お前の何気ない言葉に俺がどれほど救われたか、お前は知らないだろう。
side白銀御行
放課後・生徒会室。
四宮と藤原が家の用事により先に帰宅した現在。この生徒会室、……息苦しさと出処不明のドキドキが渦巻く空間は一体なんなんだ。鳴り響くタイピング音と鼓動の音が合わさり、一層の緊張感が身を襲う。
何だ、何だというんだ。いや、分かっているだろう。
いや、落ち着け!俺ッ!!これまでだって二人きりになることは幾らでもあっただろ!?これまでの俺を思い出せ……!!
………………。
いつもこんな感じだったな。ハハッ。話す内容がとことん思いつかないぞ。十八って何が好きなんだ?どんな話題に食いつく?
「あー。今日はいい天気だな」
「?……そうですね」
いい天気だから何?!!話終わったじゃねえか!!
「十八って趣味とか、ある?」
よし!これなら!
「特にありません」
つーづかないっ!!
「……好きなものとか、嫌いなものはあるのか?俺は天体観測が好きで、
こんなに質問ぜめして大丈夫か?いや、友達ならこれくらい普通だ。きっとそうだ。男同士なら本来下ネタすら言い合って然るべきだ。
「……特にありません」
はい!おーわった!!
それから数十分後。終始無言で業務にあたる俺たち。
空気が死んでいる気がした。
変わらず部屋の隅でパソコンをいじる十八。いつものことだが改めて見るとその作業速度は常軌を逸しているな。正直パソコンを使ってどのように業務を進めているのか把握していないが……。
生徒会の雑務を一手に引き受け、四宮の言によれば書類の精査もそのほとんどが十八の手によるものだという。
生徒会業務のおよそ半分は十八によって担われている。
任せすぎだ。ああ、そんなこと分かっている。生徒会長、いや友として不甲斐ない。だが現状どうしようもないのだ。俺が
負担になっていないか。
無理をしていないか。
そう問いかけても返ってくる言葉は決まって、『私がやりたくてやっていることですから』。
ああ……本当に、ままならない。
知っている。色々と家庭の事情を抱える俺を気遣ってくれていることは。少しでも負担を減らそうとしてくれていることだって。
十八に頼られるほどの能力が俺にはない。
毎度のこと、懲りもせず己のマイナス思考に耽って。結局同じ結論に落ち着き、そして見上げるのだ。所場十八を。
「どうかしましたか?」
無意識に十八を見つめていたのか。視線に気づいた十八が小首を傾げて尋ねてきた。
かわいい。……いや変な意味じゃなく。
「いや、何。所場は随分とパソコンの扱いに長けているなと前々から思っていたんだ」
誤魔化し方下手か、俺!
「……そうですね。幼少の頃から触れていますから、それなりの能力はあると自負しております。でも白銀さんも事務処理を行う程度はpcを扱えますでしょう?」
「まあ、そうだな」
一年生時に十八が紹介してくれたバイトでそういったことを覚える機会があった。今もそれなりにこなせるし、役に立つ機会も多い。
「必要なことを必要な分だけ学ぶ。義務教育を終えた私達にはそれで十分でしょう」
「なるほど」
「過ぎたるは猶及ばざるが如し、とも言います。人の時は有限。自身は何を学ぶべきなのか。その選択をする力が子供から大人に変わる高校生には必要なのでしょうね」
「全くその通りだな」
ウェイ、ウェイウェイ!!
俺今十八と世間話できてるゥゥ。友との語らいできてるゥゥ。
まて落ちくけ。落ち着け。こんなもので満足してはダメだ。目標はまだまだ遠い。一歩ずつ確実に。けれど猛ダッシュで、十八の隣へ追いつく。
「あ、白銀さん……」
「ん、どうした?」
十八が俺を凝視している。え?何?心臓がキュっとしたのだが。何だ?どうしたんだ、十八。
「……」
無言のままこちらを見つめる十八は、パソコンを置きゆっくりと腰を上げた。
「ど、どうした所場?!何故無言で近づいてくる?」
「そのまま、そのまま動かないでください」
真剣な表情でこちらに歩み寄ってくる十八に心臓が悲鳴を上げている。
何だ!?どうなるの俺!?
右手を微かに上げ、腕を伸ばす十八。あと数歩。ほんの刹那でその手が俺に届くという時。
その時になって漸く気づいた。十八の視線が俺の左肩に向いていることに。
肩?
時が何倍にも濃縮された感覚の中、ゆっくりとゆっくりと横を向いた俺の目の先には
“御器噛”、またの名を
黒光りのヤツ、が───。
『どうもっス』
そんな声が聞こえた気がした。
「あっ」
「かりざぐべるぎぢうくりうにあぢイイイイイイイオオオオオオォォおおおお!!!!!!!!????????」
パニックになった俺がその時何をどうしたのか、よくわからない。ただがむしゃらに机を飛び越えて、目の前の十八を押し倒した。
「えっ?!何をっ、うわっ!?ちょ!!?」
ドガっ!!!
「はっはっはっ、はぁはぁはぁ──────」
呼吸が定まらない。視界が揺れる。俺今何してるんだっけ。
ダメだ苦しい。
ピトッ。
頬に伝わる冷たく柔らかな感触。
押し倒された十八が、俺を見上げながら手を伸ばしていた。
「落ち着いて、白銀御行会長。虫はもういません。また出てきても私が追い払います。だから落ち着いて。ゆっくりでいいですから、私の呼吸に合わせて」
優しい声音と綺麗な瞳に己の乱れが取り除かれてゆく。
しかし美しい、なんといっても、どんな風にしても美しい。そうして可憐だ。男をひきつける所がある。マリアのような目顔の形。ビーナスのような目。
そんな一節が脳裏を過った。
それと同時に鮮明になる思考が現状のヤバさに警鐘を鳴らしていた。
「ッ!!!すまない!!」
急いで飛び退き、勢い余って尻餅をつく。十八は乱れた服を整えながら半身を起こした。
「大丈夫です。白銀さんが虫を苦手なことは前々から存じておりました。パニックになっても致し方ないことです。それに私が上手く対処できていればこうはならなかったでしょうし。こちらこそ申し訳ありません」
「謝らないでくれ。全て俺の不甲斐なさが致す所だ。すまなかった」
「では両者の謝罪を受け取り合って、これにておあいこということで」
パンっと両手を合わせ頷く十八。
徹頭徹尾俺が悪いのだが、いつの間にか両成敗になっていた。意味がわからない。
それにしても先ほどチラッと見えた十八の腕。頬に手を添えられた時、衣服の隙間から見えた手首から腕にかけて。柔肌が見られるはずのそこには包帯が巻かれていた。
「所場。その腕の包帯って───」
バッと音がするほど素早く腕を
そんな
「これは、その。怪我をしまして……」
嘘だ。
包帯の具合から推測する怪我の度合いと腕の動かし方には不自然さがある。
何を言い淀む。なぜ目を逸らす。
また何か抱えているのか。……どんなものを抱えていようと、その心まで踏み込むと俺たちは決意したんだ。
「十八ッ!!!」
ビクッ。
十八は僅かに肩を跳ねさせ、こちらに目を向けた。
「俺は……!!未だに頼りなくて。お前からしたらできないことも多い不甲斐ない会長だろう。けど俺……いや……“俺たち”にとって十八は大切な生徒会メンバーだ。お前の代わりに全てやってやるなんて今の俺じゃあ言えない。それでも支えたいと思っている。四宮も藤原もそうだ。
全力で力になる。
だから、少しでもいいから……頼ってくれ」
1+1じゃなくていい。2にはなれなくてもいい。お前が寄りかかれるだけの支えになりたい。
隣に並び立ちたい。
十八への想いを初めて本人にぶつけた俺は言葉の最中、無意識に十八を抱きしめていた。その身体は想像よりも華奢で僅かばかり震えている。
近くで見る十八はやはり中性的で美しく、しかしその
「……
突然の大音声に生徒会室入口に目を向ける。
「藤原ッ!??なっ、あ、これは違ッ!!」
慌てて抱きしめていた手を解くと、十八は忙しなく帰りの身支度を整えはじめた。
「今日は帰ります。会長もいろいろと申し訳ございません。藤原さんもごめんなさい。お見苦しい所をお見せして。どうか勘違いなさらないでください。
では、お先に失礼します」
そうして足早に去っていく十八に俺は何も言えなかった。
「忘れ物を取りに来てみれば、コレ。
……会長。事情説明お願いします」
「うっ」
藤原の圧が凄い。
「十八さんにはおっかないファンクラブがついてるんですよー?会長と十八さんの変な噂が立とうものならもう、会長……」
やめて。そこで言葉止めないで、怖い。俺何されるの?
「一体全体何がどうしてああなったんですかー?」
ファンクラブ。
大天使所場様を見守る会だったか。
……どうしよう非があるのはどんな角度、三六〇度ぐるっと見ても俺なんだが。
「……介錯をお願いします」
「会長ォ??!!」
一年生の頃。
高校からの外部入学である混院生と生え抜きである純院生の間には確かな隔たりがあった。
高校から降って湧いた余所者を純院生の彼らは受け入れられず、お高くとまった彼らを俺たち混院生は遠ざけた。
そんな俺たちの間に立ったのが十八だった。
混院生一人一人に声をかけて道を示してくれた。混院と純院が必然的に関われるように生徒会のボランティアへの参加を提案してくれたり、クラスの中で馴染めるように比較的偏見を持たない純院生との間を取り持ってくれた。
全てが全て上手くいっていたわけじゃない。むしろ失敗の方が多かった。それでもどこまでも優しいその心に俺たちは救われ、この学園でやって行くんだという気概を与えられた。
だからこそ許せなかった。
一部の純院生。特に十八が俺たちに関わることを快く思わない連中が俺たちだけでなく十八すら貶めるような態度をとっていたことが。
そんな彼らにただただ哀しげに口をつぐむ十八を俺は忘れられない。
ここで
そのための手段は御誂え向きのものがすぐそこまで迫っていた。
定期考査。
そこで結果を残せば俺たちへの見方も変わるだろうと思った。
俺たち混院生は文字通り一丸となり試験勉強に望んだ。誰かを想っての頑張りはこんなにも力が湧いてくるものなのだと知った。体調が狂うことも厭わず、その全能力を試験のためだけに費やした。
結果。
学園定期考査トップ10のおよそ半数を混院生が勝ち取る快挙を成し遂げた。
そして俺は、
全科目満点。
凡ゆる天資英明の者を抑え、
No. 1 という頂に立った。
それから一度として、定期考査においてトップの座を譲り渡したことはない。