早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】 作:鍵のすけ
夜、四宮かぐやの私室をノックする者がいた。
中から四宮は入室を促すと、彼女の侍女である早坂が扉を開けた。
「来たわね早坂」
「はい、何でしょうかかぐや様」
呼び立てられたら即座に参上するのが仕える者としての矜持であり、前提条件である。
それを置いておいたとしても、早坂にとってはこの時間と――。
「ちょっとこっちに来て!」
“あ、今日も会長の話だな。それも長めの”と察することが出来るようになったのは一体いつからであろう。この主の、
今日、生徒会室であったことやそこで行った白銀との
いつもいつもよくもまあ、それほどネタに溢れる日常が送れるものだと早坂はある意味感心していた。
これが青春、というやつなのだろうか。
……ちなみに、ここまでの話で一切藤原の名前が出ていない。
安易に触れられる内容でもなかったので、早坂は四宮が満足するまでの間、頭の中から綺麗サッパリ忘れることにした。
「ふふ……会長もそろそろ落ちる。そう思わない早坂!?」
「ええ……そうですね。何なら、さっさと押し倒しでもすればもっと早くくっつくと思いますよ」
「そんな慎みに欠ける真似が出来る訳ないでしょ! そんなことをすれば――」
一応! 一応、早坂の意見を頭の中でシミュレートしてみる四宮。
天才の脳細胞はフル活性し、数十、数百の押し倒し方法を思い描く。
だが、ことごとく顔が真っ赤になる未来しか視えない!
おまけに、
『おやおや、あの頭のキレる四宮が思考を放棄してまで俺に飛びかかってきたかったのか? ――お可愛い奴め』
「そんなの絶対にノーよ!!! そんな事をすれば四宮の一生涯の恥になるわ!!!」
「現時点でかなり一生涯の恥を積み重ねている気がしますが」
「おだまりなさい早坂! ……ふぅ、喋ったら喉が乾いてしまったわ」
「どうぞ」
1つの間も置かず、早坂は四宮へミネラルウォーターを差し出していた。長年の主従関係が育んだ勘で、何となくそろそろ喉が乾きそうだということを察していたのだ。
「ありがとう。それにしても良く分かったわね」
「えぇ、まあ。そろそろかなって思いまして」
「良く私を見ていてくれてることの証拠ね。……そういう話をするのならば、もう1人いたわね」
「もう1人?」
「小倉」
四宮は見逃さなかった。あの極めて沈着冷静な早坂の身体がちょっぴり強張ったのだ。偶然ではない、明らかに名前を出したからこの反応をしたのだ。
対する早坂は四宮が見抜いた反応を自覚していなかった。だから、彼女の目が一瞬きらりと光ったのかを察することが出来ずにいた。
「小倉がいかがなさいましたか? まさか、またかぐや様に粗相を?」
「いいえ。それに、小倉が私に軽口を叩いてくるのはいつもの事でしょう?」
「そう、ですよね」
その早坂の反応に、四宮は少しだけ嗜虐心が湧いた。何せ、早坂の珍しい姿なのだ。少しくらいは堪能しても良いだろう、とそんな他愛もない理由である。
「――とはいえ、最近の彼は度が過ぎているわね」
「え」
「早坂の目から見て、彼の仕事ぶりはどう見える?」
突然の質問。
その意図を掴みかねないまま、早坂は侍女として、即座に主の問いに答えるべく頭を回した。
「……私の目から見て、小倉の仕事は一流です。この四宮家別邸が常に最高の状態を保てているのは彼がいるというのも要因の1つだと思っています」
話している最中、彼女の頭には1つの可能性が
小倉次郎の給料カット、いやそれで終わればまだ可愛い方だ。最悪の場合は――解雇。
最近、そのような話を小倉から聞いたばかりだからこそ、彼女はそんな“もしかしたら”を考えてしまう。
悪い考えは、更に悪い考えを呼ぶ。
(かぐや様は小倉の存在が目障りになった……?)
使える者は側に置き、そうでないと結論付けたら即座に切り離す。
そういう人間なのだ、四宮かぐやとは。これに関して、早坂はそこには十二分に理解を示している。だから今の主従関係があるのだ。
だが、小倉は?
「ですが、彼の、その、一流の仕事が出来ているのが少しだけ覆い隠されるくらいには、彼の言動が少しだけ目に余るのは確か……です」
その時の感情を、早坂は良く分かっていなかった。
主が黙って自分の話を聞いているのが何故か怖くて、そこで話すのを止めてしまえば何かを失ってしまいそうで。
知らない誰かと鬼ごっこをしているような、そんな奇妙な焦燥感が彼女の胸中をのたうち回っていた。
「だから、そういう所は私が指導していきますので、今回の所は小倉には寛大な処置を……お願いします」
気づけば頭を下げていた。何故、と早坂は自問する。
何故頭を下げるのだ。ここで悪く言ってしまえば、それで全てが終わるのだ。これで自分の調子を狂わせる者がいなくなる。
そうしたら、もっと仕事の能率は上がる。もっと主のために尽くせる――はず、なのだ。
「……早坂」
ずっと沈黙していた四宮が口を開く。
そこから飛び出てくる言葉が一体何なのか、早坂は聞くのが少しだけ嫌だった。
四宮かぐやの声帯が、振動する。
「ふ、ふふふ……!」
早坂は突然、四宮が笑ったことに困惑した。今の流れからの笑いに、理論的に納得できる要因を見いだせなかった早坂。
そんな彼女へ四宮は悪戯っぽく笑った。
「早坂。私、一言も小倉の事をどうこうしようだなんて言ってないわよ?」
「……は?」
笑いを堪えながら、四宮は続ける。
「私はただ小倉の仕事ぶりが気になったから聞いただけで、早坂が思っているような事は考えていなかったわ」
「…………は?」
「ええ、そうね。小倉は有能だっていうことは私も良く知ってるわ。だから余程のことがなければ、別に解雇とかそんなのは考えていなかったわよ。最初から」
「それじゃ……私は、もしかして」
傍から見ると、そういうことだった。
「早坂、貴方気づいてた? 私が小倉の名前を出した時からずっと強張ってたの」
「は? は……?」
事態をようやく飲み込めた早坂は、体温が急激に上昇しているのを感じていた。同時に今まで自分が述べた言葉が、自分の意図しない量で反響してくる。
「早坂の珍しい表情が見れて、楽しかったわ。ごめんね早坂」
それはとてもとてもいい笑顔だった四宮かぐや。
そんな彼女にとっては、些細な悪戯でも、早坂愛にとっては急所突きに等しい悪戯。
忠臣・早坂愛は天井を仰ぎ、大きく深呼吸。
そして、一言。
「私、しばらくかぐや様と口利きませんので」
マジギレ。
感情が爆発し、そして逆に穏やかになる現象。人間、究極の怒りを感じたら髪が金色になり、オーラを纏うことだってあるだろう。
早坂愛にとっては、今がその状況なのである!
いつもの500倍は礼儀正しいお辞儀をし、早坂は足早に部屋を去っていく。
「失礼します。かぐやお嬢様」
「ちょ、ちょーっ!! 早坂! 待ちなさい! ちょっと! ごめんなさい! 私が悪かったから! 早坂ぁ!」
その後はとても珍しい光景であった。
相当マズイ、と思ったのか四宮はすぐさま早坂に謝り倒した。
早坂にしても、そこまで深い謝罪を求めていた訳でもなかったので、そこで手打ちとなる。
これで割と珍妙な一日は終わりを告げようと、していた。
「ん? 早坂? 珍しいなもう部屋に入ってる頃だろ」
廊下でばったりと出くわすは、
お仕着せの服装、肩まで伸びた髪を後ろで束ねている姿はもはや見飽きた所ではない。
「小倉こそ何してるし」
「俺? 俺は屋敷の見回りをしながら勉強して、ついでに明日の来客用のテーブルレイアウトを考えてた」
その言葉の証拠を見せるように、彼の手には参考書とテーブルの図面が握られていた。
「小倉って何時に寝て、何時に起きてるんだっけ?」
「俺か? うーん、まあ色々勉強したいことがあるから4時に寝て5時かな? 流石に30分は身体に堪えるから最低1時間は寝るようにしてる」
「……そういう所をもっとかぐや様にアピールしようとは思わないの?」
「無いなぁ。仕事している連中が分かってくれてたらそれでいいしな。それに別にかぐや様に認めてもらわんでも――」
そこまで言って、小倉は顔を背けた。なぜか口に手を当てているが、早坂はそれに突っ込むよりも先に言いたいことがあった。
「それでも、アピールはするべき。能ある鷹はって言うけど、爪を隠しすぎても侮られるだけなの、分かってる? …………お陰で私がさっき、どれくらい恥ずかしい思いをしたか」
「あん? 後半何言ってるか聞こえなかったぞ」
「っ――! 聞こえないように言ったの……! もー今日は最悪! ほら、さっさと行け! 行って来い小倉ぁ!」
「はぁー!? 何なんだよまじで! 全く意味分かんない事で俺、怒られてるのかよ!?」
早坂に追い立てられるようにその場を立ち去る小倉。
再び1人、屋敷を歩く彼は、先程早坂に言いかけた事を反芻する。
「俺は、誰かさんにちゃんと仕事をしているって認めてもらえたら、それで良いんですけどねぇ」
だが、少しだけ良かったのかもしれない。一日が終わろうという時刻に早坂とくっだらない会話が出来たのだから。
そう、小倉は無理やり割り切ってやることにした。
本日の勝敗――四宮の勝利。
皆様のおかげで本日は、総合日間50位、二次創作日間36位というポジションにつくことできました。皆様がこの作品を育ててくださっています。ありがとうございます。
新しく感想をくださった
朝日水琴様ありがとうございます!
新しく評価をくださった
大江戸黒葉様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、スパイダーマッ様、yuma2017様、ノラ様、G3様(一言評価ありがとうございます)、ドン吉様、アウフ様(一言評価ありがとうございます)、kaguya1128様(一言評価ありがとうございます)、ユユヨ様(一言評価ありがとうございます)、わけみたま様、蓮兎様ありがとうございます!