生徒会室前─────
side四宮かぐや
「あら、会長。急に立ち止まってどうしたのですか?」
扉に手をかけた状態で動きが止まった会長に、私と藤原さんは疑問符を浮かべる。
「どうやら中で所場と男子生徒が何か話しているようだ」
耳をすますと扉の向こうからそれらしき声が聞こえてきた。
《ところで田沼さん、相談とはどういった内容で?私でお力添えできることがあればよろしいのですが》
相談事ですか。生徒から生徒会への相談はよくあること。内容は多岐に渡りますが、その都度適任のものがその解決にあたってきた。
《え、なんで僕の名前》
《幼等部から大学までの生徒は一通り把握しております。秀知院に属している以上、貴方方生徒は私が最大限敬意を払うべき方々ですから。それに、生徒会の一員としては当然です》
「……四宮と藤原も把握しているか?」
扉の隙間から中を伺いつつ、呟く会長。その心情は察して余りある。やろうと思えば出来ないことはない。むしろ私ならば容易いことでしょう。
けれど、それを行う労力を考えれば普通はやらない。やろうと思わない。ただただ面倒くさい。
「……いえ」
「無理ですよ〜……。幼等部から大学って生徒数は何千人にのぼります。それを生徒会としては当然って、十八さん基準の生徒会って一体どんな組織なんですか。流石に生徒会にそこまで求めてる生徒はいませんよ」
「だよな!」
でしょうね。
《さ、流石です!!》
《ありがとうございます。
それで、お話とは?》
《えーっと、実は……その》
隙間から僅かに見えるその男子生徒の眼差しは熱を帯びている。
《僕……好きな人ができまして。
その方はみんなに尊敬されていて、僕とは別世界に住んでいるような方なんです。
けど、気持ちは抑えられなくて》
なるほど恋の相談でしたか。それなら先程から目が泳いでいるのも理解できます。しかし、ならば尚の事私達は盗み聞くべきではないでしょう。
ここは中に入って話を聞くのが─────。
《その男性はとても魅力に溢れていて!決して男が好きなわけではないんです!!その方という存在そのものが好きなんです!》
は?
「は?」
「ヴぇ?」
《険しい道のりなのは重々承知しています!お付き合いするにはどうしたら良いのでしょうか?》
「俺の聞き間違いか……!?今、あの男子生徒の好きな相手が男性だと聞こえたのだが!!?」
「いえ。私にもはっきりとそう聞こえました」
「私もです〜。けどこれは……うぅん」
恋の相談と聞き高揚していた藤原さんはその恋路が男同士のものと判明し悩ましげに唸っている。
会長に目を向けると何故か若干顔を青くしていた。
……“別世界に住んでいるようで、みんなに尊敬されている方”って。
ああ……。
「もしかして会長のことではありませんか?」
「なんでそうなる!?勘弁してくれ!」
「比喩ではありますが、別世界に住んでいるようとの事ですしみんなに尊敬されるというのはこの秀知院学園の生徒会長であり学園模試トップを走り続ける会長に当てはまりますよ?
それに大層おモテになられるとの事で」
「いやいやいや、絶対にない!!」
「反証なき主張はただの詭弁ですよ」
「うっ、く。……み、見てみろ。あの男子生徒が所場を見る目は明らかに普通のそれじゃない。
先程の条件ならば所場にも当てはまる。つまりあの生徒が好きなのは所場であり、今まさに相談に見せかけた告白……を…………告白!?」
《貴方の覚悟、しかと伝わりました。貴方の言うとおり、それは峻険な道。生半なものでは辿り着けぬものなのでしょう。
ですからまずは出来ることから始めてみてはどうですか?》
微塵も伝わってなかったー。
遠回しな告白をした男子生徒は伝わらなかったことに若干気落ちしたのか肩を落としている。
《出来ること、ですか……?》
《漢を磨くのです。貴方が好いているお相手が男性である以上、その方の恋愛対象である女性と同じ土俵で勝負しても難しい。
なればこそ、男性としての魅力を高めなさい。それはきっと貴方の人としての魅力に────────────》
慈愛に満ちた眼差しで言葉を紡ぐ所場さんに男子生徒はすっかり見惚れている。
「……俺は時々所場の性別が分からなくなる」
「一部女子に、私の中の女のプライドが死んだ原因とまで言われてますからね。あの男子生徒が十八さんにほの字になってしまったのも仕様がないと思いますよ」
藤原さんの言葉に僅かに首を傾げる。
確かにあの所作や容姿、性格であれば男性に好意を抱かれるのもまあ理解はできます。
けれど私は彼と接していて一度たりとも女性としての劣等感などを感じることはなかった。
無論私が女性として誰かに遅れをとる事などありはしませんが。そういう事ではなく、記憶にある彼の行動の多くは基本的に男らしいと言われる行動だったはず。
轢かれそうな犬を助ける彼を送迎の車から見た事がある。
落し物をした生徒の為に埃まみれになりながら放課後ずっと探し続けていた事も知っている。
お婆さんを背負って道案内をしていたなんて遅刻理由が信じられるのも彼くらいのものでしょう。
誰にも言わず誰にも知らせず、助けを求めてきた人にはその結果だけを見せてきた彼の努力を私は見てきた。
《今後の相談の為にも連絡先を交換しておきましょう。チャットツールは使っておりませんのでメールになりますが、よろしいですか?》
《は、はい!!宜しくお願いします!》
そのやり取りに会長がショックを受けていた理由を私は知らない。
「あれ、どうしたんですか〜会長ォ?
なんだか落ち込んでません?」
「藤原!クッ……!何でも、ない」
────3年前────
度々話しかけてくるようになった所場さんを雑にあしらい続ける日々。近侍の早坂に素性を調べさせもした。けれど結果は平凡なもの。
零細興信所元所長の息子。
けれど両親は既に他界しており、現在は母方の祖父母を頼りに一人暮らしをしている。
事務所は今も存続しており、彼の父の後輩が後を継いだ模様。
両親の死因は不明。祖父母の所在も不明。中等部になって復学した彼が小等部1年の夏からこれまでどのように過ごしていたのかも不明。
既出の情報に疑わしいものはなかった。けれど意図的に情報が伏せられている部分があり、不明な点の方が多い。その時点での彼の評価は信用ならない者。
判明している情報から判断しても、四宮として利用できるものは何もない。私が関わる必要のない虫ケラ。
それでも私は彼個人が信用に足る人間なのか試したかった。綺麗なだけの人間がいるはずはないと、彼の裏を暴き安心したかった。
『秘密の共有』
絶対に話してはダメという口上から始まるその秘密を彼が漏らさないのかどうか。
およそ数日。
早坂に噂が出回っていないか調べさせたけれどその気配は微塵もなかった。それどころか彼からその話題に触れる様子もない。
もしかして彼は私の話を忘れているのではないか。
そんな事が頭をよぎりこの秘密の共有を繰り返す事十数回。全く噂が出回らない事が信じられなかった私は何故周囲に話さなかったのか彼に問う。
なぜ話すと思ったんですか?とあっけらかんという彼の言葉に、知らぬうちに強張っていた肩の力が抜けていた。