そんなPOPが出されている、町の喧騒から1本道を入ったところにある小さなお店。
相談屋【Auxilium】
客呼びを一切せず、世間の流れるままに静かに存在していた。
これは、そんなお店でのほんのひと時の時間のお話。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません
(小説家になろう様にも同様の内容で投稿しておりますhttps://ncode.syosetu.com/n4487gf/)
だからどうか。
あなたは幸せになってほしい。
「これ以上はやっぱり良くないかもしれません」
ある日、私は街角の一角でで少女の話を聞いていたところ、ふと、そんな言葉が飛び出した。
私は所謂相談屋のようなものを生業にしてる。とはいえ、実際にそんな職業があるわけではなく、あくまで自称だ。
【幸せな話、辛い話、何でも構わないので話を聞きます。どうぞ一度ぶちまけてくださいませ。きっと、気持ちが楽になるでしょう。もちろん秘密はお守りいたします】
こんなキャッチコピーで果たして人なんて来るのだろうかと思いながら店先にPOPを出す。というかこれでは相談屋ではなく喋り屋なのでは…?
もちろん、そんな直ぐに人なんて来るはずはなかった。 そりゃそうだ、得体の知れない店に好んでくるような稀有人は早々居るはずもない。
それでも、1か月もすれば段々と客が来るようになった。 時には幸せな気分を誰かと共有したい人。時には鬱々とした気持ちを吐き出して楽になりたい人。時には恋愛相談。時には――。
人の話したい事というのは千差万別だった。
元より、話を聞くのが好きな私は客の楽しくて仕方がない。もちろん、内容によっては話している最中は相手と気持ちを共有しなければならないのだから、楽しいばかりではないのだけど。
客伝手に広まったのだろうか。ある日、一人の少女が私の私の店にやってきた。 まだあどけなさも残る若い子だ。
「あの…此処へ言えば何でも聞いてもらえると知って来たのですが」
「いらっしゃいませ。 此処のご利用は初めてですね? 一先ずお掛け下さいませ、今お飲み物をお持ちしますので楽にしていてください」
私は少女に座るよう促し、飲みものを取ってくるため、店の奥に入ろうと――。
「…あの! 飲み物は後でいいです。 先に話を聞いていただけないでしょうか?」
――入ろうとしたが呼び止められた。今までにはこのような客をいない。「お構いなく」といったような社交辞令を交わすような人がほとんどだった。
「……畏まりました。ですが飲みものが必要であれば、その時に申してください。直ぐにご用意いたしますので」
もしくは、私は怪しまれてるのだろうか。そりゃそうだ、彼女からすれば私は得体のしれない怪しい人間であることに違いない。この状態では少女から本当に話したいことを聞くことはできないだろう。先ずは気持ちを解すのが先決か。
「さて。 早速ですが、当店のシステムをご説明いたします。 先ず当店はお客様のお話を聞き、それに対して何かしらアドバイスができればと始めさせて頂いた所謂≪相談屋≫でございます。 もちろん相談だけではなく、ただ単にお話をしたいから聞いてほしいという要望も承っておりますのでどうぞご遠慮なくお話しください。尚、料金の方は1回500円となっております」
「500円!? ずいぶんとお安いですね……」
一般的に相談屋は時間当たりの料金で行われていることが多い。 10分当たり500円だとか高いところでは1時間当たり6000円だとか。 それの金額に対して、果たして顧客は満足いくのだろうか? それは可でもあり否でもあるだろう。 そういう意味では投げ銭という形をとってもよかったかもしれない。 もっとも、私も最初のうちは投げ銭制にしていた。 していたのだが、時々あまりにも多く投げ銭されることがあり流石にそれは申し訳なかったのだ。 それもあって数日もしないうちに今の1回500円の値段に落ち着いた訳だ。
「ふふ、問題ありませんよ。 何より私は人の話が好きなのです。 人の話というのは私には体験しえなかったある種別の世界のお話。 そういったお話を聞けるというのは、私にとって500円以上の価値があるのですよ」
ご納得いただけましたか? と私は私は少女に目配せをする。 少女は少し戸惑いながらも小さくコクリと頷いた。 どうやら納得してもらえたようだ。
「それでは早速ですがお話をお聞きしましょう。 もちろん秘密はお守りいたします。 何でしたら一筆認めますが?」
「そこまでしなくても大丈夫です! でしたら聞いてもらえますか? 実は――」
あれからどれだけ時間が経ったのだろうか。
少女の話を要約すると、自身への葛藤だった。
自分の心の中の闇、影、暗い部分。 それに対してのだ。
「私は自分の内に秘める暗い部分をさらけ出すのが怖いの。 友達に、家族に、そして恋人に突然嫌なことを吐き出し、そして傷つけてしまうのが」
この少女はこれまた随分と過去にいろいろあったようですね…。このくらいの年齢なら、まだそんなに難しいことを考えなくてもよいと思うのですが。
しかしどうしてだろうか。少女の言葉は私にもいろいろと心当たりがあった。 私の幼い頃も似たような環境だったからだろうか。 私も随分と闇を抱えましたからね。
「そうですね…これはアドバイスにはならないかもしれませんが――」
ならばと。 私は思った事を素直に伝えることにした。変に取り繕ったところで無意味だろう。この少女は人の機微に敏感だ。隠したところで揺らぎを見られ、悟られるだろう。
「――でしたら、私にその暗い部分を吐いてしまえばいいのではないですか?」
素直にそう思った。 この少女にそこまでの闇を持たせるのは憚られたからね。 まだこれから先、いろいろなことを経験していく中でそのような闇の気持ちを持っていてほしくはない。 ならば私が受け入れ、少女には安らぎを与えたいと、そう思った。
「貴女はまだ若い。 でしたら私達ような大人に話せばよいのです。 家族や友達、恋人に打ち明けられない悩みなんて誰もが抱えている者ですよ。 かと言って、それを抱え込んだままにするのもよくはありません。 どこかしらで発散する必要があります。 でしたら私にお話ください。 幸い私は相談屋――人々の悩みを受容し、共感し、そして救いを差し伸べる立場にある者です。 確かにアドバイスができないこともあるかもしれません。 が、人というのは話すだけでも幾分か楽になるものです。 蟠りが解け、落ち着いて物事を考えられるようになるものです」
だからと、私は続ける。
「貴女は、何も気にせず、委ね、話せばいいのです」
果たしてこれは救いなのだろうか。 言ってしまえば、辛いことを再び思い出し、吐いてしまえと言っているのだ。 同じ苦しみを2度も感じさせることに意味があるのだろうか。
それでも、ずっと抱えるよりはマシだと、私はそう思う。
「強いですね、お兄さん。 私にはそんな考え出来ないや。」
「ふふ。 まぁ、貴女よりは長く生きますからね。 とは言え、もうお兄さんと呼ばれる年ではないですがね。 さて、結構話しましたし飲み物でもお持ちしましょう。 ハーブティーでよろしいですか?」
流石に少々といっては語弊があるほど時間が経っていたので、少女に飲み物をと――そして私も喉が渇いていた――ハーブティーでよいかを確認する。 構いません、と返事を確認すると私は用意をするために席を立った。
数分後、仕上がった飲み物を手に席に戻る。
「どうぞ。 カモミールティーでございます。 カモミールにはリラックス効果がありますので、香りと共にどうぞご賞味あれ」
青林檎のようなフルーティで清々しい香りが立つハーブティーを勧める。 ちなみに私はラベンダーミントのブレンドティーだ。 私のお気に入りである。
「いい香りですね…おいしい」
「お口にあったようで何よりです」
カモミールとミントそしてラベンダーの香りが室内を包み静かな時間が流れてゆく。その中で、カチカチと時計針の刻む音だけがやけに強く響いていた。
「…みんな、逃げたんです。 私の暗い部分を知るのは、抱えるのはこれ以上無理だって。 口には出してないけど、私には分かっちゃいますから」
ぽつりと少女が言葉を漏らした。
「理解してもらおうと思った私も子供だし、受け入れられないと拒んだみんなも子供だし。それが普通なのかなって」
人はだれしも他人の暗い部分を知るのは普通嫌なものですからね。 私は別にそれを子供だからだとは思わなかった。 むしろ、まだ若いのに、そこまでしっかりと考え、理解しできることに驚いた。
「そうやって考えられるあなたは立派な大人ですよ」
「大人…ですかね?」
「はい。そもそも、大人だって他人の暗いところは積極的に知ろうなどとは思いませんからね。 ちゃんと思考もせずに、唯々聞きたくもないって人が大半でしょう。 それに比べ、そうやってちゃんと考えられることができる時点で、考えない大人よりも立派ですよ」
考えられない大人たが結婚後、直ぐに離婚といった事例もまま在ることだ。その場合、大抵の離婚理由が「価値観の相違」の場合が多い。 結局のところ、お互いがお互いを理解していないために起こったことだ。 しっかりと知っておけば防げたことだろう。
「これ以上はやっぱり良くないかもしれません」
私が、結婚してすぐ離婚する夫婦について考えを巡らせていると、ふと少女からそんな言葉が飛び出した。
「私の話す事で誰かが気づくのはもう嫌なんです。 前みたいになるのは嫌なんです。 もしかしたらお兄さんの事も傷つけてしまうかもしれない」
「……貴女は」
この子は強いですね。 そうやって、自分の内に隠そうと周りを傷つけまいと。自己を犠牲にしてでも周りに平穏を与えようとするのですか。
「お言葉ですが…私は、貴女の代わりとなることは決してできません。 ですが、貴女の苦しみ、辛さなどを聞き入れ、受容するくらい造作もありません。 私はあなたより長く生きているのです。 言葉は悪いかもしれませんが、貴女の年齢の影の部分なんて些細なものです。 大いに悩んで、大人を頼ればいいのです。 辛い時は辛いって言えばいいですし、楽しい時は楽しめばいいのです。 楽しかったことを共有していただいても構いません。 その場合は私も大いに喜びましょう」
「なんで・・・なんでそんなに冷静でいられるのですか」
何故と、少女は疑問を飛ばしてきた。 何故そんなに冷静でいられるのかと。
「何故なんでしょうね? 私にもわかりません」
実際は知っていた。だがこれを少女に話すのは幅かられた。 己の闇を。暗さを。人の闇を。 まだこの少女が知るのにはあまりにも早すぎる。 だから私ははぐらかした。
「歪んでるからですかね? まぁ分かりませんが」
ご納得いただけましたか?と目を合わせる。 少女は納得はしていなかったがこれ以上の反論はなかった。
「まぁ、私の事は別にいいじゃありませんか。 もしかしたらいずれ話す機会もあるかもしれませんが…ま、今は置いておきましょう」
「……いつか話してもらいます。お兄さんの事」
「えぇ、機会がありましたら」
果たしてそんな機会は来るのだろうか。 もっとも、この少女が今後も此処に通うのならばあり得ないことではないかもしれない。
「お兄さん程まともな大人は見たことがありませんよ。 私は悪い人ですから。 周りに嘘つき、偽り過ごしてましたから」
「嘘なんて誰でも付くものですよ。深く考えすぎではありませんか?」
「でも。それでも、限度ってものがあると思うんです。私はきっと度が過ぎている」
「でしたら――」
だったらと。私は先ほど少女に伝えた言葉を繰り返した
「でしたら――周りに自分の素が出せないのであれば。
私に見せていただけませんか? 先ほども言いましたが、私はあなたのすべてを受容します。 何も恐れることはないんです。素の、本来の貴女を知ったところで決して逃げたりもしませんし、別に嫌いになったりするわけでもないですし。 これは私の役目としてではなく、私の本心の言葉です。 もっと、人を頼りなさい。 信頼できる人を頼ればいいのです。 私が信頼できないのであれば、別の誰かだって構わないのです。 真に貴女が信頼できる人が見つかったのなら、その時は全てを曝け出し、覆っているものをなくし生まれたままの姿を示せばいいのですよ」
自分でもクサい言葉だと思う。 口説き落としてるのかってね。 でもこれが本心だった。 この少女はどこか危うい。 誰も救いの手を差し伸べないのであれば、私はこの少女に救いの手を差し伸べたい。
「…ありがとう…ございます。 こんなに親身になっていただいて。 突然やってきた見ず知らずの私に対して」
「こうやって話を聞いた以上、もうすでに見ず知らずではありませんよ。 そうですね……何でも話せる知り合い程度に思っていただければ幸いですね」
「あははっ。 お兄さんが知り合いかー、いいですね。 こんなに親身になってくれる知り合いなら、私も願ったりですし。
「喜んでいただけて幸いです。 さて、外も大分日が傾いてきました。 今日の所はここまでといたしましょう。」
「はい。 ありがとうございました。 こんなに長くお時間を取っていただいて…あ、お代…」
「お代は結構ですよ。 初回無料ということにしておきましょう」
「何から何までありがとうございます。 そういえば、自己紹介まだでしたね。 私は佐伯 美佳っていいます。 またここに来るかもしれませんがその時はよろしくお願いいたします」
「最初にお名前をお尋ねしなかったのはあくまでこれは相談。 名前は知らずして、聞こうと思ったからだったのです…自己紹介されたのでしたら、私もしないといけませんね。 こちらの名刺にも書いてありますが――」
そういって、私は懐に何時も居れている名刺入れを取り出し、彼女に1枚渡した。
「凪楽 海鈴。それが私の名前です。 本日はご来店誠にありがとうございました。 このひと時が、貴女の一助になっていれば幸いです」
夜中にふと思いついたので書き上げた3時間クオリティの作品です。
多分これ以上続きません。