ある時ボーダーの一部で一つの噂が流れた。

 『加古さんの炒飯の美味しい割合が上がったらしいよ』、と。

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 堤大地、それは加古さんの炒飯で死に続ける益荒男。



炒飯①

 

 

 

 

 嫌いかと聞かれればそうじゃないと答える。

 

 勝ちたいかと聞かれれば、これまたそうじゃないと答える。

 

 悔しくないのかと聞かれれば、これもきっと、そうじゃないと答えたい。

 

 でもただオレは、諦めてしまっただけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日さがり、諏訪隊ガンナー堤大地は、後輩である緑川とすれ違った。

 

「あれ、堤さんだ」

 

「ん、その感じだと今から防衛任務か、緑川」

 

「はい! そういう堤さんは?」

 

 問われて、堤の表情が苦く変わる。だがそれも束の間のことで、その細い目の目尻を落とし緩く笑った。

 

「実は加古ちゃんに炒飯食べに来ないかって誘われててね……ははは」

 

 最後に漏れる乾いた笑い声。

 一部の隊員が聞けば「あっ(察し)」みたいな表情に変わる言葉、それが加古望の『炒飯』。

 被害者は数少ないが、被害者は口を揃えて「もう二度と食いたくない」と言うことだろう。

 

 因みに堤はそう言いつつも三回食った。

 

 だが、そんなことを知る由もないだろう緑川は堤の返答にふうん、と鼻を鳴らすように相槌を打った。

 

「あ、そういえばオレ、この前よねやん先輩たちと加古さんに炒飯ご馳走になったんだけど、アレ結構おいしーですね……おわっぷ」

 

「いま、なんて言った?」

 

「つ、堤さん目こわ……」

 

「加古ちゃんの炒飯が美味しかった……?」

 

「う、うん、よねやん先輩といずみん先輩とオレと、あと太刀川さん」

 

「太刀川まで……あいつも美味いって?」

 

「あ、うん。なんかめっちゃ泣きながらうまいって食べてた気がする……ます」

 

「信じられない……」

 

「そーいや、あの時誰かいたような……あれ誰だっけ……」

 

 小柄な緑川の肩をがっしりと掴んだ堤が信じられないとばかりに首を緩やかに振った。

 

「太刀川が加古ちゃんの炒飯を生き残った……そんなまさか……しかも四人みんなが……?」

 

「あ、あのー、オレそろそろ防衛任務があるから、失礼しまーす……」

 

「……加古ちゃんの好奇心が抑えられて、でも太刀川がいたのに……緑川、あれ? 緑川?」

 

 きょろきょろと周りを見渡すがさっきまでいた小柄な少年の影すら見つからない。

 

「防衛任務に行ったか。でも加古ちゃんの炒飯に一体何が……?」

 

「私の炒飯がどうかした?」

 

 蝶が羽ばたくように、彼女はいつの間にかそこにいた。

 

「か、加古ちゃん?!」

 

「ふふっ、隊室で待ってても来ないから探しに来ちゃった」

 

 長い髪を掻き上げ、二重の大きな目で、ぱちりと目配せする加古。

 こんな美人に「あなたを探しに来ちゃった」などと言われれば、誰でも心はウキウキドキドキ「もしかしてこの子俺のこと好きなのでは?」と勘違いしそうになるが、堤の心は秋に地面に転がる蝉のようにぴくりとも動かなかった。

 

「さ、早く行きましょう、今日はずっと昨日デザート特集を見てから思いついたことを試したくて仕方なかったの」

 

「わーい、うれしいな……」

 

 手を引き加古に隊室に連れて行かれる堤。

 

「じゃあ、堤くんちょっと待っててね」

 

「あ、うん、楽しみにしてるよ加古ちゃん……ははは……」

 

 堤大地はギャンブラーである。

 

 いや何、ギャンブラーと言ってもそれはモノの例えであり、実際に賭け事で生計を立てているわけではない。

 ただ、少しばかり分の悪い賭けに、面白いとばかりに乗ってしまう少しばかり困ったタチなだけなのだ。

 

 故に彼は、二十四回負け続けたB級隊員がA級隊員に一矢報いるんじゃないかと信じるし────ボーダーA級六位部隊隊長『加古望』の二割の確率で爆誕するミラクル炒飯が自分に当たらない可能性を見捨てない。

 

 まあ、見捨てないからこそいつも死ぬのだが。

 

(今回こそは、今回こそは……美味しいのは期待しない、せめて普通の炒飯であってくれ……)

 

 いくらカスタード炒飯の惨劇だけは回避してほしい。してくれ。しろ。

 

 ちらり、と横目で隊室に併設されたキッチンで鼻歌まじりに食材を取り出す加古を伺う。

 ここで致命的な食材を取り出していなければ、きっと堤大地は生き残れるはずだ。

 

「んー、冷蔵庫にあるのはハムに卵にネギに紅生姜……」

 

 よし、と密かに堤がガッツポーズ。これなら自分も先日の太刀川の仲間入りができるであろう。

 

 だが、加古望の好奇心はそこで止まらない。

 

「けど、ここにちゃーんと用意してあるのよ、チョコレート!」

 

 はいOKいつものやつねもう慣れた。

 この後自分はミラクル炒飯を作り上げた加古の「おいしい?」という上目遣いにやられて完食するしかないのだ。

 

 ぐったりと椅子に体を預けた堤が悟ったように天を見上げようとした時、軽い音を伴って隊室のドアが開いた。

 

(黒江でも帰ってきたのか?)

 

 堤がつられるようにドアの方に目を向けて、形の良い眉を吊り上げる。

 

(誰だ……?)

 

 知らない顔だった。黒い瞳に人並みに整った顔立ちの男。年上にも見えるし、年下にも見えるような、そんな何とも言えない顔立ち。

 服装も特段ダサくもなくオシャレでもない。本人の顔立ちにつり合う、ありふれたファッション。

 全国の男の持つ要素の平均を寄せて集めれば、こんな風になるのかもしれないと言った容姿だった。

 

 だが、そんな『ありふれた男』を打ち崩す要素が一つ。

 

(髪が、赤いぞ)

 

 地毛でない。この世界でこんな色合いの髪を生まれ持つことはありえないし、よくよく見れば根本がほんの少し黒い。

 

 普通すぎるほどに普通の容姿と、それを打ち壊す後ろで一つに結んだ黒みがかった赤の髪。

 

 そんな彼が、何故いきなり加古隊の隊室にいるのだろうか。

 

 不意に、赤い彼の目線が堤に向いた。

 

「ちわ」

 

「え、お、ああ、こんにちは」

 

 彼はその見た目に反して……なのか、逆らわずなのか、丁寧に頭を下げると手慣れた様子で加古のいるキッチンまで向かう。

 

「あら、来てくれたのね」

 

「部屋に忘れモンしてたからな」

 

 部屋?! と堤がガタッと椅子を鳴らした。

 

「気を付けろって言ってるだろ。次は届けねーかンな」

 

「といいつつ毎回届けてくれるの感謝してるわ」

 

「自覚あるなら忘れるンじゃないよ、望」

 

 呼び捨て?! と今度は堤が椅子から転げ落ちそうになった。

 

(だ、誰だ? 加古ちゃんを呼び捨てにしてしかも部屋にまで……もしかして)

 

 ついつい普段の態度とあの吹き飛んだ炒飯のことやボーダーとしての活動から()()()()相手はいないと思っていたが、あの美貌だ。()()()()のがいても何も不思議ではない。

 

 たらり、と堤の頬に汗が流れた。

 

「……また炒飯作ってンだ」

 

「あら、またって何よ」

 

「まただろ、また。ウチでも死ぬほど作るじゃねーか」

 

「もう、昔ほどじゃないでしょ」

 

 彼が、ちらりと今まさにチョコレートが放り込まれているフライパンに目を落とす。

 

 そして、加古に見えない角度でポケットからスマホを取り出すと軽く部屋の隅へと滑らせた。

 

「ン、悪い望、スマホ取ってくれ」

 

「あら、もう仕方ないわね」

 

 彼は加古がフライパンから目を逸らした瞬間、素早くキッチンの棚から何かを取り出し、そして。

 

(か、彼、今炒飯に()()()()()()……!)

 

 堤が自身の目をこすり、再びキッチンに目を向けたときには既に、赤髪の彼はフライパンは見向きもせず、わざと落としたスマホを加古から受け取っていた。

 

「ちゃんと気をつけなきゃ駄目じゃない」

 

「望には言われたくないンだがな」

 

「そう言うと思ったわ」

 

「ドヤ顔で言うことじゃねーから」

 

 はあ、とため息混じりに彼が頭をかいた。

 そして、「じゃあな」と加古に片手を上げて別れを告げ、キッチンを後にする。

 

「……望にはナイショで頼みます」

 

 扉を開け部屋を出る直前、堤の視線に気づいたのか、ボソリとそう言い残して彼は去っていった。

 

「さ、できたわよ堤くん……って、どうかしたかしら?」

 

「あ、いや、なんでもない! なんでもないよ! 今日の炒飯がどんなのか気になってさ」

 

「そう? 楽しみにしてくれるなら良かったわ」

 

 呆気に取られたようにその背中を見送る堤に訝しげな視線の加古。

 だが堤の返答を聞くとすぐに機嫌よさそうに頬を緩め、どでーんと皿をテーブルに叩きつけた。

 

 ぴ、ぴくん、と堤の頬が引きつる。

 

「か、加古ちゃん、こ、これは……」

 

「ふふ、驚いてるわね。半熟の玉子、そしてよく塩胡椒のきいたハム、そしてチョコレートを入れた名付けて『チョコハム黄金炒飯』。自信作よ」

 

「は、はは、なんか茶色すぎて卵の色が消えてるけど……」

 

「そういうこともあるわ」

 

 黄金は諦めない私の心にあるのよ、と言わんばかりのチャレンジ精神に溢れた炒飯を前に虚無になる堤。

 

(今オレの前には二つの選択肢がある。

 一つは『炒飯を食べる』。これを選ぶとオレはおそらく死ぬ。

 そしてもう一つは『炒飯を食べずに逃げる』。これを選ぶとオレは生き残れるかもしれないが……)

 

 堤が爆撃でも食らったような炒飯の色の向こうに、頬杖をついてにこにこと自分を期待したように見つめる加古の笑顔を見た。

 

(オレは……オレは……! 加古ちゃんの笑顔を裏切れない……!)

 

 男堤大地、突撃を敢行。

 

「いただきます!」

 

「どうぞ、めしあがれ」

 

 まるで日の丸を背負い神風特攻を敢行した大日本帝国軍人のような勇壮さと覚悟を滲ませながら、堤はスプーンを掴む。

 そして、目をつむり勢いそのままに『チョコハム黄金炒飯』を口に放り込み──。

 

(…………あれ? 食べれる?)

 

 その味に困惑し、思わずその鉄壁の細い目を開きかけた。

 慌てたように二口目を頬張るが、想像したような酷さはない。いやまあ決して絶品とは言えないのだが、まあまあ普通に食える炒飯がそこにあった。

 

「堤くん? どーお?」

 

「え、あ、う、美味い!」

 

「あら良かった。私も見た目からちょっと不安で……」

 

「ははは、思いの外、チョコレートって炒飯と合うのかな」

 

 いやそんなわけない。途中までこの炒飯は地雷臭満載であったはず。

 

(もしかして、彼のおかげ?)

 

 あの加古がフライパンから目を逸らしたあの一瞬、彼が『何か』を加えて、炒飯の手直しをしていたのだとしたら。

 

 いや、堤にはもうそれしか考えられなかった。

 

「加古ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん、この炒飯のレシピ? それならね……」

 

「違うそうじゃなくて、さっきこの部屋に来た赤い髪の人、あの人って誰なんだい?」

 

「誰?」

 

 加古が眉を寄せる。

 

「堤くんって会ったことなかったかしら?」

 

「え、うん、多分オレは会ったことないと、思うけど……」

 

 彼女は「そういえばこの前の時は太刀川くんが先に来た時だったかしら」と呟き、にこりと端正な顔立ちの作る極上の笑顔を添えて、答えた。

 

「あの子はねーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『彼』は加古隊の隊室を後にした後そのままの足で、ランク戦のブースに向かった。

 忘れ物を届けに行くことを決めてからそうするつもりであったし、最近の日課になりつつあるものでもおった。

 

 人気のない廊下を抜け、ボーダー隊員たちで賑わうブースに立ち入ると周囲がにわかにざわついた。

 

 視界の端で中学生ほどの少年たちが自分の髪を指差し、ひそひそと囁くのを捉える。隊服がこのブースにいる多くの隊員と同じように白いことからC級隊員だろう。

 

 何を言われているかは特に気にしない。自分がそういう見た目をしているのは理解してるし、今に始まったことではない。

 

 もう慣れた、とも言えた。

 

 肩を回しつつどこの個室が空いているか探そうと備え付けられた巨大なモニターを見上げる。

 

「訂正してください」

 

 その時、真冬に吹く風のような声が思考に割り込んだ。

 

「……まぁた、やってンのか」

 

 漏れそうになる嘆息を誤魔化さず、声の元へと歩いていく。

 

「だから、さっき何を言ったかと……」

 

「そこまでにしとけ、黒江」

 

 ヒョイっと彼が明らかに年上の隊員二人へと喰らいかかっていた小柄な少女──黒江双葉の襟首を掴んで持ち上げた。

 

「お前いつもこンなことやってるんじゃねーだろな」

 

 きろり、と今まで目の前の少年たちに向けられていた冷たい視線が彼へと向き、その冷たさが、嫌そうに、まるで給食にピーマンが出てきたときの小学生のように、本当に嫌そうなものに変わる。

 

「……スグル」

 

「呼び捨てやめろって言ってンだろ」

 

「何故ですか。あたしの方が強いです」

 

「あのな、オレはこれでもお前の年上……」

 

「でも正隊員になったのはあたしの方が早いです」

 

「てめ、ガキの癖に……!」

 

「おろしてください」

 

 ぱし、と黒江が彼の手を叩くと軽い身のこなしで着地すると、最後に口喧嘩をしていたらしい少年たちを睨みと、ずんずんとブースを後にしていく。

 

 彼は睨まれた少年たちに「悪いな」と謝ると、黒江の後を追いかける。

 

「なんで追いかけてくるんですかストーカーですか」

 

「うーわ久々に聞くなそのテンプレな文句」

 

「はい?」

 

「いやお前めちゃくちゃ同級生とかにもストーカーとかって罵ってそうだなって。クラスにはそういうのは一人はいるよな」

 

「……」

 

「図星だからって睨むなよ……」

 

「何のようですか」

 

「あー、まあ、なンだって、あンなことしてたんだよ。あれが初めてじゃないだろ」

 

 オレの知る限りでも三回目だぞ、と重ねて付け加える。

 すると、今までむっつりと黙り込んでいた黒江が立ち止まる。

 

「……て……た」

 

「あン?」

 

「加古さんの、悪口言ってた」

 

「あー……」

 

 次の言葉を失う。

 

(まあ、黒江は望のこと好きだからな……黙っておけねえか)

 

 困ったように頬をかいたが、あまり黒江が他人とぶつかるのを看過もできない。少しばかり小言でも言わせてもらうことにする。

 

「あンな、黒江はちゃんと話さないから……」

 

「スグルは何も分かってない。だからまだそんなところにいる」

 

「ーーー」

 

「あ! と! さっきみたいなの物凄くお節介なのでやめてください。もう二度としないでください」

 

 黒江が顔を背け、今度こそ一人でブースから立ち去っていく。

 

「……いつまでオレはここにいるンだろうな」

 

 遠ざかっていく孤月を背負った小さな背中を見つめつつ、黒みがかった赤い髪をガリガリとかく。

 

「……ポイントでも稼ぎにいくか」

 

 自分に言い聞かせるように、ポケットからトリガーを取り出し、起動する。

 

 ボーダー隊員なら訓練生である『C級』から正隊員である『B級』及び『A級』まで等しく与えられる、世界を守るためのその武器は、声という引き金によって、彼の姿を『戦うためのもの』へと変える。

 

 ブゥン、と低い音と共に、彼の体が()()()()隊服へ──回りに山ほどいるC級たちと同じ隊服へと、変わる。

 

「なあ、アレって……」

「そうだよ、たぶん、噂で聞いた……」

「じゃあアレがみんなが言ってる『ダメな方』」

 

 聞こえる声に、一瞬、気を取られそうになったが気にしない。

 今更だ。生まれてずっと付き合ってきたものに、もう何かを感じたりはしない。

 

「……向いてないかもなぁ、ボーダー」

 

 言っても仕方ない、と言い聞かせ、空いている個室に向かって歩き出した。

 

 彼は『加古(すぐる)』。

 

 A級六位加古隊の隊長『加古望』の実の弟であり、『加古隊員のダメな方』と言われる、C級隊員だった。

 

 

 

 

 

 





加古優 かこ すぐる
加古望の実の弟のC級隊員。今年で18歳。
モデルのような美貌の姉に対して、その顔立ちは普通すぎるほどに普通。
その髪の色だけが普通という印象を覆している。
C級故に使用トリガーレイガストのみ。
トリオン - 攻撃 1 防御・援護 2 機動 2 技術 1
射程 1 指揮 1 特殊戦術 1 トータル 9+-


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