早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】   作:鍵のすけ

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第14話 小倉次郎は口を滑らせたくない

「いやぁ、やっぱ仕事が出来るってどんなに尊いことか分かるよなぁ~」

 

 翌日。

 早坂の手厚い看病のお陰か、本当に1日で治した小倉は、朝の業務を終え、学校でその余韻に浸っていた。

 やはり仕事は最高、仕事こそ至高。仕事こそが己を己たらしめるファクターといっても過言ではないだろう。

 

「ふ、ふふふ……仕事仕事仕事」

 

 立派な仕事ジャンキーと化した小倉が仕事の素晴らしさに浸っていると、そこに声を掛ける者がいた。

 

「よう小倉。具合はどうだ?」

 

 我らが白銀御行。

 他の生徒達は彼が放つオーラというか、その目つきの悪さで中々接しにくい中、小倉はそんなのは全く気にしていないため、自然と白銀と話す機会が増えたのだ。

 

「白銀か、もう大丈夫だ。今なら7徹で仕事出来るぐらいには回復した」

 

 小倉、砕けた口調で返答する。

 以前、白銀から砕けた態度で接して良いというお許しが出たので、小倉はその言葉に甘えることにした。

 他の人には依然として腰低く接しているため、こうして気を張らなくていいのは非常に嬉しい。

 

「徹夜か。やる分には止めんが、2徹くらいからがキツくなるから注意しろよ」

「あー、分かる。2徹くらいからが妙に意識飛ぶこと多くなるよなー」

「分かる分かる。でも逆にそういう状態の方が勉強捗るんだよなー」

「いや、それは分からん」

 

 徹夜トーク!

 徹夜をガチでやっている者と、1時間睡眠というほぼ徹夜みたいな状態なだけで稀にしか徹夜をしていない者同士の会話はかなりの盛り上がりを見せる!

 だが小倉、一手負けている。

 白銀の言葉をそのまま受け取るなら、それはもう何かおかしな状態になっていると断言できた。

 そんな話をしていると、近くに藤原がやってきた。

 

「会長~」

「どうした藤原書記、珍しいな」

「先生から来週の会議の資料を見せて欲しい~って頼まれたんですよ~。あれどこに保管しておきましたっけ~?」

「おいおい仮にも書記がそんなんでは困るぞ。まあいい、あれは例の金庫に入れてある。鍵もいつものところだ」

「了解です~。ってあれ? 小倉くん?」

 

 そこでようやく存在に気づかれた。

 彼女は人当たりの良い笑顔で、小倉の方へと向き直す。

 

「小倉くんと会長、結構話すんですね!」

 

 藤原千花という人間はかなりモテる。

 見る者全てを虜にする魅力的な容姿、生まれ、そして人を選ばずに平等に接することが出来ればそれだけで男達の憧れの的になるのは必然と言えるだろう。

 そんな彼女と話すものだから、白銀はともかく、小倉は他の男子からの視線が厳しくなるのを感じていた。

 屋敷での仕事時なら何かと言い返していたのだろうが、今は学生モード。ただただその嫉妬に込められた視線を受け止めるだけの簡単なお仕事だ。

 

「そうですね。話が合うことが多いので、こうやって話しますね」

「そうなんですか~じゃあ私ともきっとお話し合いますよ~!」

 

 ニパーッという擬音が良く似合う。底抜けの明るさと、何も考えてなさが良く表れている。

 とは言うわけにはいかなかったので、小倉は可能な限りオブラートに包んでやることにした。

 

「そうですね。藤原さんのように明るい人ならきっと何でも、誰とでも話が合うことでしょうね」

「えへっえへっ! 会長~どうですか~~? 私、誰とでも話が合うんですよ~~!」

「分かった分かった。小倉、あまり藤原を調子づかせるな。後が面倒くさい」

「あはは。確かに。それでだいたい痛い目見るんですよね」

「あ~! 会長と小倉くんひっど~い!! ……あれ?」

 

 そこで藤原、首を傾げた。

 白銀と小倉はその行動の意味が分からず、ただ顔を見合わせるだけであった。

 

 ――ここで小倉、逃走しておくべきだったのだ。

 

 そうしておけば、この後起きる心理戦の席に座らなくても良かっただろうに。

 

「小倉さんってもしかしてどこかで会ったことありますか? 何かこう……妙に私に理解があるというか何というか」

 

 小倉に電撃走る。そこで彼はやらかしたことを悟った。

 四宮の別邸に藤原千花は結構やってくる。だからこそ早坂は一切を悟らせないように男装するし、小倉も身なりをだいぶ変えるのだ。

 これは早坂に怒られる。

 彼女にどやされる場面が脳裏を過ぎりながら、まずは小倉、ジャブを入れる。

 

「以前、生徒会室でババ抜きしたじゃないですか。その時でだいぶ人間像が掴めたっていうか、そんな感じですかね」

「あぁ……そういえば藤原書記と小倉、ババ抜きしてたなぁ」

「そうそう。その時の藤原さん、とても必死だったから印象に残っちゃって」

「そうなんですかね? 何ていうか、上手く言えないんですけど小倉くんの言葉はもっと私の事を知っていたからこそ自然に出たっていうか……? だって小倉くん、さっきノータイムで同意してたじゃないですか」

 

 それに、と藤原は言う。

 

「さっき言ってましたよね? だいたい痛い目見るって。確かに私ってだいたい痛い目見てますけど、その時に小倉くんっていませんよね? 誰かに聞いたんですか?」

 

 小倉、動揺を隠すのに精一杯。

 彼は早坂と、そして四宮に言われていた言葉が浮かんでくる。

 

 藤原千花には最大限の注意を払え――。

 

 今にしてようやく理解したその言葉の意味。

 

(しまった……! これ下手に言い逃れすれば詰められる……!)

 

 ここで小倉、誰かの名前を出すあるいはテキトーにはぐらかすとしよう。すると、藤原は必ず調べ上げてくる。そんな確信が彼にはあった。

 当然、四宮かぐやの名は出せない。そんなことをすれば、比喩表現抜きで首を切られてもおかしくはない。

 白銀はここにいるから墓穴を掘る、石上もアウト、そうなればもう誰もいない。

 

(やべぇ……本人に暴く気がない分、これは純粋に興味本位で追求されるぞ……)

 

 四宮かぐやは言う。

 藤原千花という人間は、欲望と自己愛に満ち溢れた人間だ。だが、決して間抜けではない、と。

 早坂愛は言う。

 藤原千花という人間は、常に予測不能な人間だ。だが、決して愚かではない、と。

 

「あれ、小倉さんどうしました? 何か顔色悪いですけど……」

「いや、顔色どころか全身の血の気が引いているというか」

 

 打つ手無し!!

 口から出た災いとはまさにこのこと。

 次があるのならば、次は上手くやりたいなと、半ば諦める小倉。

 

 

 突然の肩掴み!!!

 

 

「やっほ~! 小倉くん~! ようやく見つけたし~!☆」

 

 白銀と藤原を掻き分けるように表れ、小倉の肩をがっしりと掴むは早坂愛。

 小倉が最も信頼し、対抗心を抱く人物だ。

 

「あれ、早坂さん!? どうしたんですか~?」

 

 藤原の問いに、早坂は両手を合わせる。

 

「ごっめ~ん書記ちゃん、会長さん! 何かお話し中だった? 実は先生が小倉くんを急いで呼んでこいって言われて来てるんだよね~!」

「俺が?」

「も~小倉くん、何やらかしたし~☆ さっ。さっさと行こ? 書記ちゃん、会長さん良い?」

 

 流石に先生が至急の呼びつけをしている以上、白銀と藤原に止める権利はなかった。むしろ、さっさと行けとばかりに首を縦に振るばかり。

 それを見た早坂は満面の笑みで、小倉の腕を掴む。

 

「ほらほら~じゃあ行くよ~! 頼まれた以上、私も行くし~! じゃあね!」

「2人ともごめん。また、今度」

 

 

 そうして早坂に連れられ、廊下を歩くこと数分。手近な物陰の近くまで行くと、早坂は鬼の形相で小倉を引き込んだ。

 

「……何か言うことは?」

「まじ助かった」

 

 本当にそれしか言葉が出なかった。あの瞬間の早坂は本当に救世主に見えたため、流石の小倉、殊勝な態度に出ざるを得なかった。

 しかし、どうしてあんなに都合のいいタイミングで割って入って来れたのか。

 それを聞くと、早坂は呆れた顔になる。

 

「あれだけ教室の外まで聞こえるくらいに喋ってたら誰でも聞こえるし」

「そうなのかし」

「真似するなし」

「痛い痛い痛い。アイアンクローは止めろ」

 

 本気で掴んでいたため、涙をこらえるのが大変だった。

 小倉は頭のあらゆる箇所を擦りながら、こう言う。

 

「助けられたのはほんとだ、ありがとうな。……それにしても藤原ちゃんやべぇな。気緩めたらあっさりバレそうだ」

「だから私やかぐや様があれほど気をつけろって言ったのに」

「いや、ほんとだわ。もう二度とこんなヘマやらん」

 

 頭を下げられたことで、少しばかり気分が良くなったのか、早坂は少しだけ表情を緩めた。

 

「しっかりしてよ。アンタがバレたらきっとかぐや様はアンタを切る。もしそうなったら張り合い無くなるんだから、上手くやってよ」

「……心配してくれてんのか?」

「ちーがーうーし! 甘えるな」

「痛って! チョップは無いだろチョップは!」

「全部アンタが悪い。今日の夜のまかないは私の食べたい物ね」

「そんなんいつでも作ってやりますわ。何が良い?」

 

 これで貸し1つ作ってしまったことをあえて口に出さなかった小倉。言及すればきっと、もっと彼女は付け上がること間違いなかった。

 

 

 本日の勝敗――小倉次郎の敗北。




早坂愛は必ず出します

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AvengerRaki様、おーまえちゃん様ありがとうございます!

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琲世(頭髪不安定)様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、Miyabi1379様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、鰻のぼり様、這いよる脳筋様、箴言遣い様ありがとうございます!

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