「姉さんをここで再起不能にして、海に出れなくすればいい」
時雨はそう呟くと、不気味に微笑んだ。
白露は妹の異変に気づき、一歩下がって様子を伺う。
「……何言ってんの?」
「姉さんがどんな人かは僕が1番知ってる、僕がもう戦わないでって頼んでも止まらないことも知ってる」
時雨は自らの主砲を手に取り、白露の方へ向けた。
「だからここで、海に出れない理由を作ればいい」
時雨はそう言うと、白露に向けて主砲を放った。
白露がそれを紙一重で回避すると、時雨は畳み掛けるように追撃を食らわせる。
「っ……!時雨!止めて!」
白露が必死に懇願するが、時雨は聞く耳を持たない状態だった。
砲撃の音が砂浜に鳴り響き、砂埃が視界を包んだ。
(ここでこんなことが起きたら、絶対に鎮守府に報告が行っちゃう……!)
白露はすぐさま砂埃から抜け出し、距離を取るために海の方へと飛んでいく。
時雨はそれを追うように何度も砲撃を繰り返す。
(今の時雨は精神的に良くない状態……なのは分かってたけど、ここまでとは……)
白露は攻撃を避けながらも、時雨の表情を見る。
時雨の顔は何処か焦っているような、追い詰められているような表情をしていた。
(……理由は分からないけど、私を海に出れないようにすることが目的なのかな)
白露は未だ艤装を展開することなく、時雨の様子を伺っていた。
「艤装を展開しないのかい?抵抗をしないなら僕は楽なんだけど、そういう訳じゃないよね」
時雨は砲撃をしながら、大きな声で白露に問いかける。
「……艤装を使わないでも、僕を倒せるってまだ思ってるの?」
時雨は苛立ちの感情が読み取れる声でそう言うと、一気に距離を詰めて肉弾戦に持ち込む。
(ぐっ……!!重いっ……!)
時雨の艤装の力が乗った一撃は重く、艤装無しの白露は流すのが精一杯だった。
白露は何とか攻撃を流しきったが、腕の骨はボロボロになっていた。
尚も白露は艤装を展開せず、時雨の目を真っ直ぐ見つめる。
「時雨、もうやめて!これ以上問題起こしたら……あんた……!」
「……。」
白露が必死に懇願するが、時雨は艤装を解除することもなく、攻撃を続けてくる。
何を言っても、今の時雨には届いていない。
空っぽな言葉を投げかけているような、そんな感情が白露を襲う。
白露はそんな時雨を見て悲壮な顔を浮かべると、息を吐いて脱力する。
「……覚悟は変わらないみたいね」
「なら、久しぶりに姉妹喧嘩しよっか」
辺りに衝撃波が飛んだ。
白露は艤装展開の勢いのまま改二兵装を展開し、時雨を睨みつける。
白露が改二になった瞬間、辺りの空気が一変し、張り詰めたような緊張感が時雨の全身を襲った。
「……ついに出てきたね」
時雨は額から流れる汗を拭い、白露の動向を伺う。
白露は目にも止まらぬスピードで時雨に急接近すると、懐に潜り込んだ。
「っ……!?」
白露の一撃は腹の中心を捉え、時雨は大きく沖の方へと飛ばされた。
あまりの勢いに上手く着水することが出来ず、体が海面に叩きつけられる。
時雨は血を吐きながら立ち上がると、白露の方を向いた。
「やっぱり……強いね、流石は姉さんだ」
時雨はすぐに立ち上がり、肉弾戦に持ち込む。
先程まで流されていた攻撃が、艤装の力によって返されることが増え、ほぼ互角の肉弾戦になっていた。
時雨が放った一撃は白露に掴まれ、さらに遠くへ投げ飛ばされる。
投げ飛ばされた瞬間、大きな水柱が何度も何度も周りで上がった。
(……っ!陽動!)
水柱の中から白露が飛び出してくる。
時雨はそれを回避し、飛んでその場から離れる。
艤装を展開した途端に形成が逆転し、押し負けることが増えてきた。
(やっぱり……強い、このままじゃ負ける……!!)
時雨は自らの手を握ると、白露へ向けて主砲を放つ。
白露の周りに水柱が立ち上がり、白露の視界が妨害される。
その隙ができた一瞬、時雨は瞬時に白露との距離を埋め、重い一撃を背中に食らわせた。
しかし、白露は攻撃を喰らいながらも体制を建て直し、体を回転させて回し蹴りを食らわせる。
「ぐっ……!」
白露はそのまま体を大きく捻ると、もう1段回し蹴りを食らわせ、時雨を大きく吹きとばした。
時雨はすぐに体勢を立て直し、主砲を何度も放つが、白露はそれを軽々しく避けながら距離を詰め、突き刺すように前蹴りを食らわせる。
「がっ……!!?」
時雨は血を吐きながらその場に倒れ込む。
その一瞬、白露の攻撃の手が止んだ。
時雨はその一瞬を突き、アッパーを繰り出すが、寸前で止められて投げられる。
圧倒的力量差が眼前に出され、時雨は海面を見つめた。
(な……なんで……僕は完全に体を取り戻してるはず……なのになんで姉さんに勝てないんだ……)
時雨はよろよろと立ち上がると、白露の方を睨んだ。
瞬間、大きな頭痛が体を襲ってきた。
体が大きな鼓動と共に重くなり、時雨はその場に膝に手をつく。
『……め……!何……してるんだ!』
頭の中から声が響く。
悲壮感を纏った声は何度も脳内で反響し、ハッキリと時雨に届く。
『姉さんを傷つけるな……!!!』
(くっ……!目覚めたか……!)
時雨は声を押さえ込もうと力を入れ、頭を抱えてその場に倒れ込んだ。
「時雨っ……!」
白露は直ぐに時雨に駆け寄ると、背中に手を当てて様子を伺った。
時雨の脳内に響く声は徐々に小さくなっていき、現実の世界にゆっくりと意識が戻っていく。
完全に意識が戻った瞬間、時雨は白露の手を払い除け、再び立ち上がった。
白露は距離を取りながらも、いつでも近づけるように姿勢を整える。
そんな白露を睨み、息を荒らげながら時雨は大きく息を吸った。
「……いい加減……倒れてよ!!」
聞いたことも無いような大きな声が、白露の耳を叩いた。
時雨の悲痛な叫びが、二人しかいない海岸へと響く。
「時雨……」
白露は主砲を下ろし、時雨をただ見つめる。
先程までの殺気立った時雨とは一変し、目の前にいるのはただの少女だった。
「もう……時間が無いのに……!」
時雨がそう呟くと、白露はゆっくりと時雨の方へと向かう。
「時雨……私は……」
白露はそこで言葉に詰まる。
今の白露にとって、目の前の不安定な時雨を救うことが最優先であり、意識は全て時雨の方へと割かれていた。
━━━━━━━故に、時雨の後ろに潜む気配に気づけなかった。
微かな音の後、大きな影が時雨の後ろに立つ。
それは戦艦タ級だった。
姿を確認した白露は血相を変え、直ぐに時雨に近づいて服を引っ張り、魚雷を放つ。
しかし、引っ張った勢いで白露は前に飛び出し、主砲の目の前に体が立つ。
瞬間、主砲が放たれた。
至近距離で放たれた主砲は白露に直撃し、大きな爆発が白露を襲う。
瞬間、タ級の体も爆発し、海の中へと沈んでいった。
白露は大きく後ろに飛ばされ、力なく海面に叩きつけられる。
艤装は徐々に崩壊を始め、ゆっくりと体が海の中へと沈んでいく。
「あ……あぁ……!」
時雨はすぐに白露を引き上げ、強く抱きしめる。
まだ息はある。
しかし、重症を負った自らの姉を見て、時雨は冷静にはいられなかった。
時雨が倒れた白露を抱えて立ち上がると、周りに大きな塊が何個も浮いているのが見えた。
それは深海棲艦だった。
(戦闘中に何度も巻き上がっていた水柱……)
時雨はその瞬間、戦闘中の白露を思い出す。
自らが問題を起こしたと悟られないように沖に移動し、音で寄ってくる深海棲艦を倒しながら戦っていたのだ。
自らの姉の考えが全て伝わり、時雨は頭がそれ以上回らなくなる。
そこまで考えた後、時雨の意識はそこで途切れた。
時雨が目を開けると、そこは暗い世界だった。
体の中を水が抜けていく感覚、上から押し寄せてくる圧力。
時雨は現在地が水の中だと悟った。
「ここは……?」
時雨は海面に向けて泳ぎ出す。
すると、暫く泳いだ先に光が見えた。
その光の中に何かが薄らと見え、時雨は泳ぐ力を強める。
すると、目の前に映ったのは自らの姉と、誰かが争っている様子だった。
「やめろ!何をしてるんだ……!」
時雨は懸命に声を出し、視界の主に止めるように声を出す。
「姉さんを傷つけるなっ……!!!」
時雨はその景色に向かってどんどん泳いでいく。
しかし、目の前についたところで光が弱まり、時雨はさらに強い水圧に押し返される。
それでも何とか抗い、弱くなっていく光に手を伸ばした瞬間━━━━━━━━━━
━━━━━時雨は目を覚ました。
懸命に伸ばしていた手は上に上がっており、時雨は鎮守府のベッドに横たわっていた。
時雨が当たりを見回すと、そこには人が1人立っていた。
ぼやけた視界が徐々に鮮明になり、目の前に映ったのは黒髪でメガネをかけた女性だった。
「お、目覚めた!おはよう時雨ちゃん、あたしが誰だかわかるかな?」
女性は嬉しそうな声で時雨の名前を呼ぶと、体の至る所を触りだす。
「さてさて……今の君はどっちかな?」
時雨は女性が発している言葉が理解出来ず、首を傾げる。
女性はその様子を見ると「こっちか……」と呟き、時雨の横に座った。
「確認しようか、今自分がどうなってるのか分かる?ここがどこだとか、何があってこんな所にいるのか……とか」
(ここは……鎮守府、医務室のベッドの上……だよね……なんで僕はここにいるんだろ……)
そこまで考えた瞬間、ある一瞬のシーンがフラッシュバックした。
「━━━━━━━━━っ!姉さんは……姉さんはどうなったの!?」
時雨は慌てて飛び起きると、辺りを見渡して自らの姉を探す。
時雨の頭の中に浮かんだ最後の姉の姿は、誰かと戦闘し、傷ついている姿だった。
「安心して、お姉ちゃんの傷はもう治ってるよ。昨日の今日だからまだ起きては無いけど」
女性はそう言って指で後ろを指す、そこには入渠者欄が並んでおり、そこに白露の名前があった。
時雨はそれを聞いて少し安心すると、率直な疑問を女性にぶつけた。
「君は……誰なんだい?」
「ん?あぁ、そうだった……「君」にはまだ自己紹介してなかったね」
「アタシは須藤礼花、今は訳あってこの鎮守府で働かせてもらってる元艦娘だよ」
そう言うと、礼花は手元の機械を動かしてプリンターに接続する。
ある程度機械を動かした後、礼花は時雨の方を向いて深くため息を吐いた。
「どこから話せばいいんだろうね……」
礼花はプリンターで1枚の資料を印刷すると、時雨の目を見た。
「単刀直入に聞こう、君はもう一人の自分を感じたことは無い?」
「……?」
時雨はその質問を聞き一瞬戸惑ったが、その言葉を十分に咀嚼し、自らの感覚を呼び起こした。
(そういえば……最近、自分の意思で動いているか分からなくなる時がある)
ここ半年近くの自らを顧みると不思議な感覚を感じることが多かった。
「最近……自分が自分の意思で動いているか分からないんだ……」
時雨がそう切り出すと、礼花は優しい顔で頷いた。
「今回だって、浜辺にいたはずなのに気づいたらここにいるんだ……」
時雨は礼花を心配そうに見つめる。
「僕の体は……どうなってるんだい?」
礼花はそれを聞くと、自らの手にある資料を時雨に手渡した。
「これは……?」
「これは君の艤装がいつ稼働してるかを表してるデータだよ」
「この資料のまま読み取ると……つい数時間前まで動いてたってことだよね」
「そういうこと、もう多分言っちゃった方が早いかな……」
礼花は深く息を吐くと、意を決した様な表情をして時雨の目をまっすぐ見た。
「君の中……詳しく言うと、君の艤装の中に……もう一つの人格があるかもしれないんだ」
「……!」
時雨はそれを聞いた瞬間、納得と困惑が同時に襲いかかってきた。
様々な情景がその言葉によって補完され、全ての辻褄が合ってしまう。
しかし、それと同時にそれが起こり得るのかという困惑も浮かんでくる。
「そんなこと……ありえるの?」
「うん、少なくとも……「今の君」がその反応をしている時点で、ほぼ立証されたようなものかな」
礼花はそう言うと、時雨の手を握った。
その瞬間、時雨の頭の中にとある光景が浮かんでくる。
それはドア越しに礼花と自分が話している記憶だった。
「あんまり渡しすぎると記憶の混濁が起きておかしくなっちゃうから、これだけね」
「……あれ、僕達は……1度……ここ……で?」
「うん、会ってるよ。「こっちの君」では無いけどね」
時雨はその記憶を見て、礼花の話は本当だと実感し、話を聞く姿勢に入った。
「最初は君の艤装は生まれ変わりによって受け継がれたものだと考えてた、けどここ最近の分析でこの結論に至ったんだ」
「じゃあ……今僕がこうやってはっきりと意識があるのはなんでなの?」
「今の君は艤装を私の力で止められてる、恐らくもう片方の君の精神が大きく揺らいだから軽い編集ならできるようになったんだろうね」
「精神が大きく……?」
「……今の君にこんなことを伝えるのは、酷かもしれないんだけど……」
「白露ちゃんを襲って、攻撃を行っていたのは……君自身なんだよ、時雨ちゃん」
「……………………え?」
時雨の心にその言葉が重くのしかかる。
(僕が……姉さんを……?)
にわかには信じられない事実を伝えられ、身体中に汗が流れ出す。
「落ち着いて、今白露ちゃんは回復してるし、君が聞かなければならない話はここから先の話だよ」
震えだした時雨を見て、礼花は落ち着くように促すと、時雨の手を再び握った。
早まっていた呼吸がゆっくりと収まり、時雨は再び話を聞く姿勢になる。
それを見て安心した礼花は、また口を開いた。
「君のことは、かなり前から調べさせてもらってた。丁度夕立ちゃんに似たような状況の艦娘を探してたからね」
礼花はそう言うと、印刷した資料を時雨に差し出した。
「この資料は、君についてあたしが独自に研究したまとめのデータだよ」
礼花から手渡された資料には自らの出生や出撃データ、艤装についてのデータが細かく記載されていた。
「ある程度読んで何か質問があったら、なんでも聞いて」
時雨がそれを読み進めていくと、とある所で目が止まる。
「生まれ……変わり……」
先程も礼花が口にしていた言葉だったが、時雨には未だに実感の無い言葉だった。
「君は13年前に轟沈した「駆逐艦時雨」の生まれ変わった存在なんだ。本来艦娘っていうのは妖精が用意した魂を艤装に埋め込んで、それを人体、又は妖精が作り出した擬似人体に入れ込むことで出来るんだけど……」
「君はそれには該当しない、別の場所から魂が引き継がれてできた存在なんだ」
「でも僕は生まれた時から人間で……」
「そう、君はその魂の入れ込みが胎内で、または出生時に起きたから今この状態になってるんだ」
礼花はそう言うと、次の資料をめくるように促す。
次の資料には姉との関連についてが書かれていた。
「本来生まれ変わりっていうのは人格が割れることはなく、生まれ変わる前か後のどっちかになるはずなんだけど……君は特殊でね、前の人格も後の人格も残ってるんだ」
礼花はそう言いながら、時雨が読み進めるのを見守る。
少しの時間が経ち、時雨は資料を全て読み終えた。
様々な情報が一度に流れ込み、理解するのに時間を要したが、何とか状況を読み込んだ。
「……どう?ある程度状況は分かったかな」
「うん、自分のもう一つの人格についても、今の自分が置かれてる状況も大体分かったよ」
「そっか、なら話は早いかな」
礼花は再び時雨の手を握り、自らの腕に着いている機械に情報を映し出す。
「君のもう一つの人格は危険だ、現に今回も君の姉さんに危害を加えてるし、自分と姉の危険となるものは全て排除する様な動きを見せてる」
「その対象に、もちろん君も含まれてるだろうね」
礼花がそう言うと、時雨は唾を飲み込んだ。
姉を守りたいもう一人の自分にとって、自分自身はあまりにも未熟であり、排除対象になることは分かりきっているからだ。
「さらに君自身の限界を超えた力が動いている影響で、君の体はゆっくりと崩壊を始めてる」
礼花は資料を指さしながらそう言う。
「今できる最良の動きは、君の艤装を完全に削除すること。それが鎮守府にとっても、君の体にとってもいい事になる」
礼花はそう言って握る手を強める。
その瞬間、時雨は自らの体からゆっくり力が抜けていくのを実感できた。
「まず君の艤装を足以外使用不可にさせてもらうよ、セキュリティが甘い今しかないからそれだけはさせてもらう」
「……うん」
「あと傷もあるから暫くは安静にね、君のもう一つの人格については……もう少し研究を進めてみるから、その辺は任せておいて」
礼花はそう言うと、椅子から立ち上がった。
「礼花さん……ちょっといいかな」
「ん?」
部屋から離れようとしている礼花を時雨が呼び止める。
「僕が姉さんに執着してる理由は分かった、多分僕が同じ状況なら、同じ選択を取ってたかもしれない」
時雨が小さな声でそう言うと、礼花は再び時雨に近づき、話を聞く姿勢に入る。
「もちろん僕や鎮守府のことを考えたら、僕の艤装を消すことが最善なのかもしれない……けど」
「━━━━━━━━僕も……僕も姉さんを守るために戦いたい」
時雨はそう呟くと、自らの拳を強く握った。
「でもそのためには、この艤装じゃないと間に合わない気がするんだ……だから……」
時雨がそこまで言うと、礼花はその言葉を待っていたかのような表情をした。
「まぁそうだよね……分かった、なるべくあたしの方でも手は尽くしてみるよ」
時雨はその言葉を聞いて、嬉しそうな表情をする。
「でも、どこまで行っても干渉できるのは表面上まで、もう一人の君をどうするかは……君次第だよ」
「……うん」
時雨は少し不安そうな表情で返事をすると、礼花は微笑んだ。
「大丈夫、君は今最高に運がいい状態で生まれ変わってるよ」
「だって、あたしや夕立……鎮守府のみんながいるこの時に生まれ変わってるからね」
礼花はそう言うと「それじゃ、また後でね」と言って手を振り、医務室から出ていった。
時雨がそれを聞いて少し安心すると、疲れからか急激な眠気が襲ってくる。
まだ考えることは大量にあったが、頭が疲れてしまった時雨は眠気に身を任せ、そのまま目を閉じた。
数日後、夕立は演習場からの帰り道を進んでいた。
摩耶とは全く毛色の違う川内の訓練に四苦八苦しながら、夕立は日々の訓練をこなしていた。
(あぁー……今日もしんどかったっぽい……)
重い体をなんとか動かしながら、鎮守府に到着する。
季節はもう冬本番になっており、汗が乾いた部位から冷たい感覚が襲ってくる。
「うぅ……寒いっぽい……」
身体を震わせながら鎮守府の中に入ると、見覚えのある姿が見えた。
(時雨っぽい……?)
時雨は鎮守府内のソファに腰掛け、何かを考えている様子だった。
夕立は声をかけようとするが、今の時雨のことを思い出し、喉に声が詰まる。
(そういえば殴りあった仲だったっぽい……)
夕立は話しかけずにその場から離れようと後ろを向いた。
少し歩いた先で振り返り、時雨の顔を見る。
(なんか……また違う雰囲気になってるっぽい……?)
どうしても気になってしまった夕立は、来た道を戻って時雨に話しかけた。
「し……時雨?」
話しかけられた時雨はハッと上を向くと、夕立の顔を見て安心したような表情を浮かべた。
「なんだ……君か」
思っていた反応と大きく異なっていた夕立は、困惑しながらも話を続ける。
「なんか悩んでるみたいだったから……話しかけたっぽい」
「あぁ……うん、心配かけちゃったね」
時雨は全く悪態をつくこともなく、朗らかに夕立と話している。
(な……なんか調子狂うっぽい……)
夕立はとりあえず警戒していた心を解き、時雨の隣に座った。
何が時雨を変えたのかは分からなかったが、とりあえず話を聞くことにした。
「なんでこんなところで悩んでたの?」
「……礼花って人から色んな事を教えて貰ってね……ちょっと整理してたんだ」
「礼花さん……?」
聞き覚えのある名前が挙がった。
礼花が話に関係していることを聞いて、夕立は事がかなり重大だと判断し、聞く姿勢を改めた。
「どんなこと……って聞いても大丈夫っぽい?」
夕立がそう言うと、時雨は少し悩んだ後にため息を吐いて口を開いた。
「まぁ……君ならいいかな」
時雨はそう言うと、自分の現状、礼花から明かされた艤装の話を事細かに夕立に説明した。
時雨の話が進むにつれて広がっていくスケールに、夕立は頭を抱えながらなんとか理解する。
「つまり……今の時雨は夕立達と初めて出会った頃の時雨で、少し前までの時雨は今とは違う人って事っぽい?」
「まぁ……そうなるね」
夕立は唸り声を上げながら、時雨の現状について考える。
(夕立は生まれ変わる前の夕立の事はちょっとしか覚えてないけど……時雨の中には今も前の時雨が生きてるって事……になるっぽい)
「その前の時雨は今どうしてるの?」
「今は礼花さんが強制的に艤装を解除してるから、暫くは出てこないらしいよ」
「そっか……」
自分の中にもう1人自分がいる。
そんな感覚は経験したことは無いため、夕立は理解に苦しみながらもなんとか時雨の心情を考える。
そうして感情的になっていると、横に座っていた時雨が震え出した。
「……正直、怖いよ」
時雨が小さく呟いた。
「今艤装が消えてるのも一時的なんだ、また艤装が戻ってきたら……いつかは乗っ取られる」
「礼花さんにはあんなこと言ったけど、僕だって今自分が何をするべきなのか全く分からないんだ……」
そこまで言った瞬間、時雨の目から1粒━━━━━ 雫が落ちた。
「僕……これからどうなっちゃうんだろう……」
時雨は震えた声でそう言うと、横の夕立にしがみついた。
お待たせしました、Part30です
新年から4月ということもあってかなり間が空く投稿になりました。
今後もこんな感じでマイペースに投稿していきますので、よろしくお願いします。