早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】 作:鍵のすけ
「おい早坂、こっちのテーブル並べ終わったぞ」
「……」
四宮の夕餉の準備を行っていた小倉は早坂にそう報告したが、彼女は無言であった。
物事には理由があり、今回は小倉に非があった。
「おーい」
「……」
「早坂さーん?」
小倉は覗きがバレ、早坂に問い詰められた後、全速力で逃げていたのだ。
それが彼女の怒りを買う。
別邸に戻り、いつもの業務をこなすまでは良かった。問題はその最中である。
一瞥し、そして言葉を発さず、早坂は次の仕事へ行ってしまう。
「や、やりづらい……」
これは相当怒っている、と小倉が判断するのは容易かった。
とはいえ、だ。
彼は早坂を非難するつもりは毛頭なかった。何せ、悪いのはこちらだし、可能ならば一刻も早く仲直りをしたい。
「うん、まあ、そうなるとやっぱりやることなんて最初から決まっているよな」
一度頷いた小倉は早坂の後を追いかけるように部屋を飛び出した。
すぐに早坂は見つかり、彼は歩くスピードを緩める。
「これはひとり言として受け取って欲しい」
「……」
そう前置き、彼は喋り始める。
「あの時、逃げて悪かったよ。何ていうか、お前に見つかったのがすげえ恥ずかしくなってな」
当然だが、相づちはなかった。だが、彼女が歩く速度を上げなかった所を見ると、少なくとも話だけは聞いてくれるようだ。
それだけで妙に小倉は安心し、更に冷静に謝罪することが出来た。
「もう二度とやらんし、あとお前から逃げない。許してくれないか?」
「……の?」
「うん?」
早坂の声がいつもより小さかったので、聞き返すと、彼女は背を向けたまま問いかける。
「それで、実際に下着は見られたの?」
「いいや。実は一度も見えたことはなかった。……っていうか、多分見てたとしても早坂の脚見たら、全部記憶からぶっ飛んだっていうか、あっ……!!」
だいぶ思考のネジが外れていたようで、言うつもりが無かったことを口走ってしまった事に気づいた小倉は咄嗟に手で口を塞いだ。聞いてない事を祈るが、こんな近い距離で喋ったことを聞き取れない方が問題で。
「小倉はやっぱり私も見たの?」
「……ああ、そうだよ。この際言っちまうと、お前が一番強く印象に刻まれちまったよ」
もうここまで来ると、誤魔化してもどうしようもない結末が待っていることを悟った小倉は、全て正直に語ることにした。
なんなら、ここでパンチでもしてもらってチャラにしてもらおうとすら彼は考えていた。
だが、早坂の次の行動はそんな彼の予想とは反していた。
「お、おい」
早坂は静かに小倉に近づくと、じっと彼の瞳を見つめる。身長差もあり、彼女が見上げるような構図だ。
無表情でそんな意図不明の行動をされたものだから、小倉、混乱する。
(な、なんだ……? やっぱり全部正直に言ったのはマズかったのか? これは何の顔だ? 殺る気に満ち溢れているのか? 殺るのか? 殺られるのか俺は……!?)
絞殺・刺殺・轢殺……やろうと思えば、全てを証拠無くやってのけそうな凄みが早坂にはある。こんなちょっと動けばキスでも出来そうな距離だ、この先起こりそうな事なんて絞り込むのは不可能に近い。
それはさておいて。
(……めっちゃ近い)
超至近距離!
彼女の息遣いが聞こえてくるほどの距離。早坂はまだ小倉をじっと見つめている。その瞳に感情はなく、一体何をしたいのか小倉は本気で理解出来なかった。
「本当に私が一番?」
見つめながら、彼女は問いかけてきた。それに対する回答はとっくの昔に出している。
「だから、一番だって何回言わせんだよ」
彼の頭の中には、下心はなかった。素晴らしい美術品を見ると、誰もが美しいと言うだろう。
小倉の回答にはそれくらいの
それを聞いた早坂、再びじっと見つめるとやがてため息を1つ吐いた。
「あだだだだ」
次の瞬間、小倉は両頬に痛みが走る。
何を思ったのか、早坂が彼の両頬をつねっていたのだ。時間にしてたったの数秒だけ。
ようやく解放された小倉は自分の両頬をさすっていると、彼女は再び背を向け、歩き出した。
「夕食の後、10分肩揉み。それで今回は許す」
“許す”。ようやく聞けたこの言葉に、小倉は全身の力が抜けそうになった。気づかない内に、身体が強張っていたのだろう。
これでようやく仲直り。
「っはぁ~……やっぱ覗きなんてお天道様に顔向けられない事はするもんじゃないなぁ」
覗きは二度としないだろう。二度とこれで彼女を怒らせたくない、というのが1つ目の理由。そして2つ目の理由はとても複雑なもので。
(……もし仮に誰かテキトーな奴のを覗けたとしても、多分俺は早坂の顔がずっとチラついたんだろうな)
何故かは分からない。分からない、が。小倉は早坂に対して罪悪感を抱くことになっていたんだろうという謎の確信があった。
流石にこれを口にするのは赤面ものなので、今度こそ小倉はしっかりと心の奥底に封印する。
(そういや早坂あの時確か)
代わりに、小倉は先程の早坂を思い返していた。具体的には許してくれる寸前の、彼女が振り返った瞬間である。
もしかしたら気のせいかもしれない。
だが、彼は確かにこの目で見たのだ。
(――笑ってたような?)
口元が緩み、微笑を浮かべていた早坂を。
良く思い出してみようと試みるも、それは件の彼女によって遮られる。
「小倉、何してるし? 早く夕食にして、さっさと肩揉んで」
「へいへい。さっさと飯食って誠心誠意マッサージさせてもらいますよ早坂様」
何だかどうでも良くなってしまった小倉は、あの早坂の顔を脳内メモリーにインプットするだけにした。
きっとまた見られると、そう思って。
◆ ◆ ◆
「で、だ早坂」
「何?」
「お前、何でこんなガッチガチに肩凝ってんだよ! お前、何歳だよ!」
「アンタと同い年だけど? 何? 記憶飛んだ?」
夕食を終え、約束通り10分間の肩揉みを行っていた小倉はその年不相応の肩の具合に、驚きを隠せずにいた。改めて、四宮家侍女の仕事がどれほどハードなのかを理解する小倉である。
小倉は基本的に四宮の帰宅に同行することはなく、その分の時間を他のことに充てている。しかし、彼女が四宮と共にいる時間は小倉より長い。
本人はそう思っていないのだろうが、掛かる負担は相当な事は間違いない。
「へいへい……」
「んっ……やっぱり小倉の肩揉みは良い」
「だろ? たまに時間を見つけて練習してんだよなーこれがさ」
「練習? プロのマッサージ師でも目指してるの?」
「いつかぐや様に追い出されても良いように、色々と噛んでてな。んで、これはそういった目的と実益を兼ね備えたやつ」
「実益って? ……っうん、ちょ、小倉……そこ、良い」
他の男子が今の早坂から漏れる声を聞けば、たちまち前かがみになることであろう!
だが、小倉の集中力は凄まじく、目の前の肩凝りを解すことに全ての神経を総動員させていた。手を変え、品を変え、どんどんほぐれてくる早坂の肩。
「実益はいま俺が見させてもらっているこの光景」
「え?」
「早坂はいつも頑張ってるからな。そういう奴がリラックスしてくれてる所を見るのが、俺の実益って事。まあ、色々と捏ねくり回した言い方してるけど、飾りを捨ててストレートに言えば、こうだよ」
仕上げのマッサージをしながら、彼は言った。何てことはない、とてもシンプルに。
「いつもお疲れさん。だけど、あんまり頑張るな。頑張りすぎると疲れて動けなくなるぞ」
「……ありがと」
約束の10分が経過した。早坂は立ち上がると、小倉の背後に回り込んだ。
「ん? どうした早坂、うおっと」
半ば強引に椅子に座らされた小倉が彼女に説明を求める。
返答の代わりに、小倉の両肩に早坂の手が置かれた。
「あんまり頑張るな。頑張りすぎると疲れて動けなくなるぞ。――そっくりそのまま返してあげる」
両肩に程よい刺激。早坂が肩揉みをしてくれていると気づくのに、そう時間は掛からなかった。
「仕事量で言えば、私よりも多いはず。私がこの家のスタッフを管理している指揮官なら、アンタは最前線にいる実働部隊の隊長。私だけじゃ出来ないことも小倉がいるから、出来る」
「へっ、嬉しい事言ってくれるねぇ」
「今日はごめん。私もムキになりすぎた」
「それは謝るな。俺が悪い」
「……それもそうだね」
「おい、そこは更に互いに謝り合うパターンじゃないのか?」
「ばぁーか」
そこからはしばらく無言の間が続いた。時間がゆっくり経過するかのような感覚。この時間が、たまらなく尊いのだ。
……と、締め括る事が出来れば、それはそれは大層大きな花丸が付いたことであろう。
(さっきからずっっっっっっといっっっっっっってぇぞ早坂ァ!!!)
早坂の肩揉みのセンスの高さから来るのか、えげつない力で、えげつなく凝っているポイントをさっきから揉んでくるのだ。これで悲鳴を上げない自分を褒めてやりたいくらいである。
だが、彼女が一生懸命に尽くしてくれているのを見て、小倉は再び己との戦いに集中することにした。
本日は総合日間36位、二次創作日間23位でした!応援ありがとうございます!
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