みずきちゃんを泣かせたいだけの話   作:梵尻

3 / 4
みずきちゃんを泣かせたいだけの話 3

「せ、ん、ぱぁーいっ」

 

 嫌な予感がする。

 3日連続で聞こえてきた相変わらずの猫なで声というのも、別段珍しいことではない。だが、昨日の少しだけ普段と異なる彼女の態度を見た後だと、いつも以上にみずきちゃんという存在に対して敏感になっていた。

 ざあと雨音が廊下に響く。

 誰も閉めようとしない程度には高い位置にある廊下の窓からは、誰も気に留めない程度の雨が侵入してきていた。

 そういえば、朝から降り続ける雨は、今日一日続くのだと、憂鬱そうな気象予報士とご機嫌な女子アナウンサーが今朝言っていた。

 

 いつもなら雨は喜べない。

 その理由として「雨の日はノスタルジーに浸ってしまう」だとか「ネガティヴになってしまう」だとか言えれば、少しは格好がつくのかもしれないが、普通の男子高校生にはそんなお洒落な情緒は、生憎持ち合わせていない。

 

 ただ単純に、高校球児らしい理由である。

 それは、外での練習はできず、屋内での地味な練習しか行われないからだ。

 

 ──だが、なんと本日は珍しく雨による練習の中止が告げられたのだ。

 高校球児にとって、練習が休みになるとの報を聞けば、ノスタルジーに浸る暇も、ネガティヴになる余裕ももっぱらない。

 その知らせを聞いた時こそは何かの間違えだと思ったほどだ。しかし、他の部員に確認を取るとどうやらそれは事実のようである。まさに春の珍事だ。何より最高のプレゼントだ。

 

 このような事態が起こるのであれば、雨の日も悪くない。

 

「あれ、なんでみずきちゃん二階にいるの?」

 

 そんな雨に濡れる廊下で、みずきちゃんと出会した。

 

 ここ二階は、三年生の教室が立ち並ぶフロアであり、下級生である彼女とはここで出会うことは滅多にない。

 

 俺のことを待っていたりしたのかな、と想像して、にやけ顔が零れそうになるものの、すぐさまそれを否定してキリッとした普段の表情に戻す。変に悟られて弱みを握られたらどうなるか、分かったものじゃない。

 

「なに……その間の抜けた表情。っとそれは置いといて。喜びなさい! 私がここに来たのは先輩に話があるからよ!」

 

 彼女が俺に話をするためにここに来たということは、妄想の通りに俺のことを待っていたという事になる。

 しかし、そこはさして重要でなかった。

 意識的にキリッとした表情を作ったはずが、間の抜けた表情だと言われてしまったのだ。それについてのショックで、精神ポイントが減ってしまう。

 

「話って?」

 

「今日は特別に、私が先輩にパワ堂のプリンを奢ってあげる!」

 

「な、なんだって〜!」

 

 まるでデジャブだ。昨日もこんなやり取りをした気がする。

 なぜか強気な態度で、俺にガムを使ったイタズラを仕掛けようとしていた時と、同じ誘い方だ。とはいえ、パワ堂のプリンを奢るというのは、流石に罠を仕掛けることが出来ないのではないだろうか。

 

「それって、今日の放課後に一緒にパワ堂に行くってこと?」

 

「そーゆーこと」

 

 みずきちゃんの目的は、真偽不明だ。

 しかし、部活も無くなり暇になった日であるし、彼女のお誘いを断る理由なんて、当然のようにひとつもなかった。

 

 むしろ、これは、デートなのでは無いだろうか。

 

 イタズラ好きの小悪魔と言え、学校でも評判の美少女なのだ。その子と放課後スイーツデートができる状況において、なぜ逃げの選択肢があるのか。

 答えは否。断じて否。

 

 逃げ玉は良い特殊能力だが、漢には、打たれるかもしれないと思っていても、ど真ん中ストレートで迎え撃たなければならない時もあるのだ。

 

「よし、乗ったよ、みずきちゃん。たとえそれが罠だとしても、俺はみずきちゃんと一緒にパワ堂に行くよ」

 

「罠じゃ無いしー」

 

 下心のある漢の覚悟のこもった俺の声を、どうでもいいよと受け流す。

 

 すると、彼女は何かを言おうとして。それを察した俺は言葉を待つ。

 3秒待って、彼女は言葉を出さない。

 

 沈黙が訪れる。

 彼女は視線を上げ、俺の視線とぶつかる。

 

 見てわかるほどに彼女は顔を赤くして動揺する。なぜだかこちらまで恥ずかしくなって、その動揺を気取られないように慌てて口を開こうとして──

 

 先手を打つように「それじゃあ放課後ね」と彼女は言い放ち、颯爽とその場を離れた。

 イタズラ好きの弊害か、彼女の逃げ足に関してはやはりいつも通りの速さを誇る。

 

 俺は少しの間呆然とすると、やっとのことで冷静さを取り戻した。

 しかし時はすでに遅くて、どこで落ち合う、とか、何時に、とか。聞きたいことは色々とあったのだが、踊り場へと消える陰とこちらとの間は、すでに言葉は届かない距離になっていた。

 

 去り際にちらりと見えた彼女の耳は、クールな髪色とは真逆に、真っ赤になっているように見えた。気がする。

 

「まったく、困るなぁ」

 

「なにニヤニヤしてるでやんすか」

 

 廊下にボケーっと突っ立ていると、矢部君に声をかけられる。

 

「え、ニヤニヤしてた今」

 

「してたでやんすよ。困るなぁ、とか言ってたでやんすけど、本当に困ってるならそんな表情はしないでやんす」

 

 おかしく思って自身の頬に手をやる。すると、確かに口角は吊り上がっていた。どうやら本当にニヤニヤしていたらしい。

 

「ふふふふふ、矢部君には教えないよん」

 

「えー! 酷いでやんす! 友情の崩壊でやんすー」

 

「ふはははは、何とでも言え!」

 

 雨の日だというのに、やはり気分は爽快で。

 今日の放課後が一段と待ち遠しい物となった。

 

 筋力ポイントが28上がった。

 敏捷ポイントが14上がった。

 チャンスメーカーのコツをかなりつかんだ。

 やる気が上がった。       ▽

 

 ⚾︎

 

 満を辞して放課後になった。

 待ちに待った時間だった。

 みずきちゃんの真意は分からないにせよ、一年に一度有るか無いかの雨天練習中止のこの日に、学校でも知名度の高い美少女と放課後デートが出来るのだから。これを嬉しく思わない男子はいないだろう。

 高校生男子だなんて、可愛い子に誘われたら一瞬で勘違いをしてしまうという悲しい定めを背負う生き物なのだ。

 

 もちろん今も、目前に迫った放課後デートに対する期待はある。

 あるのだが。

 

「ラブレターなんて、まあ古典的な……」

 

 みずきちゃんと廊下で話をした後、休み時間が終わるギリギリのタイミングで自分の席まで戻ってきた。その時、慌てて次の教科の資料を机から引き出そうとして、いつもと違う感触を指に感じたのだ。

 

 机の中に入っていたのは、令和の時代にそぐわぬラブレター。

 教科書とノートを立ち並べて、コンスタンチノープルさながらの城壁を作り、授業中にこっそりその内容を見る。すると、今日の放課後に四階の屋上前の階段の踊り場に来て欲しいと書いてあった。

 

 差出人は誰かわからないのだが、教室に堂々と入って、堂々と机にラブレターを入れられたとなると同学年である可能性はかなり高くなる。というか名前くらい書いて欲しいなぁ。

 

 しかしこうなってくると、流石にそこ場に赴かなければならない。だがしかし、放課後はみずきちゃんに誘われているのだ。あまり乗り気では無い。個人的な恋愛感として、ほぼ初対面であったりだとか、たいして思い出深く無い相手と付き合うのは嫌なのだ。野球に打ち込んでいる現状では、例えば、部活の仲間とかでならまだしも、ただのクラスメイトだとかなら考えられない。

 

「とりあえず、みずきちゃんにはちょっと遅れるって連絡したんだけど……」

 

 スマートフォンのコミュニケーションアプリにて連絡を送ったのだがいまだに既読は付いていない。だとすると、またみずきちゃんがこっちに来るのだろうか。そうこう考えているうちに、放課後を迎えることとなってしまったというわけだ。

 

 確かに、あまり乗り気では無いのも事実だ。事実であるのだが。「告白」というものは、並々ならぬ決心と覚悟が必要だ。大半のものなら経験があるから分かるかもしれないが、フラれた後の気まずさや悲しさ、社会的立場を侵すリスクを承知の上で決行する作戦だ。その覚悟や気持ちを考えると、無視したりだとか、ちゃんと返事をしないだとか、相手に対する尊敬の欠けた行為は許されるものでは無い。

 

 ……長ったらしく語ったが、もしイタズラとかドッキリだったら死ぬほど恥ずかしいな。

 

 ま、まあ。それこそとりあえずは行ってみないとわからないのだ。

 

 起立、礼、さよーならー。

 

 ⚾︎

 

 休み時間はついつい慌ててしまい、先輩にどこで待ち合わせるとか何時に集合とかを全く告げずにあの場から立ち去ってしまった。それに気がついたのは放課後になったちょうどのことで、先輩からその件についてメッセージアプリで送られてきていたことに気がついたのも、まさにそのタイミングでだった。

 再び慌てて返信をするも、反応は無い。

 もう一度慌てて階段を飛ぶように降りて先輩のクラスに顔を出すも、既に彼の姿はそこに無かった。周りの生徒に居場所を聞くと「知らない」という意見が当然の如く大半を占めていたのだが「屋上の方に向かった」という情報も2,3個あったので、その言葉を信じて屋上の方に向かうことにした。

 

 今度は駆け足で階段を上がる。まったく、この数分でなぜ階段を上下しなければならないのだ。それは、まあ、私が先輩にちゃんと話をしなかったのが悪いとは思うし、走っている原因は自分にあると言うのは分かってはいるのだが。だが、嫌な胸騒ぎがしているのだ。そいつのせいで、苛立ちが少しずつ募っていく。

 4階の階段に差し掛かったあたりで、一度足を止める。というのも、声が聞こえてきたからだ。

 だとすると、彼らの情報は正しかったのだろうか。

 

「ごめんね、こっちから呼んだのに遅れちゃって」

 

 と、聞いたことのない女子生徒の声。

 

「大丈夫だよ、今来たところだし」

 

 と、パワプロ先輩の声。

 

 とりあえず、安心する。

 先輩はここに居たから。これで、放課後のデートは出来るのだと思ったから。

 

 そして、不安を感じる。

 明らかにこの光景は、ただ事では無い。どう見ても恋愛に関するお取り込み中であった。

 先程の彼らのやり取りは、まるで付き合いたての初々しいカップルの、初デートの時のやり取りみたいだと思った。胸が少しだけ痛む。私はその気持ちを誤魔化すように、そして彼らにバレないように、階段の手すりの下からこっそりと顔を出す。そこにはやはり、見たことのあるような気がする女子生徒と、パワプロ先輩か居た。

 

「えーっと。高橋か、その、手紙くれたのは」

 

「う、うん」

 

 もう察しはついている。告白だ。告白の現場なのだ。

 

 驚きと、ワクワクと、ちょっとばかりの罪悪感とともに、聖が以前言っていた言葉を思い出す。

 

「……先輩はモテてるからな。そのうち、彼女を作ってもおかしくない」

 

 ……。

 まさか、いや。でも、目の前の光景を信じるのであれば、先輩はモテるという事実を認めるしか無いのだ。たった今思い出したのだが、相手の女子は女子バスケットボール部のエースであり、顔良し運動神経良し頭良し性格良し世間体良しのファイブツールプレイヤーな人物であったはずだ。カーストでもトップクラスの人物であり、この学校でも大半の人が知っているほどだ。というのも、彼女は会ったこともないのに大半の生徒とSNSの相互フォローをしているから、ほぼみんな知っていた。フォロワー数は数千人近くいて、芸能事務所からも声がかかっているとかいないとかの噂もあるほどの人物だ。

 女子として、ある種の最強タイプである。

 

 そして、そんな彼女が、パワプロ 先輩に告白しているのだ。

 

 だとすれば、このままだと──

 

(もしかして先輩、付き合っちゃうーっ!?!?)

 

 ダメだダメだ。それだけはダメだ。絶対にダメだ。

 とは言え、どうすればいいのだ。こんな場面、邪魔のしようもないし変な小細工を今からしたところでまた合わない。しかも、相手が相手だ。男子の理想みたいな女子だ。どうして断ることがあろうか。

 

「これって、そーゆー事だよね?」

 

 先輩は頭の後ろの方をぽりぽりと人差し指で掻きながら、恥ずかしげな表情でそう言う。

 

「……う、うん。そーゆー事」

 

「お、おう」

 

 パワプロ先輩の前に立つ女子も、照れたような表情で俯きがちに口を開いた。

 何秒間かの沈黙が続いて、意を決したのか、その女子生徒は顔をがばりと上げると、真っ直ぐパワプロ先輩のことを見つめて──

 

「ずっと前から、好きでした。付き合ってください」

 

 ──い、言ったぁ。

 ヤバイよ、どうしよう。もう止められないよ。

 

 嫌だなぁ。

 聞きたくないなぁ。

 

 なんでこんな場所に来ちゃったんだろう。

 せっかく先輩のことをデートに誘えて、とても舞い上がっていた先ほどまでの自分が馬鹿みたいだ。それがまさか一転して、目の前で好きな人が、誰かの告白を受けるシーンを見る羽目になるだなんて。ほんとに最悪だ。

 ざあと雨音が静かな踊り場にはっきりと聞こえる。

 冷たく響くその音は、ひどく沈んだ私の心と似ていて、余計に嫌な気持ちになる。

 

 私は、耳を両手で塞ぐ。

 そんなことをしたって、聞こえるのはわかっているのにそうせざるを得なかった。だからと言って、この場から離れることもできない。ここでの結論を先延ばしにする勇気もなかったのだ。

 

 先輩も、意を決したようにまっすぐと女子生徒を見つめて、そして、口を開く。

 

「ごめん」

 

 ああ、やはり。

 当たり前だろう。あれほどの女の子に告白されたら、先輩だって受けるに決まっている。美男美女のお似合いカップルだと、周りもきっと認めるだろう。

 

 ……ん? 

 

 パワプロ先輩は、今何と──

 

「俺、今野球が1番大事でさ。たとえ付き合ったところで、多分、中々会えないだろうし楽しませることはできないと思うんだ。それに、俺たちはまだお互いのことを知らないだろう。そういうのはさ、仲良くなって、ちゃんと知ってからがいいと思うんだ」

 

「で、でも、これからお互いのことを知っていけば──」

 

「本当に、ごめん」

 

 頭がフリーズしているのだけは、はっきりと分かった。

 指先まで冷え切っていた体は逆に解凍されていく。血の巡りも心なしか良くなったと感じるほどだ。

 

 安堵だ。今までに感じたことのないほどの、安堵だ。

 とりあえず、一難は去っていった。まさか、断るだなんて、思ってもいなかった。……なんて言うと嘘になる。正直、心の中では断ってと祈り続けていた。

 

 私は、ここに居たことを感づかれる前にこの場から雨音に紛れてゆっくりと退却しようとして。

 

「それなら、今日、どこかデートしよ。聞いたよ、野球部の練習休みだって。とりあえず、せめて、そこから」

 

「ごめん、それも出来ない。今日は、大事な後輩と出かける先約があるんだ」

 

 大事な後輩。

 

 今、先輩、私のこと。

 

 大事な、後輩って、言った。

 

「〜〜〜〜っ!!!!」

 

 ヤバイよ、どうしよう。顔が、ちょーにやける。勝手ににやけてしまう。

 

 この幸福をずっとずっと噛みしめていたいのだが、とりあえず今はこの場を去らなければ。

 パワプロ先輩と、この女子生徒が降りてくる前に逃げないと。

 

 階段を、最新の注意を払いながら、音を立てずに二段飛ばしで降りていく。高鳴る胸と、上がるテンションのままに、今日1番のスピードで階段を駆け下りる。

 私はポケットからスマートフォンを取り出すと、すぐさまメッセージアプリを開いて、文字を打ち込む。

 

 とりあえず校門で待ってるから

 あと5分で来なさい! 

 でなきゃ先に行っちゃうからね、先輩♡

 

「ふっふーん♪」

 

 まったく、今日はなんていい日だ。

 練習こそ無くなってしまったが、先輩とデート出来て、先輩が独り身だと知れて、大事な後輩とまで言われて。

 

 本当に、なんていい日だ。

 

 雨の日が、好きになってしまいそうなほどに、だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。