ただ波の音だけが響き、冷たい風が絶えず吹き続けている海上で、4人の少女は互いを見つめあっていた。
「叢雲に何しようとしてるの、時雨」
夕立が時雨の方を睨みながらそう言うと、時雨は主砲を叢雲の方へと向けながら距離をとる。
「主砲を構えてるってことは……砲撃をしようとしたってことよね、何を考えてるの?時雨」
「……君たちが考えている通りのことだよ」
村雨の問いに時雨がそう答えると、夕立と村雨は体に力を入れて戦闘態勢に入る。
「なんで仲間に主砲を向けてるっぽい!?」
夕立が時雨にそう言うと、時雨はため息を吐いた。
「気づいてないとは言わせないよ、夕立」
「……何が言いたいっぽい?」
「君もあの気配を感じとったはずだよ」
「……どういうこと?夕立」
二人の会話を聞いていた村雨は、状況が理解出来ずに夕立に聞くが、夕立はその問いには答えない。
「とりあえず、叢雲の方に行くわね」
村雨はそう言って座り込んでいる叢雲に近づく。
そして叢雲の肩を叩いて立つように促すと、叢雲がゆっくりと顔を上げた。
「分かってるはずだ、夕立……叢雲は━━━━━━━」
「深海棲艦になりかけている」
顔を上げた叢雲の瞳には光はなく、顔の右半分は肌が白くなっていた。
言葉が発せないのか、口をずっとパクパクさせながら村雨の方をじっと見つめていた。
「……っ!?」
村雨はすぐに手を離し、叢雲から距離をとった。
叢雲の体はゆらゆらと揺れており、意識が朦朧としているようだった。
「ああなってしまった以上、彼女をどうすることも出来ない……なら、殺すしかない」
時雨はそう言って主砲を構えると、叢雲に向かって砲撃をした。
それを見た村雨は咄嗟に叢雲の前に立ち、防御の姿勢をとる。
「……っ!村雨!」
夕立の叫びと同時に、2人がいた所に爆発が起きる。
爆発が起こったのを見た夕立は時雨の方に一気に近づき、全力の回し蹴りを放った。
時雨はそれを咄嗟に左腕で防御したが、防御した左腕に重い衝撃が走る。
「ぐっ……!」
ミシミシと衝撃が骨に響き、時雨は蹴りを逆側に流して夕立から距離をとる。
夕立に蹴りを入れられた左腕は動かす度に激痛が襲い、蹴られた箇所は赤く腫れ上がっている。
(しばらく戦っていない間に……ここまで)
時雨が夕立の方を見ると、爆発が起こった場所を心配そうに見ていた。
「げほっ……!げほっ……!」
暗闇の中から村雨の声が聞こえてくる。
「村雨!だいじょ……う……ぶ……」
夕立が村雨に声をかけようとすると、衝撃の光景が目に入った。
村雨は傷ひとつ無く、何者かに引っ張られたかのように海面に座っていた。
やがて黒煙が晴れ、全員の視界に映ったのはボロボロになった叢雲だった。
「叢雲!!」
村雨が急いで叢雲を介抱しようとするが、叢雲は力無くその場に倒れ込む。
「まだ自我が残っていたみたいだね」
その光景を見た時雨は再度主砲を構えると、砲撃を更に叢雲の方へと放った。
「やめるっぽい、時雨!」
それを見た夕立は時雨に再度近づき、主砲を放っている手を掴もうとするが、するりと避けられる。
「なんで邪魔をするんだい?夕立」
「仲間を殺そうとしているのを黙って見過ごすことはできないっぽい!」
「でも、彼女は直に仲間じゃなくなる。なら今のうちに仕留めるのが適切だと思うよ」
時雨は淡々と夕立に向けてそう言い放つ。
夕立はそんな時雨を見て軽い恐怖を感じていた。
今までの時雨も何を考えているのか分からない時があったが、今の時雨からは何も感じとれない。
目の前に居るのが本当に時雨なのかと疑う位に残酷なセリフと、憎悪に満ち溢れた目。
夕立は一瞬、時雨から感じる圧に気圧されそうになる。
「分かったらそこをどいてくれないかな、これ以上邪魔をするようなら容赦しないよ」
時雨はそう言って夕立の方に主砲を構えた。
「一体どうしたの、時雨!?前はこんなんじゃなかったっぽい!」
夕立が必死に叫ぶが、時雨は主砲を構えたままただ冷酷な目を夕立に向けるだけだった。
「確かに前の僕なら迷っていたかもしれない、でも」
「もう、甘さは僕には必要ない」
時雨はそう言うと、その場から動かなかった夕立に向けて主砲を放った。
夕立はそれをギリギリで回避したが、それを見た時雨が2発、3発と追加で砲撃をする。
何とか次弾も回避した夕立だったが、着水した瞬間にバランスを崩してしまった。
時雨がすかさず夕立に主砲を構えて砲撃をしようとするが、横から村雨が時雨に対して砲撃をした。
「くっ……!」
時雨は村雨の砲撃を回避し、叢雲の方へ向けて主砲を放つ。
それを見た村雨は叢雲を引っ張って回避しようとするが、自らの足に数発被弾し、その場に倒れ込む。
「ぐっ……!」
村雨は自分の足に力を入れ、立ち上がろうとしたが激痛で上手く力が入らずにまた倒れた。
「ぽぉい!!」
村雨が時雨の気を引いている間に体勢を建て直した夕立は、時雨の方に突っ込んで白兵戦に持ち込む。
摩耶仕込みの重い一撃を時雨に対して連発するが、時雨はそれを全て逆側に流しながら回避する。
「君の力が強くなってるのはさっきの一撃でわかった」
時雨はそう言いながら夕立の回し蹴りを上に弾くと、夕立の腹に向けて蹴りを入れる。
「なら、真っ向から受けなければいいだけだ」
時雨は腹を抑えながら後ずさりする夕立の方角に主砲を構え、数発放つ。
時雨が放った砲撃は夕立の体に直撃し、夕立が後ろに吹き飛んでいく。
吹き飛ばされた夕立は体を翻し、水面に着水した。
(つ……強いっぽい……!)
艤装から軋むような音が聞こえてくる。
口元から垂れてくる血を拭い、時雨の方を見ようとすると、視界いっぱいに拳が映る。
一瞬の動揺の後、顔面に激痛が走った。
体が大きくのけ反り、海面に叩きつけられる。
「ゲホッ……ゴホッ!!」
口の中が切れ、鼻から血が垂れてくる。
至る所から血が出ているため、匂いも味も全て血が支配している。
起き上がろうとする夕立の顔面に時雨は主砲を構えると、夕立の腹を踏んだ。
「これ以上に君達を傷つける気は無い、わかったらすぐにこの場を去ってくれないかな」
時雨が夕立の顔を睨みながら淡々と話す。
時雨は足で夕立の腹を踏んだまま、主砲を構えた。
射線の先には、下を向いたまま体を再生している叢雲が座っている。
(ここで夕立が倒れたら……叢雲が死んじゃうっぽい……)
時雨が主砲の上に手を置き、照準を確実に合わせた。
(そんなの……嫌っぽい!)
夕立がそう強く思った瞬間、全身に電流が走ったかのような感覚がした後、身体中から力が溢れてきた。
夕立は腹を抑えている時雨の足に肘鉄を食らわせ、怯んだ時雨の腹に突き刺すように前蹴りを放つ。
「ごふっ……!?」
時雨は咄嗟に腹の前に手を持ってきて防御をしたが、夕立の足はそれをものともせずに腹へと突き進んでくる。
夕立の蹴りは時雨の腹の中心を捉え、時雨は後ろに吹き飛ばされた。
「げほっ……まさかまだ抵抗するとはね……」
上がってくる胃酸を飲み込み、時雨がゆっくりと前を向く。
そこには目が真紅に染った夕立が立っていた。
(これは……前にもあった現象……?)
時雨は数ヶ月前のレ級と戦った任務を思い出す。
夕立はその時にも今と同じような状態になり、身体能力が格段に上昇していた。
「……やっぱり君は特別みたいだ、僕とは違う力を持っている」
時雨はそう言って主砲を構える。
それを見た夕立は一気に間合いを詰め、再び白兵戦に持ち込んだ。
夕立が後ろ回し蹴りを時雨に向かって放つと、時雨はそれを紙一重で回避する。
夕立の足が時雨の額を掠め、額から血が流れてくる。
(さっきより格段にスピードが上がってる……!?もしこれを食らったら……)
夕立は次々と時雨に向かって攻撃をする。
時雨はそれを先程と同じように流そうとするが、上手く流せない攻撃が増えてくる。
「今っぽい!!」
攻撃が流しきれず、一瞬隙が生まれた時雨の脇腹に回し蹴りを入れる。
時雨の体が横に吹き飛び、そこに夕立は追撃を仕掛けに突っ込んだ。
「ぐっ……!」
時雨は体勢を立て直し、突っ込んでくる夕立の顔面目掛けて正拳突きをする。
既のところでガードをした夕立は時雨の腕をそのまま掴み、背負い投げをした。
海面に倒れている時雨に近づき、夕立は顔をのぞき込む。
時雨はただ無表情で空を見つめているだけだった。
「はぁ……はぁ……これで━━━━━━」
夕立が警戒を解き、体から力を抜いた瞬間、時雨が主砲を夕立の顔に構える。
時雨の主砲から砲撃が放たれ、夕立はそれを間一髪で回避して時雨からすぐに距離をとった。
時雨はゆるりと立ち上がり、静かに夕立の方を睨んだ。
その目は完全に殺気が支配しており、もう前の時雨とは全く違う表情になっていた。
「もうっ……もうやめるっぽい!時雨!」
夕立が時雨に向かって叫ぶ。
それを聞いた時雨は表情は変えずに口を開いた。
「叢雲の体は確実に深海棲艦に近づいてる、それでも生かすのかい?」
時雨がそう言うと、夕立は叢雲の方へと目をやった。
目線の先には、回復を終えてただ呆然と夕立の顔を見つめている叢雲がいる。
体は半分以上白くなってきており、目の色も段々と薄暗くなってきている。
もう完全に見た目は深海棲艦に近づいており、夕立は一瞬目を逸らしたが、脳裏に少し前の叢雲の顔が浮かんだ。
『あたしが戦っている理由?』
『仲間を守るためよ』
夕立に向かって堂々と言い放った時のあの表情が思い浮かび、もう一度叢雲の方を見た。
(さっき……村雨を時雨の攻撃から庇って、叢雲がダメージを受けてたっぽい)
「まだ叢雲には自我が残ってるはずっぽい!明石さんや夕張さんに見てもらえば……」
「でも、ここでまた連れ戻したらいつ僕らに牙を剥くか分からないよ」
夕立がそこまで言うと、時雨は遮るように言葉を発した。
夕立はそれを聞いて一度食い下がるも、また大きく口を開けた。
「でも!叢雲は仲間っぽい!」
「確かに仲間だった、でも今は敵になりかけてる……なら、ここで始末するのがいちばん良いと思うんだ」
「どうしてそこまで……まだ手が無いわけじゃないっぽい!」
「僕の周りを取り巻く危険分子は、確実に排除しなくちゃいけないからね」
夕立が必死に訴えかけても、時雨は淡々と返答してくる。
「時雨の気持ちも分かるっぽい!でも━━━━━━━━━━━━━━━」
「……分かる?」
夕立がそこまで言った瞬間時雨がそう呟くと、辺りの雰囲気が急変する。
時雨はピタッとその場に止まり、眉を震わせながら夕立を強く睨んだ。
「分かるだって……?君に僕の気持ちがわかる……?」
強烈な殺気が時雨の方から感じ取れる。
時雨は拳を震わせながら、小さく言葉を続けている。
「時雨……?」
急に雰囲気が変わった時雨に夕立が声をかけるが、時雨は全く聞いていない様子だった。
時雨体の震えはどんどんと強くなっていき、限界に達した時、時雨は大きく口を開けた。
「何も━━━━━━━━━━━━━」
「何も失ったことの無い君が!僕の何を理解できるんだ!?」
聞いたことも無い声で時雨が叫ぶ。
時雨の声は電流のように辺りを流れ、夕立の身体を震わせた。
「何も失ったことの無い、自分のことだけを考えて生きてきた君に……僕の何が理解出来る!?」
時雨の振り絞るような声が、夜を裂いて夕立に向かって叫び続ける。
時雨が言っていることを理解出来ていない夕立は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
そんな夕立を無視して時雨は叫び続ける。
「何度も何度も……何度も何度も何度も大切な人を目の前で殺されて!その度に地獄にまた帰ってくるんだ!」
「何度やり直しても、強くなっても、どうやっても手が届かない!なら、周りの危険を取り除くしか方法がない!だから叢雲も殺すんだ!」
時雨はひとしきり叫んだ後、息を荒らげながら夕立を睨み続ける。
夕立が全く理解できていないような表情をしているのを見て、時雨は唾を飲み込んでため息を吐いた。
「もういい……もう僕の記憶がここまで戻ったなら、すぐに時は来る」
時雨は何処か諦めたかのような表情になり、足以外の艤装を全て解除して目を閉じた。
「もう……やめよう、時雨?」
それを見た夕立は恐る恐る時雨の方に近づき、手を伸ばした。
夕立が時雨の近くまで来た時、夕立は周囲の異変に気づく。
静電気のようなものが感じ取れ、どことなく不穏な空気が辺りを支配している。
「うん……もう、これで終わりにしよう」
「……っ!?」
夕立が危険を察知し、戦闘態勢に入った瞬間、時雨がゆっくりと目を開く。
その目にはもう光は無く、体は全く動いていない。
(あぁ……やっぱりこうなるんだ、もう抑えられない)
時雨の体を中心に、回るように風がゆっくりと流れる。
(……もう、「今回」で終わらせよう……こんな悪夢みたいな世界は懲り懲りだ)
時雨の目尻から涙が1粒落ちる。
(今度こそ、僕が守ってみせるよ━━━━━━━━━━━━━姉さん)
瞬間、時雨の周りに電流が走り、辺りが光に包まれる。
辺りには強い風が吹き、夕立は咄嗟に後ろへと距離をとった。
「な……何が起こってるっぽい……!?」
夕立は理解が追いつかず、光に包まれる時雨の体を見つめている。
村雨は叢雲を抱き抱え、守りながら時雨の方を見ていた。
(この光って……!)
「夕立!!もっと離れて!!」
村雨は目の前で起こっている出来事を完全に理解し、夕立にそう叫んだ後、目を瞑って叢雲を抱きしめる力を強める。
光がどんどんと強くなり、抑えられていたものが一気に解放されるかのように、辺りに強い衝撃波が放たれた。
光がゆっくりと収まっていき、時雨の体がくっきりと見えるようになってくる。
体の周りには電流が走っており、青く澱んだ双眼が光っている。
夕立はその光景を呆然と見つめていた。
「……もう、これで終わりにしよう」
時雨はそう呟くと、夕立を睨みつけた。
━━━━同時刻
メガネをかけた黒髪の女性、須藤礼花が夜の街を走り抜ける。
「はぁっ……はぁっ……」
手に巻いてある機械には様々な情報が映し出されており、それに定期的に目を通しながら走る。
(想定してなかった……!まさかここまで進行しているだなんて……!)
機械には誰かの艤装が映し出されており、その上に大きくエラーの表記が出ている。
徐々に寝静まっていく街の中を礼花は疾走する。
商店街を抜け、海沿いの道を走り抜けて、鎮守府の前を通ろうとする。
そこでもう一度手についている機械に目を落とした瞬間、入口前で誰かと衝突した。
衝撃で倒れた礼花の目の前には茶髪の少女が倒れており、お互い起き上がりながら自分の顔を確認する。
鎮守府前の明かりに顔が照らされ、ぶつかった相手の顔が暗闇に映し出された。
ぶつかった相手は白露だった。
「ご、ごめん!大丈夫?よく前を見てなくて……」
白露は礼花に手を差し伸べると、心配そうな顔をする。
「……。」
礼花はしばらく白露の顔を見つめた後、白露の手を握った。
「……ごめんね、あたしも前を見てなかった」
礼花はそう言って起き上がると、白露に頭を下げてその場から去ろうとする。
「……待って!」
白露に後ろから手を掴まれる。
礼花は1度足を止め、ゆっくりと白露の方を向いた。
「……どうしたの?」
白露は一度礼花から目を逸らし、言うか言わないか迷うような素振りをしたあと、礼花にもう一度目を合わせて口を開いた。
「私たちどっかで会ったこと……ない?」
白露は礼花にそう恐る恐る聞くと、掴んでいた手を離す。
「どこか初対面じゃない気がして……」
それを聞いた礼花は一瞬顔を歪めたが、すぐに平常の顔に戻った。
「……初対面だね、人違いじゃないかな」
「そ、そっか……ごめんね」
「じゃあ、急いでるから」
礼花は白露にそう言うと、元々向かっていた方向へと走り出す。
その場に取り残された白露は、走り去る礼花の背中を見つめていた。
「……時雨?」
目の前の時雨の変化に夕立は戸惑いを隠せずにいた。
時雨の容姿は完全に変わっており、艤装の形も変形している。
「その姿は……一体━━━━━━━━」
夕立がそこまで言った瞬間、時雨が夕立の方へと急接近し、左手を大きく振りかぶった。
右頬に強い衝撃が走る。
夕立はそのまま吹き飛ばされ、海面に叩きつけられた。
殴られた箇所からは激痛が走っており、回復していた口の中が再び血の味で支配される。
━━ 先程までの時雨とは明らかに違う。
そう感じた夕立は再び戦闘態勢に入り、時雨の方へと急接近して得意の白兵戦に持ち込む。
夕立が渾身の回し蹴りを放つが、時雨はそれを流すことなくそのまま防御する。
防御した時雨の腕は鋼鉄のように固く、先程までのように押し切ることが出来なかった。
夕立は防御された足をすぐに引き、腹に目掛けて拳を入れるが、それも容易く防御され、時雨のカウンターが夕立の腹に突き刺さる。
更に一撃、もう一撃と追撃の蹴りを入れられ、怯んだところに顔面を拳で殴られる。
夕立は血を吐きながらその場に膝を着いたが、追撃の蹴りが来る前にすぐに体制を建て直し、地に付いている時雨の片足を蹴り払った。
(今っぽい!)
体制を崩した時雨の背後に回り込み、夕立は蹴りを入れるために足を上げる。
瞬間、時雨の背中についている主砲が片方動き出し、夕立の目の前に突き出される。
(なっ!艤装が変形してっ……!?)
時雨は片腕で展開された艤装をつかみ、そのまま夕立の顔目掛けて主砲を放つ。
だが、夕立はギリギリのところで回避をし、何とか直撃は免れた。
夕立はすぐさま時雨から距離を取る。
(明らかに強いっぽい……!)
今の一瞬の戦闘だけで息が上がってしまうほど、目の前の時雨からは威圧感を感じる。
(このままじゃ……押し切られるっぽい!)
圧倒的な戦闘力の差を目の当たりにし、夕立に焦りの感情が芽生え始める。
そんな夕立を他所に、時雨は再度夕立に急接近して主砲を伸ばす。
放たれた砲撃が髪を掠め、髪の先端が焦げる。
ギリギリで回避した夕立だったが、体勢を崩した隙に時雨は夕立の腰目掛けて回し蹴りを放ち、夕立は遂に海面に倒れる。
「ごほっ……ごほっ!」
全身を激痛が襲い、頬から流れる血が雫となって海面へと落ちていく。
水の上を歩く音が聞こえ、夕立の目の前まで時雨が歩いてくる。
「君ももしかしたら僕達の障害になるかもしれない……なら」
「君もここで始末するか」
時雨はそう言うと夕立の顔を蹴りあげ、夕立はそのまま海上に倒れる。
「夕立!!」
足にダメージを負い、ずっと夕立の戦いを見ていた村雨は、何とか立ち上がって時雨に主砲を構える。
「このっ……!」
村雨の主砲から砲撃が放たれるが、時雨はそれを難なく避けて村雨の方へと主砲を放った。
村雨はそれを回避しようとするが、足のダメージが原因で一瞬回避が遅れ、被弾してしまう。
黒煙が晴れると、服と艤装がボロボロになっている村雨が見えた。
村雨は完全に意識を失っており、海上に倒れている。
それを見た時雨はもう一度主砲を上げると、叢雲の方へと主砲を向けた。
「やめ……るっぽい……!」
夕立は顔の至る所から血を流しながら、よろよろと立ち上がり、時雨の体に掴みかかった。
「ぐっ……!しつこいね」
時雨はそれを何とか引き剥がし、叢雲の方へと夕立を投げる。
「……これでまとめて始末できる」
時雨は再び両方の腕で掴んでいる主砲を叢雲の方へと向けると、全身に力を込める。
夕立は食らうことを覚悟し、両手を広げて叢雲の盾になる。
━━━━━すると、叢雲が夕立の手を引き剥がして夕立の服を掴んだ。
「……ダ……め」
夕立の近くで叢雲の声が聞こえる。
叢雲は立ち上がって夕立を自分側に引っ張り、そのまま夕立を後ろへと投げ飛ばした。
一瞬叢雲と目が合い、夕立は驚きの表情になる。
後ろへと飛ばされながらも一瞬合った叢雲の目は、深海棲艦になる前の真っ直ぐな叢雲の瞳だった。
叢雲は前を向くと、両手を広げる。
「叢雲!?」
夕立が叢雲の名を叫んだ瞬間、時雨から砲撃が放たれ、夕立の目の前が爆発する。
爆発の音はとても大きく、黒煙の中から何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。
時雨と夕立の間に昇る黒煙が徐々に晴れていき、目の前がゆっくりと見えやすくなってくる。
瞬間、夕立の目に映ったのは━━━━
━━━━━大破状態になった叢雲だった。
片腕は完全に吹き飛び、体の再生が全く間に合っていない。
体は既に半分が海に沈んでおり、辛うじて浮力が残っているだけだった。
目からは光が消えており、見ている間にも少しずつ体が海に沈んでいっている。
夕立は目の前の光景を理解するのに時間がかかり、しばらくの間固まる。
徐々に脳が状況を理解し、辺りが鮮明に見え始める。
受け入れたくない現実と、非情にも叩きつけられる光景に感情が不安定になっていき、呼吸が荒くなっていく。
瞬間、夕立の心臓が大きく鼓動する。
体の奥底から湧き上がってくる禍々しい力が心臓を経由し、全身へと行き渡る感覚がする。
夕立の周りに赤黒いオーラが集まり、周囲が重苦しい雰囲気で支配された。
「あっ……ああっ……あぁぁぁ……」
夕立は頭を抱えながら慟哭し、溢れ出る力に身を任せた。
(……遂に現れたか)
目の前の夕立の変化を見ていた時雨は、険しい表情になる。
何度も自分が目にしてきた光景、夕立の暴走が起ころうとしている。
(ここで暴走されると厄介だ……何とか止めないと)
暴走した夕立の危険性をここにいる誰よりも知っている時雨は、何とか止めようと主砲を夕立に放った。
砲撃は夕立に直撃し、爆発音が辺りに響き渡る。
黒煙が上がり、時雨は主砲を構えたまま黒煙の中を睨み続ける。
その時、黒煙の中で何かが蠢くのが見えた。
「やっぱり、簡単には行かないよね」
瞬間、黒い光柱が黒煙の中から空高く上がった。
黒煙が強風によって吹き飛び、中から赤黒いオーラを身にまとった夕立が現れた。
「ヴォァァァァァアァァァァァ!!!!」
夕立の咆哮が辺りに響き渡る。
声にはもう元の夕立の面影は残っておらず、ただ獣のような咆哮を上げ続ける。
夕立の艤装も時雨と同様変形しており、姿もかなり変化していた。
クリーム色だった髪の毛の先端は赤く染まり、獣の耳のようなものが出来ている。
「……君のその状態は厄介だ、すぐに勝負を終わらせないといけない」
時雨はそう言うと、背中の主砲を両方とも夕立に向け、連続で放つ。
夕立は咆哮を上げた後、放たれた砲弾に突っ込み、素手で砲弾を破壊しながら時雨に近づいていった。
予想外の動きを見せた夕立に時雨が一瞬戸惑った隙を狙い、夕立は時雨の腹に突き刺すように腕を伸ばす。
それを既のところで防御した時雨だったが、そのまま夕立に腕を掴まれる。
夕立はそのまま腕を強く握り締め、時雨の腕の骨から鈍い音が鳴る。
「ぐっ……!!」
時雨は背中の主砲を夕立の頭の前に伸ばし、それを片手で掴んだ。
「ここまで至近距離なら、無傷じゃ済まないよね」
時雨はそのまま夕立に主砲を連続で放ち、手を引き剥がしてその場から距離をとる。
夕立の桁外れなパワーで掴まれていた時雨の左腕は力なく垂れており、掴まれていた部分が青く変色している。
徐々に煙が晴れていき、爆煙の中から夕立の姿が見えるようになる。
時雨の至近距離射撃によって夕立は全身に怪我を負っていたが、目に見える程のスピードで体が再生していく。
「……再生能力は僕よりも上みたいだね」
時雨はそう言うと左腕の再生を開始し、折られていない右腕で主砲を構えて放つ。
だが、ギリギリのところで夕立は再生を終え、砲撃を紙一重で避けて時雨の方へと突っ込んでいく。
夕立は連続で時雨に攻撃するが、時雨はそれを何とか回避し続ける。
「今だっ!」
時雨は夕立の回し蹴りを避け、隙だらけの背中に後ろ回し蹴りを食らわせる。
夕立の体勢が不安定になった瞬間、時雨は主砲を夕立に向けて数発放った。
砲撃は全て夕立に直撃し、夕立は血を吐きながら海上に膝を着くが、すぐさま立ち上がって時雨の顔面に強烈なブローを食らわせる。
時雨は殴られた方向に吹き飛び、海面に叩きつけられる。
「げほっ……!ごほっ……!」
血を吐きながら何とか立ち上がった時雨だったが、夕立が追い討ちの回し蹴りを時雨の顔目掛けて放つ。
「ぐっ……!!」
時雨はそれを右腕で防御し、左腕で夕立の足に向けて主砲を放った。
時雨はそのまま夕立の背中に前蹴りを入れ、海中に倒れた夕立へとかかと落としを入れる。
「これで……終わりだよ!」
時雨は倒れている夕立にそう言い放つと、両手で主砲を構えた。
「ッ……!」
時雨が砲撃を放とうとした瞬間、夕立が急に立ち上がり、時雨の顎にアッパーを食らわせた。
時雨はそのまま海上に膝を着き、口から血を吐き出す。
「こ……の……!」
時雨が夕立を見上げると、夕立は空を見上げながら立ち尽くしている。
瞬間、夕立の体が元の姿に戻り、時雨の横に倒れた。
体の再生は起こっておらず、夕立の血が辺りの水を真っ赤に染めていく。
静かな海上にたった一人残された時雨は、夕立を見つめながらよろよろと立ち上がり、再び主砲を構える。
しかし、強烈な吐き気と目眩に襲われて照準がズレる。
「ぐっ……!」
なんとか目眩に抗いながら照準を夕立に合わせ、腕に力を入れた。
「これで……!」
━━━━━━━その瞬間、時雨の背中に誰かの手が触れる。
背中に手が触れた瞬間、全身から一気に力が抜け、時雨の艤装は全て解除される。
「……ごめんね」
後ろから小さく声が聞こえる。
時雨の意識はその声を最後に完全に途絶え、海上にそのまま崩れ落ちた。
お待たせしました、Part23の後編です。
前後編に分けて投稿したのに、2万字近くの話になってしまうという……それほど今回の話は私が楽しみにしていた話ということです。
この時雨と夕立の戦いを書くために、この1年間生活してきました。
暇な時はとにかくここの展開を考えて、ボツになった展開は数しれず……ようやくたどり着いた展開が今回の話です。
今回のPart23、いかがだったでしょうか。
もし宜しければ、感想等頂けるととても嬉しいです。
これから先も全力で書きますので、よろしくお願いします。