オリ主堕天使がおバカなことやって、アインズ様を困らせるお話だ!
自分の妄想が全て実現してしまう設定欄が存在したら、貴方はいったい何を書き込むのか?
さぁ、チート堕天使爆誕の瞬間をその眼に刻み込め!
ゲームであるユグドラシルが異世界へ転移した結果、魂を持たないNPCたちは自身の設定を基軸として自我に目覚めた。
編み物が得意な者は大魔王様のヌイグルミを溢れんばかりに作りだし、工作が得意な者は両脚羊の骨で玉座を作り上げた。人の名前を覚えないポンコツはポンコツメイドのままに、十八禁の残念な吸血鬼は表に出せないありんすな子に……。
そう、知恵者であるとの設定は、実際に本物の天才を用意したのだ。
たった一文の書き込みが、人類を滅ぼすほどの化け物を生み出すことになるとは、なんとも異常な現象だ。
知恵や力を追い求めている弱者であればあるほど、その設定に怒りが増すだろう。
そんな簡単なことで天才になれるなんて!
ゲームの香りづけに過ぎない一文だというのに!
ずるい! 私も天才になりたかった!
小柄な堕天使の文句は尽きない。だがそれも仕方ないのだ。プレイヤーはカンストまでレベルを上げても知能が上がるわけではない。身体能力はキャラのステータスが採用されているのに、何故か知能だけはリアルプレイヤーの残念な脳みそが流用されてしまうのだ。
これは異世界転移バグと言っていいだろう。
少なくとも堕天使は納得していない。
だから――、だからこそ、なんとかして最強無敵のチート野郎になってやろうと意気込むのだ。
ある日のこと、ギルドマスターである骸骨魔王ことアインズは、ギルドメンバーの堕天使と共にナザリック第十階層『玉座の間』で実験を行っていた。
「うぅ……うおっしゃー!! やった、ついにやったぞ! 成功だあぁ!!」
長きに渡る苦労を現すかのように、黒い翼をバッサバッサと上下させて拳を突き上げる堕天使パナップ。大魔王様が座るはずの玉座に片足を乗せながら騒ぐその姿は、すこぶるお行儀が悪い。
どこかの統括殿が見ていれば血の雨が降りそうだ。
「おめでとうございます、と言いたいところですけどパナップさん、もう一度やってみて再現性を確認したほうがイイですよ。今の成功が偶然だったら目も当てられません」
「あはは、それもそうですね~。まぁ大丈夫だとは思いますけど、もう一回やってみましょう。アインズさん、お願いしま~す」
“諸王の玉座”に座り直すパナップは、慣れた手つきでマスターソースを立ち上げると、ギルドメンバーの名前が連なる画面を指で動かす。
「ほいっと、私の情報を出してっと――」
玉座付近で立ち上げられるマスターソースは、ギルドの情報を全て管理している。それはもちろん、至高の四十一人と呼ばれるギルドメンバーに関してもだ。
だからパナップ自身が己の登録情報を閲覧することも可能なのである。
「ここで私のキャラ設定欄を表示させてぇ~、はい! アインズさん」
「了解です。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンよ、パナップさんにギルドマスターの権限を一時的に移譲せよ」
アインズが所持していたのは、七匹の蛇が絡まっている黄金の杖――本物のギルド武器である。今回の実験に必要だとして、途中から引っ張り出してきたのだ。
「よしっ、ここで『設定を変更する』と頭で考えれば……。っしゃ! 再現成功! 流石にキーボードは出てこないけど、意識するだけで設定を書き込んだり消せたり出来るね。にっひっひ、大成功だよっ!」
パナップの前に表示されているのはステータス画面であり、堕天使の設定が三行ほど書き込まれていた。
おそらくキャラクターの紹介文なのであろう。初期状態から変更されていないらしく、ありきたりの堕ちた天使であるうんぬんかんぬんが読み取れる。
「よしよしよし、ついに……、ついにこの日がキター!! これで私最強伝説の幕が上がる! チート堕天使爆誕だぁあああああ!!」
「な、なんだか気合入っていますけど、まずはどうするつもりなんですか?」
玉座でガッツポーズのお気楽堕天使を生暖かく眺めながら、大魔王は疑問を口にする。
設定を変えるにしても方針というものがあろう。キャラメイクの基本である。
「ん~、もちろん最初はこれだよ! 『頭脳明晰の容姿端麗、性格は善良で誰からも好かれ、全種族を魅了するカリスマ性を所持し、家事全般に料理までプロを超える神級である』ってね!」
「……うわぁ、これは酷い」
都合が良過ぎるにもほどがある――と言いたくなる書き込みに、アインズとしては苦言を呈したくなる。何でも出来る完璧超人なんて、妄想することはあっても実際なりたくはないだろう。
人は不得意があるからこそ努力する楽しみがある。
成長するからこそ生きる喜びがあるのだ。
鈴木悟には、最初からカンスト無敵で無双するチート野郎の気持ちは解らないのである。
「べ、別にいいでしょ! 何でも書き込めるんだから、やんなきゃ損でしょうがっ!」
今まで最弱を独占していたパナップには、アインズの言葉など届かない。何でも設定できるのならとことん書き込むのだ。
このバグ技ともいえる絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
「次は~っと『ワールドチャンピオン全員とのPvPでも完全勝利。ワールドエネミー三体を一人で撃破可能。全ての魔法を使用可能で魔法への完全耐性を持つ。もちろん物理に対しても完全耐性有り』、えっと他には~」
「ちょ、ちょっとパナップさん! いくらなんでもこれはやりすぎなんじゃ?」
「うるさいですねぇ、私が強くなることに嫉妬しているんですかぁ? んふふふ、今しばらくそこで見ているとイイのですよ! 最強の堕天使が誕生するサマをっ!」
なぜか左目を塞ぎながら悪の幹部であるかのように不敵な笑みを漏らすパナップ。よほどギルド最弱の日々が嫌だったのだろう。目の前に現れたチート獲得の機会に、少々我を忘れ気味であった。
「まだまだ序の口ですよー! 『全ての状態異常に対する完全耐性を持っていて、レベル100の召喚モンスターを一日百体召喚可能、もちろん召喚の制限時間は無し。超位魔法は連発可能で一日の制限回数は無し、MPの回復は秒間50%。加えて自分独自の魔法を創造できる。クラススキルは全て所得していて、武技だって使える。あとは~生活魔法も使えて~ん~っと、え~っと』、他に何かあったかな?」
「パナップさん、書き込みに余計なモノが入っていますよ~」
「ありゃりゃ、考えるだけなのは便利だけどこういうところは注意しないとね」
積み重なっていく設定の酷さに呆れつつも、アインズは最後まで付き合うつもりのようだ。というより、設定改変の結末に興味があるのだろう。最強無敵のパナップが誕生するのなら見てみたい気もする。
「そういえば、アイテム系は入れ込まないんですか?」
「おお~、アインズさんグッジョブ! 『身に着けている装備は全て
「うわっ、やりやがったコイツ」
「むふふふ、全身
神器級は一つでも大変であり、全身に装備しているのはカンストガチ勢の上位陣だけだ。そして世界級となると装備しているのは数名であり、全身装備など夢のまた夢である。というか普通は装備するものではない。ギルド全体で数個を保有するレベルなのだ。
「よ~し、次は『世界級アイテム二百個分の力を持った凄いアイテムを持っている』ってことにしたいけど、何て名前にしようかなぁ?」
「また無茶苦茶な書き込みを……。ん~、世界の上ですから“宇宙級”とか“銀河級”とかですか?」
「おおー、アインズさんからまともな名称が?!」
「悪かったですね、……で? 何か思いつきましたか?」
少しばかり対応が雑になってきたような気がしないでもないアインズは、暴走気味の堕天使を放っておくつもりなのかもしれない。
次々と加えられる最強設定に、もはや付いていけないのだろう。
「にひひひひ、思いつきましたよ。最強無敵の世界級を超えるアイテムの名は――、“運営級”にしまぁーす!!」
ババーンとの効果音と共に発表される新たな等級は、しっかりと設定に書き込まれてしまった。
アインズの骨顎がパカリと下がる。
「う、うんえい……って、マジ糞仕様ですね。そんなアイテムがあったらゲーム自体が崩壊してしまいますよ。うん、マジ糞運営」
頭蓋骨の奥で輝く赤眼が、過ぎ去った遠い過去の思い出を眺める。
運営の力を持ったアイテムなんかを個人が持ったらどうなるのか? それもパナップのような残念堕天使が扱ったらどんな騒動が起こるのか? アインズとしては予測すらしたくはない。
「ふ~んふ~ん、他に何かあったかなぁ? せっかくの機会だから全部書き込みたいところだけど……」
「もう無いでしょ。魔法も物理も状態異常も効かない上に頭も顔もいい。ワールドチャンピオンにワールドエネミーまで倒せて、装備は破格性能。ついでに運営の力を振るえるアイテム付き――なんてペロロンさんのお勧めアニメにも出てこない設定ですよ。欲張りにもほどがあるのでは?」
パナップのキャラ設定欄には、目を覆わんばかりの俺様最強厨二病妄想が記載されている。ハッキリ言って黒歴史ノートそのモノであると言えよう。幼い男の子がアニメや漫画の知識を総動員して自画自賛しながら作成し、数年後になって恥ずかしさのあまり頭を抱えてゴロゴロ転がる――そんな黒歴史ノートだ。
本来であれば他人の目に映すモノではない。というか見せてはいけない。
しかし、パナップは自分の設定に刻んでしまった。
自信満々で!
「ふふふ、ふはははは!! これで私はアインズ・ウール・ゴウン最強の堕天使となる! “たっち”さんや“ウルベルト”さんにも負けない、無敵の存在に! どうですアインズさん! 今、私が設定変更を確定させれば、神にも等しい堕天使が誕生してしまいますよー!!」
「はぁ~、神にも等しい堕天使って“るし★ふぁー”さんじゃあるまいし……。それでパナップさん、確定させるのですか?」
「んふふふ、いえいえ、最後に重要な一文を入れないと、ね」
もはや何を書き入れても蛇足でしかないと思うアインズであったが、パナップのキャラ設定欄最下段に並べられていく見慣れた文字に、精神鎮静化が発動してしまう。
いやお前、それを書き込んじゃダメだろ! と悲鳴にも似た大魔王の制止は、当然ながら間に合わない。
――『モモンガを愛している』――
どこかで見た一文だ。
アインズ自身が書き込んだ覚えもある。
効果も体感済みだ。
だからこそ恐ろしい。
「にゃははははは!! もう確定しちゃったから遅いですよー! 修正も無理ですよー! キャラ設定は自分自身でしか変更できないのですから、アインズさんがいくら言っても無駄無駄無駄ぁぁ!!」
「こ、この堕天使はぁ~」
「ふふふ、残念でしたねアインズさん。もはや私は無敵の存在! 魔法に対する完全耐性を持っているのですから掠り傷ひとつ――」
「
「あぎゃばばばばばばばばばっ!!!!」
プシューと白い煙を上げながら、焦げた堕天使が転がる。
設定では全ての魔法を無効化するはずであったが、現実は非情であった。大魔王から放たれた複数の龍雷は、獲物である堕天使をじっくりいたぶりながら他にも獲物は居ないかと周囲を睨みつつ、虚空へと消えていく。
「ほんとにもぉ~、……大丈夫ですか? パナップさん」
「んぎぎぎぎ、なんで? なんで痛いの?! 完全耐性は?! 私は最強になったはずでしょ!? 第七位階でこのあり様じゃ、前と変わらないじゃない!!」
黒焦げ堕天使は涙目で訴える。チート設定は何処へ行ったのかと。NPCたちが設定どおりの存在になっているのに、どうして私は設定どおりの最強無敵になっていないのかと。
「まぁ、予想はしていたのですけどね」
「えっ? どういうこと?!」
困惑するパナップに、アインズは優しく語り掛ける。
「前々から思っていたのですけど、NPCの設定は異世界転移の瞬間に反映されたのだと思います」アインズは何処からかホワイトボードを持ってきて、右手に現実世界、左手に異世界を黒マジックで描き入れ、中央に矢印を付け加える。
「これはおそらく自我の無いNPCをこの異世界が生きた存在にしようとしたとき、キャラクター設定を参考にしたからだと思います。だから既に存在の確立されている異世界において設定変更を行っても、意味を成さないのでしょう」
ポカンとしている堕天使を前に、大魔王は続ける。
「ちなみに最初から自我のあるプレイヤーは設定の影響を受けないと思われます。私のオーバーロードは残虐非道の酷い設定で、生きとし生けるものを絶滅させるなんて書いてありますけど、別に私は生き物が憎いなんて思いませんしね」
「えっと、じゃあ、私が書き込んだ設定って……」
「あ、はい。ただの黒歴史ですね」
「んぎゃああああああ!!! もう消す! 全部消す! アインズさんギルド武器用意して! さっきみたいに! はやく!!」
玉座に滑り込んでマスターソースを展開し、パナップはアインズの手番を待つ。設定変更にはギルドマスターの権限が必要なのだ。
「ん~、散々好き放題しておいてその言い分はどうなのでしょうねぇ~。設定はそのままでいいんじゃないですかぁ~。別に影響はないわけですしぃ~」
「ぐぬぬぬ、イジメですか? パワハラですか? つーかそのムカつく口調はやめてください!」
どうやら主導権はアインズへ移ってしまったようだ。ギルド武器である黄金の杖をブラブラ揺らしながら、下唇を噛みしめている堕天使を斜め上から見下ろしつつ、大魔王は「どうしようかなぁ~」とニヤつく。
「こ、このっ、なんて意地の悪い骸骨なんだ!」パナップがどれだけ大魔王を非難しても、結局のところギルド長として協力が無ければ設定の変更は叶わない。文句を口にするだけでは駄目なのだ。
必要なのは快く手を貸してくれる関係性、もしくは嫌がる相手に行動を強いることが可能な“人質”である。
「――ふん、まさかこんなことで切り札を使う羽目になるとは思いませんでしたよ、アインズさん」
「え? 切り札……って何のことです?」
「ふふふふ、ふははははははっ!! コレを見るのです!」
シュタっとアインズの正面へ舞い降りたパナップは、アイテムボックスから一冊のノートを取り出す。
それは使い込まれた感のある少々厚めのノートであり、表紙には丸秘の文字と『№3』という手書きによる記載が見られた。
普通に考えれば、何かの秘密が書かれた三冊目のノートなのだろう。
どんな秘密かは知らないが。
「ん? んんー!!? な、な、何でそのノートをパナップさんが持っているんだ?! それは厳重に仕舞っておいたはずなのに!!」
プレイヤーのアイテムボックス内に存在する貴重品枠。重要度の高いアイテムを入れて置くことで、うっかり売却や廃棄、盗難などの被害を受けないようにすることが出来る機能の一つである。
また物理的・魔法的な罠を張ることも可能なので、余程の相手――レベル80以上の盗賊系特化型でもない限り、中身には指一本触れることなど出来ない。
だからアインズの『騒々しい、静かにせよ』などの魔王的台詞回しが記載されている丸秘練習ノートが世に出ることは無いはずなのだ。
そのはずなのだ。
相手が敵対ギルドの内部にまで潜入できる変態的盗賊技能の持ち主、パナップでなければ――。
「ああああぁー!! こいつマジで盗みやがった! 三重の鍵とトラップ魔法まで解除して! 信じられん!! ギルメンに対し本気で窃盗スキル使うかぁ?!」
「あひゃひゃひゃ、黒歴史を隠滅する為ならば、私は鬼にもなろう! さぁ、アインズさん! 私のチート妄想が漏洩する前に協力するのです! 拒否するならこのノートを――」
「
「ぐぎゃばばばばばばばばばっ!!!!」
本日二度目となる龍雷は、真っ直ぐ丸秘ノートへ食らいつき一瞬で灰にすると、所持していた堕天使へついでとばかりに襲いかかり、香ばしい匂いを玉座の間に広げる。
「……ひ、ひどい、証拠隠滅に私まで巻き込むなんて……」
「あははは、ごめんなさい。あまりに見事な悪役ムーブだったもので、ここはもう一回やっておくべきかなぁ~っと思いまして」
ちょっとやり過ぎたかも――と思いつつ、アインズは手持ちのポーションをバシャバシャとパナップへぶちまける。
「でも第七位階ぐらいなら装備で大分軽減できるでしょ? パナップさんの鎧と具足は
「私のは隠密と探知阻害に偏っているんです! ていうか変態的な性能の神器級にしよう、と言ったのはアインズさんだったと思いますけどっ?!」
「あ、あれ? そうでしたっけ? あはは、いや、まぁ、それより設定の変更でしたね。さぁ、やりましょやりましょ。余計な記載は消して、一件落着ですね」
都合の悪いことを誤魔化すかのように、アインズは小柄な堕天使を持ち上げて玉座へセットすると、ギルド長としての権限を振るう。
「もぉ~、あとで美味しいものでも奢ってくださいよね~。んじゃ、ちゃっちゃと消して消してっと、……ん?」
「どうかしました? まさか消せないとか?」
「いえ、消せるのは消せるんですけど、一つ重要なことに気付きまして……」
難しい表情を見せるパナップはさらりと、アインズにとっての一大事を告げる。
「設定変更がもう反映されないのなら、アルベドに書き込んだ『モモンガを愛している』ってのは、一生そのままなのでは?」
「…………(はいぃ??)」
「…………(いや、はいぃじゃなくて)」
「マ、マジでぇええ!!?」
「あははははは!! おめでとうございますアインズさん! 結婚式には呼んでくださいねぇ~!」
ナザリック地下大墳墓、第十階層、玉座の間。
世界を滅ぼせる超級の化け物集団が護っている禁断の最奥では、今日も――どこかの学生同士がじゃれ合うかのような――非常にくだらないおバカなやりとりがあったそうな。