早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】 作:鍵のすけ
「いやぁ、やっぱここ良いな。最高のポジションだ」
物陰に隠れながら、小倉はにんまりと笑みを浮かべていた。
彼の目の前には絶景が広がっていた。ひらりと見えそうで、見えない学生たちのスカート。男達の理想であるパンチラの可能性を追い求め、彼はたまに階段の近くで読書をしていた。
「うわ、小倉先輩またいたんすか」
「お、石上。良い所に来た」
小倉は人当たりの良い笑顔を浮かべ、彼を――秀知院学園会計・石上優を手招きする。
基本的に小倉はこの学校においては常に腰低く他者と接していた。こうやってへりくだっていれば基本的にトラブルが起きないためである。
だが、それは口頭でのコミュニケーションに限る。
今、小倉は階段を登る生徒に絶対に気づかれないようなポジションにいる。そこまで自信が持てる根拠は至極単純。入念に調査をしたからに他ならない。
人は見知らぬ土地に来たならばまずは周りを調べるだろう。ただ、小倉の場合は日々のストレス解消をするため、この秀知院学園に来た日にはすぐに動き出していただけに過ぎない。
「先輩も懲りないっすよね。確かにここは気づかれない所ではありますが、スカートの中なんて見えないじゃないっすか」
「確かにそうなのかもしれない。けど俺は、その不可能に挑戦したい。人間は心からやる気になればきっと、何でも出来る人間なのだから」
「いや、とっても良い顔で言われてもこればかりは擁護出来ないっすよ」
「最近は脚も良いなと思い始めた」
「いや、“不可能に挑戦したい”どこいったんすか!」
石上優との出会いは特に劇的な物ではなかった。四宮に仕える以上、小倉は主の交友関係は全て押さえており、その関係で石上の名前を一方的に知っていた。
特に関わり合うことも無いだろう、その程度の感想。
だが、ある日の昼休み。石上が隠れて漫画を読んでいた所に出くわし、つい興味本位で何の漫画を読んでいるか訪ねたらなんと小倉も好きな漫画であったのだ。そこから意気投合し、出くわしたら話をする間柄になった。
「しーっ! 大きな声を出すな。まあ、お前もここに来たってことは
「……まじっすか?」
興味。
石上優もやはり男の子。優という名前は女の子に優しくではない、自分に優しくである。
小倉に促されるまま、彼は隣に座り、物陰から階段を覗いた。
そこで石上、息を呑む。
この学校の女子は皆、レベルが高い。それは石上も良く承知していることである。
そんな女子たちが無防備に階段を登っていく。スカートをひらひらさせながらだ。少しだけ長めの、確かに小倉の言う通り頑張れば奇跡が起きるかもしれない丈の長さ。
さながら
心を震わされる何かが、そこにはあった。
「石上……良いだろ?」
「……良いっすね」
2人は示し合わせることもなく、拳をこつんとぶつけていた。そこには無言の友情があった。
そうなると、話は早い。
小倉と石上は階段を登っていく女子たちについて、意見を交わし合う。顔面レベルが高い、脚が長いなど、第三者が聞けばドン引き間違い無しの内容である。
瞬間、小倉に電撃が走る!!!
「おい! 見てみろよ石上! あの脚、超俺好みだ!!」
「お、どれどれ」
長さ、色、肉付きの具合、そのどれもが一流の芸術家が作り上げた至高の作品のようだった。まさに小倉が思い描いていた理想そのもの。
そんな脚を持つ女子は一体誰なのか。彼は期待を込めて、相手の顔へと意識をやった。
「――」
そこには見慣れたサイドポニー。その瞬間、小倉は魂が抜けたように呆然とする。
ここで普通の男子ならば、それが“もしかして俺の好きな奴は……”だの“あいつって、あんなに可愛かったっけ?”などと思い浮かべることだろう。
だが、この小倉次郎が今、思っていることはそんな幸せなものではなかった。
「――――」
ばっちりと、目が合っていた。いや、物陰に隠れているので厳密には違うのだが、彼女はこっちを向いているし、小倉はなるべく大きな動作にならないように、静かに身を隠すことが精一杯であった。
そんな彼の神妙な様子に、石上は思わず聞いてしまった。
「どうしたんすか? あれ? あれって確か……早さ」
途端に小倉は口を塞いだ。
「馬鹿野郎。声を出すな。今の奴――早坂さんは犬の耳より聴覚が鋭くなってるんだ。見つかれば、死あるのみだ」
「ふぐーっ! ふぐーっ!」
こくこくと石上が頷いたので開放してやると、小倉は次の一手を思案する。
本来ならばさっさとこの場から去るのだが、相手は早坂である。まだ相手を認識できていないはず、なのだが一度疑問を抱いた彼女がすんなり去るとは思えなかった。
「まあ、とはいえ一縷の望みに賭けるのもまた一興……」
祈りを込めて、再び物陰から顔を出してみた。
すると、そこには誰も居なかったのだ。それを一緒に確認した石上はこう言った。
「先輩、さっさとここから離れましょう。今なら誰も居ない。俺たちを確認出来る奴は誰もいませんよ」
「……その通りだな。さっさと撤収しようか」
瞬間、小倉にとって聞き覚えの無い声がした。
「風紀委員です。少し、お話よろしいでしょうか?」
声の主は先端を短く縛ったおさげの少女だった。
小倉は首を傾げ、石上は心底嫌そうな表情を浮かべる。
相手の出方が分からないので小倉が黙っていると、隣の石上が口を開いた。
「何の用だよ伊井野」
「石上うるさい。ちょっと黙ってて」
「……なぁ石上、この子は?」
「伊井野ミコ。風紀委員ですね」
「へぇ……そんな風紀委員さんが俺に何の用ですか?」
その言葉に、伊井野はキッと睨みつける。
「とぼけないでください! ここで覗きを行っていると話があったから確認しに来たのです!」
「……全く、僕はここに読書に来ただけですよ? こういう変な所で読むと、集中出来るもので。誰が言ったのか分からないんですが、ちゃんと裏があってのことなんですよね?」
極めて平静に、小倉は返した。
この程度のプレッシャーはプレッシャーですらなかった小倉はとてもリラックスしていた。何せ、四宮かぐやと早坂愛という悪鬼羅刹の類から常に浴びせられているのだ。こういったモノに対する耐性は尋常ではない。
「もし無いならこれは大変な事ですよね? だって、あの風紀委員さんが無実の人間に罪を与えようとしているのですから」
大概の人間はこう言えば、少しはたじろぐ。何せ、ここに来た理由なんて“そう聞いた”から。これだけの理由であろう。
そこを突いてやれば、こちらが言い逃れる隙は必ず生まれる。
後はその瞬間を待つだけである。
「っていってるけど騙されないでね~風紀委員ちゃん☆ 確かに小倉くんニヤニヤしながら見てたし~☆」
小倉、策が崩壊する音が聞こえた!!!
早坂は笑顔のようで笑顔じゃない表情を浮かべ、伊井野の肩に手を置く。その姿はさながら、何も知らぬ者に邪智を吹き込む悪魔の如く。
「い、伊井野さん。そこのギャルのお方はどなたでしょうか……? 初めて見る人ですが……」
「私に貴方と、石上が覗いていると教えてくれた方です」
小倉は逆ギレに近い感情で早坂へアイ・コンタクトを送る。
“ミ ノ ガ シ テ ク レ”と。
彼女は一度頷き、こう返してきた。
“ク タ バ レ”と。
「それにしても……」
伊井野はまるで汚物を見るかのように、石上へ視線を向ける。
「石上、覗きだなんて本当に最低ね」
「うっ……!」
「私、見損なった」
普段なら言い返している石上、だが今回ばかりは状況が悪かった。自分から進んで覗きに加わってしまっているので、何と言おうか頭を悩ます。
すると、そこで小倉は彼の前に立つ。
「伊井野さん、そいつは誤解だね」
「え……?」
「石上は俺の事を止めに来てたんだよ。最初っからな。なあ、石上」
小倉は石上の肩に手を置いた。その手に込められているのは“余計なことは言うな”である。
石上も迷いはしたが、先輩のフォローを無碍にするほど落ちぶれてはいなかった。
「ああ、そう……だよ伊井野」
心のなかで謝罪する石上。
その罪悪感の代わり、と言っては何だろうか、伊井野は最初こそ怪しんでいたが、そこまで執着する気もないようだ。
「……ふぅん、まぁ良いわ。石上、あんたあまり疑われるような行動をしないでね。ただでさえ疑われやすいんだから」
「はいはい、ありがとさん。……すいません、小倉先輩。俺そろそろ行きますね」
「おー、また今度なー」
「うぃーっす。あ? 何で伊井野も付いてくるんだよ?」
「次、同じ教室でしょ。いちいち聞いてこないで」
石上と伊井野のやり取りには棘があった。それが友情から来るものなのか、はたまた別の感情から来るものなのか。考察の余地はあろうが、それをするにはまだまだ距離が遠い。
人間関係というのはままならないものだな、と自嘲したように笑い、小倉は少しばかりの哀愁を漂わせ、この場から去る――。
「何でこの状況からふつーに逃げられると思ったし?☆ ねぇ……小倉ァ」
ギャルの格好で、眼だけがいつもの早坂。
一瞬だけ頭を巡らせ、もう逃げられないことを悟った彼はあえて自信たっぷりにこう返した。
「弁護士を要求する」
本日の勝敗――小倉と石上の敗北。
本日は総合日間22位、二次創作日間8位でした!本当に応援ありがとうございます……!嬉しい。
新しく感想をくださった
AvengerRaki様、Aamk様ありがとうございます!
新しく評価をくださった
瞬瞬必生様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、文遠様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、ケツカイマグロ様、粉みかん様、Sama L様、セイバーオルタ様、ブブ ゼラ様、M&A様(一言評価ありがとうございます)ありがとうございます!