心を埋めるもの Part37
鎮守府から遥か彼方、西方海域の沖合。
戦いの火蓋が切られてから、砲撃の音は鳴り止まず、一時の静寂も訪れない。
燃える艤装、絶えず響く両者の悲痛な叫びが渦のように巻いている。
その戦場の真ん中に鎮座する装甲空母姫は、自らの配下を次々と呼び出し、艦娘側の戦力を削っていた。
「shit……これじゃあ手詰まりネ……」
止まらぬ深海棲艦を目前に、連合艦隊旗艦の金剛は戦場の支配権を完全に奪われていることを察する。
他の戦場に手助けをしたいところだが、未だ襲いかかってくるネ級の対処に追われ、全く手が回らない。
改二となった駆逐艦たちが援軍として現れ、何とか状況は拮抗目前まで近づいた。
しかし、未だ勝利への道は拓かれずにいる。
「村雨さん!左!」
不知火の声に合わせ、村雨は力いっぱいに鎖を振り、敵に絡ませた。
不知火は間髪入れずに口をこじ開けて爆雷を飲み込ませ、敵が固まっているところに蹴り飛ばした。
爆雷は深海棲艦の胃の中で炸裂し、辺りにいた深海棲艦の弾薬庫に連鎖引火を起こす。
「ナイスよ、不知火!」
連鎖爆発によって起こった巨大な黒煙を確認し、村雨は賞賛の声を送る。
「油断はできません、未だ状況はあまり良くないです……時雨さんが無事でいれば良いのですが」
「きっと……大丈夫、あの子なら」
「不要な心配はあまりしたくはありませんが、白露さんのこともあります……用心はしておいた方が良いかと」
「そうね……何かあったら、私たちが止められるようにしないとね」
村雨の言葉に不知火が頷く。
再び気を引き締め、敵に攻撃を始めようとした瞬間──────────── 目の前に一人の艦娘が飛んでくる。
吹き飛んできた艦娘は何とか空中で姿勢を直し、唖然としている二人を庇うように前に立った。
「ぐっ……!二人とも!離れてくだサイ!」
飛んできたのは金剛だった。
高速戦艦のスピードを活かし、ネ級の攻撃を掻い潜りながら戦っていたのが、遂に駆逐艦たちの前へと来てしまったのだ。
「……っ!加勢します!」
「ッ……この敵はdangerousデース!あなた達にも任せるのは……」
「これ以上単独戦闘を行うより、多数で目的を拡散させながら戦う方が良いと思います……それに、前の私たちならまだしも、今の私たちなら戦いにもついていけます」
不知火の言葉に一瞬金剛は迷ったが、成長した駆逐艦たちの顔を見て笑顔で頷く。
「じゃあバックアップをお願いしマス!危なくなったら直ぐに下がりナヨ!!」
「了解!」
金剛はそう言うと、先陣を切って突っ込んでいく。
放たれた主砲はネ級の頬を掠め、爆発と共に第2ラウンドが幕を開けた。
轟音による空気の振動が、金剛の鼓動を更に加速させる。
鼓動の音が徐々に耳から離れていき、目の前の敵にピントが合う。
敵の輪郭がハッキリした瞬間、金剛は海面を踏みしめた。
轟音と共にネ級の眼前まで迫る。
既のところでネ級は体をしならせ、金剛の攻撃を避けた。
(早い……!!改ニになってる私の目でさえ追えなかった……!)
近くで見ていたはずの不知火は、驚愕の表情で金剛を見る。
瞳に映る金剛の背中には絶対的な安心感があったが、それ以上に恐怖の感情も込み上がってくる。
(これが……第一戦隊「旗艦」っ……!!)
ネ級と金剛が打ち合う拳は両者の装甲に当たり、鈍い音を響かせている。
1度戦闘に入った時の研ぎ澄まされた集中力、そして経験が語る精密な射撃と打撃。
自らとの圧倒的な戦力差を目前にし、不知火は戦場のレベルがこれまでより確実に高いことを改めて実感する。
(ただ……足手まといではいられない!)
不知火は大きく飛躍した戦闘能力を活かし、金剛の打撃に合わせるように主砲を放つ。
巻き起こった爆発は上手く目眩しにもなり、金剛の攻撃が通るようになってきた。
「nice Assistネ!」
金剛は好機を判断し、格闘による攻撃の手を強める。
ネ級の青い血が辺りに吹き出し、舞い散る艤装はネ級に明確なダメージが入っている事を表していた。
(好機は今、私も金剛さんに加勢する……!)
不知火は踏み込み、金剛の攻撃が止んだ隙を突いて戦闘に割り込んだ。
不意を狙った一撃、ネ級は完全に後ろを向いている。
「ここっ……!」
不知火は主砲を構えたが、ネ級の目がこちらを向いていることに気づいた。
「ッ……!?」
不知火は主砲を構えるのを止め、直ぐにガードの姿勢に入った。
瞬間、ネ級の蹴りが不知火の顔面を襲う。
腕の骨は鈍い音を立て、不知火は後方数十メートルほど吹き飛ばされた。
「……っ!不知……!」
金剛が不知火の方を一瞬向いてしまう。
我に返り、ネ級の方を向いた頃にはもう懐まで迫っていた。
腹に一撃、重いアッパーが入る。
既の所で腹に力を込めたが、ネ級の拳は金剛の腹の表面を抉りとった。
続けて一撃、金剛の顔に回し蹴りが入る。
戦闘で見えた好機は完全に消え失せ、向こうのペースに戻ってしまった。
敵はリロードを終え、金剛達に砲弾の雨を食らわせる。
金剛と不知火はそれを避けながら、ネ級に再度接近戦を仕掛けた。
しかし、ダメージの回復を既に終えていたネ級の猛攻は止まらなかった。
「ぐぅっ……!もうこうなったら……」
ネ級の様子を見た金剛は何かを決意し、艤装妖精を呼び出した。
艤装妖精達は統制の取れた動きで金剛の艤装を飛び回ると、それぞれの箇所に光の粒となって入り込んでいく。
瞬間、金剛の身体が輝く。
異変に気づいたネ級が急接近するが、金剛はネ級の頭を片手で鷲掴みにした。
「押されてばっかじゃ……flagshipは務まらないネ!!」
第一戦隊、「旗艦」金剛が咆える。
同時に放たれた正拳突きはネ級の頭部を吹き飛ばし、後方の海は衝撃波で大きく波打った。
頭を失い、その場に立ち尽くすネ級を見て金剛は安堵する。
「フゥー……ギリギリだったネ……」
「金剛さん……今のは……?」
「艤装妖精のpowerを艤装に直接流し込んで、巡らせることで一時的に艤装のLimitを解除する力ダヨ!」
「それは……摩耶さんが最期に使った技と同じ……」
「……ホントは装甲空母姫にオミマイしてやりたかったケド……この子に切らされてしまいまシタ……」
そこまで言うと、金剛は胸を抑えてその場に倒れ込んだ。
艤装の中に循環しているエネルギーはそれほどまでに大きく、どれだけ手練であっても制限を解除した際の体の負荷は大きい。
金剛はそれを理解していた。
自らの身体がしばらく動かないことを察し、不知火を近くに呼ぶ。
「sorryネ……不知火……ワタシはしばらく動けないネ……」
「大丈夫です、しばらく休んでいて下さい」
不知火は金剛の肩を持つと、装甲空母姫と本隊からは離れた位置に金剛を移動させる。
「ここまで離れれば攻撃の手は止むでしょうが……ここら一帯の海域は敵が支配する所、攻撃が来ないとは言いきれません、しばらく護衛いたします」
「sorry……直ぐに動けるように回復を━━━━━━━━━」
金剛の言葉はそこで止まり、海中から轟音が響いた。
大きな影が数個、海面に近づいてくる。
海面の泡が次第に大きくなり、見つめる二人の予想が嫌な方向へと向かっていく。
重く、苦しく、心が今にも憎悪で染まってしまいそうな感覚が二人の全身を劈く。
盛り上がった海面からは戦艦が2匹、そして━━━━━━━━━━━━
薄ら笑みを浮かべながら、装甲空母姫が現れた。
両目を見開き、二人は目の前の巨悪を呆然と見つめていた。
「なんで……なんでここに装甲空母姫が……」
不知火が装甲空母姫の姿を見て驚いていると、装甲空母姫は心底興味が無さそうな顔をした。
「アァ……ソンナノ……」
装甲空母姫はそこまで言うと、自らの配下を撫でながら答えた。
「私ガココニ居ル事デ、何ガアッタカ分カラナイ?」
その言葉に、金剛と不知火の顔が固まった。
考えないようにしていた事実だったが、装甲空母姫の言葉によってそれが現実となる。
「アノ小サナ駆逐艦達ハマダ粘ッテタケド……時間ノ問題ジャナイカシラ?」
瞬間、水を蹴る音が響く。
装甲空母姫の眼前には己の装甲が展開され、目の前の物体と激しく火花を散らしていた。
睨むは不知火の双眼。
不知火は普段の冷静さを完全に失い、装甲空母姫に猛攻を仕掛ける。
更に一撃回し蹴りを放つが、不知火の攻撃は尽く装甲に阻まれてしまう。
(っ……!届……かないっ……!)
圧倒的な強度を誇る装甲空母姫の装甲を前に、不知火の攻撃は徐々に激しさを失っていく。ら
「アナタネェ……ソンナ攻撃ジャ何時間カケテモ割レナイワヨ?」
装甲空母姫が手を払った。
それに呼応するように配下の航空機が不知火の体に突撃を開始する。
(……避けっ……!?)
一機、不知火の胴体に直撃した。
それを皮切りに、次々と鉄の塊が不知火の体に直撃する。
顔ほどのサイズの航空機が突撃してくる衝撃は、打撃だけなら弾薬の火力を大きく超えている。
不知火は全身の骨を砕かれ、海面に叩きつけられた。
「不知……火……っ!」
金剛も不知火を助けようと身体を必死に動かしたが、眼前を戦艦タ級が阻む。
打撃の音が響く。
戦艦タ級が振り回した艤装は金剛の側面を捉え、轟音とともに金剛の体は海面へと崩れ落ちた。
金剛は力なくその場に倒れ込み、鎮守府を背負う最後の戦艦の艤装が解除される。
(もう……艤装を保つ力が……)
それを見た装甲空母姫は自らの主砲を金剛に向け、静かに笑った。
「アナタサエ沈メバ、モウ驚異ハナイワ」
海面に漂う不知火の意識も、彼方へと消えようとしている。
呼吸が浅く、速くなっていく。
不知火は動かない自分の体に苛立ちを覚えながら、遠い鎮守府で待つ仲間に謝罪を告げた。
(ごめん……なさい……夕立さん……また貴方に……)
(仲間を……失わせてしまう……)
意識を失う前、最後の不知火の涙が海へと落ちた。
瞬間━━━━━━━━━━━━━赤黒い光が空気を裂き、装甲空母姫の右肩に風穴を空けた。
光が通り過ぎた後にら凄まじい轟音が響き、割れた水が放つ波は絶えず衝突を繰り返している。
「……ッ!!!!」
装甲空母姫は目を見開き、五感を研ぎ澄ませて攻撃対象を探した。
装甲空母姫の耳に、悠々と海面を歩く足音が響く。
「この日のために、何度明けない夜を過ごしたか」
「登ることのない太陽を待ちながら、何度悪夢を見続けたか」
「そして……やっと届いたね、君の喉元に」
攻撃の対象を見つけた装甲空母姫は顔を歪め、憎悪をむき出しにした。
「キサマァ!!」
装甲空母姫の前、鎮守府開発部隊臨時総統「礼花」が勇み立つ。
礼花はゆっくりと不知火に近づくと、手をかざした。
至る所で発生していた出血は収まり、艤装の簡易的な修復を完了させる。
最後に艤装から伸びた装備が不知火の胸部の2箇所に張り付き、電気によるショックで不知火の心臓を再び動かした。
直ぐさま礼花は修復剤を注入し、不知火の再生力を高める。
「ゴホッ……!」
大きな咳と共に、不知火の意識が回復した。
「貴方……は……」
薄ら目で見える人影を不知火は直ぐに礼花だと判別し、安堵した表情で力を抜く。
「今負ってる傷の止血は終わった、後は私じゃ直せないから動かないでね」
「は……はい」
「これで大丈夫、後は……」
礼花は倒れている金剛の方を見る。
戦艦タ級はそれを塞ぐように礼花の前に立った。
「誰カト思エバ……アノ時ノ砂利共ノ一人ジャナイ」
装甲空母姫は殺気を放ちながら、礼花を睨む。
自らを貫いた主砲を警戒するように自らの配下を並べると、再び金剛に目線を動かした。
「正直スグニデモ貴方ヲ沈メテアゲタイケド……今ハ構ッテアゲレナイノ」
その言葉を聞き、礼花の目は装甲空母姫を鋭く睨んだ。
「……アタシだって君のことを今すぐにでも沈めてやりたいよ」
礼花の言葉を聞き、装甲空母姫は薄ら笑みを取り戻した。
「フフ……アノ時ノ事ヲマダ根ニ持ッテルノネ、ケド今ノ貴方ジャア私ハ沈メラレナイ」
装甲空母姫は礼花の艤装を見て、嘲笑うかのようにそう言った。
礼花が放った一撃は、夕立の協力により回収したオーラを主砲のエネルギーに掛け合わせた事によって生まれ、不意打ちすることによって完成した攻撃である。
即ち、再チャージには時間を要し、当てるには完全な隙が生まれなければならない。
それを見抜いた装甲空母姫は、注意を向けながら自らの勝利を確信した。
1度攻撃を食らったが、装甲空母姫にはもう油断はない。
自らの装甲バリアを何重にも重ね、いつ礼花からの攻撃が来ても良いように守りを固めていた。
その状態に絶対な自信を持っている。
「そうだね、「私一人だったら」止められないだろうね」
礼花がそう言うと、装甲空母姫はニヤリと笑った。
「ハッタリハ止メタ方ガ良イワヨ?私ノ配下達ハ貴方以外ヲ感知シテイナイ」
装甲空母姫の探知範囲は数十キロメートルに及んでいる。
現に相対している連合艦隊の艦娘達以外の姿は確認されていなかった。
瞬間──────────── 装甲空母姫の艦載機から艦娘の映像データが送られてきた。
撮られたのはほんの数秒前である。
艦娘たちは自らの上を飛ぶ艦載機を見つけると、手で銃を作って打つ素振りをした。
「鎮守府最終兵器、予測通りに到着でち!」
瞬間、映像が切れた。
かつて、人類はかの存在を平和の象徴として敬っていた。
ある日唐突に頭角を表した少女は次々と武勲を上げ、艦娘を差別的に見ていた者たちの心を軽微であるが動かすほどであった。
その紅き眼が向く先の街には、確実な安全が保証されていた。
かつて、西方海域の深海棲艦達は恐怖していた。
自らの主君に近しい絶対的な力、滾る赤き纏火が仲間の体を切り裂いていく。
装甲空母姫の加護を一時的に失っていた海は、為す術なく人類に制圧されていく。
その様は正に「悪夢」であった。
その力が海の底に沈み、名声と恐怖も時間と共に忘れ去られていった。
年数にして12年、新たな火種が産声を上げる。
影を歩んだ火種は集まる光を吸収し、今大空に昇る。
水の音が一つ、静まり返った戦場に響き渡った。
飛び上がった影は頂点に達し、背に光を受けて周りに存在を知らしめる。
靡くクリーム色の髪の毛が、その場の全員の視線を独占する。
驚愕が支配する戦場の中、歓喜の眼差しで見る艦娘が居た。
その姿を見るやいなや、滲む涙と共に声を漏らす。
「夕……立……っ!」
不知火が空に舞う者の名を呼ぶ。
夕立は不知火の方を一瞥し、笑顔を浮かべた後装甲空母姫に狙いを定める。
装甲空母姫が夕立の存在に気づき、すぐに防御を固めようとするが、もう遅かった。
降り注ぐ弾雨が装甲空母姫の眼を照らす。
(コイツ……海ノ中ヲ……!?)
圧倒的な耐久を誇る外装がみるみるうちに剥がされていく。
「グゥッ……オマエ達!私ヲ……守レッ!」
装甲空母姫が配下の戦艦に夕立に襲いかかるよう指示をする。
夕立は依然として呼吸を乱さない。
夕立の両腕はオーラを纏い、瞬く間に敵を裂く鉤爪へと変形する。
一振り、戦艦に向けて手を振った。
その刹那、戦艦達の胴体に無数の爪痕が入る。
威勢よく砲撃を構えていた体は姿勢を崩し、構えた砲弾は爆発を起こした。
夕立の主砲から追加の一撃が放たれ、爆発は徐々に規模を広げていく。
最後に一際大きな爆発を起こし、戦艦達は為す術もなく海底へと沈んでいった。
破壊された艤装の破片が爆発の光を乱反射し、降り立った夕立の顔を照らす。
真紅に燃え上がる双眼は1点の曇りもなく、装甲空母姫を睨んでいる。
もうあの時に震えていた少女は、仲間を失い絶望していた小さな存在はもう居ない。
瞬く間に戦場を破壊し、躍動する体は━━━━━━ 正に悪夢そのものだった。
夕立は金剛に手をかざして応急処置を施すと、礼花の隣に並び立つ。
そして、装甲空母姫を指さして大きく息を吸った。
「切り札、参上っぽい!!!」
※※※
夕立が到着する少し前。
金剛と同じくネ級と戦闘していた時雨と白露だったが、状況は芳しくなかった。
既に艤装は限界寸前であり、本体の息も上がってしまっている白露。
それを庇いながら戦う川内と時雨。
ネ級が有利になることは明らかな戦況であった。
激しく飛び交う弾幕は3人の体力を削り、避ける力も失われる。
「がぁ……っ!」
弾幕を避けきれなかった白露の体が爆発し、遂に改ニ艤装が解除されてしまった。
すかさずネ級が腹に向けて突き刺すように前蹴りを食らわせる。
「姉さん!!」
時雨が白露の体を何とか受け止めた。
(このままじゃ……押し切られる……!)
時雨は白露の前に立ち、何とか攻撃を相殺しながら、攻撃の糸口を探る。
「1度白露を戦場から引かせよう!私が時間を稼ぐ!」
川内はそう言うと、爆雷を白露と時雨の方向に向けて放つ。
上がった水柱は2人の姿を隠し、一瞬の隙をネ級に与えた。
時雨はその機を逃さず、息が上がっている白露を抱えて戦場を離れる。
それを横目に、川内はネ級に向けて急加速した。
激しくぶつかり合う拳と装甲が鈍い音を奏でる。
一撃一撃が戦艦級の重みを持ちながら、軽巡並の速度で攻撃を繰り出してくる。
攻撃を流しきれずに軋む骨の音を聞きながら、ネ級がその場を離れないように攻撃の手を止めない。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
川内のハイキックがネ級に突き刺さる。
(入った……!)
川内が会心の一撃を実感した瞬間─────────ネ級の双眼が光る。
ネ急は自らの体を貫通した川内の足を掴み、動けないように強く体を縮める。
瞬間、川内の身体は装甲生物の突進を喰らい、はるか後方へと吹き飛ばされる。
何とか姿勢を取り戻し、体を何度も打ち付けながらも海面に着地したが、ネ級に隙を作ってしまった。
「……っ!マズっ……!」
川内が危険を察知した瞬間、ネ級が時雨の方向へと急加速する。
それにいち早く気づいた時雨はすぐに身体でガードするも、白露と纏めて吹き飛ばされてしまった。
直ぐに立ち上がった時雨の目に映ったのは巨大な装甲。
装甲生物に全身を使って突進され、時雨の全身の骨は耐えきれずに次々と形を崩していった。
内臓を全て吐き出しそうなほどの衝撃、慣れない艤装で戦う時雨の身体は、そのたった一撃で動けなくなる。
意識が飛びかけた時雨だったが、何とか息を整えて繋ぎ止める。
━━━━━━━しかし、何とか眼を開けた時雨の視界に映ったのは、ネ級に主砲を向けられる白露だった。
気を失っている白露はもう動けない、ネ級はリロードを終え、照準をもう頭に合わせていた。
遠くから川内が向かっていたが、砲撃までには間に合わない。
眼前に迫る白露の死。
1度、鼓動が大きくなった。
見開いた時雨の瞳孔は漆黒に染まり、意識は完全に途絶えた。
その刹那、ネ級の片腕が大きな爆発を起こす。
合流した川内は時雨の方に向かう足を止め、事態を冷静に分析する。
「……これは……本当に……マズイね」
黒く淀んだ空は色味を増し、海の上に新たな一つの脅威が生まれたことを表していた。
戦場を覆い尽くす執念の炎。
先程まで重巡ネ級に気圧されていた少女は、姿形をそのままに全く別の存在へと変化していた。
「……もうその時か」
時雨は状況を見てそう吐き捨てると、黒く焦げたネ級に対して主砲による追撃を行う。
弾薬庫を正確に撃ち抜かれたネ級は連鎖爆発を引き起こし、ネ級の艤装は粉々に粉砕された。
時雨は逡巡する間もなく改ニ兵装を起動し、ネ級を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたネ級は周りの配下を巻き込みながら爆発し、最後の大爆発と共に海に沈んでいった。
それを見ていた川内は驚愕の表情で固まっていた。
(前よりも艤装の出力が高い……!?あの時はまだ完全に体を使いこなせてなかったのか……!?)
一度眠る前よりも更に攻撃性を増した時雨の姿を見て、川内は警戒の姿勢を取る。
時雨は爆発を見つめ、轟沈した事を確認した後振り返った。
その双眼にはもう光はない。
「……君は味方……って訳じゃなさそうだよね」
川内の言葉を聞き、時雨はため息を吐いた。
「川内さん、たった今僕は完全に記憶を取り戻した。海に出てしまった白露姉さんも、もう時間の問題だ」
「……だったらどうするの?」
「それはもちろん━━━━━━━━━━」
「深海化を引き起こす前に姉さんを殺して、僕もこの場で自殺する」
「……っ!」
「もう定刻は過ぎた、今回は全ての条件が綺麗に整ってたから……できる限りは足掻いたけど」
「また、僕たちは同じ運命を繰り返しながら世界を漂うしかない」
時雨の予想通りの返答に、川内が艤装の出力を上げる。
「前世がどうであろうと白露はあたしの部下、そんな確証のない運命に巻き込まないでよ」
「いや、これは運命だよ……姉さんのためじゃない、これは君たちのためにも言ってるんだ」
「そう言われて「はいそうですか」って、割り切れるほど単純じゃないんだよね、私」
「……この運命に君たちは関係ないだろう、僕たち二人の問題だから、首を突っ込まないでくれないかい」
「その運命ってやつを今の白露は知らない、結局あんたがやっていることは確証のない最悪の自体を防ぐために白露を殺してるだけじゃない?」
「……」
「1度話をしよう、絶対に解決の糸口はあるはず」
川内が話し合いを提案する、その言葉には最後の警告も含まれていた。
「立ち止まれ」と。
その言葉で、時雨は動き出した。
「もう、止まれないんだよ」
時雨の拳から放たれた鋭い一撃が、川内の顔面向けて放たれる。
既のところでガードをしたが、川内の体は後方に数メートル吹き飛ばされた。
「交渉決裂ってことでいいね!時雨!」
吹き飛ばされた川内は、その体制のまま魚雷を海へと投げ入れた。
時雨はそれを察知し、艤装の重さをものともせずに跳躍する。
(空中に……!いや……)
川内は自らに装備された砲塔を全て時雨に合わせる。
(今なら避けられない……!)
空中は一切の方向転換が効かない。
逃げ場を無くしたと考えた川内はそれを好機と捉え、一斉に射撃を開始する。
しかし、川内の考えは未知なる手段で覆された。
時雨の側面と背面に放たれたのは爆雷。
爆雷はそのまま起爆し、時雨の体は爆風と共に軌道を変え、川内へと急加速する。
超高速で放たれる時雨の蹴りは川内の頭上まで到達し、大きな打撃音とともに海面へと叩きつけられた。
時雨は川内の体をそのまま足で押さえつけ、主砲を自らの右腕まで伸ばす。
意識を一瞬失っていた川内だが、直ぐに自らの懐へと手を伸ばし、超至近距離での閃光弾を食らわせた。
刹那、時雨の足の力が緩まる。
川内は体を押し上げ、体制を崩した時雨に砲撃を食らわせて脱出した。
至近距離で自らの閃光弾を食らった川内は、何とか視界を取り戻しながら時雨の方向を向く。
「強い……まさかこれほどの……」
川内は怯んでいる時雨を見て、先程の自分の攻撃を振り返る。
砲撃を一瞬、躊躇った自分がいた。
目の前に居るのは共に戦ってきた時雨ではなく、鎮守府の脅威。
しかし川内の目は完全な敵として捉えられていなかった。
「ぐっ……大人しく……やられてよ!!」
時雨が体制を整え終わり、川内を襲おうと急接近をする。
川内はそれを迎え撃ち、激しい肉弾戦に突入した。
互いが再装填に時間を割けず、殴り合う拳が体を削りあう。
「っ……!」
川内のガードが崩れ、時雨の蹴りが脇腹に突き刺さる。
時雨はその隙を逃さない。
すぐさま主砲を両腕に伸ばし、再装填を済ませた。
喉元に伝わる冷たい感触。
「……っ……やっぱり……強いね」
「……はぁ……はぁ……殺す気はなかったけど、ここまで抵抗されたなら仕方ないよね」
時雨の主砲が川内を捉える、しかし何度砲撃を行おうとしても弾が放たれることはなかった。
(……っ!?まだ……完全じゃなかったのか……!)
時雨の眼に見えた迷いを、川内は逃さなかった。
川内は直ぐに体を懐に潜り込ませ、身動きが取れないように体を拘束する。
時雨は拘束を剥がそうと艤装の出力を上げ、体を振り回す。
「時雨!!!聞こえてるんでしょ!!!返事して!!!」
暴れる時雨を抑えながら、川内は懇願するように叫んだ。
まだ時雨は闇に飲まれきっていない。
確信した川内は、心の奥底に眠る時雨の魂を呼び起こそうと叫び続けた。
「ぐっ……うっ……!!」
川内の言葉を聞く度に時雨の抵抗力が下がっていく。
時雨の瞳が揺れ、艤装が次々に外れて海へと沈んでいき、改二状態が解除された。
纏っていた艤装は全て完全に離れ、暴れていた時雨が大人しくなっていく。
時雨の口から黒い塊が吐き出され、海へ落ちた事を皮切りに、時雨の抵抗は完全に止まった。
「ハァ……ハァ……ぼ……僕は……?」
「戻っ……た……」
川内はようやく力を抜き、解放された時雨は海面に膝を着いた。
艤装は仮付の物に戻り、邪悪な雰囲気はもう一切感じられなかった。
完全に元に戻った時雨、川内は一瞬安堵する。
瞬間━━━━━━━━━━━━━━━海面が盛り上がった。
好転の光が見え始めていた戦場が、その存在によって瞬く間に逆転する。
川内、時雨、白露の3人はその姿を初めて見たが、何故か感覚はその存在を認知していたかのような動きを見せている。
先程まで戦っていた、「しぐれ」だ。
白い髪、肌、漆黒の装甲、全ての要素が深海棲艦と同じだった。
体は不安定に揺れ、意識もハッキリしていないかのような動きだった。
しかし、目線だけは真っ直ぐだった。
白露を見ている。
異変を察知した川内が白露の回収を急ぐ。
しかし、川内の足元から巨大な水柱が上がった。
「なっ……!?」
海面に魚雷が映る。
直撃は免れたが、連戦の川内の体力を削るには十分な火力だった。
足を負傷した川内は体制を崩し、海面に頭から倒れる。
しぐれはそれを確認するや否や動き出し、動けずにいる白露に襲いかかった。
「姉さっ……!」
時雨が庇おうと前に出るが、意識を取り戻したばかりで上手く体が動かない。
執念の魂は足を止めず、白露の上に跨って主砲を構える。
その場にいた全員が最悪の未来を予見する。
白露は諦めたかのように目を瞑り、自らの死を悟った。
睨む双眼は冷たく、白露のみを一心に見つめている。
時雨が手を伸ばし、呟いた。
「誰か……助……けて……!」
孤独だった少女は陽の光を知り、遂に自分以外の者に懇願した。
課された自らの使命に踊らされ、自らを超えることもできなかった彼女が、振り絞って出した声だった。
その声は、ある者に届いた。
一閃、光の軌跡が時雨の頭上を抜ける。
その光は白露に跨っていたしぐれの頭を貫通し、身体を宙に舞わせた。
頭に刺さっていたのは、1mを超える槍。
既に深海棲艦になっているしぐれは、頭を貫通されながらも驚異的な再生能力で体を修復し、再度白露に襲いかかる。
しかし、その体はまたも宙に投げ出された。
一人の艦娘が戦場に降り立つ。
揺れる薄紫色の髪の毛は、どこか懐かしい雰囲気も醸し出していた。
川内と時雨は、その姿を見て驚愕と同時に喜びを隠しきれなかった。
「やっとの戦場……改装されたこの力を発揮することが出来るのね……」
艦娘は振り返り、その場にいる全員に声高らかに名乗りをあげた。
「特型駆逐艦、5番艦「叢雲」!!!鎮守府の援軍として加勢するわ!!!!」
おまたせしました、さめやんです
みなさんお元気でしたでしょうか、私は別の界隈では超元気でした。
もう何ヶ月も投稿してませんでしたが、次の話もできるだけ取り組んでいくので、長い目で見てあげてください。
なんならこの作品はもう5年くらいやってます、何かのバグでしょうか。
遂に最終章に突入した今回の話でしたが、いかがでしたか。
太陽はまた昇る、永遠に明けない夜はない。
夕立の存在は他の光を集め、大きな太陽に昇華しました。
ここからは反撃の時間、燃え盛る艦娘達の意地を最後まで見届けてあげてください。