ・ゼノ。字名は『
「雑な挨拶ねぇ……私はミズリ・エル。かつて『水災竜妃』と呼ばれ畏れられた、今はヴェルディアス様の従僕の一人。『
「魔王リムルやミリム様には名乗っているが……クロム・ブルグ。字名は『
「初めまして。私はミツビ・ニューと申します。ヴェルディアス様から『
「ええ、なんで俺が最後なんですか……お初にお目にかかります。俺、いえ私はホムラ・ローグ。ヴェルディアス様より『
「えっと、色々と聞きたいことはあるんだけど……字名って何ですか?」
「種族名と言ってもらっても遜色はない。要するに階位の話だよ。この面子は従来いる『
『
「流石はヴェルディアス様の精鋭と言うべきでしょうね。特にラーマ殿は……強さが分からない」
「なに?お前でも分からんのか、『
「そうですね。戦士である以上、私に分からない道理はない……けれど、ラーマ殿の力は分からない。ヴェルディアス様でさえ、自分では測りきれないほど巨大ではありますが分かります。しかし、ラーマ殿は……読み切れないですね」
「途方もないな……」
誰もが戦々恐々としている傍らで、ラーマは特に言及することなく黙って聞いていた。ヴェルディアスはそんな風に評価を受けているのを面白そうに眺めていた。それはある意味、ヴェルディアスが願っていた光景だったからだ。
「伊達に俺の片腕を任せている訳ではない、という話だ。俺の名代として送る事もあると思うから、その時はよろしく頼むぞ」
「ヴェルディアス様のご意向でございますれば、如何様にも。我らセリオンの者はヴェルディアス様配下の方々を心より歓待させていただきます」
「それは私たちもそうよ。お爺様の身内ですもの。出来る限り、歓迎させてもらうわ」
「ほう……エルメシア、あなたが歓迎すると?あの奔放娘が言うようになりましたね?」
「あら、お姉さまが固すぎるだけじゃないかしら?私だって一国の王である以上、大切な隣人として迎え入れることはするわ。お爺様には私もお世話になったもの」
「本当に、よく口が回るようになりましたね。その減らず口は昔とあまり変わっていないようですが」
「あら、お気に召さなかった?まぁ、そう思われても無理はないでしょうけど――――余もまた一国の国主である以上、早々譲る事など無きものと考えた方が良い」
二人の王、しかも現在存在する国々の中でも間違いなく最長の歴史を誇る国の長。積み上げられたその歴史、そして積み上げられた王としての威厳。それらが覇気となってぶつかり合っている。魔王覇気や竜王覇気とも劣らぬそれは空気中でぶつかり合い、周りにいる者たちに圧力となって襲い掛かっていた。
その覇気を断ったのは、ヴェルディアスの一拍の音だった。空気中に広がっていた覇気を断つように、魔力の波を払うように、両者の覇気は音によって完全に消え去っていた。笑みを浮かべながら、二人を見ているヴェルディアスの姿にエルメシアとミュリアは冷や汗が背中を這うのを感じざるを得なかった。
「両者の善意、ありがたく受けさせてもらう。しかし、このような晴れの舞台で要らぬ喧嘩をするな。俺の事に関して喧嘩になりやすいのは、お前たちの数少ない欠点だ」
「も、申し訳ございません……」
「ご、ごめんなさい……」
「分かればよろしい。いや、すまないな魔王リムル。俺の関係者が騒ぎすぎたようだ。何かしてほしい事はあったりするか?軽い事であれば協力するぞ?」
「え、いや、そこまでの事じゃないですし……」
急にそう言われたリムルとしては、別段何かしてほしいとは思わなかった。確かに、先ほど威圧のぶつかり合いは末恐ろしいとは思ったが、別にヴェルディアスに何かをされたわけではない。それに何かが壊れたりしたわけではない以上、賠償の必要を感じてはいなかった。
「ふむ、謙虚だな。俺の力が借りられるとなれば、多くの者が是非と言ってくるんだが……では、借りという事にしておこう。もし、魔王リムルが俺に力を貸してほしい事態になれば言ってくれ。俺も可能な限り尽力させてもらおう」
「ありがとうございます」
「うむ。では、この辺りで離れるとしよう。君と話したい者も大勢いるだろうしな。『
「光栄です、我らが神王よ」
「我らで無聊の慰めになればよいのですが」
「なに、思い出話にふけるのも悪くはなかろう。お前たちの話を俺に聞かせてくれ」
ヴェルディアスはそう言いながら、リムルたちから離れた。六星竜王たちも続こうとしたが、ヴェルディアスから視線を向けられたことで意図を察して離れていった。そして、他の参加者たちの元を訪れたり料理を手に取ったり好きに動いていた。ヴェルディアス自身も飲み物を受け取り、反省している様子の二人の肩を叩いた。
「二人とも、反省したならばよい。お前たちの話も聞かせてくれ。こうして顔を合わせる機会も早々ない故な」
「……それでヴェルディアス様の償いになるのであれば、喜んで」
「お爺様も話を沢山聞かせてね?あの『
「良いとも。存分に語り明かそうではないか」
互いに持ったグラスをぶつけ、その音が消えぬ内に口に含む。それを一息に飲み干し、ヴェルディアスは笑みを浮かべるのだった。