自分たちの逃げる道に突然現れた生き物に、3人は目が離せなかった。
狼のような上半身に人間のような下半身、まるで、空想上の生物のような形状をしていた。
黒い生き物が咆哮を上げる、この世のものとは思えないほど不気味な声に、3人は震える。
「……っ!深海棲艦!?」
叢雲が化け物に向けて主砲を構える。
「長いこと深海棲艦と戦ってきたけど、あんな種類は見たことがないね。あの生物の正体も気になるけど、それより考えなくちゃいけないのは……」
川内がそこまで言って周りを見渡す。
「この状況から、どう逃げるかだね」
前には謎の生き物、後ろには深海棲艦と、逃げられる状況ではない。
「また、陽動をして逃げ出すのは……?」
「あの生物の力が分からない以上、下手に動くことができないね……」
時雨の問いかけに、川内は渋い顔で答える。
その時 ━━━━━━━━
ピチャ……
水の音がした。
「……っ!」
川内が後ろを振り返ると、あの生き物が1歩前に進んでいた。
「来るっ……!!」
川内が戦闘態勢に入る、1歩、また1歩と、その生き物は川内達に近づく。
(行くしかない!)
「みんな!あいつは私が引き受ける!隙を見つけたら逃げて!」
川内の言葉に2人が頷く。
「行くよ!」
川内が走り出したと同時に、化け物もスピードを上げて川内の方に走り出す。
(今だっ……!)
川内が主砲を構え、化け物を打とうとする。
その瞬間 ━━━━━━━━━━━
化け物は川内の横を通り抜け、深海棲艦の群れに突っ込んでいった。
「……え?」
完全にぶつかり合う気でいた川内は、スピードを緩めて振り返る。
突っ込んでいった化け物は、その勢いのままイ級を1匹殴り飛ばした。
殴り飛ばされ、大きな穴が頭に空いたイ級は、暫く悶えた後絶命した
(こっちに敵対していない……!? )
川内はその光景を見て驚愕したが、直ぐに冷静さを取り戻す。
(でもまだ何があるか分からない、とりあえず!)
「2人とも!私の傍に来て!」
川内の指示で時雨と叢雲が川内の傍に行く。
「なによあのパワー……私たちが苦労して殺したイ級をたった一撃で!?」
「しかもあのスピード……川内さんと同じくらい、いや、それ以上かもしれないね」
イ級を殴り飛ばした化け物は、その死体を掴んで、別のイ級に投げつけて吹き飛ばす。
投げつけた後、化け物の手の形がいきなり変形し、長い爪のような形になる。
「━━━ッ!!!!!」
長い咆哮の後、吹き飛ばされた衝撃で動けなくなっているイ級に突っ込んでしがみつき、爪をめり込ませて海面にねじ伏せる。
爪を体を抉りとるように引き抜き、そのままの勢いでイ級をひたすらに爪で引っ掻き、切り裂いていく。
叢雲たちの主砲では簡単に傷をつけられなかったイ級の装甲が、ハムを切るように容易く切り裂かれていく。
「ひっ…………!」
その光景を見ていた叢雲が、怯えた動物のような悲鳴を上げる。
「……あの化け物が暴れている内に、逃げるのはどうだい? まだ完全にこちらに敵対していると判明しているわけじゃないし、このまま逃げるのが一番安全だと思う」
時雨が川内に逃走を提案する。
「いや、今は動かない方がいいかもしれないね、下手に物音を立ててこっちがターゲットになったら、あのパワーとスピードに吹き飛ばされる事になるから……とりあえず今はここにいて」
川内は時雨の提案を拒否し、その場に留まることを指示した。
「うん、分かったよ」
時雨は川内の指示に従い、戦闘態勢のままその場に留まった。
仲間のイ級が倒されているのを少し離れたところから見ていた軽巡級が、化け物に砲撃を開始する。
化け物は砲撃を物ともせず、軽巡級に突っ込んでいき、急接近した後、そのまま軽巡級の砲塔を1つ掴んでへし折る。
━━━━━━ その瞬間、近くにいたイ級二匹が化け物の両腕に噛み付いた。
流石に両腕に噛みつかれたら動けないのか、化け物はその場で引き剥がそうと暴れる。
化け物が動けなくなっている隙に、軽巡級が主砲を構え、化け物の顔に直撃させた。
化け物が少しよろめいた隙に、腕に噛み付いていたイ級二匹が噛む力を強め、化け物の両腕を噛みちぎる。
両腕から黒い液体が溢れ出し、化け物の体が小さくなっていく。元々川内より頭2つ分大きかった体が、時雨たちと同じくらいの大きさになった。
深海棲艦の群れが、ダメ押しと言わんばかりに一斉放火を浴びせる。
「━━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!」
黒煙の中から化け物の絶叫が響き、煙が晴れた後、化け物はそこに倒れていた。
「死んだ……の……?」
叢雲が化け物の方を見つめながら言った。
深海棲艦の群れは、多大なダメージを食らってしまったからか、沖の方に撤退していく。
戦闘が突然終了し、辺りは突然静かになった。
静寂の中に残された3人は、辺りを見渡して安全を確認した後、状況を整理する。
「とりあえず何とかなったって感じかな?はぁー……一時はどうなる事かと……」
川内が安堵の声を漏らす。
「……。」
時雨がドロドロと溶けていく化け物の方を見つめる。
何故かあの化け物から目が離せない、はっきりとした理由は無いが、まだ何かあるような気がしてならない。
(あの化け物、あれは一体なんだったんだ?深海棲艦でもなさそうだし、海洋生物でもない……)
その時、時雨の目にある物が写った。
クリーム色の髪の毛が、溶けていく化け物の背中部分から少しだけ飛び出ていた。
(……!)
それが見えた瞬間、時雨は化け物の方に近づいていった。
「時雨!まだ何があるのかわからないよ!あまり離れないで!」
川内の制止も聞かず、時雨は化け物の方に近づいていく。
そして、化け物の背中の部分に手を突っ込み、中にある物を引っ張り出す。
「ぐっ!があっ……!」
化け物の中は異常な熱を持っており、中にあるものを半分ほど出したところで、我慢できずに時雨は手を離してしまった。
「もー!何やってる……の……?時……雨……」
近づいてきた川内が時雨を咎めようとするが、そこまでで川内の言葉は止まった。
目の前に映る衝撃的な光景に、言葉を失ってしまったからだ。
化け物の背中から出てきたのは━━━━━━━
潜水艦に水中に引きずり込まれたはずの、駆逐艦「夕立」だった。
夕立の体は異常に熱く、時雨の手は火傷で赤くなっていた。
「……!とにかく引っ張りだそう!」
近くで見ていた川内と叢雲も、夕立を引っ張り出すのを協力する。
3人の力で何とか引っ張り出すのに成功し、夕立を水面に浮かせた。
引っ張り出した瞬間に、夕立の体は段々冷たくなっていき、すぐに通常の体温まで戻った。
イ級に噛みちぎられていた腕も、ゆっくり再生していく。
「イテテ……こりゃすぐに手を冷やさないとだね……」
川内は、そう言って海水で手を冷やす。
「……。」
「どうしたのよ……?」
叢雲が、手を冷やしながらイ級の死体を見つめている時雨に問いかける。
「これ、夕立がやったって事だよね」
「「……。」」
川内と叢雲は、時雨の言葉に黙り込んだ。
(それにこの異常な再生能力……夕立、君は一体何者なんだ……?)
その日の任務は夕立が発見されたため、誰も死者は出なかったが、3人の心にモヤを残す結果になってしまった。
※※※※
作戦終了後、執務室で川内、提督、金剛、大淀の4人は、今回の任務について話し合っていた。
川内は任務中での夕立の暴走、その状態の夕立の危険度を事細かに話した。
「大破した不知火は、春雨の同行の元鎮守府に無事帰還、その後、直ぐに戦場戻って来ようとした春雨とは帰り道で会ったよ」
川内の報告が終わり、提督に報告書を提出する。
「ふむ……発動条件が分からない以上、出撃は控えたいところだが……」
提督が手を顎に付けて考える。
「もし発動した時の場合に、川内さんを旗艦に選んだはずなのですが」
大淀の言葉に、川内がビクッと震える。
「正直、暴走した時の夕立の容姿が分からなかったし、夕立だってわからなかったから……。それに最初は夕立は死んだものとして、鎮守府に帰投しようとしてたからね」
「普通の艦娘だったら、水中に引きずり込まれた時点でほぼアウトデスからネー」
提督の横に立っていた金剛が苦笑いをしながら言う。
「時雨と叢雲を沈められないように立ち回るのも大変だったし。もし、夕立を止めるってなったら、この状態のままじゃ止められなさそうだからね」
川内は未だに火傷の痕が残っている手を見つめながら言った。
「ただ、最近近海の深海棲艦の様子がおかしいという情報が入っている。体が赤く光っているイ級や、人間のような容姿をした化け物が数匹の深海棲艦の群れを連れて沖の方に移動して行ったという報告などもある。あまり戦力を出し惜しんでいる暇は無さそうだ」
提督が机の上に山のように重なった書類を見ながら言う。
「新人艦娘の育成が間に合っていないというのも現状です。現在出撃できる艦隊は、第一艦隊から第八艦隊、それと最近結成された第九艦隊です。それに一つ一つ任務を渡さなければ、問題は深刻化していくでしょう」
大淀が提督の言葉の後に続いた。
「という訳だ……川内、夕立はお前らに敵対しなかったんだろう?」
「何故か敵対はしなかったね」
「なら、今はまだ夕立の件は保留しよう。今は近海の平和を取り戻すのが1番だ」
「分かった」
「ただ、味方にも影響が及びそうになった場合は4人を速やかに撤退させた後、お前が夕立を止めてくれ」
「了解、周りに味方がいないなら本気で戦えるからね」
「じゃあ、次の任務はまた後に話す。手の怪我のこともあるだろう、今はゆっくり休んでいてくれ」
「はーい……じゃ、失礼しまーす」
そう言って川内が執務室から出ていく。
金剛が提督の前に紅茶を出す、それを飲んだ提督が息を吐きながら椅子にもたれかかる。
「はぁ……この先問題が多くて大変だ……」
「提督も根を詰め過ぎないようにしてくださいネ……?」
頭を抱える提督に、金剛が優しく問いかける。
「あぁ……休める時には休むよ……」
静寂が執務室に広がり、紅茶の匂いが部屋の中を包んでいる。
提督はこの先のことを考えたが、問題しか頭に出て来ない現状を整理しきれず、机に突っ伏した。
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