それから、ヴェルディアスとアリーシャは旅に出た。様々な国を渡り歩き、生まれ滅んでいく国家や存在を見つめ続けてきた。その誕生から隆盛、そして滅びまで。様々な人間がいて、様々な考え方があって、様々な生き方があった。
ヴェルディアスはそもそも、兄であるヴェルダナーヴァほど人間には興味がなかった。いつの間にかうまれて、いつの間にか消えている。この言い方は極端な形ではあるが、それぐらい個々人はまだしも群れとしては興味がなかった。だからこそ、人間という命の在り方を理解してはいなかったのだ。
「まぁ、昔の俺は本当に無関心だったな……」
《仕方がないかと。マスターに危害を加えるには、人間は弱すぎますので》
「そうは言っても、だ。知らずにいてもいい、という事にはなるまい。まぁ、そういう点でいえば、お前への名付けもその一つか?ヘスフィ」
《……マスター、その名前をあまり口にしないでください》
「思うだけにしろと?まぁ、念話でも会話自体は可能だろうが。それでは面白くないだろう?」
《マスター。現状、マスターに届きうる存在などいません。ですが、それはこれより先もそうである、という証左ではありません。その点をご留意ください》
カラカラと笑うヴェルディアスを注意するのは、ヴェルディアスの保有する
ヴェルディアスも『
もしもの話だが、『
「それにしても、流石はヴェルドラが封印されていたという洞窟だ。封印されていても尚、魔素をまき散らしていたんだなアイツは」
《ヴェルドラ氏は従来、魔素を抑える必要性がありません。むしろ、抑えずに垂れ流しにしておいた方が戦力確保もたやすいかと》
「なんだ?それは言外に俺に同じことをやれと言っているのか?」
《いいえ。むしろ、マスターの場合は逆効果になる可能性が非常に高いかと。現状確保している戦力に不満があるのでしたら、やっていただいても構いませんが》
「そんな物、ある訳がない。まぁ、あいつらは俺の戦力という訳ではないが。お前がいて、
ヴェルディアスはそう言ってのける。今や、世界のどこを見たとしてもヴェルディアス以上の存在はいない。そこに支えであるアリーシャやヘスフィアスともう一人がいれば、本当に負けることはないだろうと思っている。全幅の信頼を示すその言葉にヘスフィアスの魂は震えるような感動を覚えた。
その言葉に嘘偽りがないと思わせる性格をしているだけに、殊更に性質が悪い。力になりたいと思っている相手にそう言われて、感動を覚えない訳がないだろうに。
今、ヴェルディアスがいるのはヴェルドラが封印されていた洞窟。では、何故、ヴェルディアスがそんな場所にいるのか?それはつい最近、ヴェルディアスの耳に入ったとある情報が原因だった。その情報とは――――「『暴風竜』ヴェルドラの消滅」であった。
「あのヴェルドラが消滅、ねぇ……まぁ、あのまま封印が継続されていれば、それもあり得たかもしれないが。こんな突如として消える訳がない。そう思ってこの場所に来たんだが……」
見事に何もない。ヒポクテ草という
「何か考えられる要因なんかあるか?」
《……不明です。考えられる要因があるとすれば、ヴェルドラ氏をその存在ごと呑みこんだ或いは取り込んだ可能性があります。しかし、その場合、ヴェルドラ氏が抵抗しないとは考え難いです》
「それもそうだな。以前に確認した際、ヴェルドラを囲んでいた結界は無限牢獄。いくら、ヴェルドラが俺たち竜種の中でも跳びぬけた
《愚問。結論の及んでいる疑問について、何時までも考えるなど時間の無駄》
「
アルヌス。それはヴェルディアスが手に入れたスキルに宿り、そしてヴェルディアスによって名付けられたもう一つの
《愚問。答えならば、先ほどヘスフィアスが告げたはず》
「ヘスフィが?……まさか、お前はヴェルドラが誰かに取り込まれた、とそう言いたいのか?」
《肯定。理解したのなら、もう一度言い直す意味もなし》
「……それが本当だとして、だ。何故、ヴェルドラは取り込まれるのに反抗しなかった?無限牢獄に囚われていたとはいえ、あいつが暴れたのならここまできれいな現場にはならないだろう」
《確定。交換条件を出されたから。或いは懐柔されたから》
「懐柔……は、まぁ、あり得ん話でもないか。こんな何もない場所に一人だ。寂しくなるのも頷けるし、あいつの精神性を鑑みれば誰かに騙されたとしてもおかしくはない、か」
《しかし、ヴェルドラ氏は腐っても竜種。下等な存在に自分の身柄を任せるとは思えません》
《愚か。他の竜種ならばいざ知らず、あのヴェルドラであればどのような事態になったとしてもおかしいとは言えない》
ヴェルドラは知識などは確かに聡い。しかし、その根本というか性格は馬鹿なのだ。煽てられれば調子に乗りやすい性格をしており、人間でもたまにいる『勉強はできるんだけど、性格が馬鹿そのもの』というタイプである。
無論、それが悪い事とは言わない。お調子者というだけで、周りの人には呆れられつつも好かれやすいタイプであり、ヴェルディアスもヴェルドラの事は嫌いではない。それはヴェルディアスの周りにいる者たちも同様の感想を抱くだろう。その前に、竜種と触れ合うなど畏れ多いと思う存在の方がほとんどなのだが。
「う~ん……確かに否定できないな。ヴェルドラならば、どんな選択をしてもヴェルドラだからな、で済んでしまいそうなところがあるからな」
それがヴェルドラの良いところでもあり、悪いところでもあるんだが。そう言いながら、ヴェルディアスは再び周辺を見渡す。そして、洞窟を出ていった。これ以上、ここにいても何の手掛かりも得られないと判断したからだ。
《マスター、これからどうしますか?》
「まずはこの森――――ジュラの大森林で急に大きくなった集落がないか確認する。あればそこの監視、なければ……まぁ、その時考えるさ。どうせあのヴェルドラの魔素量だ。そうそう簡単に使い果たすことはないだろう」
《道理。しかし、相手はこの世界の常識が通じない可能性あり》
「この世界の常識が通じない?つまり、相手は異世界人の可能性が高いと?生まれたての魔物か何かであれば、常識がなくてもおかしくないんじゃないか?」
《否定。無限牢獄に囚われているヴェルドラを無限牢獄ごと取り込んだ以上、何かしらのユニークスキル持ちの可能性大。通常、生まれたてでそれほどのユニークスキルを手に入れる事は困難。特にあの場所では》
「だが、人間にどうにかなるような話じゃないぞ?」
《同意。ならば、答えは決まっている。主と同パターンの可能性あり》
「俺と?……ああ、異世界人が魔物に転生した、っていうパターンか。魂だけの界渡りをなしたならば……そうだな。ヴェルドラを取り込みうるスキルを手にしていてもおかしくはない、か」
おかしくはないというだけで、可能性は非常に低いのだが。それに、転生した時から
なにせ、ヴェルディアスは万物の創造主たるヴェルダナーヴァをして『異端』と言わしめる存在。かの魔王ギィ・クリムゾンが
「ふむ、しかし……界渡りをした魂を持つ魔物、か。中々、面白そうな相手だな。少なくとも中位級以上の魔物だとは思うんだが……はてさて、どうなるものやら」
普通であれば、当たり前と言わざるを得ない推測。しかし、現実はそれを簡単に裏切るという事を、ヴェルディアスは改めて痛感させられるのだった。
「す、スライム?」
「はい。とあるゴブリンの集落に現れたスライムが牙狼族を下し、最近では
「そ、そうか……スライムが」
何故、数ある選択肢から選ばれた魔物が最弱と名高いスライムなのか。もちろん、転生先を選ぶことなどできないのだからどうしようもないのだが、それでももうちょっと何かあったんじゃないか?そう思わざるを得ないヴェルディアスだった。
「……大地竜様。このようなことを申し上げるのは、あなた様を不快にさせるかもしれません。それでも、私の話をお聞き届けいただけないでしょうか?」
「……?まぁ、とりあえず言ってみろ。それから判断させてもらう」
ヴェルディアスは目の前で跪く美女――――
まぁ、実際にはそんな事はないし、偶々ヴェルディアスとトレイニーが知り合いだっただけに過ぎない。正確に言えば、トレイニーはヴェルディアスの知り合いである妖精女王から預かり、このジュラの大森林に連れてきたのだ。そういう意味では、トレイニーとヴェルディアスの間にはつながりがある。
「ヴェルドラ様が所在不明となられた今、この森は戦乱に包まれる可能性があります」
「まぁ、そうだろうな。牙狼族の一件も、ヴェルドラがいなくなった影響の一つだろうしな」
「はい。しかし、魔物同士の戦いならばまだ問題はありません。よほどの相手でない限り、我々で相手をすることも不可能ではありません。しかし、人間との戦争となれば、その別ではありません」
「……なるほど?お前はこう言いたい訳だ。ヴェルドラがいない今、代わりとなる後ろ盾が欲しいと」
「……身も蓋もない言い方をするのであれば、その通りです」
「確かに、俺が後ろ盾になるのであれば問題はないだろう。しかし、俺にそれを希う意味を、お前は分かっているのか?トレイニー」
「……はい。この身を代価に、どうかこの森の庇護を願います。最強の竜種であり、世界の庇護者たる大地竜ヴェルディアス様」
ヴェルディアスを新たな主として立てる。それはもし、ヴェルドラがこの世に復活した時に惨殺されても文句を言えないという事でもある。無論、ヴェルドラはそのような事をする輩ではないとヴェルディアスは思っているし、事実としてヴェルドラもそんな事は気にするまい。
しかし、ことは面子の問題だ。ヴェルドラはあくまでも姿を消しただけに過ぎない。そんな中、主となる存在を変えるという事は、元主だった存在が主たり得ないと主張するに等しい。つまり、顔に泥を塗る行為となるのだ。そうなれば、もしヴェルドラが蘇った時、トレイニーは殺される可能性がある。
「ふむ……少し待て。まずはそのスライムを見てからだな。今の状態では答えを出せん」
ヴェルディアスは水の精霊の力を借りて、水鏡を作り出す。そして、鏡の先にいるスライムを見た。確かに、一見すれば変哲もないスライムだ。膨大な量の魔素を持っているのはヴェルドラと同じだが、それも何とか制御して抑えているようだった。
《空気中に撒かれている魔素から竜種特有のパターンを感知しました。ヴェルドラ氏を取り込んだ魔物はあのスライムと断定して間違いないかと》
(そうか。では、スライムの中にいるヴェルドラがどうなっているかは分かるか?)
《判明。彼の魔物が持つスキル『大賢者』にて無限牢獄の解析を行っている模様。おそらく外と中からの同時解析により無限牢獄を突破しようとしている、と推測される》
(つまり、ヴェルドラの敵である可能性は低いと?)
《肯定。追加動力源としている可能性は拭えないが、敵である可能性は非常に低い物と判断》
アルヌスがそう言った時、ヴェルディアスは多くの魔物に囲まれながら笑う少女の姿を幻視した。そして、その少女が強大な存在へと至る光景を。
すぐにその幻視は解けたが、それが幻覚などではないという事をヴェルディアスは理解していた。最早、ヴェルディアスにすらも把握しきれていないスキルによって見せられた光景は、間違いなく確定された未来なのだと知っているが故に。
「……なるほど。トレイニー、悪いがお前の話は聞けないな」
「……我らの庇護は望めませんか?」
「望めない、というよりは必要ないというべきだな。俺がお前たちを庇護する必要はない。それよりは、あのスライムに頼み込んでみればいい。これは俺の想像となるが……あのスライムはいずれお前たちの愛しい女王と同じ場所へ、たどり着くかもしれない」
「……あのスライムが、ですか?」
「俺の想像でしかないがな。どうも、そんな気がしてならないんだよ。少なくとも、ヴェルドラがこの地に戻るまで、あの魔物であれば持たせられるだろう。主を入れ替えるかどうかは、またその時に判断すれば良い。なに、心配するな。お前たちでも対処しきれない問題となれば、俺も力を貸してやる」
「……まことですか?」
「俺を疑うか?まぁ、心配になる理由が分からん訳ではないが。
無用の心配だとは思うが、という言葉を口にすることはなく、ヴェルディアスはそう言った。これまでの旅路でヴェルディアスの怒りを買って滅んだ存在、国家は数知れない。長き歴史の中で、ヴェルディアスもまた変容を遂げていた。そして、その変容を最も促したのが誰なのか、世界は知っている。
敵対した魔王を滅ぼした。襲い来る天使の軍勢を根絶やしにした。そして、増長し牙をむいた人間の国家を焼き払った。最早、大地竜は万民に優しい存在などではない。優しさだけでは何も救いはしないと、彼は思い出したが故に牙をむくことを躊躇わない。
だが、だからこそ、期待を向けるべきと思った対象を愛おしく思う。できる限り、その意志が完遂されてほしい。その願いが叶ってほしい。そう思うのだ。そして、何の根拠もなしに大地竜はそのスライムが抱いた願いが叶ってほしいと思っていた。その眼差しはまるで、無条件に
いつも読了ありがとうございます。
日刊ランキングなどに乗ったおかげか、多くの読者様に恵まれて大変ありがたく思っています。
今回は読者様から寄せられた質問の一部にお答えしたいと思います。
>ゼウスが王なのか神なのか分からない
原作でいうところの
つまり、
>アリーシャは人に報復するの否定的だったのに、何も言わないの?
前話におけるアリーシャは人にほとほと愛想が尽きている状態でした。どんなに他人に優しくできる人でも、大切な家族を悲しませるような人間にまで優しくしようと思えるでしょうか?
だから、主人公の報復によって世界が滅んでしまったとしても、それはそんな愚か者を止められなかったギィや理想のために戦う道を選んだルドラを始め、全員の責任だと判断したという事です。ぶっちゃけ、あの時はやけくそになっていたと判断していただいても大丈夫です。
本人の基本的な性格としては、力のない弱い人々は守られるべきだ、という勇者らしい考えの持ち主です。
>ガイアさん全然喋らないね
この質問の回答は今回のお話でさせていただきました。
そもそも、主人公をしてゼウスという力は制御が非常に難しいスキルでした。ギィと真っ向から戦うことのできるルドラがミカエルの制御が非常に困難だったのと同じ理屈です。魂に根差したスキルとはいえ、前世とは使い勝手が全く違うので慣れるのに非常に時間がかかった、という事です。
制御が非常に困難な能力を使いこなしながら、他の能力にも手を出せるほど主人公は器用ではありません。リムルが大賢者を頼る事で他の能力の制御が出来ていたように、ガイアに頼っていたらもっと早期に力を使いこなせていたでしょう。ただ、本人があまり他人に頼るタイプではなかったので、ガイアは口を挟もうとしなかったという事です。
ガイアは基本的に主人公を立てるタイプなので、主人公が必要ないと思っていたら一切口を開きません。その代わり、口を出したらすぐにでも反応できるように待っています。分かりやすく言うと、エサの前で待ての姿勢を取っている犬と思っていただけたら良いです。
いかがだったでしょうか?これ、感想欄で返信していたらとんでもなく長くなりそうだったので、この場を借りて返信させていただきました。
これからも当作『気づいたら竜種に転生していた件』をよろしくお願いします。