早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】   作:鍵のすけ

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第2話 小倉次郎は楽しみたい

 四宮別邸における早坂愛の業務は多岐に渡る。

 その中でも最も難易度が高いのは使用人たちの監督と言えよう。他者に物を頼む分、その仕事の完成度はその者次第。

 それを早坂愛というフィルターに通して、主人の目に触れさせて良いかどうかが決定される。

 無論、それだけにしくじればその作業を行った他者の首は飛び、監督をした早坂も責任を取らなければならない。

 

(今日は綺麗好きで有名な貿易会社の社長が来るはず。掃除は特に念入りにしなくては)

 

 使用人たちと簡単に朝の打ち合わせを行い、それぞれの持場へと行かせる。

 その中に1人、お仕着せの服装を身に纏う早坂と同年代の少年がいた。

 

「小倉、ちょっと待って」

「ん? 何だよ早坂」

 

 小倉次郎。

 肩まで伸びた髪を後ろで束ねているまでは同じだが、今日は縁無し眼鏡を着用していなかった。

 これが彼の本来の姿である。なるべく地味に、そして目立たずに。空気に溶け込むようにして男子たちから情報を収集しているのだ。

 そこにはもちろん、主人である四宮かぐやの周囲に起こりうるトラブルへの対応も業務として入っている。

 

「止まって。じっとして、動くな」

「何だよ……っと」

 

 そこで小倉は固まる。

 早坂が近づき、細い手を伸ばしてきたのだ。陶器のような肌だ。日頃の激務の中でもメンテナンスは怠っていないことの証左である。

 

(ち、近い)

 

 超が付くほどの美少女であろう早坂から近づかれて悪い気はしない。ほんのりいい香りもする。いつもシャワーを浴びているはずなので、それであろう。

 時間にして数瞬。

 気づけば、小倉は少し喉元が息苦しくなったような気がした。

 

「アンタ、ネクタイ曲がってた。かぐや様か他の使用人に見られたら分かってるんでしょうね」

「こんな有象無象の俺に目をつけるとは思えないけどな……ぐぇっ」

「つける。使用人のレベルは主人のレベル。アンタのだらしなさはそのままかぐや様のだらしなさになるんだから」

「ギブ……ギブ……」

 

 睨まれながらネクタイで首を締められるという漫画でしか見ないような事をされ、小倉は少量の感動と多量な命の危険を感じていた。

 開放された小倉は新鮮な空気をたっぷりと吸い込み、反省を文字通り身に刻ませると、屋敷の清掃へ向かう。

 

「待って。小倉、今日アンタは昼食と夜食の仕込みの応援って伝えているはずなんだけど」

 

 呼び止め、そう言うと、彼はあっさりとこう返した。

 

「それはもう()()()()()

「へ?」

「料理長とも打ち合わせは済んでるから後はスタッフに任せれば良いだけにしてある」

「今回は食材の量が沢山だからそんなすぐに終わる訳無い」

「すぐに確認してみるか?」

 

 そこで早坂は「この後の打ち合わせで確認する」とだけ言って、終わらせた。

 彼女は分かっていた。

 こと、小倉次郎という人間は仕事に対しては絶対に嘘は吐かない。だから、早坂は必要以上に問い詰めることはしなかったのだ。

 

「それならエントランスホールをお願い。今日の来客は――」

「綺麗好きで有名な社長さんだろ? 了解~」

 

 そう言って、小倉は早坂と別れ、目的地へと歩を進める。

 その道中、他の使用人たちと挨拶を交わしては簡単な雑談を行う。この一見、小倉がサボっていると疑われかねない行動をしているのにも、彼なりの理由があった。

 

「小倉さん、少し良いですか?」

「ん? 何ですか?」

 

 女性使用人が困った顔で声をかけてきた。

 小倉はにこやかな笑顔で応対する。彼が砕けた物言いをするのは同年代である早坂愛ただ1人である。

 

「2階ベランダの手すりの汚れがどうしても取れなくて……どうしたら良いでしょうか?」

「汚れ……それはどういった類の汚れですか?」

 

 女性使用人から汚れの種類を聞き、何となくアタリを付け、適切な洗剤と清掃方法を教えてやると彼女はお礼を述べ、去っていった。

 その後、すぐに他の使用人がやってきて、相談を持ちかけられる。

 小倉がエントランスホールにたどり着いたのは4名の悩み事を解決した後だった。

 

「さてと」

 

 時間を確認すると、あまり余裕がない。彼は掃除道具を手に、同じく掃除をする使用人たちの中へと入っていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 朝の必要業務をこなした早坂と小倉は使用人らの休憩室で朝食を取っていた。

 今日の朝食はサンドウィッチ。早坂のお手製である。

 何がキッカケで始まったのか2人はもう忘れてしまったが、交代で朝食を作り、そして一緒に食べていた。

 

「でさー早坂、高井の奴が遊びで始めた株がなんと大当たり。父さんの会社の一つを分けてもらって経営の道も考えるかなーだってさ」

「時間無いから黙って食べる。小倉これで何度遅刻しそうになっているか覚えてる?」

「はいはい……同い年で何年も一緒に働いている腐れ縁みたいな奴との楽しい食事時間すら俺には与えられませんよーだ。お、このハムサンド美味い。これ良いハム使ってるねぇ」

 

 数個ある中から小倉はハムサンドを手に取り、食していた。パンは絹のように柔らかく、ハムは噛みしめるたびに旨味が滲み、一緒に挟まれたレタスが爽快な食感を生み出す。

 まさに芸術品とも言える。

 小倉の手放しの称賛を受けて、悪い気はしなかった早坂は黙ってたまごサンドを口に運んだ。

 

「さて、と今日も早坂が先に登校で、俺が後からだったよな。気になった箇所の点検をしてから行きますかねぇ」

(これで少しでもぐーたらしてくれてたら私もここまで苛立たなくて済むのに)

 

 彼女の目から見て、小倉はだらしなさと軽薄さの権化とも言える人間であった。

 普通ならそんな奴がいたらどんな手を使ってでもこの屋敷から追い出しているところだ。

 

 だが、小倉はただの一度も手を抜いたことはない。

 

 清掃、料理、庭の管理、その他雑務。

 それらの仕事の完成度たるや、使用人の仕切りを任せられている早坂さえ凌駕していることもあった。

 

 故に、苛立つ。

 

 ライバル心、とでも言うのだろうか。それを抱いているからこそ彼女は常日頃から厳しい態度を取っている。

 その少し後ろめたい感情が根底にあるからこそ、早坂はこう願っていた。

 

 

 ――避けてくれれば良いのに。

 

 

 早坂愛は、小倉次郎に避けられたいのだ。

 

「あ、そろそろ時間じゃないのか早坂?」

「ん」

 

 身だしなみを再確認し、鞄を手に持った早坂を見ながら小倉はぽつりと一人()つ。

 

「お互い学校は楽しもーぜ。俺たちの年代にとっちゃそれが()()()()らしいからさ」

 

 彼女はそれに対して答えなかった。少しだけ複雑そうな表情を浮かべる彼を見ていると、まるで自分を見ているような感覚に陥りそうになるのだ。

 答えなかった代わりに、彼女は冷蔵庫を指差した。

 

「入ってるから」

「……何が?」

 

 それで察してくれなかったので、早坂は少しだけ頬を染めながら、今度ははっきりと大きな声で言った。

 

「昼食用のサンドウィッチ、そこに入ってるから! どうせまたお昼は何も食べず水だけで済ますつもりなんでしょう! そんな貧民みたいなことされていると私が恥ずかしくなるから! それ食べて!」

「お、おーい! 早坂ぁ! おい! うわまじかよそのまま行っちまった……」

 

 何か余計なことでも言ったのだろうかと少しだけ振り返ってみたが、何も言ってないと自信が持てただけに、更に彼は混乱した。

 

「どうして、いきなりサンドウィッチなんか……いや嬉しいんだけどさ。どういう風の吹き回しだ……? 俺、何か言ったかな……? ただ昨日、会話の中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() って一瞬話したくらいだぞ……? まさか……」

 

 そこでようやく得心いったとばかりに小倉は手を叩いた。

 

「ああ、そっか! 多分、俺が勝手に材料使うと思って先手を打ったのか!」

 

 

 鈍感(オタンコナス)

 これが国語のテストならば間違いなく赤点である。

 長年一緒にいるせいか、そういった繊細な心の機微が読み取れずにいるのが、小倉次郎が小倉次郎たる所以。

 何気なく冷蔵庫を開け、包みに入ったサンドウィッチを手に取ると、そこには小倉の大好物であるハムサンドが収まっていた。それだけではない。

 

「これはチキンカツサンド、それに俺の好物の更に好物のハムエッグサンド! すげぇ! めっちゃ美味そう!」

 

 そこで小倉、何気に自分の胸に手をやった。そして、首をかしげる。

 

「何で心拍数上がってるんだ俺? 運動不足?」

 

 考えてみるもさっぱり見当がつかない。そういった事はすっぱりと忘れ、切り替えることが肝要だということで彼はそこで考えるのを止めた。

 

「まあ、でも」

 

 これだけははっきりと思っていた。

 

「今日のお昼、めっちゃ楽しみになってくるじゃないか」

 

 

 本日の勝敗――早坂の勝利。




2話連続投稿でした。

早坂はツンツンした態度が似合うかなーと思います。
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