「……!!」
目を覚ました夕立は、見慣れない天井を見つめていた。目が慣れず、少しの間布団を見つめて元に戻るまで待つ。
「あっ、目が覚めた」
それを見た明石がベットの近くにある椅子に座り、夕立の健康状態を紙に書き始める。
「ここって……」
夕立が辺りを見渡しながら明石に尋ねる。
「医務室だよ、入渠させた後にここに連れてきたの」
ここは医務室、艦娘の治療や医療のデータなどの保存に使われている。
普段ここを見ているのは明石で、艤装の修理だけではなく医療の知識も豊富なため、皆から頼りにされている。
「あ、ありがとうっぽい」
夕立は明石に、運んでくれたお礼を言う。
「いえいえ、それにしてもびっくりだよ……まさか演習であそこまでボコボコにされるなんてねー」
明石が記入を再開する。医務室の中はペンの音だけが鳴り、2人以外誰もいない静かな空間になっている。
(……。)
(そっか……夕立、負けたんだった)
ここで夕立は、自分の敗北を思い出す。
あの圧倒的な絶望感、力の差、体の痛み、全てを思い出した。
「強かったっぽい……」
夕立がぽつりと呟くと、明石が記入を終えて、話しかけてくる。
「あれは異常だね……本来艤装テストってお互い初心者だから、ほとんど弾が当たらないはずなのよね。元々艤装がフィットするかしないかを確認するテストだし、夕立ちゃんほどの怪我人は初めてかな?」
「……時雨は、なんであんなに強いの?」
「わからないなぁ、彼女も初戦闘だと思うし。「天才」だった、としか言いようがないかな?」
天才、その言葉が1番夕立の頭を納得させた。
時雨は初戦で艤装を使いこなしていて、夕立は手も足も出なかった。
本当に初戦闘なのか疑いたいくらいに強かった。
「まぁ、負けに関してはあまり気にしない方がいいよ!別に夕立ちゃんが弱いわけじゃないから」
「うん……」
明石がフォローをしたが、夕立は悔しそうな顔をしたままだった。
「夕立ちゃん?」
「明石さん……夕立、強くなるっぽい。時雨に勝てるように……リベンジできるように!」
布団を握りしめ、明石の前で夕立は固く誓った。
絶対にあの「天才」を、努力で超えてみせると心に強く刻んだ。
「そっか、そう思えるなら、夕立ちゃんは強くなれるよ!」
明石が夕立の両手を握りしめ、笑顔で答える。
「でも、まずは休んでね?今激しい運動したら倒れるから」
そう言って明石は両手を離し、夕立を横にする。
「うう……わかったっぽい」
まだ少し体がだるい夕立は、明石にされるがまま、横になった。
明石曰く、入渠をした後は体が弱く、力があまり入らないらしい。
夕立を横にした後、部屋の隅のロッカーに向かおうとした明石が
「あ、そういえば」
と言って、何かを思い出したかのように手を叩き、医務室の棚の方向に進路を変えた。
「夕立ちゃん、艦隊について聞いた?」
「聞いてないっぽい」
「じゃあ、後で連絡が来るかもね」
明石がファイルを取り出しながら答える。
夕立は、明石の言葉の中に聞き慣れない言葉があったので、それについて質問する。
「明石さん、艦隊ってなーに?」
「あー……そっか、知らないよねぇ……」
明石がファイルから1枚の紙を取り出して机に置いた後、ロッカーに向かい、着替えを始める。
今まで着ていた白衣を脱ぎ、初めて工房であった時の服装になる。
医務室では白衣、工房では制服を着ているらしい。制服に着替えているということは、これから工房に向かうということだ。
「艦隊っていうのは、わかりやすく言えば「チーム」かな。旗艦1人、随伴艦5人で1艦隊になるの」
そう言って、明石は夕立に先程取りだした1枚の紙を見せる。
その紙には鎮守府の第一艦隊、第二艦隊の編成、艦隊について、など様々な事が記録されていた。
「ふーん……」
「多分、夕立ちゃんにも通知が来ると思うよ? 誰と艦隊を組むことになるか、旗艦は誰か、とか色々ね。まぁそれは後々分かるから、覚えておいてね?」
「わかったっぽい!」
夕立が元気に返事をする。
「うん!じゃあゆっくり休んでね」
明石はそう言って医務室から出ていった。
誰もいなくなった医務室に再び静寂が訪れる。
「……。」
(次は……勝つっぽい!)
そう決意した後、夕立は眠りについた。
夕立が医務室で眠っている頃、執務室では、金剛と提督、五月雨ともう1人、メガネをかけた艦娘が話し合いをしていた。
「提督、夕立さん、時雨さんの能力値はどうでしたか?」
彼女の名前は大淀、大本営と鎮守府を繋ぐパイプであり、鎮守府の書物の管理、艦隊指揮の補佐等を任されている。
明石と大淀は鎮守府内では重鎮であり、新しく入った艦娘の情報や、大本営からの情報などはまず彼女らに伝えなくてはならない。
でないと鎮守府が回らなくなってしまうからだ。
今回は、夕立の潜在能力について、これからの夕立と時雨の運用についてを会議をするために執務室に来ている。
少し重い空気の中、提督が大淀の質問に答える。
「夕立、駆逐艦の中では並レベルの能力であり、特に変わったところは見られなかった……暴走の原因も分からず、これからは要観察、だな……」
「なるほど……では、時雨さんはどうでしたか?」
「時雨は初戦闘とは思えないほどの異常な戦闘センスだった。身のこなし、判断力が高く、今まで見てきた駆逐艦の中でもずば抜けて強い、夕立は何も出来ずに負けていたな」
「元の生まれは一緒なんですよね?」
大淀が提督を見つめる。
大淀と明石には、事前に夕立と時雨の事を話していた。
「あぁ、2人とも赤子の頃から艦娘の力を有していたと考えられている、育った環境は全然違うがな」
「夕立さんが持つ潜在能力、時雨さんの異常な戦闘センス、両方ともしばらく観察してみるしかなさそうですね」
「あぁ、そうだな」
「Hey、提督ー」
金剛が口を開く。
「どうした?金剛」
「夕立のpowerがどれほどの物かまだ分からないんデショ? そこはどうするんデスカ?」
「そこなんだよな……俺も夕立が暴走をしているところを見たことがないからな……艦隊運用するなら、ある程度安心できるやつに旗艦を任せないといけないな」
「誰に任せるんデスカ?」
金剛の言葉で、提督は艦娘のリストを見始めた。
「戦艦や重巡と組ませるには夕立自身が練度不足すぎる。水雷戦隊に導入するとしたら、軽巡だよな……」
「それでいて暴走が起こった時に対処ができる艦娘でないといけませんね」
「なら、私に任せてよ」
大淀の言葉の後に、ドアの方から声が聞こえる。
白いマフラーをつけた艦娘が、提督の方に歩いてくる。
彼女の名前は川内、鎮守府の見張り役、遠征の旗艦役を務めている。
「遠征の結果を置きに来たの、それで面白そうな会話が聞こえたからさ」
「はぁ……ドアはノックしろとあれほど言っただろう」
「ごめんごめん、で、私じゃダメ?」
「うーむ……」
提督が唸りながら悩み込む。
「いいのではないでしょうか?」
……と、大淀が口を開く
「川内さんは我が鎮守府の軽巡の中ではトップクラスの実力です。周りもよく見ていて、旗艦に向いていると思うのですが」
「照れちゃうなー!」
「うーむ……そうだな、川内、夕立と時雨をお前に任せても大丈夫か?」
「問題ないよ!最近目立った任務がなくて暇だったからさ!」
川内が笑顔で返事をする。
「ただ、暫くは遠征中心だぞ?夕立は艦娘の学校にも行かなければならないからな」
「えぇー……分かった……」
川内が肩を落とす。
結局この会議では夕立、時雨の所属艦隊、これからの観察方針が決定した。
数日後
学校のチャイムが鳴り、夕立は帰り支度を始めた。
学校が始まり、他の艦娘たちと共に基礎的な知識、戦術、装備知識などの、様々な授業を受けた。
親に育児を完全に放棄され、学校にも行けなかった夕立にとっては何もかもが新鮮であり、特に給食の時間は至福の時だった。
自分に恐ろしい力が宿っていると親が知ってから食べ物も与えてもらえなかった夕立は、自分で食べ物を集めるしかなかったため、「作ってもらえる」嬉しさと給食の美味しさから、1番お気に入りの時間になった。
今日も授業を全て終え、寮に帰ろうとしていた。
「じゃあねー!夕立ちゃん!」
「バイバイっぽい!」
吹雪型の1番艦、吹雪が元気よく手を振っている。
それに夕立は軽く手を振って答える。
最初は不安だったが、友達は増えた。
まだ自分の過去や、中にある恐ろしい力については話していないが、心を開ける人もできた。
「帰ろーっと」
夕立も席から立ち上がり、教室から出る。
艦娘学校を出ると少しだけ海沿いの道があり、横には砂浜が見える。
鎮守府の中までその道が続き、入って2分くらいで着く距離に駆逐艦寮がある。
夕立は潮風を肌で感じながら、1人でその道を歩いていた。
「明日はテストがあるから、復習しないと分からなくなっちゃうっぽい」
独り言を呟きながら歩いていると、砂浜に人影が見えた。
(……?誰かいるっぽい)
気になった夕立は砂浜に続く階段を降りた。
見覚えのある横顔が見えた。
夕立と同じ制服、黒髪を前に三つ編みにしている艦娘。夕日が沈む海を眺めながら、少しだけ寂しそうな顔をしている。
「あれって……」
そこには時雨が立っていた。