【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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90.少女、対岸を見る。

 

 

※インターン編に登場するホークスのサイドキック2名にはこのssにおけるオリジナル設定が適用されています。原作とは一切関係ありません。御了承の上でお読みください。

 以下、簡単なおさらい設定。

 

▼エスパース

・ホークスのサイドキックその一。

・鳥形メットにトーガに似たヒーロースーツの男性。

・原作No.189で「避難区域を拡げろ。こっちは逃げ遅れた人の救出にあたる!」と言っていた人。脳無に亜空間パンチをしていた。

・“個性”【空間接続】。空間に穴を開け、任意の空間と空間を繋ぐ。使用することで肘から先を別空間に顕現させて間合いの外から打撃を与えることなどができる。

・年齢はだいたい30歳前後をイメージ。ホークス事務所では一番年上なので、ホークスやシンセンスから敬語を使われている。

・博多で生まれ育ったため、博多弁がよく出る。

 

▼シンセンス

・ホークスのサイドキックその二。

・フルフェイスメットを被った、一見シンリンカムイに似たヒーロースーツの男性。

・原作No.189で「ホークス!排出されたのは9体だまだいる!」と言っていた人。脳無に対し超至近距離で格闘を挑んでいた。

・“個性”【感覚操作】。自分や対象の五感を操作する。使用することで敵ヴィランの視覚や聴覚を遮断して行動を封じたり、自分や仲間の感覚を鋭敏にして操作に役立てたりできる。

・年齢は25歳前後をイメージ。

・ホークスより年上なので所長の意向もあり彼にタメ口な反面、先輩であるエスパースには敬語を使っている。

・生まれは関東なので、標準語と博多弁が混ざってる。

 

 

───

 

 

 9月初旬。気持ちのいい秋晴れの空の下、数多の人が行き交う福岡の街。その雑踏の一角で、複数の悲鳴や怒号が上がった。

 

「! こちらシエル。ホークス、灰堀地区付近で(ヴィラン)を確認しました」

《詳しく状況報告》

 

 ヘッドフォンと共に装着したインカム越しに“はい”と返しながら、ゴーグルのスコープモードを起動する。倍率を上げて、遠く地上に視界を飛ばすとともに、羽根をひとひら差し向けた。ゴーグル()羽根()で、救うべき人の姿を見つけ出すために。

 

「男性3名によるひったくりです。アタッシュケースを奪われた会社員らしき男性は転倒。しかし意識はありますし立ち上がれています。捻挫をしたのか足を引き摺っていて、他にも何人か転倒しています。(ヴィラン)は、……【火花】と思わしき“個性”を用いて歩行者を威嚇しながらバイクで逃走中。灰堀から春凝方面へ向かっています」

《シエルは上空から近付いて(ヴィラン)の動きを止めて。エスパースさん、》

《了解。向かうよ》

 

 インカムからの声を聞きながら翼を強く羽ばたかせて、急降下。信号機の横をすり抜けて、大きく息を吸い込んだ。

 

「そこのバイク、止まりなさい。路肩に寄せて停車し──」

「アァ!? 止まれだァ?」

「だァれがンなこと言いよったい思たら、細か嬢ちゃんやったと!!」

「怪我しとうなきゃ引っ込んでな!!」

 

 ワハハ!、と仲間内で顔を見合わせて笑い飛ばしたり、こちらに向けて吐き捨てたりと、彼らの言葉に悪びれた様子は全くない。……こういう時、わたしがホークスやオールマイトみたいに知名度も功績もあるヒーローだったら、登場しただけで抑止力になったのだろう。そんなことをふと思ってから、すぐかぶりを振った。

 ──ないものねだりなんて、している暇はない。

 

「わたしの制止では止まらないと?」

「やけんそげ言いよー!」

「では、こちらで勝手に止めます」

「ハッ、……!?」

 

 前方に待機させていた羽根を操作し、バイクのブレーキを強く掛ける。急ブレーキによって大きく体勢を崩したバイクから転がり落ちる三人を羽根で受け止め、そのまま宙吊りにした。は、と短い息を吐きながら、状況を俯瞰する。

 

(ヴィラン)3人は確保、アタッシュケース確保、バイクは急ブレーキで転倒、けれど速度が落ち切らない、完全に停止させるにはもっと羽根を、)

 

「わあああっ!?」

「──!」

 

 思考を裂いた悲鳴は、少し先の路地から出てきた男の子のものだった。喧騒や火花が気になってしまったのか、路地からひょこりと顔を出した体勢で固まっている──スリップダウンしてしまったバイクが突っ込んでくる驚きと恐怖に、思考と身体が追いついていないのだ。

 そんな男の子のお母さんだろうか。後ろから追い付いた女性が覆い被さり、身を挺してバイクから庇おうとするのが、見えた。

 

「危ない……!」

 

 手元に残していた羽根の全てに命令を下す。刹那、真っ白な羽根の群れが吹雪のように吹き抜ける中、ゴーグル越しの視界に目を凝らした。

 横倒しになったバイクの車体を持ち上げて動きを封じ、それでも殺し切れなかった勢いから親子を守るべく壁を形成、硬化。念には念を重ねて親子を羽根で移動させる。──複数枚の羽根の並行処理。“個性”の成長とサポートアイテム(ヘッドフォン)のおかげでより速く、多様に、緻密に動かせるようになった──そんなことを考えるなんて、気が緩んでいたのだろう。

 

 わたしは忘れていた。

 自分の手元には、もう羽根がほとんど無いことを。

 

「ぁ、」

 

 重力に従ってがくん、と視界がぶれる。──落ちる!

 

「わ、あ……っ!」

「おっとっと」

 

 身体を支えきれずに落ち、コンクリートに叩き付けられる──その寸前、誰かの腕(・・・・)がわたしの襟首を掴む。慌てて後方を振り仰ぐと、空中にできた亜空間から伸びた手が、ヒロスのファー部分を掴んでくれていた。

 わたしがほっと安堵の息をついたのと、エスパースさんの声がしたのは同時だった。

 

「危なかよー、無理ばいけん」

「ご、ごめんなさい……」

 

 地上から“個性”を発動してくれているエスパースさんに頭を下げて──いまいち締まらないこんな感じで、わたしのインターンは幕を開けた。

 

 

───

 

 

 オールマイト(平和の象徴)の引退に、AFO(悪の象徴)の逮捕。表も裏も支配者がいなくなったことから、(ヴィラン)に歯止めが効かなくなった。以前と比べて増加した犯罪数や、徒党を組んで犯行を行おうとする傾向には、明らかに(ヴィラン)連合の影響が表れている。

 

(早く、連合の居場所を見つけなきゃいけない)

 

 ピアスを触りながら決意を新たにする。公安からの指令を全うするためにも、まずはこのインターンを頑張らなくちゃ──そう意気込んで、市内パトロールに出発したのだけれど。

 

「報告が冗長すぎる」

 

 “事務所に戻る時間がもったいないから”ということで、昼食はとあるビルの屋上でとることになった。いつの間にか買ってきてくれてたパンをわたしたちに手渡しながらホークスは言った──“休憩中に午前の振り返りもしちゃおうと”。

 そうして開口一番わたしに向けられたのが、先の言葉だった。

 

「君の“個性”や性格からして怪我人に意識が向きがちになるのはわかる。けど(ヴィラン)退治は相手を如何に“早く”戦意喪失させるかによる。一秒たりとも無駄にできないよ。次回以降の報告は要点を絞って簡潔に」

「、はい」

「あとエスパースさんから聞いたけど、バイクを止める際に羽根が足りなくなっちゃったんだって?」

「……はい。すみません、市民の方に危険が及んでしまって……」

 

 ホークスの淡々とした指摘に、先ほどの一件を思い出す。勢いを殺し切れずに猛スピードのままスリップダウンしてしまったバイク。強張る男の子の顔。彼を身を挺して庇うお母さん──きっと怖い思いをさせてしまったのだと思うと、悔やむ気持ちが止まらない。

 俯きたくなるのを必死に堪えて前を見る。ホークスはわたしの話を聞いて、ひとつ頷いた。

 

「まァ市民の皆さんの安全。それが第一ではあるね」

 

 けど、とホークスは続けた。呼吸のための短い空白。そのほんの僅かな間、わたしを見る彼の目が少し細くなった気がした。

 

「ヒーローが次々発生する事案に対応するには継戦能力が必要だよ。自己犠牲じゃ、たったひとりしか守れない」

 

 ……けれどそれは気のせいだったのかもしれない。ホークスは声色と同じ淡々とした眼差しで、わたしを射る。

 

「自分の身も守れないなら、他人の身は守れないって思ってね」

「……わかりました」

「よし、じゃあ先パン食べときな。次、ツクヨミは──」

 

 ホークスの視線が常闇くんに移ったのを確認して、一礼を残してその場を離れた。そうして手に持ったままだったパンにかぶりつく。いつの間にかホークスが昼食にと買ってきてくれたパンは焼き立てでふわふわだ。中に詰まっている玉子サラダは口当たりが滑らかで優しい味をしていて、おいしい。……そのはずなのに、味があんまりしなかった。

 

(……もっとしっかりしなきゃ)

 

 早く食べて午後からのパトロールに備えなきゃ。さっき指摘された問題点を改善しなきゃ。やるべきことはわかっているのに、……どうしてか、身体が重い。

 

『君は本当に、真面目ないいこ(・・・)だね』

 

 昨夜の言葉が、頭の奥で鳴り続けている。

 

 

 

「シエル」

「! と……ツクヨミくん。黒影(ダークシャドウ)も、どうかした?」

 

 ふと顔を上げて辺りを見ると、ホークスは事後処理から戻ってきたらしいエスパースさんとシンセンスさんと何か話している。どうやら常闇くんへの指導は終わったらしい。彼はわたしの隣でパンの包みを開きながら首を傾げた。

 

「食べないのか?」

「う、ううん食べるよ、……ふふ、」

「? ナニ笑ッテル?」

「なんか新幹線でも、こういうやりとりあったなあって」

 

 博多に向かう新幹線の中で、お弁当を広げながら3人で話していたことを思い出す。黒影(ダークシャドウ)と林檎を半分こして、常闇くんに励ましてもらった思い出が心に浮かんで、自然と頬が緩んだ。

 

「……確かにな」

 

 常闇くんも静かに笑って、……けれどそれから目を細めた。笑みの形ではない、何か、こちらを窺い見据えるような眼差しで。

 

「確かに今のおまえも、またひとりで抱え込んでいるような気がする」

「え……、」

「……あの動画投稿者のことや、相澤先生からの忠告、ホークスからの指摘と、苦慮することも多かろう。やむを得ぬことではあるが……しかし、忘れないでいてほしい」

 

 榛の瞳に、光が灯ったようだった。その切ないぐらい真っ直ぐな眼差しに覚えがあって、わたしは唇を震わせた。

 ──“一人きりで傷つくのはもう無しだ”と、そう言ってもらった時のことを、思い出す。

 

「……“半分こ”のこと?」

「ああ。そしてもう一つ」

「? もう一つ……?」

 

 それって、とわたしが問い返そうとした時だった。わたしたちの足元よりずっと下の方。地上から呼び掛けてくる声を拾って、羽根が震える。

 驚いて様子を見に向かうと、ビル前の歩道に立ってこちらを見上げる親子の姿があった。はっと目を見開く。

 

「先ほどの……!」

 

 わたしは羽根を広げ、屋上から飛び降りた。ゆっくりと羽ばたきながら親子の前に降り立つ。

 

「どうかされましたか。もしかして、何かお怪我を……!?」

「ああ、違う違う!」

 

 慌てて問い掛けたわたしとは裏腹に、親子のお母さんは快活に笑った。息子なんだろう男の子と手を繋いで、嬉しそうにわたしに笑いかける。

 

「さっき助けてくれたんはあなたやろ? お礼ば言いたかったと」

「お礼……いえ、わたしは、むしろあなたたちを危険な目に、」

「さっきおねーちゃん、まっしろのはねでブワーってしてくれた! ばりかっこよかったばい!」

 

 男の子のきらきらした目に圧倒されて、わたしは思わず声を詰まらせた。言葉を探してまごついている間に、お母さんが男の子の頭を撫でる。

 そのもう一方の手は、大きなお腹を支えていた。

 

「ここにね、この子の妹がおるとよ」

 

 やっぱりとわたしは頷いた。もう40週も近いと見えるお腹の張りに、そうじゃないかと思っていたけれど……。

 

「お身体の調子は大丈夫ですか?」

「平気平気! あなたが救けてくれたけんね」

「え? いえ、それは、」

「私が妊婦なんに気づいて、身体に負担がかからんように運んでくれたやろう?」

 

 確かにあの時、いつもはホークスみたいに首後ろに羽根を引っ掛けて運ぶやり方をしていたけれど、妊婦さんなのかもしれないと思って別のやり方を選んだ。多くの羽根を空飛ぶ絨毯みたいに集めて彼女を乗せたのだ。

 

「ありがとうね、ヒーローさん」

 

 そのことに、気づいてくれた。“ありがとう”と、わたしを探して言いに来てくれた。それに何より、無事でいてくれた。……その嬉しさが胸に迫って何も言えないでいるわたしの手を、男の子の手が取る。

 

「ねえねえ! おねーちゃんホークスんとこのヒーローやろ? なまえは?」

「名前……シエルだよ。まだヒーローは、その、勉強中なんだけれどね」

「シエル!」

 

 男の子はぱあっと目と声を輝かせた。そうしてその顔に、お母さんを慕う子どもの表情と、もうすぐ産まれる妹さんを思うお兄さんとしての表情を浮かべる。

 

「まもってくれてありがとお、シエル!」

 

 は、と息が漏れた。声から伝わった振動がまるで心まで揺らしたみたいに、唇が震える。

 

「……ありがとう、ございます」

「ええ? なんでおれい?」

「私らが言う側なんに」

「いえ、……」

 

 不思議そうに首を傾げる親子二人に、わたしは笑って答えた。

 

「ありがとうございますって、本当に、言いたくなったんです」

 

 自分がやらなきゃいけないこと。

 自分ができること。

 自分が頑張りたいこと。

 最近はいろんなことがあったからか、それらがバラバラになってしまった気がした。自分の選んだ道が合っているかどうか不安で、……深い霧の中にいるみたいで。

 そんな中、あの人たちの笑顔と“ありがとう”が、まるで光のように差し込んできたのだ。

 

「よかったな、シエル」

「ツクヨミくん……、うん、」

 

 やり取りを見守ってくれていたのか、屋上に戻ったわたしを出迎えた常闇くんは微笑んでいた。それに笑って頷いて、俯く。

 

「……嬉しかった」

 

 指先を擦り合わせながら呟くわたしをしばらく見つめて、それから常闇くんは姿勢を正した。それにつられるように、わたしも前を向く。

 

「……先ほど言いかけたことを、伝えてもいいか」

「! うん、お願いします」

「……かつて職場体験でその感情に拘泥し、醜態を晒した俺が言えた義理ではないのだが……」

「? うん……?」

 

 常闇くんには少し珍しい、どこか言い淀むような口調。それに相槌を打ちながら待っていると、彼の嘴がゆっくりと開いた。

 

「……焦り、という感情に、囚われすぎないでくれ」

「……焦り?」

「その功罪はどちらもあるだろう。切迫感がシエルの背を後押しすることもあるかもしれん。……しかし、おまえが成し得たことも、忘れず見つめるべきだ」

 

 ……言い淀むような、というのは間違いだった。彼はただただ思慮深く、言葉を紡ぎ手渡してくれる。

 

「先ほどの親子の笑顔は、おまえが救け、守ったものだろう」

「……、」

 

 ──わたしがヒーローとして行使している“個性”は、大切な人の人生を犠牲にして奪ったものなんだよ。

 そうした言えない言葉を飲み込むたび、不相応な賞賛を受け取るたび、罪悪感が胸の底をざらりと撫でる。“ありがとう”と言われて“嬉しい”と能天気に思ってしまう、そんな自分がこんなにも浅ましい。

 けれど、──それでも、わたしは頷いた。

 

「……そうだね」

 

 以前の職場体験を思い出す。常闇くんの指摘。気付かされた自分の甘えや弱さ。“正しく”いることの難しさ。

 この力を、“個性”を持つ責任。

 ──正しく使って人を救けるという決意。

 

(……“個性”のことを開き直るわけでも、自惚れるわけでもなくて、)

 

 罪悪感に俯いてばかりではなく、わたしが動いて変わっていくことを──成し得たことを、忘れず見つめる。それがきっと、力の責任を取るということだ。この“個性”と向き合うことに繋がる。

 ……そうして過ごす中で、ふとした言葉に背中を押されて歩き出すことぐらいは、自分に許してもいいのかもしれない。

 

「チョットハ元気出タカ?」

「ふふ、うん。……心配かけてた?」

「オウ! 全ク油断モ隙モアッタモンジャネーゼ」

黒影(ダークシャドウ)! ……の言うことは、その、聞き流してくれ。気にするな」

「この場合はどっちが本音なんだろう……」

 

 常闇くんと黒影(ダークシャドウ)は一心同体。つまりどちらも彼の本音なんだろうなあと頬を緩めた。正反対のようでいて、どちらもわたしをあたたかに気に掛けてくれている。

 そんな彼らの心遣いが嬉しくて、胸の奥がほうっと温まる──そうしてゆっくり息を吐いた、その時だった。

 

 

《管内のヒーローに救援要請。本日13時18分、灰堀地区×××にある銀行にて立てこもり事件発生。(ヴィラン)数人が“個性”を行使して銀行員ならびに客数人を人質にとっています。繰り返す──》

 

 

 インカムに届いた報せに、わたしも常闇くんもはっと息を飲む。それと同時にばさりと翼がはためく音がして、わたしたちはそちらを振り返った。

 晴れ渡る青空を背景に、剛翼の赤が広がる。その隙間から覗いたホークスの目が、肩越しにこちらを見据えた。弧を描く。

 

「──さァ、お仕事だ」

 

 それを言い終わる時にはもう、ホークスは屋上を飛び立っている。わたしと常闇くんも慌てて駆け出し、離れていくホークスの背を追いかけた。

 

 

───

 

 

 救援要請を受けて辿り着いた銀行の周囲には、既に規制線が貼られていた。物々しい雰囲気の警察が、野次馬をしに現れた人たちを押し留めている。

 ホークスを先頭に規制線の内側に入ったわたしたちは、現状を聞きながら件の銀行を見上げた。恐らく(ヴィラン)がそうしたのだろう、窓という窓のカーテンが閉じられている。

 

(ヴィラン)グループは中にいた人質と引き換えに金銭と逃走手段、経路を要求しています」

「下手に要求を飲んで(ヴィラン)に手段を与えるのも悪手ですね。この場で人質を救出しつつ確保しなきゃ」

 

 先行した警察官の報告に頷きながら、ホークスが視線だけでわたしを見据える。

 

「人質を救出するにしろ(ヴィラン)を捕らえるにしろ、中の状況は把握したいね──シエル」

「っはい」

「羽根で探るよ。来て」

 

 ホークスはわたしに指先でジェスチャーを送りながら、剛翼で何かを取り寄せて広げている。駆け足で近づき、覗き込んだそれは。

 

「この銀行の間取り……?」

「そ。俺たちの現在位置はここ。このダクトを使って羽根を中に飛ばす。今から潜入経路を伝えるから一回で覚えてね」

 

 あっという間に進んでいく段取りに、慌てて頭を回転させた。間取り図の上をすいすい滑るホークスの指先を追い、その道筋を脳内に叩き込む。……ダクトを進んで始めの分岐を右へ。突き当たりを下。エアコンから内部へ。部屋と部屋の間は必ず音を聞き取って人がいるかどうか確認してから進む。給湯室から少しずつ中心部へ──

 

「わかった?」

「、はい!」

 

 頷く声が、上擦って大きくなる。言葉尻だって震えていた。……こんなのじゃなくて、落ち着いて振る舞わなきゃいけないのに。冷静にヒーロー活動できるんだって、わかってもらいたいのに。

 恥ずかしさと悔しさで俯きそうになった、その刹那、視界の端でホークスの表情が動いた。見上げた先で、藤黄色の目が弧を描く。

 

「俺の羽根も一緒に行くから、気負わんでよかよ」

 

 緊張しきりのわたしに“仕方ないな”と言いたげな、それでもどこか嬉しそうな──そんないつもの(・・・・)笑顔だった。わたしが落ち込んだ時、励ましてくれる時のようなそれに、小さく息を飲む。

 一拍遅れてホークスもまた息を飲んだ。は、と開かれた目。それがぎゅっと、押し潰されたように細くなる。

 

「……なーんて。調子良いこと言っちゃった」

「え……」

「ごめんねシエル。忘れて」

「……っ、い、いいえ!」

 

 へらりと、どこまでも軽い調子で笑う。……だからこそ流すことはできなくて、わたしは震える舌を励ました。

 

「嬉しかったです。安心、しました!」

 

 今は頑張らなくちゃいけない大変な時。多くの時間はかけていられない。“それでもこれだけは”と決めた言葉を形にして、わたしは意識をヒーローへと切り替えた。ヘッドフォンの集音性を調整して、羽根の潜入ルートを頭の中で復習する。

 

「……してもらっちゃ、それはそれで困るんだけどね」

 

 そうしてぼそりと聞こえた声。その意味を聞き返したかったけれど、もうわたしにもホークスにもその時間は無かった。ホークスの背中から羽根が数枚飛んできたのを目で追いながら、わたしも羽根をダクトに向かわせた。深呼吸。深く息を吸って、吐いて、風を切る羽根の振動に耳を傾ける。

 

(……、給湯室には誰もいない)

 

 戸口で次の通路に人がいるかどうか確認して、移動。数枚扉をすり抜けたところで、見張りのように立っている人間を感知した。手渡されたペンで地図に情報を書き込んでいく。

 

(身動ぎした布擦れの音、と一緒に聞こえたこれは、恐らく大型の銃器、もしくはサポートアイテム……武装している)

 

 ──“警察からの返事はまだか”と苛立ち始めた(ヴィラン)の声。待合室の片隅に集められた人質の皆さんの沈黙。震えるような布擦れの音。そのすぐそばで見張っているのだろう(ヴィラン)が、威嚇するように固いものを柱に打ちつけた。ガァン、と鋭い音が響いて、押し殺すような静寂を貫く。

 

 わたしが(ヴィラン)の配置。会話の要約。状態。人質の居場所や人数──ひとつひとつ情報を地図に書き込んでいく間に、ホークスは2つ、3つと、止まることなく書き続けている。それも同時に多方面に羽根を複数飛ばしているようで、あっという間に地図が情報で埋まっていった。

 

「ん、こんなもんかな」

 

 さらり、何でもないことのような顔で言って、彼は地図から顔を上げる。

 

「情報を共有する間、潜入させた羽根は物陰に潜ませとこ。何かあった時のために、人質の近くがいいかな」

「わ、……は、はい」

 

 恐らくわたしの羽根に同行してくれていたんだろう、ホークスの剛翼の一欠片が、わたしの羽根を引っ掛けてカーテンの後ろに隠れた。腕を引かれるようなその感覚に少し驚いて、けれど“そんな場合じゃない”と気を引き締めた。まだ何も、状況は終わっていない。

 

「偵察終わりました。中の状況はこんな感じです」

 

 ホークスが指し示す地図を、みんなで囲んで見下ろす。──人質の皆さんは待合室に集められていて、その周囲に2人の見張りが常駐。同じく待合室にリーダー格含む5人がいて、その出入り口に2人、裏口までの通路に点在しているのが4人、裏口に2人。全員がサポートアイテムか銃器で武装している──

 

「中の電灯は点いてますけどカーテンは全部閉じられてる。この状況を活かそうかなと」

「なるほどねえ。配電盤はここやね?」

「ですです。エスパースさんここ繋げられます?」

「その後加勢に行くとして、……うん、間とってここ待機するばい」

「お願いします」

 

 ……とんとん拍子で進んでいく話に、そっと常闇くんと目を合わせる。“わかる?”と尋ね合って、同じタイミングで小さく首を横に振る。

 そんなわたしたちを見かねてか、小声でシンセンスさんが説明してくれた。

 

「ホークスは配電盤のブレーカーを落として、照明を落とすつもりなんだよ。視界が悪くなって戸惑う(ヴィラン)を制圧して、人質を守るためにね」

「……、だからエスパースさんの【空間接続】で空間を繋いで、ブレーカーの操作をしてもらおうと?」

「そ。で、俺はこれ」

「……!」

 

 わたしと常闇くんの眉間に、そっとシンセンスさんは手を当てた。じわりと伝わってくる微かな熱に、常闇くんは小さく息を飲む。

 

「これは……?」

「俺の“個性”【五感】で、2人の暗順応を強化……つまり夜目が利くようにしたよ。これで中に突入しても問題なく動けるはず」

 

 そんな説明とサムズアップを残して、シンセンスさんはホークスとエスパースさんの元に行った。2人にも【五感】による視力の強化を行うのだろう。

 多くの言葉を使っているわけではないけれど、互いが互いの意図を汲んでいる。そして、その上で動いてくれると信じている。エスパースさんやシンセンスさんと話すホークスは、いつもより肩の力を抜いているように見えた。

 

「……これが、ホークスと連携を取る、ということなのだな」

 

 そんな3人を見つめながら、常闇くんがぽつりと呟く。

 

「速すぎる彼の意図を汲み取り、自分の“個性”を活かし、できることを率先してやる。……ならば、」

 

 “俺にできることは──”

 そこで言葉は途切れたけれど、きっと常闇くんの思考は目まぐるしく動き続けている。だって彼の目は、前を向いて輝いているのだから。

 

(……わたしだって、負けていられない)

 

 わたしもまた、わたしにできることをする。

 その決意を新たに、きつくグローブをはめ直した。

 

 

───

 

 

 “個性”【空間接続】とは、持ち主であるエスパースさんを中心とした半径50メートル以内を範囲とし、任意の地点と地点を別空間のトンネルを創り出して繋げるものだ。新たに創り出した空間は、間を阻むどんな障壁も無いものとする。

 “個性”を発動させたエスパースさんは、銀行の外壁から空間を繋ぎ、配電盤の蓋を開けた。ブレーカーに手を掛け、秒読みを開始する。

 

《秒読み開始。3、》

 

 裏口の鍵は既に、エスパースさんが前もって開けていて。突入組も待機済み。

 

《2、》

 

 共に正面入り口に立つ常闇くんが、黒影(ダークシャドウ)を展開。

 

《1、》

 

 ──“0”、の瞬間。大きく振りかぶった腕で、黒影(ダークシャドウ)が入り口の自動ドアを薙ぎ払う。盛大にガラスが割れる音が響き、バリケードとして乱雑に積まれていたソファーも全て吹っ飛ばしていった。

 

「!? 何だテメェ、ら゛ッ!?」

 

 真っ先にこちらに向かって砲身──恐らくは違法サポートアイテム──を向けてきた(ヴィラン)の肩口を羽根で射抜く。追従した羽根で怯んだ男性の足元を払い、転ばせ、サポートアイテムを弾き飛ばした。その様子も、わたしが繰る羽根の軌道も全て、この暗闇の中きちんと見えている。

 

(ブレーカーはきちんと落ちてる。この暗さなら、常闇くんと黒影(ダークシャドウ)の独壇場だ)

 

 ──万一を考えて、開け破った入り口から漏れる光はそのままにしておくとしても──彼らの“個性”を存分に活かせる。

 武装した(ヴィラン)に対する主力として暴れ、引きつけることこそ自分のできることだと、常闇くんたちは判断した。

 

(なら、わたしは、)

 

 羽根による探知を以て、(ヴィラン)の動向を間近で確認。常闇くんと黒影(ダークシャドウ)のサポートをする!

 

「皆さん伏せて! 頭を庇って姿勢を低く!」

 

 突然の停電や轟いた破壊音に戸惑っているだろう人たちに向け、声を張る。まず人質の皆さんの安全を確保するため。そして、

 

「!! テメェら、こっちにゃ人質がッ、」

 

 そして、人質を盾にするであろう(ヴィラン)を誘導して、確実に行動を封じるため。

 自分の近くに座り込んでいた銀行員を掴み上げるつもりだったのか、わたしたちから一歩下がったその右足を、硬化させた羽根で撃つ。傍らにいたもう一人は、既に黒影(ダークシャドウ)の鉤爪に押し潰されていた。

 

 他の(ヴィラン)は全て制圧できたか──周囲の状況に視線を走らせていた時だ。視界の端に、それ(・・)を捉える。

 

「クソがァッ!!」

 

 リーダー格らしき男が、わたしたちを見てギリリと歯噛みした。憎々しげに細められた目。寄せられた眉。袖口から現れた小型のアンプル、エピペンに似た──

 

(──違う!)

 

 慌てて飛ばした羽根で、男の手からアンプルを弾き飛ばす。からん、と床を転がる音に安堵したのも束の間、強かに打った手を庇いながら、それでも再びわたしを睨み上げたその目と、目が合う。

 

「ンの野郎、ッ──」

 

 増強系の“個性”だろうか。駆け出した(ヴィラン)が肥大した右腕を振り翳した直後、言葉が不自然に途切れる。崩れ落ちる男の背後から、ふわりと赤い羽根が舞った。

 

「制圧完了」

 

 ──裏口から突入して、バックヤードに点在する(ヴィラン)を各個撃破した後、正面で暴れるわたしたちに合流する。そういう手筈だったことを感じさせない速さと涼しげな表情で、ホークスはぼそりと呟いた。

 それからゴーグルを額に押し上げ、露わになった眦を緩めて、笑う。

 

「お待たせしました! もう大丈夫ですよー」

 

 へらり、軽やかに浮かべた笑みと言葉に、重苦しい沈黙が破られる。安堵と、喜びの歓声に。

 

「ホークス!!」

「どもどもー」

「来てくれたんやねぇ……!」

「さっすが、速すぎる男たい!」

「いえいえー、遅くなって申し訳ない」

 

 剛翼で気絶した(ヴィラン)を遠ざけつつ、人質の皆さんに声を掛けて状態を見ていく。そんな傍ら、ホークスはわたしに目配せひとつ。わたしもようやく我に返って、座り込んだままの女性の元へ向かった。

 

「っあの、すみません、お怪我をされていますよね。処置をしますがよろしいですか?」

「……あなた、確か雄英の……?」

「はい。質問させてください。このお怪我はいつ、どのように?」

「それは(ヴィラン)が襲ってきた時、割れて飛んできたガラスで切って……」

 

 簡単な問診を終えて、傷痕を目で見て手で触れて確かめる。その上で“個性”を発動させた。血液中の血小板を結合、凝集、血液凝固因子の活性化。傷口を覆うように表皮細胞を増殖──イメージに沿って迅速に細胞を動かす。

 

「あ、わあ……!」

「……、どうでしょう。痛みや違和感はありますか?」

「無い! わあ、すごい、本当にありがとう……!」

 

 治癒し終えた頃を感じ取って顔を上げると、女性は嬉しそうにわたしに笑いかけた。怪我したところが額ということもあって出血は激しかったけれど、傷口は浅く、全く残らなかった。

 わたしたちは彼女を、彼女たちを、救けられたのだ。

 

「……お力になれて、よかったです……!」

 

 緊張からの解放も相俟って、頬がだらしなく緩む。よかった。ちゃんとヒーローとして頑張れた。みんなが無事で、笑ってる。よかった──そんな気持ちいっぱいに笑っていた。

 

 

 

「うッ……ぐ、ぅ……」

 

 その時、ひとつの呻き声を羽根が拾い上げる。

 

「……あ……、」

 

 わたしが人質の皆さんに向き合っていて、彼ら(・・)に背中を向けていたから聞き取れたのだろう。それぐらいに微かな声だった。それぐらい微かに、小さく、……痛みに身動いだのは、先ほど捕らえた(ヴィラン)の一人だった。

 

(捕縛の時、当たりどころが悪かったのかも)

 

 わたしは様子を見に行こうと腰を浮かせた。その中途半端な体勢のまま、動けなくなる。

 

 

「行く必要なかよ、ヒーローさん」

 

「……、……え」

 

 

 声の方を向くと、ついさっきわたしが治癒した女性が、心配そうな顔でわたしを見ていた。わたしのヒーロースーツの袖を控えめに掴んで、訴えるように声を重ねる。

 

「相手は(ヴィラン)ばい。油断ば誘うてまた襲うてくるかも」

「……そんな」

「そうやなくとも、あいつらなんか治さんでよか!」

「あいつらのせいでこっちは殺されるかもしれんやった」

「そう、ただの自業自得やけん!」

 

「……、」

 

 心配と怒りが入り混じった表情に、声に、わたしは何も言えなかった。きっとわたしを案じる気持ちもあるんだろうし、彼らが言うことが間違いだとも言えない。

 それでも、さっきまであんなに優しかった彼らの眼差しが、わたし越しに(ヴィラン)を鋭く睨むのに対して──頷くこともできないまま、わたしは唇を戦慄かせた。

 

「……チッ、」

 

 “クソが”、と吐き捨てられた声に、羽根が震える。言葉のなり損ないを飲み込みながら、わたしはただ考えた。それしかできないでいた。

 

(……何だろう、なんだか……、)

 

 わたしが上手く“個性”を使えるようになるほど。

 上手に“ヒーロー”を全うすればするほど。

 

(──(ヴィラン)になった人たちは、苦しそうだ)

 

 

 

───

 

 

 

 立てこもり事件は(ヴィラン)グループの構成員全員の逮捕という形で収束した。人質にされていた人たちも、わたしが治癒した女性以外に怪我人もなく、警察の事情聴取を終えたら順次解放されるらしい。

 

「お疲れ様やったねえ、シエル」

「エスパースさん、……はい、お疲れ様です」

 

 ホークスはすぐに別の現場に向かい、シンセンスさんと常闇くんもそれに追随。この現場に残って事後処理を担当したのはわたしとエスパースさんだった。

 警察へ捕らえた(ヴィラン)を引き渡し、引き継ぎとして事件の全容、解決に至る経緯などを伝えて──一通りのことを終えたわたしに、エスパースさんは眉を下げて笑う。

 

「疲れとる?」

「……、わかりやすいですか?」

「少しだけ。まァでも、しかたなかよ」

 

 “色々あったけんねえ”と頷きながら、エスパースさんはペットボトルのお茶を渡してくれた。お礼を言って受け取り、両手で持つ。9月の日差しはまだ暑く、ついと流れた結露がわたしの指先を濡らした。

 

「…………」

 

 それがひやりと、心まで撫でるようで。

 

「……エスパースさん」

「どうしたと?」

「……今回の(ヴィラン)は、指定(ヴィラン)団体の構成員だったんでしょうか」

 

 彼らが所持していたアンプルは違法薬物──自身の“個性”を増幅・強化させる麻薬だった。それはオールマイトが一線を退いて以降、(ヴィラン)の間に急速に広まっていると聞く。

 

(……いや、あの時から、もう既に……)

 

 職場体験での出来事が脳裏によぎる。初日、博多駅に降り立ったわたしと常闇くんが遭遇した指定(ヴィラン)団体の構成員もまた、似たような麻薬を使っていた。

 思い出す。

 ……思い出すたび、心がぎしりと軋む。

 

 

 

 ──“どうして正しくあってくれなかったのか”。

 

 かつてわたしは、相対した極道の男性にそう叫んだ。薄暗い倉庫の中。心神喪失したのであろう人たちを匿っていたあの人は、彼らを治すためわたしを誘拐した。常闇くんを人質として、“個性”を使うよう脅迫した。

 

(もし、そうじゃなかったら)

 

 犯罪を犯しさえしなければ。

 法律の枠組みの中にいてくれたら。

 ただ、救けを求めてくれていたら。

 

 きっとわたしは差し出された手を取った。そこにいたのがわたしじゃなくても、ヒーローは彼らを救けただろう。悲しみを拭う手は届くんだ──かつてわたしが、そうだったように。

 

(……でも、彼らはそうしなかった)

 

 とうに治したはずの耳たぶがじんと痛む。

 わたしを拳銃で撃ち抜いたあの人も、今回相対した立てこもり犯だってそうだ。“正しくあってくれなかった”。ヒーローの手が届かない枠の外へ行ってしまった。

 

『……枠組みの中で、やり直すことは、できませんか……?』

 

 そう尋ねたわたしに、

 激昂した瞳を、声を、まだ覚えている。

 

『……小さなヒーロー様は、“正しい”ことが大好きらしい』

 

 プラチナブロンドの間からぎろりと覗いた目は、きっとわたしに失望していた。

 

『けどなぁ……“正しい”だけじゃ、生きていけねぇ奴もいる』

 

 あの時の言葉通りなのかもしれない。トガヒミコがそうであるように、正しくできない理由があったのかもしれない。

 今までわたしが出会ってきた──ヒーローが捕らえてきた(ヴィラン)にも。オールマイトが退いた今、治安を揺るがそうとしている(ヴィラン)にも。

 

(……でも、だからといって、“個性”で誰かを傷つけることは許されない……)

 

 ヒーローにも、(ヴィラン)にも、譲れないものがある。譲歩できない。分かり合えない。だったらもう後は戦うしかないと、そうやって今の社会がある。

 

 ──だから“仕方ない”って、無理やり納得して、

 そうしてこれからも歩いていくのか。

 

 

 

「うーん……まだ警察の調査が終わらんと何とも言えんね」

 

 エスパースさんの返答に、はっと我に返る。深く落ちていた思考を断ち切るように、深呼吸をひとつ。

 

「……、それだけ今は、あの違法薬物が出回っているということですか?」

「そ。団体と関わりのある半グレとかにも流れとるっていうし、要注意やね」

「そんなに、多くの人が……」

 

 

「そう。それだけ多くの民衆が、自分の在り方を探してもがいているということさ」

 

 

 割り込んできた声に即座に振り返る。聞き覚えのある声だ、すぐに動かないと──そう思って踏み出した足が何か(・・)を踏んだ。え、と思う間もなく視界がぶれる。

 

「! わ、ぁ……っ!?」

 

 次の瞬間、わたしは空高く打ち上げられていた。身を捩って体勢を戻そうとするたび何か(・・)柔らかいものに触れて、その反動で更に跳ね飛ばされる。視認はできない、透明な、弾力性のある膜──空気のトランポリンのようなもの。

 これを作り出す“個性”の持ち主を、わたしは知っている!

 

「ジェントル・クリミナル……!」

「やあ空中(そらなか)さん! またお会いできて光栄だ!!」

 

 “個性”で自分も跳んできたのか、わたしのすぐそばでその声は響いた。舞台上の役者さながらに抑揚に富んだ声色で、演じるように大きく一礼してみせる。

 けれど、顔を上げてわたしを見据えるその瞳は、どこか凄みを帯びていて。わたしは唾を飲み込みながら翼をはためかせた。

 

 街並みを遥か足下に置き去りにしながら、わたしたちは向かい合う。眩しい秋の日差しはもう、昏く傾き始めていた。

 

 

90.少女、対岸を見る。

 

 


 

 更新速度に関しましてはもう触れるのが怖くなってきました。本当にすみません……読んでくださった皆さんには改めて大感謝申し上げます。閲覧やお気に入り、感想や評価等等本当に励みになっております。ありがとうございます!

 今回はインターン編に起きる起承転結の承の部分といいますか、あまり展開が動かない感じだったのですが、所々にフラグは立てています。後の私が無事回収してくれるのを祈るばかりです。というかインターン編自体が職場体験編頃から広げてきた風呂敷を締める話なので楽しい半分大変です。頑張ります。頑張りたいです。

 

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