祭を楽しんだ翌日、ヴェルディアスは配下の者を引き連れて再び闘技場を訪れていた。前日は各々が心行くままに楽しんだからか、大分リラックスしていた。目の前にいる参加者たちが自分たちの影すら踏めぬ者たち故、子供のやることを楽しむように見守っていた。
容易く下界に住まう者どもを滅ぼせる力を持つ者。その事実を晒すことなく、この場にいる者たちに交流を持つに足る能力の持ち主として認識されている。魔王に匹敵すら脅威でありながら人間たちのために力を貸してくれる存在。それがどれほど頼りになる存在か、語るまでもないだろう。
だからこそ、その存在が興味を持つほどの闘技大会には多くの者たちが集まった。大勢の者たちがこの闘技大会の結果に興味を示している。ヴェルディアス達がその結果ではなく、過程にこそ興味を示しているのに対して、他の多くの者たちが結果に興味を示していた。
闘技大会の本戦参加者は8名。
人間からは【閃光の勇者】マサユキとその仲間である【狂狼】ジンライ。そして仮面の少女こと【双星】ユキとセリオンから【疾風】アキレスの計四名。
魔物からは
人間と魔物双方ともに四名ずつの戦いではあるが、マサユキを除きリムルたちの注目はユキに向けられていた。なにせ、ユキはゴズールと同格の
マサユキは実は隠れ蓑で本当の刺客は彼女なのではないか?そう疑いをかけられるレベルには彼女は強かった。今も選手紹介を受けながら黙っている彼女に対して警戒している者は多かった。しかし、それぐらいの強さを持っているのはヴェルディアスからすれば当然だった。
「最後に見てから数年ほどですが……大分強くなりましたね」
「冒険者として色々な場所に赴いていたようですからね。ランクにしてもAランクで尚且つ、特Aランクも間違いないとさえ言われている期待のホープです。となれば、あそこにいる選手の大半は相手にならないでしょうね」
「そうだな。あの儚げだった少女がこれほどまでに成長するとは……悲しむべきか喜ぶべきかいまいち判断しづらいがな」
親にも等しいヴェルディアスは苦笑を浮かべる。自身の選択であったとはいえ、それが正しい事であったのかと自問自答したことがあるが故の言葉だった。それはこれまで見送ってきた多くの者たち総てに抱いてきた感情だったが、こうしてはっきり口に出したのは初めてだった。
「師匠がそういったことを口にするのは珍しいですね」
「そりゃあ、俺だって心配を口にする事ぐらいはあるさ。特に、あの子が俺の元を旅立っていった時、か弱い人間に毛の生えた程度の力しかなかった。そんな子がこの舞台に手をかけられるまでに至った。そりゃあ、安堵の感情とて晒すさ」
「その割に、私が魔王討伐に行って帰ってきたときは忘れていましたよね」
「出来て当然のことを心配する奴がいるか?そうでなくとも、お前は俺が手ずから育てた弟子だ。ギィを相手にするわけでもあるまいし、心配する方が失敬と言うものだろうさ」
ヴェルディアスがアリーシャを心配したことはない。今となってはギィもそう易々と勝利することを許さない領域まで成長しているし、拾った時からアリーシャがこの世界で生きていけるように教育してきたのだ。そんなアリーシャが命を落としかねないような事態に陥る事の方が想像がつかなかった。しかし、ユキに関してはそうではなかった。
「俺はあの子の教育に関して一切手を出していないからな。どれほどまでに仕上がったかも確認していなかったんだ。心配したとしても致し方ない話だとは思わないか?」
「まったく?何も確認していなかったのですか?」
「ああ。あの子自身がそれを望まなかったからな。自立を望んでいる子の事を暴き立てようとするのは、俺の本意ではない。それにしても、まったく……」
頭が痛いとでも言いたげな態度を取るヴェルディアス。そんなヴェルディアスの態度に疑問符を浮かべる弟子と配下たち。近くで訊いていたミュリアたちもどうかしたのか、と言わんばかりに心配げな表情を浮かべていた。
「あの子のスキルがなぁ……俺から星の恩寵の断片を掴み取ったのは知っていたが、それによって自身を強化している。ユニークスキルとは名ばかりで、その実態は
様々な想いが籠められたそのため息に、配下たちは困惑し、弟子はそんな可愛い事柄ではないと呆れていた。繋がりを持つ主から力を欠片たりとも奪う。それは精神的にもそうだが、力量的にもあり得てはいけない話だ。
名付けなどでパスを持った相手と言うのは、川の上流と下流のようなものだ。上から下に流れる事はあっても、下から上に行くことはない。しかし、彼女がやった事はそういう事だ。膨大なプールを持つヴェルディアスからヴェルディアスの意思を介さず、多くはないが一人に使うには十分な星の力を奪っていったのだ。
本来ならヴェルディアスとしては怒らなければならない場面である。場面ではあるのだが、ヴェルディアスとしては褒め称えたいとすら思った。彼女のなし得た偉業がどれほどの物であるのか、理解しているが故に。
ヴェルディアスが星の恩寵を与える際、各々の
しかし、彼女はそうではない。原理も理屈も何も分からない状態でそれを何とかかみ砕きながら、己の力と変えたのだ。ラーマも同じような事をしたが、彼女にラーマほどの才能はない。だというのに、何年も時間をかけて努力を続けている。そのあり様がすでに称賛に値するものだと、ヴェルディアスは思う。
「まぁ、大局には何の影響も与えないだろうがな」
「
「あの子自身の存在値が足りないからな。肉体にスキルを完全な形で定着する事ができていない以上、精神防壁以上の意味を持っていないんだよ」
器が足りない状態でどれだけ上等な力を注いだとしても、十分な力は発揮できない。副次効果程度しか機能しないのは仕方のない事だと言える。しかし、それはことマサユキ相手には十二分な効果を発揮していた。
『その輝きはまさしく天上より来たりし星!その輝きをもって、優勝という頂を掴むことが出来るのか!?【双星】ユキ――――!』
剣を抜き放ちユキは空に高々と掲げる。その先には晴れ晴れとした天候でありながら、太陽以外に輝く物のないはずの天空にその場にいた者たちは別の輝きが見えた。その輝きこそ、嵐のただなかで迷う者を導く輝きの星の姿だった。
「お集りの皆様方、どうぞ我が戦いをご照覧あれ。皆様方のご期待に副えるよう、頑張らせていただきます」
剣を持ち替え、逆手に剣を鞘に戻す。キンと音が鳴ると、観客の多くが神秘的な光景に拍手が沸き起こる。その拍手に応えるように手を振るユキ。その対応に対して拍手が更に大きくなっていく。まるで指揮者のように振っていた手を握りしめると音が止み、一礼する。
「面白い子ねぇ。可愛げがありそう」
「姐さんは興味あるんですか?」
「主様の話によれば、足りないのは存在値だけ。だったら、可愛がってあげれば、それだけで主様の戦力の一角として名を上げられそうじゃない。あの勇者君とは違うよ」
「お前さんはアレクの事が好きじゃないんだな、相変わらず」
「当たり前でしょ。大切な相手を失った。その悔しさや辛さにはある程度の共感を示すわよ?でも、だからって心を閉じたって何の意味もないでしょう?力ばかり強くなって、その中身が成長していない。本来は私たちですら圧倒しうる可能性があるのに、それを手ずから手放してる。まぁ、それでどうにかなってしまう程度の強さしか下界にはいないのも、問題なんでしょうけれどね」
ミズリはヴェルディアスの弟子たちを評価している。最初の弟子であるアリーシャは言わずもがなで、それに続くアレクの事も評価している。こと戦闘技能だけで絞れば、覚醒していないにも関わらず、覚醒している勇者や魔王と同等の強さを持っている。それは技量だけで言えば、アリーシャと真っ向から相対できる点から見ても歴然である。
だが、詳しい経緯こそ知らないが、あの勇者は心を縛っている。ヒナタは己の中の闇を毛嫌いしているが、アレクはどこか自分が幸せだった時代が破綻した時に情動を捨てている。だから、心が揺るがない。戦況から感情を抜きにして自分が持てる能力で戦局を切り開く。(分かりやすく言うと、
ただ、その体質が故にいかなる魔物と相対しても勝利してのける。六星竜王の下位三名では手古摺ることは間違いない。ミズリやフウガ、ラーマの三名であればその特性を差し引いても圧倒できるが、楽勝かと言われれば苦い表情を浮かべざるを得ない。それほどまでにアレクの戦闘能力は侮れない。少なくとも、勇者を名乗るに足る者だと配下の誰もが認めている。
セリオンの英雄戦士団の中には
「まぁ、あの子供のこれからに関して、私からごちゃごちゃ言うつもりはないわよ。どれだけ心を殺そうと、心を震わせなければ勝てない時はある。感情は、時として理屈を凌駕するんだから」
「そりゃ、経験則か?ミズリ」
「……うるさいわよ、ごく潰し。そんな事より、この戦いは本当に見応えあるのかしら?主様を疑う訳ではないけれど、あの子とセリオンの小僧以外、特に見るに値しそうな奴はいなさそうだけど」
「さぁて、な。主様にしか見えてない物があるんだろうさ。俺としても、そこまで見応えがあるとは思わんがな」
選手紹介が終わり、本戦開始となった。
第一試合 ユキVSゴズール
第二試合 マサユキVSジンライ
第三試合 アキレスVSゴブタ
第四試合 ゲルドVS
という組み合わせとなった。ジンライはマサユキを優勝させるために大会に参加したそうなので、実質不戦勝と同じような事になった。しかし、他の対戦カードは見に来た人々の心を擽らせるに十分すぎる物だった。そこから魔王リムルから一声貰う場面になった際、ユキとアキレスは褒賞を拒否した。
「結構です。私はこの地に、今の自分がどれほどの力を持っているのか確認しに来ただけです。今最も勢いのあるこの地で何かしらの功績さえ残せれば、私はそれで十二分なのです」
「【双星】殿に追随する訳じゃないが、俺も必要ない。そも、【十二星神】の方々に御照覧いただけるので十分すぎる褒美なのに、それ以上に貴い御方に見て戴けるのだ。これ以上は貰いすぎだろう」
二人はきっぱりとそう言ったが、流石に何もなしでは周りに示しがつかない。それ故に優勝した暁には豪勢な料理で歓待しようという話となった。二人とも異論はなかった故、魔王リムルからの提案を粛々と受け入れた。
第一試合開始となり、ユキとゴズールがその場に残り他の参加者たちはその場を離れていった。その際、マサユキはユキに声をかけ、ユキはそれに一礼でもって答えた。単純に応援していると告げたのとソレに礼を言っただけだったのだが、周りの観客たちは二回戦での再会を告げたのだと勘違いしていた。
「さて、よろしくお願いいたします。えっと、ゴズールさん?」
「おう、よろしくな。だが、俺はあいつとは違う。お前さんがどんだけ華奢に見えても気なんか抜かねぇからな!全力でやらせてもらうぜ!」
「ええ、そうこなくては。私がこの地に来た意味がなくなってしまいます。どうか、私の期待に応えられるだけの力を示してください。そんなあなたを踏破する事で、私は私の価値を証明する」
両者共に盾を持っているが、その得物は大きく異なっている。ゴズールは大斧でユキは片手長剣。そもそも体格差が絶望的にあるのに、得物のリーチ差も大きい。一方的な試合展開を予想している者も少なくはなかった。しかし、そんな観客の予想とは裏腹に、実際の試合展開は大きく異なっていた。
「やはりAランク級の魔物。中々にしぶとい」
「くっ、この俺が……押されている、だと!?」
ユキは常にゴズールの得物の内側で戦い、振るわれる得物の軌道を正確に捉えて戦っていた。ゴズールのスキルである『超速再生』によって受けたダメージは即座に回復するが、どこを斬ればはっきりとダメージになりうるかを調べているだけのユキにとっては些細な事だった。
大斧を持っている右腕が肘ごと斬り落とされる。それをなすと同時に距離を取ったユキだったが、すぐさま回復が行われ大斧を拾い上げるゴズールの姿にため息を吐く。こうやってちまちましているのも時間と体力の無駄でしかないと理解したからだ。
周りの観客たちがAランクの魔物と同じくAランクの冒険者の戦いに興奮する中、戦っている二人は次の一撃にて決めるつもりで魔力を練っていく。ゴズールが大斧を投擲し、それに追随するように突進し始める。それに対して、ユキは眼を閉じると体裁きだけで大斧を回避する。そして迫りくるゴズールの肉体を前にして眼を開く。その瞬間、剣が閃きゴズールは斬り捨てられた。
「な……に……っ!?」
剣についた血を振り払うと同時、斬り捨てられたゴズールの肉体は場外に崩れ落ちた。その轟音を背にユキが剣を鞘にしまう。そして言葉を失っている審判役であるソーカに視線を向ける。視線を受けたソーカはゴズールの状態を確認する。
『ゴズール、場外!勝者、【双星】ユキ!』
観客からの大きな拍手を受け、ユキは大きく一礼する。そしてそのまま舞台から離れていった。その光景を見ていたヴェルディアス達は何が起こったのかを正確に把握していた。ユキはあの瞬間、その双眸に金と青の色を宿し、それと同時に纏っているオーラが明確に変化していた。
そのオーラは人間と言うよりも天使に近い物であった。その状態になった瞬間、彼女の持っていた盾と剣が光を宿した。
これによって気絶と同時に肉体の力を不活性状態に追い込んだ。ただ、力の発動から攻撃に移るまでの動作、そして攻撃する際の動作が余りにも自然だったからこそ、美しい物を見たと言わんばかりに感嘆の息を吐いた。そして拍手しているヴェルディアスに視線が集中する。
「俺は何もしていない。あそこまで己の力を研鑽したのはあの子の努力の賜物。俺が何かを言うようなことはないよ」
「しかし、あの剣は……」
「本当に何もしていないんだよ。あの子はただ見ていただけだ。俺の剣を、万象滅する霊子を纏った剣による一撃をな」
ユキの一撃は防御結解すら貫通する霊子と魔素の構成を阻害する光。ソレを纏めて剣に収束させた物であり、ヴェルディアスが普段用いるソレを劣化させた代物である。分かりやすく言うと、ヒナタの用いる
「だが、まぁまぁといった出来だな。剣に収束させる事しかできないようだし、遠距離からの一方的な攻撃には対抗できない。今回のような近接戦闘がメインならともかく、それほど有効な手とは言い難いな」
あまりにも辛辣な事を言いながら笑っているヴェルディアスを傍らに大会は進んでいくのだった。