早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】 作:鍵のすけ
――仕える者とは。
仕える者とは、主の生活の良し悪しを決定づける者。
仕える者とは、主の明日への意欲を滞りなく醸成させられる者。
仕える者とは、主の恋愛頭脳戦を影から支えられる者なのだ。
(かぐや様、人払いは終えました。あとは手はず通り、会長にアタックを。あわよくばさっさとくっつけ)
新聞やテレビ、はたまた雑誌で絶対に知っているであろう名前の家の子ども達が通う名門校、その名は私立・秀知院学園。
その中でも更に知名度のある怪物家である四宮家に仕える侍女・早坂愛は秀知院学園を実質的に治める生徒会室の扉の前に立っていた。
これも主である四宮かぐやから下された特命である。
(今日は自分にとって相手はどんな存在なのかを調べるという心理テストで会長に告白を促す、という作戦だったか。……相変わらず回りくどい)
非常に
早坂に下された使命は、生徒会室に誰も寄り付かせない事。パッと思いつくだけでも書紀・藤原千花、会計・石上優、会計監査・伊井野ミコ、後はその他数名といった具合。
生徒会室に寄り付く者は実はそう多くないが、彼女はそれがとても
人数こそ少ないが、それぞれが個性の塊であるため、その対応には肉体的にも精神的にも負担を強いられるのだ。
「ん……?」
誰かの気配を感じた。
早坂は思考を切り替え、叩き込んでいる頭の中の対応マニュアルのページを開いた。
この時間ならば藤原千花、もしくは石上優のどちらか。この前者は置いておいて、後者は楽な部類である。
出来れば石上であれ――そう思いながら、早坂は廊下の曲がり角からやってくる人物に注意を向ける。
「ふぁぁぁ~」
欠伸。
疲れたり眠くなったりした時、口が自然に開いて行われる深呼吸。
傍から見れば、相当疲れているのか、それともただやる気が無いと取られるかの究極の二択。
今、廊下から現れた少年は、あろうことに近寄りがたい生徒会室付近でそれを行った。
少年は肩まで伸びた髪を後ろで束ね、縁なし眼鏡を掛けている。
言葉を選べば『地味』、言葉を選ばなければ『根暗そう』。
「あ」
「あ」
少年が早坂に気づいた。同時に、早坂も相手を確認する。
今はギャルモードの早坂愛、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。対する少年も相手に不快感を与えないよう笑顔を浮かべる。
「……」
「……」
少年、生徒会室に接近。それを確認する前には早坂は既に歩み寄っていた。
互いに腕を伸ばせば触れ合える距離。見つめ合う2人。さながら恋人のように。
笑顔を浮かべたまま、早坂は口を開いた。
「誰がいつここに来ることを許可した小倉ァ……?」
「先生に頼まれたからここに来たってことを想像出来ないのかな早坂ァ……?」
対する少年、
火花が飛び散らんばかりに視線をぶつけ合うは数瞬。
早坂は首だけを動かし、場所替えの意思を示した。
誰からも聞かれなさそうな物陰で会話は続行される。
「私、言ったよね? かぐや様が今日、ここでまた会長と一戦交えるから来るなって私、言ったよね?」
「俺もかぐや様キレさせたくないから近寄るつもりなんて毛頭なかったんだけどな? 先生が急ぎの書類持っていけって言うからな? 俺も断腸の思いで来ている訳。それを汲み取って欲しいな?」
「そういう事が起きたら私に一報入れろ、とも指示をしていたはずなんだけど」
そこで小倉、目を丸める。
「あれ? そうだったか? ごめん、忘れてた」
「今ならスタンガンで気絶させた後、無様な姿にして広場に放置するだけで許してあげるけどどうする?」
「それなら、この前の五草製薬株式会社の社長夫人が来た時に用意しようとしていたシルバーの1本の根本が少し曇っていたことに気づいた俺がフォローした件で相殺出来ないか? あれは寺田使用人の首が飛んで、早坂も責任追及される案件だったと思うけどなぁ?」
「ああ言えばこう言う……。一応、私が上司だということは理解しているよね?」
ここまでの流れでお気づきの者は既にいるだろう。
小倉次郎は、四宮家の使用人である。
そして目の前で今、会話をしている早坂こそ小倉の上司とも言える存在。
四宮家において、早坂愛の存在は必要不可欠。20人前後しかいない使用人を束ね、なおかつ四宮の名前を落とさないように『質』を維持し続けている大黒柱とも言うべき存在。
そんな彼女と小倉は同年代。
「そんなもん理解しているよ。とても有能で、敬うべき存在の早坂さんだものな」
「……アンタが言うと、嫌味にしか聞こえない。まあ、良い。さっさとこの場から離れて。私は戻るから」
そこで持ち場を離れすぎていたことに気づいた早坂は会話を切り上げようとした。こうしている間にも不測の事態というのはまとわり付く。
主が意中の相手との時間に専念できるように努めるのは従者である者の責務。
そんな彼女の思考に気づいたのか、小倉は遠くを見ながらぽつりと一言。
「生徒会室に繋がる廊下は全てしばらくの間、封鎖したから心配ないぞ」
「は?」
「ワックスがけの下見のため、ってことで誰も入ってこれないようにした」
「そんなの先生が見たらバレるに決まってるし」
ワックスがけは然るべき道具、然るべき計画を立てて初めて行われる行為である。一箇所程度ならまだしも、廊下全ては流石に先生たちも不審に思うことであろう。
リスクのあることである。それに対しての小倉のコメントは極めて軽かった。
「そうしたら誰かの悪戯って事で有耶無耶にするよ。要はかぐや様の時間が稼げれば良いんだし」
「……ほんっとうにアンタのやり方はスマートじゃない」
「たまにぴっちりスーツで夜に出回るお前のほうがスマートじゃないと思うけどな。いや、どちらかというと良い感じにボディライン見えるから別にスマートじゃなくても……痛った!!」
古より古く伝わる一撃必殺技の名前である。
皆様は経験はあるだろうか。転んでスネをぶつける、ということが。この痛みは今の世界のどの文豪の筆を以てしても記しきれないほどのものであり、悶え苦しむことこそが作法とも言える。
そのような伝家の宝刀を食らった小倉が涙目になるのも、必然であろう。
「ん」
うずくまる小倉へ向け、手を伸ばす早坂。対する彼はその手へ自分の手を乗せる。
「うわ、柔らか。あったか」
「誰がお手しろと言ったし! ……その先生の書類はどこにあるの? 私が代わりに渡してあげるから」
「あ、そう? それは助かるわー。この後、いつもの手紙の仕分けやらなきゃならないからさっさと帰りたかったんだよな」
四宮家にやってくる無数のご機嫌伺いの手紙。取るに足らないものでも、それに丁寧に返信してこその『格』。その返信内容の草案作成が許されているのは早坂と小倉の2名。
今月は小倉の担当であった。
小倉としてもさっさと帰りたかったので、二つ返事で早坂の申し出を受けることにした。
「これと、これと、これ。あ、これは確か2枚目にも会長印を押さなきゃならんらしいから言っといてくれ」
「了解。ん、これは?」
クシャ、と紙では鳴りようのない音がした。
渡された書類の真ん中辺りを見てみると、某携帯食であるカロリーフレンズが挟まっていた。味は早坂の好きなメープル味。
その意味を計りかねていると、小倉がバツが悪そうに答える。
「あー……お前、この後もかぐや様に付くから飯食えないだろうと思ってな」
「……」
「まあ、いらなかったらテキトーな奴にでもあげてくれ。藤原ちゃんなんかめっちゃ喜びそうな気がする」
「…………」
「黙ってられるのも辛いものがあるな。じゃあ俺は行くから。倒れないようになー」
小倉の後ろ姿が見えなくなった後、早坂は再び生徒会室まで戻り、何かトラブルが起きていないか確認する。ポケットから取り出した聴診器を扉に当てると、生徒会室内では四宮は声を荒げ、白銀が狼狽えていた。
今日も失敗したのだな、と確認すると早坂は生徒会室に向かって歩いてくる石上へ目をやる。
「やっほ~会計くん。ごめんだけどこれ会長さんに渡してほしいし~」
「はぁ……分かりました」
「お願いだし~!」
ここでの役目は果たしたので次の仕事のために思考を切り替える。
その前に、左手に握っていたカロリーフレンズへと視線を落とした。次に周りを確認した。誰もいない。
「んむ」
一口食す。このわざとらしいメープル味が好きなのだ。疲れた体に甘みが染み渡る。
「全く小倉の奴――」
嫌でも小倉の顔が浮かんでしまう。ぶんぶんと頭を動かし、すぐさまそれを振り払う。
「――いっつも私の気を散らせてくる」
もし四宮かぐやがその時の早坂を見たらこう言うだろう。
“あら早坂、どうしたの? 口元が緩んでいるわよ”、と。
「あー……もうっ、さっさと仕事に戻ろう」
この物語は、白銀御行と四宮かぐやの恋愛頭脳戦ではない。
これは、四宮かぐやの侍女にして親友とも言える少女――早坂愛が最も憎み、そして最も気を取られた男との恋愛伯仲戦である。
本日の勝敗――早坂の敗北。
最新刊早く読みたいです。