【艦これ】心を埋めるもの   作:さめやん

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心を埋めるもの Part23 「衝突」前編

「叢……雲……?」

 

夕立がぽつりと呟く。

 

横では川内が叢雲がいた所を見つめていた。

 

「……っ!!!」

 

脳がようやく状況を理解し、夕立の心臓が大きく鼓動した。

 

夕立はすぐさま自分の艤装を全て解除し、海の中へ飛び込む。

 

「夕立!?」

 

飛び込む寸前に川内の叫び声が聞こえたが、構わずに一直線に海面に飛び込んだ。

 

大きな水しぶきの後に夕立の姿も海上から消え、海上には残りの四人と敵空母だけが取り残される。

 

「……っ!」

 

川内が明確な殺意を全面に出した表情でヲ級を睨んだ。

 

ヲ級は表情一つ変えずに、ただ川内をじっと見つめている。

 

「全艦!配置につけ!」

 

川内の声が海上に響く。

 

それまで状況を全く理解出来ていなかった駆逐艦3人だったが、川内の一言が聞こえた途端に一気にスイッチが切り替わる。

 

夕立と叢雲が抜けたままの陣形を組み、敵艦へと主砲を構える。

 

「絶対に逃さない……此処で!アイツを確実に仕留めるよ!」

 

「「了解!!」」

 

怒りの籠った川内の一言で、駆逐艦の3人の目付きが変わる。

 

「時雨と不知火は艦載機を、私と春雨が本体を叩くよ!ついてきて!」

 

川内が全員に指示を出し、それに沿った動きをする。

 

物凄いスピードでヲ級に突進する川内をヲ級は艦載機で妨害しようとするが、後ろの時雨と不知火がそれを破壊していく。

 

遂にヲ級の目の前にたどり着いた川内は、至近距離で顔面に正拳突きをするが、ヲ級はそれを右手に持っていた杖で防御する。

 

「やっぱり腹が立つよ……表情一つ変わらないその顔が!」

 

そのまま川内が右足で杖を蹴りあげると、ヲ級の手から杖が離れる。

 

川内はその隙を見逃さずにすぐさま敵の目の前に主砲を構え、砲撃する。

 

「みんな!」

 

川内の叫び声で全員が川内の攻撃を受けたヲ級に主砲を構え、一斉に砲撃する。

砲撃を受けたヲ級は黒煙を上げながら海に沈んでいった。

 

「一匹は撃破完了です、でもまだ……」

 

春雨がそう言ってもう一匹のヲ級の方を見ると、ヲ級は杖を振って艦載機を飛ばしてくる。

 

「……っ!来るよ!」

 

時雨の声で全員が対空の姿勢に入り、各々が艦載機の処理をする。

 

しかし四人では撃墜数に限度があり、数機を取り逃してしまった。

 

取り逃した艦載機の機銃が川内達を攻撃する。

 

「ぐっ……!」

 

その攻撃で不知火が左肩を負傷し、右手で左肩を庇いながらその場を離れる。

 

「みんなは離れてて!相手が一匹なら私が倒す!」

 

川内が三人を一旦離れさせ、単身でヲ級に突っ込んでいく。

 

そのままヲ級の数メートル前まで接近し、主砲を数発放った。

 

機動力が優れないヲ級はそれが避けられず、足と頭部に直撃した。

 

ヲ級の頭の上にいる生物の体にヒビが入り、空に飛んでいる艦載機の動きが鈍くなる。

 

「今だ!」

 

川内はそのまま大きくジャンプし、ヲ級の頭にかかと落としを叩き込んだ。

 

ヲ級の頭の上にいた生物は粉々になり、空に飛んでいた艦載機のほとんどの機能が停止した。

 

ヲ級は頭から血を流し、その場にへたりと倒れ込む。

 

そこに川内は容赦なく魚雷を打ち込み、その場から離れた。

 

大きな水柱が立ち、ヲ級に着いていた装備が粉々になって辺りに飛び散る。

 

空中に舞った水滴と装備の欠片が海に全て沈んでいき、4人しか残されていない海上には静寂が訪れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

(叢雲っ……!)

 

勢いだけで飛び込んだ夕立は、何も考えておらず、暗い海の中へと単身で潜っていた。

 

ゴーグルも何も付けていない状態での海中はほぼ何も見えず、体を撫でるように流れる水が体中を抜けていく。

 

息の余裕がだんだんなくなり、下へと潜る力が段々弱くなっていく。

 

 

 

そんな時、急に心を何者かに掴まれたかのような感覚が夕立を襲った。

 

魂を体から引っ張られたかのような脱力感が襲い、止めていた息が泡となって海面へと登っていった。

 

(なに……これ……)

 

視界が急に暗転し、目の前に白い手が現れる。

 

(……っ!)

 

白い手は夕立の体を掴むと思われたが、夕立を無視してどこか別の方へと伸びていってしまった。

 

最初に伸びていった手に続くように、何本も何本も手が伸びていく。

 

夕立は薄れる意識の中、白い手が追っている方向へと目をやった。

 

 

 

そこには叢雲の姿が見えた。

 

 

 

 

「……っ!」

 

叢雲が見えた途端に意識が急に覚醒し、夕立は最後の力を振り絞って叢雲の方へと進んでいく。

 

(叢雲っ……!)

 

夕立は必死に手を伸ばすが、叢雲はもう完全に意識を失っており、白い手に海底へと引っ張られていく。

 

(届けっ……!)

 

引っ張られていく叢雲に手を伸ばす度に、真っ暗闇だった海中がだんだん鮮明になっていき、心臓の鼓動が加速していく。

 

全身が赤いオーラに包まれ、エメラルド色の目はゆっくりと赤に染まる。

 

(届けっ!!!)

 

今までの暴走とは違う感覚、自分の意識が保たれたまま体の奥底から力が溢れてきていた。

 

無我夢中で足を動かし、どんどん夕立は海底へと潜水していく。

 

(届けッ!!!!)

 

夕立の手はどんどん叢雲の体に近づいていき、今の夕立でも視認できないほど暗い海底に連れていかれる直前で、夕立の手は叢雲の服をがっちりと掴んだ。

 

(っ……!掴んだ!)

 

叢雲を掴んだ夕立は一気に自分の方へと引っ張り、肩を抱いてがっちりと固定した。

 

(……このっ!)

 

追いかけてくる白い手を必死に蹴り飛ばし、海上めがけて浮上していく。

 

海面がうっすらと見え始め、夕立は今身体中に流れている力を全て使って海面へと突き進んで行った。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「……夕立姉さんは!?」

 

春雨がそう言って直ぐに当たりを見渡すが、波の音と仲間が海上を進む音だけが耳に入ってくる。

 

「私がレーダーで調べます、少し待ってください!」

 

不知火が自分に搭載されているレーダーを調べる。

 

 

 

 

「……まさか、本当に轟沈━━━━━━」

 

 

 

 

川内がそう言った瞬間、近くで水しぶきが立つ。

 

「ぷはぁっ!はぁっ……はぁっ……」

 

そこには呼吸が安定しない様子の夕立と、夕立に抱かれながらぐったりしている叢雲がいた。

 

「夕立っ!」

 

それに気づいた川内は直ぐに夕立に手を伸ばし、海上に引っ張り上げる。

 

艤装を展開してなんとか体を浮かせた夕立だったが、叢雲の方は今にも海に沈んでしまいそうだった。

 

「艤装がほぼ機能停止してるせいで、浮力を維持できてないんだ……呼吸もだいぶ浅い、急いで帰投しないと!」

 

「はぁっ……はぁっ……ヲ級はどうなったっぽい!?」

 

「ヲ級の艦隊は片付けました、とにかく今はすぐに鎮守府へ!」

 

不知火はそう言うと、叢雲を夕立から預かって背中におぶった。

 

叢雲の命のカウントダウンが刻一刻と迫っていく中、第八艦隊は鎮守府の方へと速度速めで帰投していく。

 

本来の任務の目的は果たすことが出来たが、艦隊に甚大な被害を受ける結果となった。

 

 

※※※

 

作戦から帰り、夕立、春雨、不知火の3人は入渠ドッグの前に座っていた。

 

中では明石と夕張が叢雲の治療を行っている。

 

川内は時雨と共に提督の元へ報告をしに行ったため、3人で叢雲の無事を祈っていた。

 

「叢雲……」

 

夕立がぽつりと叢雲の名前を呟くと、不知火が夕立の方に寄ってくる。

 

「気になっていたのですが、叢雲さんをどのようにして救助したのですか?ゴーグルもなしで海の中に潜っても真っ暗で何も見えないと思うのですが」

 

不知火にそう問いかけられ、夕立は自分が海中にいた時のことを思い出す。

 

本来なら水の中に潜った潜水艦以外の艦娘は、普通の人間と全く変わらない程に運動能力も下がり、視界も悪いはずなのだ。

 

(確かになんであんなに力が出たんだろう……)

 

夕立は海中にいた時に感じたエネルギーのことを思い出した。

 

普段だったら限界を出し切った時に現れるのは、ドス黒く抗いようのない力なのだが、あの時は違ったのだ。

 

それに、夕立にはもう一つ気になる点があった。

 

あの「白い手」の存在だ。

 

あれは一体なんだったのか、何故夕立には興味を示さずに、叢雲だけを引っ張っていったのか、謎は深まるばかりだった。

 

「夕立さん?」

 

「ぽ、ぽい!」

 

夕立が質問に答えぬまま考え込んでいると、不知火が不思議そうな顔をしながら声をかけてきた。

 

「えーっと……あの時海の中で━━━━」

 

夕立は不知火と春雨に海中で起こった事を覚えている限り話す。

 

初めは2人ともしっかり聞いていたが、話が進むにつれて理解が追いついていないような顔になっていった。

 

「す、凄い体験をしたんですね……」

 

春雨がぽつりと呟く。

 

「夕立さんの力が制御できた、という点に関しては前の作戦でも1度だけありましたね、それがまた起こったと考えて良いでしょう」

 

不知火は淡々とそう言ったあと、また考え込んでいるような顔になった。

 

「ただ、白い手に関しては情報も何も無いので分からないですね……潜水艦の方に後で聞きに行ってみましょう」

 

「分かったっぽい」

 

夕立がそう返事すると、入渠ドッグの扉が開き、中から明石が出てきた。

 

明石が出てきた瞬間、三人は立ち上がって明石の方を見た。

 

「む……叢雲はどうなったっぽい!?」

 

夕立が真っ先に明石に質問すると、明石は夕立達に笑いかける。

 

「一命は取り留めたよ、安心して」

 

明石のその言葉を聞いて三人は安堵し、フラフラと椅子に座った。

 

「よ……良かったっぽい」

 

「しばらく目は覚まさないかもしれないけど、とりあえずもう大丈夫だよ」

 

明石はそう言うと、夕立に書類を数枚手渡す。

 

「これを提督に持って行ってくれる?この後夕張と叢雲ちゃんの移動とかしなくちゃだから、ここから動けないの」

 

「わかったっぽい!明石さん、ありがとうっぽい!」

 

「いえいえ、私は私の仕事をしただけだよ」

 

夕立は明石にお礼を言いながら執務室の方向へ走っていく。

 

明石はそれに軽く返事をしたあと、走り去っていく夕立の背中を見つめる。

 

「……私からしたら、今1番気になるのはあなたの事なんだけどね……夕立ちゃん」

 

曲がり角を曲がって夕立の姿が消えたあと、明石はぽつりとそう呟いた。

 

 

 

 

 

補給艦隊殲滅作戦が終わり、第八艦隊が帰還してきた日の夜。

 

作戦の報告書を見ながら提督は唸り声を上げていた。

 

「提督、どうかされましたか?」

 

五月雨が隣から提督に話しかけてくる。

 

「いや、報告書で気になる点があってな」

 

提督はそう言うと、報告書の文章の一部を指でなぞった。

 

それを見た五月雨は、提督がなぞった部分を五月雨が読み上げる。

 

「敵空母の攻撃により駆逐艦叢雲が撃沈、後に駆逐艦夕立が救出……って、これってどういうことですか?」

 

五月雨が何度も文章を目で読み返しながら提督に質問をする。

 

「俺も最初見た時は理解できなかった、潜水艦以外の艦娘が海に潜り、さらに撃沈した味方を回収するなど……前代未聞だ」

 

本来、艦娘は全ての艤装を完全に解除しない限り海の中に沈むことはなく、潜水艦以外の艦娘は体の半分以上が海水に浸かった状態では艤装を展開することが出来ない。

 

そのため、一度海上で艤装を解除すると為す術なく沈んでしまう。

 

そのため、海上で艤装を解除することは禁止されており、艦娘も危険性を十分に把握しているため、今まで海上で艤装を解除した者はいなかった。

 

「海中では人間と同じくらいまで身体能力が低下するはず、それなのに叢雲を抱き抱えながら海面に戻ってくるなど……艤装の力がないと不可能だ」

 

「夕立姉さんは艤装とのリンクが特に強いんですよね?もしかしたらそれが関係しているのかも……」

 

「うーむ……わからん」

 

提督はそう言って一度報告書を机の上に置き、伸びをする。

 

「1度休憩にしましょうか!」

 

五月雨はそう言うと給湯室の方へ足早に向かっていった。

 

五月雨がお茶を入れる音が給湯室の方から聞こえてくる。

 

提督がその音を聞きながらぼーっとしていると、執務室のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「入っていいぞ」

 

提督がそう言うと、ノックの主は扉を開いて執務室に入ってくる。

 

「提督、夕立ちゃんについてお話が……」

 

執務室に入ってきたのは明石だった。

 

手には複数の書類を持っており、顔には疲労の色が浮かんでいる。

 

「だいぶ疲れてるみたいだな」

 

「まぁ、長時間の治療に加えて艤装の点検もやってましたから……」

 

「まぁ、そこに座ってくれ」

 

提督がそう言うと、明石は提督机の上に資料を置き、机の前にあるソファーに腰かけた。

 

提督は明石が置いた資料に一枚一枚目を通し、気になる点がないか確認する。

 

「叢雲の容態はどうだ?一命は取り留めたと聞いたが」

 

「叢雲ちゃんは今医務室で寝てます、そのうち目を覚ますと思うんですけど……」

 

明石はそこまで言うと言いずらそうに口を噤んだ。

 

「どうした?」

 

提督が明石に質問すると、明石は微妙な表情のまま口を開いた。

 

「……正直、撃沈した子を治療したことなんてなかったので、この後どうなるか分かりません……もしかしたら目を覚ましても、艤装が上手くリンクできないかもしれないです」

 

「そうか」

明石の言葉に提督は険しい表情で答える。

 

提督自身も、撃沈した艦娘が生存して帰ってくるなど経験したことが無かったため、

そう返事する他なかった。

 

「夕立について話したいと言っていたが、何かあったのか?」

 

提督がそう言いながらソファーに座ると、五月雨がお盆を持って給湯室から戻ってきた。

 

話している声が聞こえたのか、お盆の上には3個の湯のみが乗っている。

 

「明石さん、どうぞ」

 

「ありがとう五月雨ちゃん、いただくね」

 

明石はお茶を一口飲んだ後、提督がソファーの前の机に置いた資料の中から一枚拾い上げ、その資料の中の一部分に指を指した。

 

「これは夕立ちゃんの艤装のデータなんですけど……完全に艤装を解いている瞬間が1度もないんですよ」

 

「ということは、夕立は海中で艤装を展開できるということか?」

 

提督が質問すると、明石が唸り声をあげる。

 

「普通はありえない事なんですが……こうデータに残っている以上、そう考えるしかないかと」

 

「なぜ、夕立姉さんだけ海中で艤装を展開できるのですか?」

 

五月雨の質問に明石は腕を組んで考え込む。

 

「うーん……まず一つ、夕立ちゃんと私たちの艤装には明らかな違いがあるの」

 

明石はそう言うと、自らの資料を指さしながら説明を始める。

 

「私たちは妖精さんや私が作った艤装を後から体に宿すでしょ?でも、夕立ちゃんの艤装は妖精さんや私が作ったものじゃない」

 

「そう……ですね」

 

五月雨は自らの手を見つめながらそう返す。

 

「だからそもそもの艤装の性質が違うの、艤装と体とのリンクが私たちより強かったり、私たちが修復しなくても、本人の体力が回復するだけで勝手に艤装が回復したりね……」

 

明石は夕立の艤装と自らの艤装のデータの比較が書かれている紙を見つめる。

 

「これは時雨ちゃんも同じなんだけど……もしかしたら二人の艤装だけは海中で展開できるのかもね」

 

「な、なるほど……私たちとはそもそもの性質が違うんですね」

 

五月雨は明石の説明を聞いて、少し複雑な表情をしながらお茶を飲んだ。

 

説明を終えた明石は自らの資料をまとめて執務室の隅にあるコピー機へと運ぶ。

 

資料の控えを一枚一枚コピーし、それをホチキスで止めて自分のファイルにしまったあと、提督に資料を手渡した。

 

「とりあえずこの資料は提督にも渡しておきますね、なにか気になることがあったら私に聞いてください」

 

「あぁ、ありがとう」

 

提督は受け取った資料を「駆逐艦夕立」と書かれたファイルの中に閉じる。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

提督がファイルを棚にしまおうとすると、明石が奇妙な声を上げて自分のファイルから先程の資料を取り出す。

 

「どうした?明石」

 

「うーん、もしかしたら私の杞憂かもしれないので、あまり深く考えないで欲しいのですが……」

 

 

「異常な再生能力に海中での艤装展開、艤装とのリンクが強くて、体が再生すると共に艤装も直る……これってまるで━━━━━━━━━━━」

 

※※※※

 

 

 

作戦から数日後の朝、夕立の部屋の内線に1本の電話がかかってくる。

 

急な電話に寝ていた夕立は飛び起き、電話に出た。

 

「夕立姉さん!直ぐに来てください!」

 

「は、春雨?何があったっぽい?」

 

電話の主は春雨だった、声が上ずっており、相当喜んでいる様子だった。

 

「叢雲さんが目を覚ましました!」

 

「本当!?」

 

春雨の一言で眠気混じりだった夕立の意識は完全に覚醒し、春雨にすぐ行く主を伝えた後、急いで身支度を済ませて部屋から飛び出る。

 

駆逐艦寮から飛び出し、廊下を走って医務室の前に着くと、そこには川内が立っていた。

 

「お、来たね」

 

「叢雲は!?」

 

「今、明石さんが健康状態のチェックしてるよ」

 

川内が親指で医務室の中の方を指すと、そこには明石が座っていた。

 

息が切れていた夕立は、呼吸を整えてゆっくりと医務室の中に入っていく。

 

そこには椅子に座った第八艦隊の駆逐艦たちと、ベッドの上で上半身だけ起こしている叢雲がいた。

 

「あら、夕立」

 

「叢雲……!」

 

夕立が感極まっていると、明石が横から夕立の前に手を伸ばす。

 

「待ってね、高ぶる気持ちは分かるけど体に響くから抱きつくのは禁止」

 

「ぽ、ぽい……」

 

明石の静止で夕立は冷静になり、用意されていた椅子に座った。

 

「体になにか異常はある?ちょっと気持ち悪いとか頭痛いとか」

 

「うーん……少し体が軽いくらいね、それ以外は異常はないわ」

 

「はい、じゃあ検査は終わりね」

 

明石はそう言うと、書いていた紙をファイルに閉じて椅子から立ち上がった。

 

「意識が戻って良かったよ、でも暫くは安静期間だから無理な運動はしないでね」

 

「分かったわ」

 

叢雲がそう返事すると、明石は微笑んだ後に医務室から去っていった。

 

明石とは入れ替わりで川内が中に入り、医務室の中には第八艦隊のメンバーだけが残される。

 

「とにかく、無事に目が覚めたようでよかったです」

 

不知火が心底安心したような表情で話しかける。

 

「正直、なんで生きてるか分からないけどね……」

 

叢雲が自らの手を握ったり開いたりしながらそう呟くと、春雨が叢雲の手を握った。

 

「夕立姉さんが沈んだ叢雲さんを潜って助けたんです!」

 

「ええっ!?」

 

春雨が笑顔でそう言うと、叢雲は驚きの声を上げた。

 

「ど、どうやって……!?」

 

「正直、夕立も無我夢中だったからあんまり覚えてないっぽい……。でも、どんどん海底に引っ張られていく叢雲を見て、夕立が助けなきゃって思ったっぽい」

 

夕立がそう言うと、時雨が不思議そうな顔をする。

 

「海底に引っ張られる……?沈んだ、じゃなくて何者かに引っ張られてたのかい?」

 

「うん、なんか白い手がいっぱい海の中にいて、それが叢雲を引っ張ってたっぽい」

 

時雨の質問に、夕立は自分が見た景色そのままを伝える。

 

夕立が発言した瞬間、場の空気が一瞬凍りつき、後ろにいた川内すらも顔を顰めた。

 

「幻覚の可能性もあるかもしれないですね、にわかに信じられる話ではないので……」

 

不知火がそう言うと、川内が後ろから叢雲の横まで近づき、叢雲のもう片方の手を握った。

 

「まぁそれはそうとして……今回叢雲がこうなってしまったのは私にも責任がある、私が着いていながらここまでの怪我を負わせるなんて……」

 

「ごめん、叢雲」

 

川内が申し訳なさそうに謝ると、叢雲も申し訳なさそうな表情になり、口を開いた。

 

「こうなったのは私自身の責任よ、川内さんは夕立の援護に向かってたわけだし……私が怪我をしているのに前に出すぎたから……」

 

叢雲はそう悔しそうに呟くと、強く拳を握りしめた。

 

「……とりあえず、あんたにはお礼を言わないとね。ありがとう」

 

叢雲はそう言って夕立に礼をする。

 

「うん、無事でよかったっぽい」

 

夕立がそう言うと、叢雲は微笑んだ。

 

それを見た夕立が、叢雲にもう一度話しかけようと口を開いた瞬間━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

急に体に寒気が走った。

 

(……っ!?何、今の……)

 

夕立は直ぐに周りを見渡すが、寒気の原因になったと思われるものは視界に映らず、また叢雲の方を見る。

 

そんな様子の夕立を見て、叢雲は不思議そうな顔をした。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「い、いや……なんでもないっぽい」

 

未だに腕には鳥肌が立っており、何者かに見つめられている様な気がする。

 

(風邪でも引いたっぽい……?)

 

夕立は自分の体になにか異常があると考えたが、目立った体調不良は無いため、とりあえず気の所為だと判断した。

 

「任務復帰はいつ頃になりそうっぽい?」

 

夕立がそう質問すると、叢雲は悲しそうな表情になる。

 

「明石さんが言うには、艤装が私の体を受け入れてないみたいで……再びリンクするのにかなりの時間がかかるらしいわ」

 

叢雲はそう言うと自分の手を開いたり閉じたりしながら見つめる。

 

「体も思ったように動かないしね」

 

叢雲は手を握ろうとするが、小指と薬指が動いておらず、まだ体が思ったように動いていないのが目に取れる。

 

「ってことはしばらく任務には出れないっぽい……?」

 

「そうなるわね、とにかく今は休養に専念するわ」

 

「そっか……」

 

叢雲はそう言うとベッドに横になり、布団を首元まで被った。

 

叢雲が横になったのを見た駆逐艦たちは椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、私たちはこれで……また様子を見に来ますね」

 

「うん、ありがとう」

 

不知火がそう言うと、叢雲は微笑みながらそう答えた。

 

叢雲の返事を聞いた夕立達は医務室から1人ずつ出ていき、最後の夕立が部屋から出ようとする。

 

すると、前の時雨が一瞬だけ叢雲の方へ目をやった。

 

 

 

その目を見た瞬間、夕立は一瞬だけ体が強ばる。

 

 

 

(……っ!?)

 

その目から感じとったのは、明確な「殺意」だった。

 

時雨は直ぐに前を向き、いつものように落ち着いた表情になる。

 

(な……何?今の……)

 

目の前で起こった事を理解することが出来ず、夕立は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

※※※

 

叢雲が休養に入って一週間、夕立達第八艦隊は代理に入った白露型駆逐艦三番艦の「村雨」と共に任務をこなしていた。

 

村雨は別鎮守府から最近異動してきたばかりで、配属艦隊がなかったために第八艦隊の代理として所属することとなった。

 

艦隊のメンバーとは本人の会話力もありすぐに馴染んだため、任務は特に支障なく進んでいる。

 

一日の任務が終わり、夕飯を鳳翔の店で食べていた村雨と夕立は鎮守府の廊下を歩いていた。

 

「艦隊には慣れたっぽい?」

 

「うん、みんな優しいから」

 

村雨は夕立の質問にそう返すと、夕立の方を見て笑った。

 

「叢雲さんが帰ってくるまで私がしっかり艦隊のみんなを守るから、任せてね?」

 

「うん、頼もしいっぽい」

 

夕立がそう言うと、目の前に医務室が見えた。

 

ドアは軽く開いており、夕立たちが近くまで歩いてもとても静かだった。

 

普段ならドアが閉まっていても叢雲が見ているテレビや他の艦娘の話し声が聞こえてくるはずなのだが、今日は何一つ聞こえてこない。

 

不思議に思った夕立が医務室の中を覗くと、部屋の窓は空いており、カーテンがゆらゆらと揺れている。

 

「夕立、どうしたの?」

 

夕立の行動を見て不思議に感じた村雨が一緒にドアを覗くと、そこには誰も居ない医務室があった。

 

「……あれ?」

 

本来なら寝ているはずの叢雲もおらず、明石も夕張も座っていない。

 

本当に誰もいない医務室を見るのは初めてだったため、夕立はほんの僅かに嫌な予感を感じた。

 

「叢雲さん、もう動いていいのかしら?」

 

「分からないっぽい、もしかしたら明石さんとリハビリとかしてるのかな?」

 

夕立はそう言って医務室から離れ、また廊下を歩き始める。

 

村雨もそれを見て夕立に着いていき、鎮守府の庭に着くと、2人は海が見える方に歩いていく。

 

「ふぅ、ちょっと冷えるわね」

 

「ちょっと寒いっぽい」

 

冷たい風が頬を伝っていき、冬本番がゆっくりと近づいてくるのを感じる。

 

「……ん?」

 

夕立が寒さで肩を震わせていると、村雨が浜辺の方を見て声を出す。

 

村雨はそのままじっとその場を見つめると、その場に指を指した。

 

「ねぇ夕立、あれって……」

 

「……叢雲っぽい」

 

村雨が指を指した方向には叢雲が立っていた。

 

叢雲はじっと海の方を見つめており、ゆっくりと海の方に近づいていく。

 

「叢雲、何してるんだろう」

 

夕立がそう言って叢雲の周りを見渡すと、叢雲の背後の物陰に怪しい影が見えた。

 

「……!」

 

姿は認識できていないが、それを見た瞬間に夕立は嫌な予感を察知する。

 

直ぐに夕立は村雨の手を引き、浜辺へと繋がっている道を走り出した。

 

いきなり手を引かれた村雨は、何も理解出来ぬまま夕立に連れていかれる。

 

「ちょっ……まっ!どうしたの!?」

 

「何か……何か嫌な予感がするっぽい!」

 

村雨の問いにはハッキリと答えないまま、夕立は浜辺へと急いで向かった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

鎮守府近くの浜辺、月の光で海が照らされている。

 

そんな海を見つめる少女は、ふらふらと力の無い足取りで海の方へ歩いていく。

 

1歩、また1歩と海に近づき、少女は遂に海の上へと歩みを進めた。

 

そのまま水平線まで少女が歩いていこうとすると、後ろから水の上を歩く音が聞こえてくる。

 

 

「止まるんだ」

 

 

背後から声が聞こえる。

 

その声には明確な敵意が込められており、少女はゆっくりと後ろを振り返る。

 

そこには主砲を自分の方へと構えた艦娘が立っていた。

 

その艦娘は主砲を構えながらゆっくりと少女の方に近づき、2mほど近くまで歩いてくる。

 

しかし、少女にはその艦娘が誰なのか分からず、また前を向いて海の方へと歩き出す。

 

それを見た艦娘は、少女の後ろをついて行った。

 

そのまましばらく歩いた後、艦娘が立ち止まった。

 

 

 

 

「叢雲、止まって」

 

 

 

 

「叢雲」と呼ばれた少女は、もう一度ゆっくりと艦娘の方を向く。

 

━━━━━━━━━━━すると、少女の額に冷たい感覚が走った。

 

額には主砲が突きつけられており、艦娘の鋭く冷たい視線が自らの身を貫くように見つめている。

 

 

 

 

「やっぱり、君を殺さなきゃいけない」

 

 

 

 

 

主砲を突きつけていた艦娘が、砲撃をしようと全身に力を込めた。

 

少女は目を瞑り、顔面の前に手を出してガードをする。

 

 

 

━━━━━━━だが、主砲を構えていた艦娘の腕は何者かによって掴まれた。

 

少女がガードの手を下げ、暗闇の中にある人影をじっと見つめる。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

そこには、激しく息を切らした夕立が立っていた。

 

その後ろには同じく息を切らしている村雨が、距離をとりながら戦闘態勢で立っている。

 

夕立は掴んでいた手を払い、敵意の籠った双眼で睨む。

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……叢雲に何してるの……」

 

 

 

 

 

「時雨」

 

夕立がそう言うと、真っ暗な海の上に時雨の顔が浮かび上がった。




お待たせしました、Part23です

書こうと思ったら思った以上に長くなりそうだったので、前後編に分けることにしました。

後編もすぐ出せるように努力します。
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