早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】 作:鍵のすけ
その後の話である。
喫茶店を出て少し歩いた所に早坂がいた。パッと見なくても完全に怒っている事が分かったので、小倉の方から帰宅を提案し、半ば無理やり屋敷に連れて帰った。
一応1人でも遂行は出来る指令だったのだが、小倉の気が乗らなかったのもある。
いつもの小倉ならば、早坂が帰ろうがなんだろうが指令を確実にこなす。
本人は気づいていなかった。自分が思った以上に自分がおかしくなっていることに。
「――で、何もせずに帰ってきたと?」
そんな状態で、小倉は早坂抜きでの報告を主へ行っていた。
「いやぁ面目ないっていうのはこのことなんでしょうかね? あっはっは!」
「笑ってる場合ですか」
「もちろん、しくじった時用に事前にピックアップはしてきているので、かぐや様は後でこの『どっきどきデートのしおり』を熟読しておいてくださいね」
常に最悪を想定しているのが小倉次郎である。万が一にもあり得ない失敗に備えて、常に策を練るのが彼であるが、このときばかりはこの習慣に助けられたことはないというのが振り返りである。
そんな彼の周到な準備の成果を、四宮は簡単には受け取らなかった。
「小倉、あなた自分の顔を鏡で見てないのかしら?」
「……えっと、かぐや様。それは俺の顔が見るに堪えないから整形して来いとかいう暗喩か何かでしょうか?」
「違います! 私がそんなに嫌な女に見えますか!?」
「嫌な女っていうかおっそろしいお方というか……嘘です! 嘘嘘! だから睨まないでくださいよ!」
小倉から返ってきた“減らず口”に、四宮はため息をつく。
同時に彼女は小倉の状態の深刻さを確信する。
「笑顔のつもりでしょうけど小倉、引きつっているわよ」
「……」
顔に手を当てた小倉はその時点で言い逃れを止めた。
「はぁ、やっぱかぐや様はおっかないですわ」
「あなたが分かりやすすぎるのよ」
それにしても、と四宮が続ける。それはもう意外そうに。
「早坂と小倉が珍しいわね」
「ええ、まあ何て言えばいいのか分からないんですけど、やっちまったということだけは間違いないです」
「早坂とは話は出来たの?」
「全く。機会を伺っているんですがね」
これはとぼけたわけではない。事実である。
あれから顔を合わせても、業務連絡しか出来ず話らしい話もしていない。
否。
この表現は少々逃げに走った。本当の所、小倉は――。
「仕事に戻ります」
「素晴らしい心がけね。でも、貴方の雇い主として助言を1つ」
「助言?」
「今はどうあれ、早坂と貴方は話せるの。話せる内に、ちゃんと話しなさい」
「……はい」
◆ ◆ ◆
すぐに話せる。そう括った高が小倉にとっての大きなツケとなる。
何が言いたいかというと、そう――。
3 日 が 経 っ て い た。
四宮にはああ言われたものの、中々気まずい状態を抜け出せずにいる小倉である。
いつもならもっと早く仲直りができるはずなのに。
「しくじってる……色々と」
話しかけようとした事は何度もある。しかし学校という環境というのもあり、ちゃんと時間を取れないのも原因の1つであった。
「どうした小倉? 浮かない顔だな」
「白銀、見られてたか。恥ずかしいな」
「いつも元気なお前にしてはあまりにも珍しくてな。つい声を掛けてしまったが……迷惑だったか?」
「いいや、全く。むしろありがとう」
白銀御行という男に対しては、妙に口が軽くなる感覚があった。ついつい早坂の事を相談してしまいそうになるくらいには安心感を覚えられる。
そんな彼の様子を見た白銀は少しの時間、顎に指を添え、黙考する。
「小倉、放課後時間あるか?」
「放課後……は、大丈夫。何もない」
小倉は彼の発言の意図が分からなかったが、とりあえず頷いた。
いつもの感じではなかった。真剣な面持ちで言われたからには、簡単に断れるものではない。
(何なんだ……?)
そういう悩んでいる間の時間は早く、あっという間に放課後となった。
すぐに小倉は生徒会室へ向け、歩き出す。
関係者に会わないか少しばかりビクビクしながらも、生徒会室へたどり着いた彼は扉を開ける。
「おう来たか、小倉。それじゃあちょっと手伝ってくれ」
「これは……」
小倉の目の前に並べられていたのは山積みの資料。
何を手伝うのか、皆目見当がつかない。そもそも生徒会の一員でない自分に何をさせるのか。
すると、白銀は座り、その資料を折り始める。
「こうして、こう……2つ折にするだけだ。簡単だろ?」
「お、おう」
「じゃあこっちの半分はお前の分。よろしくな」
「……あ、ああそういうことか。何だか良く分からんが了解した」
しばらく無言の時間が続いた。
資料を手に取り、2つに折る。たったこれだけのアクションである。
何かを考えようもない単純作業に、しばし没頭する小倉。
そんな彼へ、白銀は視線を向ける。
「今日は良い天気だな」
「そうだなぁ雲ひとつ無い」
折りながら、小倉は答える。集中出来ているのか、余計なことは考えず、ただ思ったことだけを口に出せた。
その様子に少しだけ口角を釣り上げながら、白銀は続ける。
「今日の昼飯は何だった?」
「チキンカツサンド」
「最初の授業、眠かったよな」
「そうだな……あれはもう拷問に近かったよなぁ」
「落ち込んでるようだが何があった?」
「ちょっと怒らせてしまった奴が――ッ」
瞬間、白銀の目論見を全て察した小倉は咄嗟に口へ手を当てる。
「……やってくれたな」
「何のことだ?」
単純作業へ意識を集中させ、どうでもいい質問を続けてからの本命の質問。シンプルなタネだが、それ故に効果抜群であった。
「俺はただ、世間話に花を咲かせようとしただけだ。ただそれが、ちょっとばかり友人について一歩踏み込んだ内容になってしまっただけ。そうだろ?」
ここで小倉は初めて、白銀御行に敗北を喫したと認める。同時に、この男はやはり主との恋愛頭脳戦を繰り広げるにふさわしい相手という確信も強めた。
何だかもう取り繕うのを止めた小倉は、可能な限り洗いざらい話に乗ってもらうことにした。
「はぁ……何だか悪いな。気使わせてしまったみたいだ」
「俺も少々回りくどかったがな。それでも何か、力になれればと思ってな」
「助かるよ。……実は」
とある人物の、とある友人という濃厚な原液を薄めに薄めた表現方法で小倉は今の現状を白銀に話し始める。
人間誰かに話すと自ずと頭の中が整理されるもので、段々小倉のモヤモヤが浮き彫りになってくる。
一通り話を聞いた白銀は今までの話をおさらいする前に、コーヒーを淹れるべく席を立つ。
「砂糖やミルクは?」
「いや、ブラックのままで。ありがとう」
人間、誰かに不安を話し、コーヒーを飲むと大体は何とかなるものだと誰かが言っていた。そんな事を思い出しながら、白銀のコーヒーを堪能する小倉。
おかげさまで妙に頭がスッキリとしている。
そんな彼に、白銀は少々悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「その友人とやらに良い報告ができそう、といった顔だな?」
「含み笑いを隠しきれていないぞ」
「さぁて何のことやら。……だがその相手に伝えておいてくれ」
白銀の纏う雰囲気が少しばかり変わったことで、居住まいを正す小倉。こういう時の白銀を、彼はよく知っている。
相手のために、何かをしようと懸命になっている時の表情だ。
「お前とその相手はまだ話が出来るんだ。それから逃げると後悔するぞ。絶対にな」
「後悔……」
「そうだ。ほら、こういうことわざがあるだろ。当たって砕けろってな。話してみて、駄目だったらまた次の手を考えればいいのさ。一度の失敗は全ての終わりではない」
雲が晴れたような感覚であった。
それを感じた瞬間には、既に小倉は立ち上がっていた。
「白銀、急用思い出したんで、悪いけど書類の折りたたみはこれで終わらせてくれ」
「了解だ。抜かるなよ小倉」
「もちろんだ」
頑張れよ、と白銀の声を背に受け、小倉は走り出した。
小難しい事を考えるのは、もう止めていた。否、最初からそうだったではないか。
常に自分はそうして、彼女と接してきた。
だからそう、これはいつも通り。
そして、またいつも通りを始めるため、小倉は気持ちを前に向ける。
「早坂ぁぁぁぁぁ!!!」
本日の勝敗――まだ未定。
次回、最終回!
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