【艦これ】心を埋めるもの   作:さめやん

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心を埋めるもの Part38 「僕がいる意味」

 

「特型駆逐艦、5番艦「叢雲」!!!鎮守府の援軍として加勢するわ!!!!」

 

戦場に高らかに響く声。

 

数ヶ月間、戦場から離脱していた仲間の声だった。

 

川内が隙をつき、白露を回収する。

 

「む……叢雲……どうして……?」

 

信じられない、といった表情で時雨が見つめる。

 

「あの人……礼花のおかげよ」

 

「須藤礼花が……?」

 

川内が問いかけると、叢雲は自らの服を捲った。

 

身体の至る所に機械が着いており、捲った腕でさえも義手になっていた。

 

「礼花が深海に犯されていた部分を切除して、その部位に対応する艤装を作ってくれたのよ」

 

「すっご……!」

 

キラキラした目で艤装を見る川内を横目に、叢雲は時雨に歩み寄る。

 

「本当はみんなにもっと早く会いたかったけど……時雨、あんたのことを聞いたから、無理に出て来れなかったのよ」

 

「僕の……?」

 

「あんたの中にいた人格が、仕留めたはずの私を見たら目覚めちゃうんじゃないかってね……現に今の私の中に取り除けなかった汚染もある」

 

「……。」

 

時雨はそれを聞き、申し訳なさそうな顔をする。

 

叢雲を傷つけ、艤装頼りの身体にしてしまったのは自分であり、彼女にとっての脅威であったことは事実だったからだ。

 

人格は自分ではないが、攻撃してしまったのは自分の体である。

 

時雨は自責の念に駆られ、叢雲と目を合わせられずにいた。

 

「なんで……僕を助けたの……?」

 

 

 

「なんでって……あんたが助けを求めたからじゃない」

 

 

 

当たり前のように言う叢雲を見て、時雨はさらに下を向いた。

 

直視できなかった、自分のように勇気も力もない艦娘ではない、彼女の生き方を。

 

対する自分の不甲斐なさ。

 

白露を守ることもできず、夕立にも圧倒的な差を付けられている。

 

挙句の果てには仲間に救って貰えなければ白露を失うところだった。

 

運命に抗うと決めたはずなのに、戦場に脅威を齎し、何も出来ない自分。

 

 

少女は現実を直視出来なかったのだ。

 

 

「時雨、行くわよ……もうアイツの傷が回復し始めてるわ、ここで畳みかけないと……」

 

叢雲が時雨を見ると、時雨はその場で倒れたまま下を向いていた。

 

完全に力が抜けてしまっている時雨は、叢雲の言葉に力無く頷くだけだった。

 

「……ッ!!」

 

それを見た叢雲は時雨の顎を掴み、顔を上にあげた。

 

 

 

 

 

「シャンとしなさいよ!!!!!」

 

 

 

 

 

叢雲は時雨の目を真っ直ぐ見つめながら、大きな声で叫んだ。

 

「あんたが今しなきゃいけないことって、自分がやったことでもないことでクヨクヨして、今いる仲間のことを見ないで……中途半端な心で戦うこと!?」

 

叢雲の言葉が時雨の鼓膜を揺らした。

 

「あんたが今、どんな重荷を背負ってるか分からないけど……」

 

 

 

 

 

「そんくらい、「仲間」に一緒に背負わせなさいよ!!!!」

 

 

叢雲の言葉で、時雨は夕立の言葉を思い出した。

 

『時雨は一人じゃない、辛くなったら夕立達が支えるっぽい!』

 

時雨が自分の思いを初めて発露したあの日、夕立は笑って時雨に言った。

 

時雨にとっての「仲間」は、夕立だけじゃない。

 

第八艦隊の全員が、時雨のことを考えている。

 

時雨は叢雲の手を取り、自分の頬を全力で叩いた。

 

 

 

「ごめん、もう迷わない」

 

 

「……いい顔になったじゃない」

 

時雨は立ち上がり、再度艤装を展開する。

 

「白露は完全に意識を失ってる、離脱の隙は無さそうだからこのまま私が守ってるよ」

 

2人のやり取りを見ていた川内は、抱えていた白露をその場に下ろし、自らの応急修復剤を飲み込ませた。

 

「白露がある程度回復するまでは戦闘には参加出来ないけど……」

 

川内は2人の顔を見ると、ニヤリと笑った。

 

 

 

「二人ならいけるよね?」

 

 

 

叢雲と時雨はそれに応えるように頷くと、敵の方を向いた。

 

川内はその背中を見て、出会った頃の二人の姿を思い出す。

 

(背中、大きく……なったね)

 

川内は込み上げるものを抑え、二人に背中を預けた。

 

 

 

「とりあえず状況を聞くわ、アイツはなに?見たこともない深海棲艦だけど」

 

「多分……あれは……僕だ」

 

叢雲はそれを聞き、自分が深海に攫われた時の事を思い出す。

 

あの時、沈む一瞬に感じた生への執着。

 

それに深海の汚染が入り込み、体が蝕まれていた。

 

自分の経験から察するに、時雨の内にいた少女の執念が形を成し、深海と同調したことによって産まれた存在である。

 

「……なるほどね、だから貴方から前に感じた嫌な気配が消えてるのね」

 

時雨の一言で状況を察した叢雲は、時雨の背中を叩いた。

 

「じゃあ今まで散々迷惑かけられたぶん、仕返しするわよ?」

 

そう言ってさわやかに笑う叢雲の顔を見ると、時雨は笑った。

 

「うん!」

 

「じゃあ行くわ!時雨!」

 

叢雲の合図で同時に飛び出した。

 

再生を終え、突っ込んできたしぐれに二人は肉弾戦を仕掛ける。

 

防戦一方の時雨に対し、叢雲は的確に一撃を敵に食らわせる。

 

「凄いね叢雲……あれ相手にここまで渡り合えるなんて……」

 

「こっちはこの数ヶ月感、触れたら終わりの相手とリハビリしてたのよ!」

 

会わなかった期間で叢雲は以前の何倍も強く成長していた。

 

それほどに礼花とのリハビリは過酷であったことを物語っている。

 

しかし、敵もすぐに適応を始める。

 

最初は押していた2人だったが、少しずつ敵のカウンターを食らうことが増えてきた。

 

二人はすぐに距離を取り、敵の変化に気づく。

 

「……もう完全に深海棲艦と一緒ね、纏ってるオーラが赤くなってきてるわ」

 

「ずっと中にいたからわかるけど、あっちの時雨の力は本当に脅威だよ」

 

時雨は自らの身体を常に襲っていた力のことを思い出す。

 

様々な想いによって膨れ上がっていた魂が日を追う事に大きくなっていく感覚。

 

「まだ完全に力を振るえている訳ではなさそうだね、何とか完全になる前に倒しきらないと……」

 

「そうね!!」

 

二人は再び攻撃を始める。

 

しかし、先程より確実に攻撃が通らないことを実感していた。

 

一撃一撃が重く、食らう度に骨の芯に衝撃が走る。

 

防戦一方になっていた二人に、敵がさらに重い一撃を食らわせようと体を捻らせる。

 

「……今っ!」

 

時雨はそれを避け、カウンターの正拳突きを顔面目掛けて放った。

 

 

しかし、その攻撃は敵の額を掠ったたけで、命中には至らなかった。

 

攻撃が外れ、完全にスキだらけになっている時雨の腹をしぐれの前蹴りが刺す。

 

姿勢を崩し、前のめりになった時雨の頭部目掛けてかかと落としが振り落ちる。

 

「時雨……っ!」

 

叢雲が既のところで間に割って入り、足が落ちる前に鋼鉄の手で捕まえた。

 

鉄が軋む音が響き、今にも押し切られそうになっている。

 

「……。」

 

そのまま押し切ろうとする敵の姿を見て、叢雲はニヤリと笑った。

 

 

 

「─────────‪さっき、取り除けなかった汚染もあるって言ったわよね」

 

 

 

 

叢雲がそう言うと、周囲の空気が一瞬にして変わった。

 

叢雲の周りの海面が揺れ、足元には叢雲を中心とした巨大な波紋が広がっている。

 

礼花の声が叢雲の頭をよぎる。

 

 

 

『あの時……アタシは親友の体を使って失敗した、でももう……二度と同じ過ちは繰り返さない』

 

『君にその可能性を……託していいかい?』

 

 

 

電流が叢雲の体の至る所から発され、叢雲の心臓の鼓動と共に海面が揺れる。

 

 

 

「見なさい時雨!!!私のこの体が不幸なんかじゃないってところ、見せてあげるわ!!!」

 

 

 

異変を察知したしぐれがすぐに足をどかそうとするが、掴まれた足を離せずにいた。

 

叢雲の身体が巨大な光の柱に包まれ、衝撃波が辺りに伝わる。

 

鳴り響く轟音と共に海面が割れ、放たれた光が叢雲に収束していく。

 

 

光が晴れ、叢雲が現れる。

 

髪の毛はさらに伸び、服装、艤装ともに元の形が無くなるほどの変化を起こした叢雲がそこに立っていた。

 

 

「叢雲……君も改二艤装を……!?」

 

 

 

予想外の展開に、時雨が目を丸くする。

 

「改二は改二でも、ただの改二艤装じゃ無いわよ!!」

 

叢雲は掴んでいた部位を踵から足首に変えると、力いっぱい体を回転させる。

 

その瞬間、義手から激しい火花と共にロケットエンジンが噴射した。

 

それによって回転が加速し、凄まじい遠心力によってしぐれの身体は浮き、完全に宙に身を委ねることになってしまった。

 

「ぶっ飛びなさい!!!!」

 

魂の篭った叫びと共に叢雲は手を離し、相手を凄まじい速度で海面に投げた。

 

叢雲はすかさず踏み込みの体制に入ると、足にある艤装が輝き、叢雲の足裏へと力を加えた。

 

踏み込んだ足は海面を平らな地面のように捉えると、叢雲の走り出しと共に足裏に衝撃波を発し、叢雲の走り出しに超加速を与える。

 

「時雨!!アンタが勝手に私の事を憐れむんじゃないわよ!!!」

 

叢雲は走りながら刺さっていた自らの槍を回収し、未だに吹き飛び続ける敵の上空へと跳躍する。

 

 

 

 

「自分の幸せ不幸せなんて!!!私が決めるわ!!!!!」

 

 

 

 

そう言うと叢雲は槍を力いっぱい握りしめ、義手のロケットエンジンを活用しながら超高速で投げ打った。

 

放たれた槍は空気を裂きながら突き進み、しぐれの腹部へと突き刺さった。

 

横方向へと飛ばされていたはずの体は、突如現れた海面への強い力によって進行方向を捻じ曲げられる。

 

槍が海面に着水した瞬間、衝撃が辺りの海面を揺らし、大きな波と共にしぐれは海面へと押し付けられた。

 

そのまま追撃をかけようとする叢雲に対し、しぐれは主砲を構える。

 

完全に空中に浮いてしまっている叢雲は避けることができない。

 

「っ……!」

 

時雨がそれに気づき、敵に主砲を構える。

 

しかし、叢雲は自らの腕を自らの前に掲げて手のひらから砲撃を行い、敵の攻撃を相殺した。

 

その瞬間に何とか槍を抜き、体勢を立て直したしぐれは叢雲を睨む。

 

叢雲は着地した瞬間に海面に向けて大量の魚雷を放つ。

 

「……!」

 

自らを感知し、突撃してくる誘導魚雷が海中を進んできていることを感知する。

 

それを見たしぐれは海面を踏み込み、大きく跳躍した。

 

放たれた魚雷の上を通り抜け、叢雲めがけて襲いかかる。

 

「そう来ると思ったわ!」

 

瞬間、放たれていた魚雷が突如爆発する。

 

放たれていた魚雷は全て、任意のタイミングで起爆できる用に細工された物だった。

 

予想外の下からの衝撃で、しぐれは宙へ浮く。

 

叢雲はその一瞬を逃さず、その場から超加速し、宙に浮いた敵の腹部に前蹴りを放った。

 

次から次へと放たれる予想外の一撃に、完全に敵は揺らされていた。

 

完全に身動きが取れていないのを確認した叢雲は再び跳躍すると、敵の背部にかかと落としを食らわせる。

 

背中にめり込んだかかとから更にエンジンが噴射し、海面には大きなクレーターが発生した。

 

機械補助による圧倒的な技の応酬を食らってもなお、しぐれは身体を再生させながら何度も立ち上がってくる。

 

「しつこいわね……」

 

叢雲は自らの槍を再び拾い、前に掲げる。

 

「この艤装は礼花と明石の超特別製!!あんた達深海棲艦の力を丸々エネルギーに変換できるから、色んなことができるのよ!」

 

叢雲はそう言うと、自らの槍に艤装のエネルギーを伝える。

 

送られたエネルギーは槍の形を変形させ、剣のような見た目へと変貌した。

 

強大な力を送り込まれた剣は金色に発光し、異様なエネルギーを放ちながら叢雲に握られている。

 

しぐれは何とか体制を立て直したが、叢雲は既に攻撃姿勢に入っていた。

 

叢雲がそれを大きく振りかぶると、しぐれは攻撃が間に合わないと判断し、ガードの姿勢をとる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

叢雲の声と共に振り抜かれたその一撃は、しぐれの手をいとも簡単に切断し、衝撃波でそのまま吹き飛ばした。

 

飛ばされた衝撃波で海の表面が割れ、数十メートル飛ばされたしぐれは伏せたまま動かなくなった。

 

「……あ……ぉぉ……」

 

次々と起こる有り得ない出来事に時雨は感嘆の声を漏らしながら見ていることしか出来なかった。

 

叢雲は時雨の前に着地すると、止まっている時雨の肩を叩く。

 

「何ボサっとしてるのよ!このまま押し切るわ!」

 

「う……うん……!」

 

時雨は直ぐに自分を取り戻し、叢雲と共に敵に追い打ちをかけるために近づき、叢雲が敵の頭部に照準を合わせた。

 

時雨はいつカウンターが来ても良いように準備を整える。

 

しかし、頭に照準を合わせられている敵の姿を見て、時雨の心に何かが込み上げてきた。

 

 

 

 

既視感。

 

 

時雨は猛烈にこの景色に既視感を感じていたのだ。

 

すると、荒れ狂う波の音の中から微かな声が聞こえた。

 

 

「ネェ……さ……ン……」

 

 

 

聞こえてきた声と共に、景色が急に変わる。

 

頭を狙われているのは深海棲艦と化したしぐれのはず、そのはずなのに。

 

 

 

─────────‪───────────時雨の目には、それが白露に見えた。

 

 

 

 

瞬間、時雨を強烈な頭痛が襲う。

 

「ぐっ……あぁっ……!」

 

焦燥、絶望、自責……執念、様々な負の感情が一瞬にして自分の体に伝わってきたのだ。

 

急に苦しみ出した時雨を見て、叢雲が近づいてくる。

 

 

「何!?敵になにかされたの?」

 

「な……なんだろう……分からないけど……伝わってくるんだ……彼女の……「僕」の感情が……」

 

時雨が蹲っていると、敵も苦しみだした。

 

海面がうねり、元々しぐれを覆っていたオーラがしぐれの体を隠すように球体を成す。

 

 

 

 

叢雲はこの感覚を、どこかで知っていた。

 

 

 

 

重く、重く、身体を蝕むような感覚が全身を襲い、海面が不気味にうねるこの光景。

 

この目で1度、その瞬間を見たからだ。

 

心の奥底に埋まっていた『あの時』の恐怖が、叢雲の足を動かした。

 

 

 

近づいた叢雲が剣を構えた瞬間、目の前に漆黒の柱が立ち上った。

 

 

それは海上に一つの悪魔が生まれたことを意味していた。

 

 

 

柱の中から現れたのは、姿を変えたしぐれだった。

 

 

 

叢雲はそれを見て、ひとつの文献を思い出す。

 

かつて太平洋南西方面で、目撃事例があった駆逐棲姫のものだ。

 

姿は従来の深海棲艦に比べて艦娘の姿に非常に似ているが、圧倒的なオーラと非常に高い砲雷撃戦闘力。

 

そして高い知能を持っている個体の話だ。

 

特徴にあった足の欠損はなく、姿は時雨であるが、完全にそれに近い存在になってしまっていると叢雲は推察する。

 

(これは……本格的にまずいわね)

 

圧倒的な威圧感が盤面を支配する。

 

青白く光る双眼は、全ての飲み尽くさんとばかりに辺りの景色を見回している。

 

叢雲は直ぐに艤装の出力を上げ、目の前の対象に突撃する。

 

しかし、一瞬の事だった。

 

 

 

 

駆逐棲姫の拳が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

叢雲は一瞬の判断で自らの義手をガードに回した。

 

体は宙に浮き、気づけば数メートル吹き飛ばされていた。

 

左の義手は火花を散らし、機能を一時的に失うほどの衝撃を受けていた。

 

(礼花が作った義手をここまで……!?)

 

叢雲が気を取られていると、自らの頭上に雨のような砲弾が降り注ぐ。

 

叢雲は何とか義手の動きを取り戻し、足のブーストを活用して何とか逃げ切った。

 

 

 

しかし、逃げ切った先には大量の魚雷が先打ちされていた。

 

 

非常に高い威力の爆発が叢雲を襲う。

 

何とか直撃を免れた叢雲だったが、体には確かなダメージを負っていた。

 

艤装からは電流が走り、機能が低下していることが目に見えてわかる。

 

「状況はかなりピンチね……でも……」

 

後ろでうずくまる時雨を見て、叢雲は更なる耐久戦を覚悟する。

 

 

「やるしかないじゃない!」

 

叢雲は勇んで駆逐棲姫に突っ込んで行った。

 

少し離れた海上、白露と共にいた川内は白露の異変を察知する。

 

白露が頭を抱えて叫び出したのだ。

 

何度も胃液を吐き出しながら、海面をのたうち回る白露を見て、川内は血相を変えて白露を抱き抱えた。

 

「どうしたの!?大丈夫!傷は治ってるから!!」

 

川内が混乱していると、遠くから異質な気配を2つ、感じ取った。

 

時雨たちが戦っていた方向だ。

 

川内の中に一つの可能性が浮かび上がってきた。

 

『白露は非常に不安定な状態にあるらしい、もし時が来たら……』

 

 

 

『深海に飲み込まれてしまう』

 

提督の言葉を思い出し、川内は絶望の表情を浮かべる。

 

「そん……な……」

 

川内の前で、恐怖と痛みからなる悲鳴を上げながら、白露は徐々に黒いオーラに染まっていく。

 

川内はそんな様子を眺めることしか出来なかった。

 

「どうすれば……!」

 

川内が対処法を考えていると、後ろから足音が聞こえた。

 

 

「大丈夫、あたしが来たよ」

 

その声はこの状況を待っていたかのように、非常に落ち着いた声色で川内に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

一方、時雨の頭痛は、やがて立っていられないほどの激痛となり、その場にうずくまった。

 

瞬間、時雨の脳に様々な記憶がフラッシュバックする。

 

走馬灯のように駆け巡る記憶、そのどれもに無惨な姿と化した白露が写っている。

 

ある記憶では時雨の盾となり腹部を貫かれ、ある記憶では時雨を守るために爆炎に飲み込まれ、そしてある記憶では____________

 

 

敵に頭を貫かれる。

 

 

トリガーを引いてしまった、時雨は直感でそう感じ取った。

 

溢れ出す記憶の本流、燃え盛る戦場で孤独に戦ってきた1人の少女の人生が一瞬にして時雨に流れ込んできたのだ。

 

絶え間なく続く怨嗟の輪廻、形を成していた少女の身体はボロボロと崩れていき、やがて輪郭だけが残った黒い人影のようなものになった。

 

ぺた、ぺたと不安定な足で追憶を辿る。

 

その中に迷い込んでいた時雨は、何時しか少女の意識の中に飲み込まれていた。

 

どこへ歩いても凄惨な光景ばかり映り、気が狂いそうになった。

 

瞬間、1つの声が響く。

 

『時雨』

 

間違えることはない、白露の声だった。

 

その声と共に、思い出す記憶は白露の優しい笑みに変わった。

 

記憶の中の白露は、いつも時雨を守っていた。

 

そんな白露の姿を見て、時雨は微笑む。

 

しかし、いつも優しかった白露の笑顔がゆっくりと苦悶の表情に変わっていく。

 

自分を守ろうとする度にすり減っていく白露の姿を見て、少女の胸が苦しくなっていく。

 

『強くなりたい』

 

頭の中で、少女は何度も叫んだ。

 

『強くなりたい』

 

「時雨」にいままで話しかけてきてくれた全ての者との日常の会話が、薄れて消えていく。

 

『強くならなければいけない』

 

本能のままに、願望の為に強くなり続けた少女は強い執念の塊となっていく。

 

『弱い自分は要らない』

 

言葉が強くなっていく。

 

その度に、時雨の目の前には白露の死体が浮かび上がってくる。

 

幾千の肉体が浮かび上がってきたころ、今までの声とは違う声が聞こえてきた。

 

『弱い仲間もいらない』

 

 

 

 

『僕が、救ってみせる』

 

 

 

その言葉の後、時雨の頭には一瞬の静寂の後に見えた景色があった。

 

誰かの横顔である。

 

肌白く、髪の毛も白い。

 

誰が見ても1目で分かる、深海棲艦の横顔だった。

 

しかし、面影があるのだ。

 

 

 

 

 

どこか白露に似た雰囲気がある。

 

 

 

その深海棲艦は水上から人々の住む街を見て、憎しみではなく━━━━━━━━━

 

 

 

どこか、羨ましそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

瞬間、時雨の身体を幾千の手が掴んだ。

 

意識がはっきりし、時雨は必死に手を振り払う。

 

(やっとわかった、僕の正体)

 

(僕たち姉妹は幾千の輪廻を繰り返して、ようやく今、完全な人間になったんだ)

 

顔を掴み、腕を掴み、自らの深層心理に引きずり下ろそうとする手の全てが今までの時雨なのだと、時雨は確信した。

 

この悲劇を永劫に繰り返し、ただ1人の姉のために戦ってきた少女の成れの果てが、目の前の深海棲艦だったのだ。

 

今まで深海棲艦として、艦娘として繋いできた1つの意思が新たな体に拒まれ、今敵として独立した存在としている。

 

掴んできた手を握り返すと、声が聞こえてくる。

 

『また……失うの……』

 

『僕は失敗した……』

 

『あと何回……』

 

その声が聞こえてきた瞬間、時雨は1粒の涙を流す。

 

自分の中に潜んでいたのは紛れもなく化け物であり、怨嗟と自責が積み重なった負の力であった。

 

仲間の手を払い、自らの力で全てを解決するために独りを選んだ。

 

引き返す選択肢を捨て、燃え盛る執念の炎。

 

しかし、元を辿れば深海棲艦の、一人の少女の、妹として姉の幸せを願う思いから生まれたものだったからだ。

 

時雨はあえて身体を任せ、深い暗闇の中に潜っていった。

 

落ちて、落ちて、見えていた景色が真っ黒になっていく。

 

すると、その中に一つの光が見えた。

 

 

見えた光を追うように、時雨は更に下へと沈んでいく。

 

すると、底に小さな結晶が落ちていた。

 

時雨がその結晶を手に取ると、それに呼応するように結晶は光り輝いた。

 

触れた瞬間に分かった、これは自分の「核」なのだと。

 

背後から誰かに腕を強く掴まれる。

 

「っ!?」

 

後ろを振り返ると、そこにはもう1人の自分が立っていた。

 

正確には、過去の自分が積み重なって集合したものが時雨の形を成しているものだ。

 

もう1人の自分はその結晶を時雨から引き剥がそうと、腕を強く引っ張る。

 

すると、引っ張られた腕に何かが落ちた。

 

 

 

 

それは一滴の雫だった。

 

 

 

時雨は出処を見て、驚愕する。

 

かつて少女の中で思い描いていたささやかな幸せの日々、それが叶わないと何度も何度も感じさせられたのであろう。

 

深い絶望の中で、執念だけが先行し、元の目的も、何もかも見失ってしまった魂が零した最後の感情だと気づいた。

 

しかし、腕は少女の意思に反して時雨の腕を引っ張る。

 

少女の本能が時雨の──────「他人」の介入を拒んでいるのだ。

 

自分一人で、姉を救わなければならないと。

 

時雨は唇を噛み締め、やり場のない感情が内から溢れ出た。

 

 

 

その瞬間、時雨は身体を反転させて強烈な頭突きをお見舞いした。

 

 

 

 

「君は……何度も……何度も……独りでこの地獄を味わってきたのかもしれない」

 

「でも、独りじゃあ……何も変えられないんだよ……」

 

時雨がそう伝えた瞬間、少女の心の奥底にあった想いが溢れ出てくる。

 

姉を何度も失い、仲間を失い、自分を失い、何もかも失ってきた少女の、たった一つの本音。

 

 

 

『誰か僕を、見つけてくれ』

 

 

 

 

その本心は今や自分が作り出した仮面に飲み込まれ、人には言えない気持ちになっていた。

 

決して表に出ることのなかった気持ちを遂に見つけた時雨は、頭を合わせたままもう1人の自分を抱きしめる。

 

 

 

瞬間、結晶は光を増し、光の柱を生み出した。

 

 

 

徐々に遠のく意識の中で、もう1人の自分が口を開いた。

 

 

『思い出せ、僕がいる意味を』

 

じっと、もう1人の自分が時雨を見つめている。

 

まるで、自分には出せなかった答えを求めているような、そんな目をしていた。

 

時雨はその言葉を今一度噛み締める。

 

「僕がいる意味……それは……」

 

時雨が目を瞑ると、頭の中に一つの声が響いた。

 

『時雨が白露を守りたい心は、時雨自身が持ってる意志になるっぽい』

 

『時雨は1人じゃない、辛くなったら夕立達が支えるっぽい!』

 

『大丈夫、夕立達は同じ体で同じ景色を見てる!仲間だよ!時雨!』

 

 

「それは……」

 

 

 

今は「独り」じゃない。

 

同じ体で、同じ景色を見てくれる仲間がいる。

 

支えてくれているのは姉だけじゃない、みんなが支えてくれている。

 

その仲間達と、掴みたい未来がある。

 

「姉が、仲間が、自分を大切に思ってくれるみんなが笑って過ごせるように」

 

 

 

「生きて、みんなを守る為にいるんだ!」

 

 

 

 

 

時雨は真っ直ぐその言葉を放った。

 

その言葉を聞き、もうひとりの自分は俯いた。

 

時雨はそれを見ると、手を払ってその場から走っていく。

 

すると、自らにある重りが解除されたかのような感覚がした。

 

瞬間、握りしめていた結晶が砕けて周りを包んでいた闇が吹き飛んだ。

 

澄み切った白い空間が果てしなく続く中、道の途中に裂け目のようなものが現れる。

 

その裂け目からは1本の手が伸びていた。

 

時雨はその手を掴むと、勢いよく引っ張られる。

 

そこには第八艦隊のメンバーと、白露の姿があった。

 

時雨は思わずこぼれた笑みを隠さず、そこに居たみんなに抱きついた。

 

 

 

 

 

その瞬間、少女は永き呪縛から開放された。

 

 

 

 

叢雲の戦闘状況は非常に厳しかった。

 

非常に高い戦闘能力に圧倒され、礼花の艤装から繰り出される小手先も全て力でねじ伏せられる。

 

艤装の力を使う度に、叢雲の艤装の出力は低下していく。

 

そのため、純粋な身体能力強化での戦いを余儀なくされていた。

 

駆逐棲姫はとめどなく溢れる力を振るい、叢雲に攻撃をしかけていく。

 

瞬間、強烈な膝蹴りが叢雲を襲った。

 

「かっ……はっ……!」

 

叢雲は吐血し、その場に蹲る。

 

(結構粘ったけど……ここまで……?)

 

叢雲は見上げると砲撃を構える駆逐棲姫が写った。

 

その目に光はなく、目の前の対象を処分することしかないような、機械的な目であった。

 

完全に深海に染まりきってしまったしぐれの成れの果てを叢雲は見た。

 

それを見て叢雲は不敵に笑った。

 

 

 

「ふっ……惨めなものね……!!」

 

 

叢雲の言葉が海上に響く。

 

 

「見てなさい……あんたはそんな姿に堕ちたけど、アイツは立ち上がってくるわ!!」

 

 

 

叢雲が叫んだ瞬間、激しい光が後ろから発された。

 

駆逐棲姫は異変を察し、すぐさま光から距離を取った。

 

しかし、駆逐棲姫は見誤った─────

戦場に現れたそれの脅威を。

 

 

 

瞬間、叢雲の長い髪が舞い上がった。

 

 

 

 

何かが高速で横を通り抜けたのだ。

 

その存在に踏みしめられた海面が水を勢いよく跳ねさせる。

 

駆逐棲姫の眼前にそれが迫ると、輪郭がハッキリした。

 

 

 

それは時雨だった。

 

 

 

電流が艤装に迸り、抱えていた主砲は変形型となり、背中に装着されている。

 

 

 

時雨が進化の殻を自ら破ったのだ。

 

 

 

時雨はそのまま身体を一回転させ、強烈な回し蹴りを放った。

 

叢雲の攻撃で緩んでいた防御を突き破り、駆逐棲姫の腹を貫く。

 

あまりの威力に、駆逐棲姫はゴムボールのように海面を弾みながら吹き飛んでいった。

 

 

「時雨……あんた……」

 

叢雲は驚きながらも、時雨の姿を見て嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「ごめん、やっと……「自分」に向き合えた」

 

時雨は目の前の駆逐棲姫を睨んだ。

 

唸り声を上げながら、駆逐棲姫は時雨を睨む。

 

少女の中で何十年と積み重ねてきた自責と怨恨の感情は、媒介にして産まれた深海棲艦を姫級に変えてしまうほどのものだった。

 

時雨はその重さを改めて認識し、目の前の駆逐棲姫に呟く。

 

 

 

「後は、現実(こっち)だけだね」

 

 

 

 

時雨は言葉と共に踏み込み、駆逐棲姫に近づいた。

 

改二兵装で変形した艤装をすぐさま使いこなし、精密な射撃で駆逐棲姫の移動を制限する。

 

時雨はこの改二兵装の使い心地に違和感を感じていた。

 

 

 

────体が覚えている。

 

元の時雨は今の体で改二兵装を使いこなしていた、その記憶が体に刻まれていたのだ。

 

まるで初めての使用では無いような身のこなしで、駆逐棲姫を追い込んでいく。

 

駆逐棲姫は何とか反撃をしようと、安定した場所で主砲を構える。

 

瞬間、爆発が次々に足元から発生した。

 

時雨が事前に放っていた魚雷だ。

 

舞い上がった水柱が駆逐棲姫の視界を塞ぐ。

 

 

 

その刹那、微かな水の跳ねる音が響く。

 

駆逐棲姫は音を逃さず、すぐさま音の方に主砲を構えた。

 

しかし、水が晴れた先には時雨はいない。

 

 

その位置にあったのは時雨が投げた不発弾だった。

 

 

時雨は更に水柱を立て、駆逐棲姫の周りを縦横無尽に動き回る。

 

何度も何度も陽動と目眩しを繰り返し、駆逐棲姫は方向が掴めなくなった。

 

遂に駆逐棲姫が全方位に魚雷を放とうと姿勢を低くした。

 

 

次の瞬間、時雨が懐に忍び込む。

 

 

「隙が出来たね」

 

 

時雨は出来た隙を見逃さない。

 

 

身体の捻りを最大限使用し、回し蹴りを食らわせる。

 

渾身の蹴りは腹部に直撃し、鈍い骨の音を鳴らしながら駆逐棲姫を吹き飛ばした。

 

駆逐棲姫は血を吐きながら、時雨を睨む。

 

「あれだけのクリーンヒットが……こんなダメージで済まされるなんてね……」

 

駆逐棲姫はまだ戦いを諦めてはいなかった。

 

攻撃を食らった箇所を回復しながら、駆逐棲姫は立ち向かってくる。

 

時雨は向上した身体能力で迎え撃ち、互角の肉弾戦が始まった。

 

荒々しさを増していく攻撃に、時雨は流すような動きで対処する。

 

「どんだけ威力が高くても……当たらなければ意味はない!」

 

時雨は生まれた一瞬の隙を付き、腹部へ主砲を構えた。

 

 

 

轟音が響き、駆逐棲姫の脇腹を砲弾が貫通する。

 

時間を置いて連鎖的に艤装が爆発し、駆逐棲姫は更なるダメージを負った。

 

 

 

瞬間、駆逐棲姫の双眼が輝く。

 

 

体制を崩したはずの駆逐棲姫が体を翻し、時雨に主砲を向けてきたのだ。

 

直ぐにガードをするが、引き金は抜かれたあと。

 

 

予想外の一撃で、時雨の艤装が中破する。

 

時雨は駆逐棲姫の攻撃で違和感を感じていた。

 

 

出力が弱まらないのだ。

 

ましてや、時間を追うごとに駆逐棲姫の攻撃性は上がるばかりだ。

 

今この瞬間でさえも、駆逐棲姫のオーラは濃く、濁っていく。

 

時雨は一つの仮説を立てる。

 

目の前の駆逐棲姫は今生まれ落ちた存在、これから深海から発生しているエネルギーを吸収し、完全なる存在になるはず。

 

 

言わばこの駆逐棲姫は、まだ成長を続けているのだ。

 

 

産まれ落ちた瞬間に得た力が壮大であったために、姫級が本来持ちうる力に上乗せされ、途方もない出力を可能としている。

 

それに加えて本来の深海棲艦と同じく、成長を続けているのだ。

 

「時間をかけられない……!」

 

時雨は覚悟を決め、中破した体を再度奮起させて、1歩を踏み出した。

 

 

 

すると、時雨の肩を何者かが掴んだ。

 

 

「何1人で行こうとしてんの」

 

 

聞きなれた、安心感のある声が聞こえてくる。

 

時雨が振り返ると、そこには川内と叢雲が立っていた。

 

「川内さん……どうしてここに……」

 

時雨が驚愕の顔で固まっていると、川内は時雨の頭に手を置く。

 

「礼花がこっちの戦場まで来て、白露を治療しだしたんだ」

 

 

 

 

____________

 

今よりほんの数分前。

 

苦しむ白露を見て、礼花は自らの艤装を展開した。

 

徐々に変貌していく白露を見て、礼花は悲しそうな顔をする。

 

「……君たち姉妹は、互いのことを想いやるばかりに、互いに負荷を掛け合っている」

 

礼花は手をかざすと、白露のデータが大量に空中に映し出された。

 

「君も君で怖いよ……時雨ちゃんは記憶を残してて、その執念が一つの人格を成してしまったが故の姉への執着心だけど……」

 

 

 

 

「君の時雨への思いは、転生する度に発生しているものだ」

 

 

 

白露は時雨のことを、どの転生でも最優先する存在として認識していた。

 

時雨に脅威が迫った時、妹に脅威が迫った時に、自分が守らなければと強く願っていた。

 

 

 

 

例え自分の命を投げ打ってでも。

 

 

礼花は時雨だけでなく、白露にも恐怖しながらも尊敬の念を評する。

 

「君が守り抜いてきた妹ちゃん、相当やばい事になってるからさ……そろそろ、お互いに分かち合わない?」

 

 

 

「幸せも、苦しみもさ」

 

 

礼花はそう言うと、深海に犯されていくデータを自らの編集の力で改ざんしていく。

 

艦娘が深海棲艦に染まる事を知り、叢雲のから得たデータで礼花が推察したものは二つ。

 

一つ、艦娘の元来の力と深海棲艦のデータは非常に酷似している。

 

艦娘が生まれたのは深海棲艦が発生するようになったあと、突如日本各地に現れた妖精達が生み出した艤装を発見したことが始まりだ。

 

なら、その力の源は何か。

 

その10数年前、人間社会では他国との大きな戦争が発生していた。

 

多くの民間人を巻き込む大規模な戦争だ。

 

その際に発生した多くの怨恨、自責、欺瞞の感情が全ての生命の祖である海へと帰り、深海へと溜まる。

 

それから産まれたのが深海棲艦であると。

 

そして、同時期に発生した妖精は、不用意に膨れ上がった深海の力を抑え込むために海が用意した「抑止力」であると。

 

この2つの構造は表裏一体であり、片方がもう片方を侵食することは起こりえないことではない。

 

そしてもう一つ、その侵食は不可逆的なものではないこと。

 

叢雲のデータを解析していくと、大元にあるデータの部分は構造を変えていなかった。

 

沈んだ艦娘が深海の憎悪に触れ、上書き保存されるかのように侵食されている事が発覚したのだ。

 

礼花はその二つの事柄を踏まえ、一つの解決策を見出したのだ。

 

 

 

自らの編集で、生きている艦娘の力を直接流し込むことによって、汚染を解除できるのではないか。

 

 

 

礼花は汚染され、乱されていく艤装データを一つ一つ手作業で整理し、その一つ一つの汚染を取り除いていく。

 

圧倒的な艤装理解度と、長年の研究によって洗練された技術がそれを可能としていた。

 

しかし、白露の汚染は礼花が想像していた以上だった。

 

積年の死への恐怖や、妹を守れなかった自責の念が積み重なり、深海へと強く繋がってしまっている。

 

拒絶反応を起こし、触れている礼花の腕ですら飲み込んでいくのを見て、礼花は険しい顔をした。

 

(お願いだ……ここで、戻ってくれなきゃ……)

 

 

『今の君は運がいい、あたしだって、夕立だっている』

 

 

(「あの子」にかけたあたしの言葉を……裏切ってしまう)

 

礼花は自らの言葉を思い出し、時雨の顔を思い出す。

 

しかし、依然変わらず進む侵食。

 

 

──── ほんの一瞬、礼花の脳裏に「諦め」の気持ちが浮かぶ。

 

 

しかし、ふと後輩の言葉が思い浮かんだ。

 

 

『あたしはあたしを思ってくれる人達のために、逃げたりはしない』

 

『そんなあなたに憧れて、私は必死に頑張ってきたんです!』

 

礼花はあの時の、涙で化粧をぐしゃぐしゃにしながらも訴えかけてきた後輩の顔を思い出し、微笑んだ。

 

 

(そうだよね……君も、あたしを思ってくれてる人の大事な仲間だ)

 

 

 

(あたしは……「もう」逃げない、最後までやれることをやってやる!!)

 

侵食が腕から肩に、そして自らの首元まで迫りながらも、礼花は手を止めない。

 

 

 

すると、白露の体に変化が訪れる。

 

白く染まっていた髪が元に戻っていき、拒絶反応が止んだのだ。

 

 

 

礼花は好機を逃さず、最後の力を使って艤装の再構築を行った。

 

しかし身体の芯まで汚れきった艤装は、礼花の身体を蝕み続け、遂には顔半分が深海棲艦と同じ姿になる。

 

「ぐっ……うゥ……ウウッ……!!」

 

(そろそろ艤装の出力が……!!まずい……!!)

 

犯された艤装が悲鳴を上げ始め、出力が落ちたことを確認した礼花は、最後の力を振り絞る。

 

すると、誰かの声が響いた。

 

『礼花』

 

それは父親の声だった。

 

『お前の努力は、ずっと俺が見てるからな』

 

在りし日の記憶、礼花はその言葉の意味を大人になってから理解していた。

 

人工の神の子としてこの世に生を受け、家族の誰からも愛されずに育ってきた少女を、自分だけは見ていると。

 

(父さん……見ててよ)

 

父の言葉を思い出し、礼花は再度奮起する。

 

 

(アタシは……ここで、戦場に咲く花になってみせる!!!)

 

 

 

艤装に僅かに残っている現役時代からの艤装妖精の力を全て艤装に還元し、礼花は全盛期の夕張だった時の姿へと変化した。

 

 

 

「戻れぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!」

 

 

 

礼花の渾身の叫びとともに、白露の体はみるみるうちに元の姿へと戻っていく。

 

数秒後、白露の体の変化が止まり、苦しんでいた体は完全に静止した。

 

「これで……ひと仕事……終わったね……」

 

礼花は川内の方を向いて、疲弊しきった顔で川内の肩を叩いた。

 

「これで……もう大丈夫、すぐに目を覚ます……」

 

そう言うと、礼花は力なくその場に崩れ落ちた。

 

「ちょっと……大丈夫!?」

 

「あぁ……大丈夫……流石に疲れただけだよ……」

 

 

礼花はそう言うと、力なく白露の方向へと指を指した。

 

 

 

「さぁ……運命が変わるよ……」

 

 

____________

 

「礼花さんが……?」

 

時雨は状況を整理しきれず、混乱している。

 

「とりあえず何とかなったって事!」

 

「あ……うん……」

 

時雨はとりあえず1度納得し、戦況をもう一度見直す。

 

すると、駆逐棲姫がその隙をついて、3人に向けて主砲を放とうと構えていた。

 

 

「っ!?来るよ!」

 

時雨はそう言って、各員に避けるように指示をする。

 

 

 

瞬間、駆逐棲姫の主砲が爆発した。

 

 

何者かの砲撃によって、攻撃が中断されたのだ。

 

 

戦場は静まり、足音が一つ響く。

 

 

 

揺れる茶色の髪をたなびかせ、1人の艦娘が戦場に到着する。

 

 

「さぁ……あの時の姉妹喧嘩の続きをしよっか……時雨!」

 

 

死の淵から復活した白露が駆逐棲姫へと言葉を投げた。

 

今、全員の人生において初の、三人姉妹による喧嘩が幕を開ける。




皆様、お待たせしました。Part38更新です。

最近は色々と時間がなく……合間合間に作っていたのですが、この話だけは妥協したくなく、珍しく1万字超えの投稿となりました。

今回の話は楽しんで頂けましたでしょうか。

次々に紐解かれていく世界の構造、それぞれの思惑。

そして遂に運命から開放された少女達。

定まった運命を乗り越え、それぞれが見据える先にはどのような未来が待っているのか。

次回をお楽しみに

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