気づいたら竜種に転生していた件   作:シュトレンベルク

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永遠の別れ

 ミリムがこの世に生を受け、幾ばくかの時が過ぎた時にその報は届いた。

 

「……兄上とルシアが死んだ?」

 

「……はい。おそらく敵国のテロによる物と思われますが、詳細は不明です」

 

「そうか。そうか……」

 

 早すぎる。ヴェルディアスはそう思わざるを得なかった。まだ、ミリムは生まれたばかりだ。幸せな時間はまだまだこれからの筈だ。だというのに、あの兄が死んだ?自分たち竜種からすれば、塵芥に等しい人の手によって殺された?それは、ヴェルディアスにとって受け入れがたい事実だった。

 

「ヴェルディアス様。どうぞ、ご命令ください。この世界の父たるヴェルダナーヴァ様を殺すなどという不敬も甚だしい罪過を犯した愚か者どもを滅ぼせと。さすれば、我らはヴェルディアス様の願いを叶えるために全力を尽くす所存です」

 

「ミュリア……ミリムは、ミリムはどうなった?まだ生きているのか?」

 

「はっ、お子様に関しましては外傷の類もなかったそうです」

 

「そうか……不幸中の幸い、いや、兄上のご加護あってこそ、というべきか。兄上は自らの力を持って、最愛の娘を守ったんだな」

 

「ヴェルディアス様……」

 

 ヴェルディアスは今、悲しみの底にいる。その事実が銀髪のエルフ――――ミュリア・アル・ネリ・セリオンの心を酷く痛めつける。敬愛する御方であり、なによりも自分たちエルフ――――彼女はその上のハイエルフだが――――を救ってくださった方なのだ。

 幼少のみぎりより、ずっと力になりたかった。気軽に接している幼い妹に嫉妬するぐらいには、ミュリアはヴェルディアスの事を想っている。それは人魔統合国家セリオンに暮らす者であれば誰でもそうだが、彼女はその感情がひと際強かった。だからこそ、今彼女の胸の内は憤怒の炎で燃え盛っていた。

 

「ヴェルディアス様、御身の手を煩わせる相手ではないとはいえ許しがたき相手であることは事実。生かしておく理由など、どこにもございません。どうか、我らに連中を滅ぼしつくすことをお許しください」

 

「……いや、許可することはできない」

 

「ヴェルディアス様!何を慮る必要があるというのですか!ヴェルダナーヴァ様はこの世界に住まう者総てにとって父に等しき御方!そのような方を害することはおろか、殺すなどと断じて許される所業ではありません!」

 

「そうだな。我が兄は俺が生まれたばかりの頃、世界から排除されかけた俺を救ってくれた。俺からすれば、何よりも尊敬している相手だった」

 

「でしたら!」

 

「だが、それは俺の感情だ。俺の感情に、お前たちを巻き込むわけにはいかない。けじめをつけさせなくてはならないのなら。それは弟である俺が果たさなければならない」

 

「なっ、なりません!御身の手をあのような屑どもの血で汚すなどと!到底許されることではありません!」

 

 それはミュリアにとって何よりも許しがたい事だった。この世の何よりも敬愛するヴェルディアスが、愚かしいにもほどがある愚者の血によって手を汚す。それはまるでこの世で最も美しい絵画に、絵心が全くない人間が手を加えようとするのと同じくらいありえない。

 

「おい、智略(アテナ)。いつまで時間をかけている?やるならさっさと行くぞ」

 

冥王(ハデス)!いいところに来ました!ヴェルディアス様を止めてください!」

 

「はぁ?何言っているんだ、お前。主殿は仇討ちしに行くと言ってるのだろう?だったら、行ってもらったら良いだろう。自分の肉親の仇討ちもできないなんて、辛いにもほどがある」

 

「何を馬鹿なことを!たかが国の一つを滅ぼす程度、我らで終わらせてしまえばいい!御方の手を煩わせるなど、言語道断!」

 

「はぁ……これだから潔癖主義者は嫌なんだ。いいか?これは主殿の誤りを清算させるためでもある。それを阻んでどうする」

 

「誤り、ですって?」

 

「そうだよ。主殿が本当にヴェルダナーヴァ様を慮るのであれば、この国にお呼びすれば良かった。少なくとも、あの理想だけでかい坊主に任せるよりもよっぽど安全だった筈だ。そこを見誤った主殿のミスというやつだ」

 

「ヴェルディアス様はヴェルダナーヴァ様の御意思を尊重なさっただけだ!敬愛する方の意思を尊重する事が間違いだと言うのか、貴様は!?」

 

「結果的に見て、間違いだっただろう。この国に来てくださっていたのなら、俺たちは絶対にそんなことを許さなかった。いかなる万難を排してでも、星王竜様とそのご家族を守ったはずだ。俺達にはその力があって、それを成し遂げようとする意志があるのだから。お前は違うのか?アテナ」

 

「――――成し遂げるに決まっている。それがヴェルディアス様のお望みならば、叶えない訳がない」

 

 お互いに譲り合わない二人。

 二人とも、ヴェルディアスに涙は合わないと思っている。だからこそ、その涙をぬぐって先に進んでほしいと願っているのだ。だが、その清算の方向性が異なっているために、どうしても衝突してしまうのを避けられない。

 

「……何を言い争っているんですか、あなたたちは」

 

「アリーシャ。あなた、今までどこに……」

 

「どこにって……ミリム様のご様子を見に行っていたに決まっているでしょう。ヴェルダナーヴァ様から与えられた力が暴走しかけて大変でしたよ」

 

「あなた!ヴェルダナーヴァ様の危機を救えずに、何をおめおめと顔を出しているのです!?」

 

「……仕方がないでしょう。私は未来を見据える目など持っていない。着いた時にはすべてが終わっていたのですよ?他にどうしろというのです。大体、想像できますか?ヴェルダナーヴァ様に危害を加えようとする愚か者が現れる、なんて」

 

「それは……」

 

「アリーシャ。ミリムの様子はどうだった?」

 

「はっ。いまだ幼き身でありますから、細かいことは分かっておられないとは思いますが……ヴェルダナーヴァ様とルシアにもう会えないことは、察しておられるかと」

 

「そうか……申し訳ないな。大人の意地のせいで、あの子にそんな悲しい思いをさせてしまうとは」

 

「師匠、できましたらミリム様と会ってください。あの方には今、支えとなる方が必要です」

 

「俺が支えになれると思うか?肝心な時に何もできなかったこの俺が」

 

「それはさほど重要ではありません。それよりも、今あの方の寂しいと感じる心を慰められるのは他の竜種の方々ではなく、師匠にしかできないはずです。どうか、伏してお願い申し上げます」

 

 アリーシャは分かっていた。今のヴェルディアスの手綱を離してはいけない。まず間違いなく、ことは一国の範囲では治まらない。間違いなく、周辺国家の被害は免れないし、下手をすればこの大陸もろともすべてを破壊しつくす可能性がある。

 ヴェルディアスはヴェルダナーヴァと自分が戦えば、物質界たる地上は愚か精神世界である冥界すら焼き尽くすと明言している。となれば、物質界も、半物質界も、精神世界も尋常ではない被害を受ける。特に、戦禍にさらされる地上界は生物の住める場所ではなくなる可能性が非常に高い。

 

 『大地竜』の弟子として、なにより『勇者』として。力のない人々に被害が出ることを防がなければならない。そうしなければ、すべてが終わった後にヴェルディアスは後悔する。なによりも後悔が嫌いなヴェルディアスにそんな感情を味合わせる訳にはいかないのだ。

 だからこそ、今は過去ではなく未来を見据えてもらう。そうでなくても、ヴェルディアスと同じ、或いはそれ以上に悲しんでいるであろう少女がいる。アリーシャはもとより、ヴェルディアスも簡単にそんな少女を見捨てられる精神性はしていない。

 

「……分かった。兄上たちの仇討ちはルドラに任せよう。ゲームの件もあるが、なによりルドラがそのような連中を看過する事はないだろう。それよりも、今はミリムの許へ向かう方を優先する。帰ってきたばかりで悪いが、案内してくれるか?アリーシャ」

 

「はい、師匠!ご英断、感謝します」

 

「英断などではないよ。少なくとも、ここにいる俺は幼子に涙を流させてしまった愚かな大人でしかないのだから」

 

「いいえ、それは違います。師匠はさらなる涙を重ねるよりも、涙をぬぐって笑顔にさせるために動くとお決めになられた。それは誰にでもできる訳ではない、素晴らしい事なのですから」

 

「ははは、お前はその気にさせるのが上手いな。では、頼んだ」

 

「かしこまりました。ですが、その前に彼女たちと話がありますので、少しばかりお待ちを」

 

「ふむ、分かった。では、外で待っているから話が終わり次第、ミリムの許へ向かう」

 

「申し訳ありません。少々お待ちください」

 

 そして、ヴェルディアスが外に出たのを確認すると、アリーシャはミュリア達をにらみつけた。ヴェルディアスを慮りすぎるあまり、彼女たちは浅慮が過ぎるからだ。無論、彼女たちが善意を持って行動しているのは分かっている。だからこそ、質が悪いともいえるのだが。

 

「何を考えているのですか!師匠は今やこの世界において最強の竜!そんな師匠に復讐を促そうなど……あなたたちはこの世界総てが滅び去ろうが構わないと思っているのですか!?」

 

それがどうした(・・・・・・・)。この世界が滅び去ることより、あの方が悲しいお顔をなされている方が万倍問題だ。そうでなくとも、星王竜様を害した愚か者に生きる価値などない!」

 

「その復讐に関係のない者を巻き込むということが間違っている!その事実が、後々師匠を追い詰めるのだと何故分からない!?」

 

「必要な犠牲だ!そうでなくとも、同じ国にいたというだけで十分な重罪であろうが!」

 

「ふざけるな!そんな訳があるか!貴様ら、国を率いる身でありながら、よくもそうまで恥知らずな言葉を吐けたものだな!責任を負うべきは上にあり、下にいる民衆は守られるべき存在であろうが!それを忘れ、諸共に滅べなどとよくも抜かせたものだな!

 智略(アテナ)の言い分はまぁ、まだいい。だが、冥王(ハデス)!貴様、何を言ったのか分かっているのか?師匠の力は世界を滅ぼすに足る力だ!そのような力を軽々と揮わせようとするなど言語道断!何を差し置いても許されることではないぞ!」

 

「それこそ、お前に言われる筋合いはない。お前がもっと早くたどり着いて、星王竜様たちを守っていれば済んだ話だ。それをなせなかったお前に責められる筋合いなどないよ」

 

「それは……そうかもしれない。だが、師匠を動かせばどうなるのか、分からなかったとは言わせんぞ」

 

「分かってる。分かってるさ。俺たち『十二星神(オリュンポス)』が動いたって、あの御方に届かない。究極能力(アルティメットスキル)持ち十二人が立ちはだかっても、障害にすらなれやしない。それぐらい、俺たちとあの方の間には絶対的な差がある」

 

「それが分かっているなら……」

 

「だがな、肉親だったのだぞ?どうか幸せな未来を歩んでほしいと、そう思っていたほどの相手だぞ?そんな方が弱者の不条理によって命を落とされた……そんな理不尽な話があるか?だから、身の程を弁えさせてやらなければならない。誰に手を出したのか、理解させてやらなければならないのだろうが!」

 

 誰よりも生を尊く思い、死を無二として扱うのが冥王(ハデス)の在り方だ。だからこそ、それを無遠慮に踏みにじる輩を彼は絶対に許さない。弱肉強食は世界の摂理だ。それに対して文句を言うことなどありえない。しかし、弱者の理不尽によって生きるべき尊い御方が死ぬなど到底許されることではない。

 

 冥王もヴェルディアスが動けばどうなるか、分からない訳ではない。けれど、ここで知らしめてやらなければもっと大変なことになる可能性は零ではない。今度は弱者の牙がミリムに向かうかもしれない。そんな不条理が許されて良い筈がない。だからこそ、分からせなければならないのだ。強者に牙をむくという意味を、世界に知らしめなければならないのだ。

 

「……まぁ、そうは言ってもだ。これは俺の感情だ。ヴェルディアス様が動けば世界が滅んだとしてもおかしくはない、というお前の理屈も分かる。だから、動いてほしいっていうのは俺の我が儘にすぎない。世界を見つめる竜種だからって、どんな奴にも公平でなくちゃいけないなんておかしな話ではないか」

 

「……それでも、私には認められない。庇護されるべき弱者が無関係の理不尽によって散らされるなど、看過する事はできないのだ」

 

「構わんさ、別に。俺の考えとお前の考えは違う。ぶつかり合ったって、何らおかしい事ではない。人の視点で世界を見つめるお前と、魔物の視点で世界を見る俺たちの視点は絶対的に違うものなのだから」

 

 人魔統合国家セリオンという名からも分かるように、その人員は人と魔物の別なく構成されている。王家という扱いを受けるのはヴェルディアスから究極能力を手に入れること。文字通り、上位の存在として君臨する事である。だからこそ、その多くは魔物であることが多い。ミュリアなどは珍しい例なのだ。

 

「まぁ、好きにやればいい。どうしてそこまで弱者の事を考えるのか、俺には分からん。分からんが……そこにはお前なりの意味があるのだろう?だったら、これ以上余計な口は挟まないさ」

 

「どこに行くのですか、冥王?」

 

「残りの連中に作戦は中止だ、と伝えに行くだけだ。究極能力持ちによる殲滅作戦は中止だ、とな。久方ぶりに暴れられるかと思ってた分、がっかりする奴も多いだろうが問題ない。誰も主殿の望まないことはしない。それは全員が何よりも嫌うことだからな」

 

 その言葉と共に冥王の姿は消えた。そして、その場にはアリーシャとミュリアが残された。アリーシャはミュリアにまだ言いたい事があったが、それよりもこれ以上ヴェルディアスを待たせるわけにはいかなかった。だからこそ、一言だけい残していった。

 

「あなたの気持ちは分かりますが、師匠はあなたの理想を押し付ける相手ではないということを忘れないでください」

 

「……言われるまでもない。ですが、それでも、私はあの御方に幸せであってほしいのだ。そう願うことが、間違いだとでも言うのですか?だったら、それは――――世界の方が間違っているのです」

 

 ミュリアはアリーシャの後姿を見ながらそう呟いた。何よりも優先するべきはヴェルディアスであり、その他の雑多など見るべきもののない存在だ。だからこそ、ヴェルディアスが嘆き悲しむ姿など見たくなかった。その元凶がこの世にいるというのなら、消し去って然るべきだと判断したのだ。

 そのためなら、なんだってする覚悟だ。たとえ、どれほどの損害を出したとしても、ヴェルディアスの嘆きを治めることが出来るなら。その一転さえ満たすことが出来るのならば、ミュリアはどのような外道に手を染めようとも後悔はない。無論、そのような事をせずとも真っ向から軍略にて押し潰すだけの力が彼女にはあるのだが。

 

「勇者たるあなたの事は尊敬しています。けれど、それでも私にも譲れない物があるのです」

 

 そう言い残すと、ミュリアもその場を後にした。これより数日後、ヴェルダナーヴァを殺したとされる国家は滅び去った。その場には膨大な数の英傑とその者たちを指揮したとされる女傑の姿があった、と言われているが、その真偽は不明である。なにせ、その場にいたであろう者たちは、一人残らず殺しつくされたのだから。

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