つまるところ白銀御行はこの時既に所場十八の危うさを理解していた。
本日分の職務を片付けたところで、白銀は天井を見上げながら呟いた。
「─────今日は所場が来ない日だったな。ならば都合がいいか」
その声音が僅かに硬いのは、これから話す内容が事由だった。
「ええ」
「次は4人でゲームしたいです〜」
「いや、悪いが藤原書記。
今回は俺から2人に協力を仰ぎたい事があってな。話を聞いてくれると助かる」
会長からの協力事と聞き、四宮と藤原は白銀へと顔を向けた。
未だ視線を僅かにずらしている白銀は、視界の隅でその2人の反応を確認し鼓動を速くする。
「何です?」
いつもと変わらぬ藤原の様子にこちらの緊張はバレていないのだと安堵した白銀は意を決して話を切り出した。
「近々バレーの授業が始まるのだが、その練習に付き合ってほしい」
「え、会長ってバレーできないんですか?」
藤原の純粋な疑問。
その言葉に内心絶叫しながらも、あくまで平静を装う白銀。
「ん、……少々苦手でな。まあそれだけではないのだ。男同士の友情とは闘争の中で築かれる事もあるという。所場と仲を深める絶好の機会だと思うのだが」
所場と友情を深める絶好の機会。無論白銀の本心だ。
けれど、今回においては真意を覆う隠れ蓑でもあった。
それは見栄。
白銀の中には常に、完璧な生徒会長という理想像があった。これまでもそれに従って行動してきたし周囲にはそう思われるように振舞ってきた。
そして1人の男として、彼は救われるだけの男ではありたくなかった。
彼の側にはいつもその身を削る生き方をする男がいた。
一年生の頃の白銀は早い段階で─────所場十八にとっては全ての者が救うべき対象なのだと理解させられていた。
だからこそ彼は見せつけなければいけない。
“俺はお前が救う必要がないほどに、強い漢になったのだ”と。
所場十八の隣に並び立つ。
その為の見栄が、白銀御行が思い描く完璧な生徒会長という理想像の理由の一つだった。
「好敵手と書いて“とも”と読むというやつですね!」
熱い想いを胸に秘めた白銀だったが、勿論バレーが下手というのがただただ恥ずかしいという気持ちも多分にあった。
むしろここにきてその気持ちは増していた。
「そう、それ!」
藤原は都合良く解釈してくれるなー。ちょろくて助かるな。などと失礼な事を考えながらも、心の中では合掌と土下座を繰り返しながら感謝を示す白銀。
「いいですねー!協力します!」
「藤原さん。そう安易に承諾しない方がよろしいかと」
(あ……やべ。四宮忘れてた)
特大の地雷原を無意識のうちに避けていた白銀は、四宮の言葉に背筋を凍らせる。
「え?かぐやさん?」
「またですか、会長?」
光の灯らない瞳を向けられた白銀は、その言葉に宿った覇気に当てられ四宮へと目を向けてしまう。
逃げる事を許さぬ四宮の瞳に白銀は両の目を背けることもできずに呟いた。
「クッ。ああ……また、だ。頼む」
「ええ、ええ、構いませんよ。所場さんの事に関しては協力体制を敷いていますので。協力を仰ぐ事は何もおかしくはありません」
「なら───」
「ですが、あまりに労力が大きい。
私は昨年の事を忘れていませんよ?今回と同じようにスポーツの練習に付き合わされた私の苦労。借りとして覚えありますよね?」
完璧を求める白銀が四宮と藤原を頼る事が出来たのは積み重ねた信頼と……四宮への弱みによるところが大きかった。
去年。
未だ白銀と四宮がお互いに所場との仲について協力関係になかった頃。
その当時はお互いがお互いを目障りな者、邪魔者扱いしており、両者足の引っ張り合いを繰り返していた。
その最中に四宮が白銀の弱点を探し出し、スポーツが苦手だというのを暴いたのが所場十八への共同戦線を張るきっかけでもあった。
四宮からしたら単なる気まぐれ。平身低頭で弱みの口止めとスポーツの指導を頼み込む白銀。
ここで手を差し伸べたとて目障りだった者へ貸しを作ることができる。
それにこちらが弱みを知ったという事実は消えない。
それは打算からの関係。
そして、お互いに確かな仲を育むきっかけにもなった出来事だった。
「も……ちろんだ」
「あの〜。かぐやさんはさっきから何のことを言ってるんです?」
「会長は運動音痴なんです」
自覚してはいるものの改めて他者から言われ、白銀は精神的ダメージを受けた。
「わかってますよ?さっき会長自身、バレーが苦手って仰ってたじゃないですか〜」
「バレーが苦手なのではなくスポーツ全般何も出来ないのです。
よく覚えておいてください。会長は文字通り何も出来ません。ゼロからどころかマイナスからのスタートになります」
「いやいや、四宮。流石にそれは言い過ヒィィ!?……ごめん……」
「それで藤原さんはどうします?」
「大丈夫ですよ、かぐやさん。
運動音痴といっても限度がありますから。協力しますよ!会長!」
「感謝する、藤原!」
四宮に抉られた心を癒してくれる藤原に白銀は後光を幻視した。
「前言撤回は認められませんからね」
「大丈夫ですってー!かぐやさんは心配性なんだか───────」
◆
「ゔぁ!?!?
どうしてそうなるんですか!?」
体操着に着替え、3人は体育館へと移動した。
まずは白銀の現時点でのバレー技術を確認しようとサーブを打たせた所、結果は散々なもの。
四宮の言葉をようやく理解した藤原は、安請け合いした十数分前の己に飛び膝蹴りを食らわしたい気分だった。
「わからん。何度やっても自分の頭に手がぶつかるんだな。頭に気をつけると今度はタイミングが合わない」
ボールではなく自分の頭を打ち抜いた白銀は心底疑問だという顔を浮かべながらボールと手を見つめた。
「目を瞑って打ってればそりゃそうなりますよ!!ボールを打つときはしっかり目を開けてください!」
「はは!何を当たり前のことを」
「…… 会長。これをご覧ください」
四宮に差し出された携帯の画面を覗き込んだ白銀は、そこに映し出された自身のサーブを目の当たりにし驚愕に目を見開く。
「え……嘘。もしかしてこれがイップスなのプベゥッ!!!?」
唐突に頬へ飛んできたボールに、碌な受け身も取れず床に滑り込む白銀。
数秒身悶えた後、事の元凶へと僅かに痛む頬を抑えながら詰め寄る。
「な、何をする四宮!?」
「烏滸がましい。
私が何本か会長に向けてサーブを打ちますので、しっかりと見て自分の中のイメージと照らし合わせて下さい。藤原さんはボール出しをお願いします」
「は、はい!わかりました!」
再びボールを掴みコートに張られたネットの向こうへ移動する四宮に、白銀は以前の特訓の恐怖を思い出して身震いした。
「会長から頼まれたのですから、泣き言など許しませんよ。私の指導が厳しいのをご承知の上で頼ってくださったのですから、全てご理解いただけますよね?
それでは行きます」
「うぇ!?ちょ、しのみ、ヤヴゥへぇ!?」
後日。
四宮のスパルタな指導もあり、何とかバレーの技術を仕上げきった白銀だったが……所場のチームが普通にトーナメントの最初の方で負けてしまった為、直接対決は叶わなかった。
白銀の言葉を素直に受け取り、闘争の中での友情の芽生えが目的だった四宮と藤原は己の苦行の無意味さに涙する。
一方白銀は、巧みに勝利していく己の姿を所場へと見せつける事ができた為大変満足していた。
『本日の勝敗、白銀の勝利』
自己犠牲を美しいと思えるのは犠牲を払う己だけ。
身を削るその善行が白銀にとっては痛々しく見ていられるものではなかった。
後に残るのは形容し難い胸の痛み。