彼女から見た物語の始まり   作:衝撃のファースト幼馴染


原作:インフィニット・ストラトス
タグ:篠ノ之箒
箒視点でのISの物語の導入部を想像してみました。

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彼女から見た物語の始まり

 ――君にはIS学園に入学してもらう。異論は認められない。

 

 受験シーズンの中学3年の冬。当時は本名を名乗らせてもらえなかった篠ノ之箒は政府関係者と思われる黒服の男にそう告げられた。

 箒は逆らうつもりなどなかった。というよりも逆らう術など何も持たなかった。重要人物保護プログラムのために篠ノ之箒ではない別人として過ごすことを強いられた。姉である篠ノ之束はもちろんのこと、父親と関わることも禁止されて、6年間過ごしてきた。何の力もない中学3年生が自分だけで進路を決められるはずもない。

 

 この世界でIS学園を知らない者はいない。IS(インフィニットストラトス)を扱う操縦者を育成するための世界で唯一の教育機関。聞いたこともない数字の倍率の狭き門をくぐり抜けた優秀な人物しか入学を許されない超エリート校と言っていい。そんな場所へ箒は()()()()入学させられるという。

 普通ならば喜ぶことだろう。姉ほどでないとはいえ、箒も勉学には長けている。入学してから学力などの能力でついていけないと不安を抱えるようなこともなかった。

 だが憂鬱になる。ISは姉が開発した。だから他の生徒たちは当たり前のように篠ノ之束を知っている。初対面の箒のことよりも束のことを知っている。恐ろしい規模の受験戦争を勝ち抜いてきた彼女たちの前に、篠ノ之束の妹だからという理由だけで入学する自分がいる。想像するだけでも恐ろしかった。

 

 ……誰も私を見てくれるわけがない。

 

 暗い未来しか思い描けないまま3月になった。

 そんなとき、1つのニュースが箒の耳に飛び込んできた。

 

『男性IS操縦者が発見された』

 

 その時点で箒の脳裏を過ぎったのは6年前に離れ離れにさせられた幼馴染みの顔だった。

 きっと推測でも何でもなく『そうであってほしい』という願望だった。何故ならば、もし()だったら()もIS学園に入学するということになる。そんなこともあり得るのではないかと思えたのだ。

 箒の望みは叶った。

 ニュースに書かれていた名前は織斑一夏。元ブリュンヒルデの弟とまでハッキリと。同姓同名の別人ではないことは確定した。

 

 暗い未来は一転。箒の口元にはおよそ6年ぶりとなる笑みが浮かんでいた。

 

 

 ――運命の4月。入学式の日。

 IS学園の制服に身を包んだ箒の表情は固かった。そもそもISとは関わり合いになりたくないのである。キラキラと輝いてさえ見える周囲の生徒たちとの温度差を初日から嫌と言うほど実感させられていた。

 箒は10m歩く度にキョロキョロと周囲を見回す。まるで敵ばかりいるようなこの学園の中で唯一の味方のような存在である幼馴染みの姿を探した。それくらいしか出来ることなどなかったから。

 結局、彼を見つけられなかった。噂では男性操縦者が入学してくるとなっているのだが、入学式でも彼の姿はなかった。

 

 式後の1組の教室。箒は自分の席である窓際の一番前の席で行儀良く腰掛ける。その表情はやはり暗い。

 本格的にIS学園での生活が始まる前に一度でいいから彼と顔を合わせたかったけれど、出会えなかったものは仕方ない。同じ敷地内にいるのならばそのうち会えるだろうと思うことで乗り切っていこうと気を張った。そのときだった。

 廊下がやけに騒がしい。超がつくほどの優秀な生徒の集まりであるはずのこの学園で動物園かと言いたくなるほどの声が耳に障る。箒は苛立ちを隠さずに鋭い目つきで廊下を見やった。

 

 すると、教室に入ってきた()()と目が合った。

 意表を突かれた箒は表情を変えられないまま固まってしまう。

 男子生徒、織斑一夏はばつが悪そうに顔を伏せて、そそくさと自分に割り当てられた席へと座る。

 

(……え? え? えええ!?)

 

 箒はものすごいスピードで身体ごと窓の方を向いた。具体的には一夏と反対側を向いた。頬はやや紅潮し、脳内は完全にテンパっている。

 

(あれは本当に一夏なのか? 思っていたよりも、その……男、なのだな……)

 

 最後の記憶が6年前である。当時は幼く、一夏よりも箒の方が背が高かった。加えて一夏の顔立ちが優男寄りだったのもあってあまり性差を意識していなかった。

 今の一夏は箒よりも背が高く、肩幅も広い。目を合わせた一瞬で彼の隣に立つ自分を想像し、勝手に気恥ずかしくなっていた。

 

(ええい! しっかりしろ、篠ノ之箒! 一夏が少しばかり男らしくなったから何だというのだ! 久しぶりだからこそ、私が不抜けた顔など見せるわけにはいかぬだろうが!)

 

 箒は両手で自分の頬を引っぱたくことで渇を入れる。その様子をチラ見していた一夏が驚いてビクッと震えたが箒が気づくわけなどない。

 気持ちを整えた箒は再び身体を前に向け、視線だけでチラリと一夏の様子を窺う。しかしタイミングが悪い。一夏は箒に恐れ(おのの)いており、これ以上彼女の方を見ようとしなかった。

 

(気づいて……くれていない、か)

 

 6年。それは高校生になったばかりの者たちにとって長すぎる年月。身体もすっかり大人へと成長し、お互いに見違えてしまった。この学園に男子生徒が一夏のみであるために箒から一夏を認識できるが、一夏の方から見てみれば箒など大多数の女子生徒の1人に過ぎないのかもしれない。

 何よりも。箒にとって一夏が特別であっても、一夏にとって箒が特別であるとは限らなかった。

 

 

 ところが。

 自己紹介が終わり、休み時間になっても一夏は自分の席から動こうとはしなかった。自己紹介中に数回視線が合ったので一夏の方も箒を認識しているのは間違いないはずなのにだ。

 

(6年ぶりだぞ。少しくらい挨拶でもしようとは思わないのか、あの男は!)

 

 相手が動くことを待っているだけの自分は棚に上げて憤る。ついにじれったくなって箒は席を立つ。真っ直ぐに一夏の席へと向かって一言。

 

「……ちょっといいか」

 

 もっと気の利いた言い方はできないものか、と箒は言ってから後悔しているが今更止まるわけにもいかない。既に男性操縦者に一番最初に声をかけた女子として周囲の注目の的になっていることにも気がついた。

 

「え……箒?」

 

 名前を呼ばれた。ただそれだけで胸の奥が温かくなるのを感じ取る。

 6年ぶりに耳にした、箒自身を呼ぶ言葉。

 一夏と離れてから今日に至るまでの偽名でなく、束の妹という意味でなく使われる名前。

 彼だけは箒を束の妹扱いしない。彼にとっては束の方こそ箒の姉に過ぎない。

 だからこそ、彼に名前を呼ばれるのは心地よい。

 

「廊下でいいか?」

 

 とりあえず箒は一夏を教室から連れ出すことにする。変な注目を集めたままでは話したいことも話せない。

 

「早くしろ」

「お、おう」

 

 一夏はすぐに動こうとしなかった。仕方なく箒は自分が先導して教室を出て行く。一夏はすぐにその後を追ってくれた。

 廊下に出た2人だったが結局のところ聞き耳を立てた包囲網が完成していて廊下に出た意味など全くなかった。これ以上教室から離れても状況は変わらず、会話する時間が減るだけだろう。仕方なく箒は立ち止まる。

 

「そういえば」

 

 すると、意外なことに一夏から話を切り出した。

 何を言われるのだろうか。

 内心では期待しながらも箒は「何だ?」とやや冷たい返答をしてしまう。

 

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

 

 完全に意表を突かれた。自己紹介で名乗るまで箒は一夏に認識されていないと思い込んでいた。

 ついさっきまで忘れていた幼馴染みの去年の出来事を知っていることなどあるものだろうか。むしろ積極的に情報を掻き集めないと知るはずもないことでないだろうか。

 一夏が自分を見てくれている。そう考えると嬉しくなると同時に、一夏のことを見誤った自分を責めたくもなる。だから顔を赤くして口をへの字に曲げるという妙な表情にもなってしまう。

 

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

「なんでって、新聞で見たし……」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ!」

 

 箒は自分の言いたいことを全然伝えられていない。

 全国大会といえど、中学の女子剣道の大会結果を報じる新聞記事など普通に生活していたらまず目にすることは適わない。もし新聞に大会結果の記事が載っていたとして、それこそ『なぜ一夏はそんな記事を見ているのか?』という話になってもおかしくない。

 それだけではない。箒自身も気づいていないこと。箒が去年の剣道の全国大会で優勝したのは事実だったが、実際に優勝した女子生徒の名前は篠ノ之箒ではなかった。一夏が知るはずもない、篠ノ之箒が別人として生きていたときの偽名だったはずなのだ。

 

「あー、あと」

「な、何だ!?」

 

 既に想定外の言葉をぶつけられて脳内パニックの箒は一夏の一言に身構えざるを得なかった。

 箒の剣幕に驚いたのか、一夏は言葉を続けない。そこでようやく自分が威圧的な態度をとっていたことに気づき、胸を一撫でして気分を落ち着ける。

 

「久しぶり。6年ぶりだけど箒だってすぐにわかったぞ」

「え……?」

 

 自分が声をかけるまで関わろうとしなかったくせに。そう箒が悪態を吐くよりも先に一夏はちょんちょんと自分の頭を指さす。

 

「ほら、髪型一緒だし」

 

 髪型と言われて、箒は自分のポニーテールを手にとる。

 この6年、別人となるために封印していた髪型だ。今日この日を以て篠ノ之箒に戻るためにわざわざ昔の髪型にした。一夏は箒の意図を知らずして指摘したのだ。

 箒にはこう聞こえた。

 

 ――『おかえり、箒』と。

 

「よ、よくも覚えているものだな……」

「いや、忘れないだろ、幼馴染みのことくらい」

 

 嬉しい言葉だった。だがしかし、自分が声をかけるまでの一夏の態度を思い出す。

 この男は箒のことを忘れていなかった。裏を返すと、幼馴染みが近くにいることをわかってて無視を決め込んだことになるのではないだろうか。

 箒はジト目で一夏を見つめる。ちょうどこのタイミングで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「戻ろうぜ」

「わ、わかっている!」

 

 箒は一夏の顔も見ず先に歩き出した。一夏に見せていないその顔は嬉しいやら悲しいやらの感情が入り交じった、顔を赤くして目つきが鋭い箒らしい箒の顔だった。

 少なくとも、箒にとって最悪な学園生活にはならないだろう。今までと違って、IS学園での生活には希望が残されている。彼と共に歩めればきっと楽しいはずだから。

 

 

 




 IS学園に一夏が入学したことは箒にとって救いだったんじゃないかなぁという話でした。
 原作者様は「箒にも普通に友達いました」と発言されていたそうですが、それだと色々とストーリーが成り立たないような気もしています。でないと彼女が一夏に固執する理由が弱くなりますからね。
 導入部の箒は色々と不安定だと思います。悪い言い方をすると一夏に依存することで自分を保っています。そんな彼女を変えたのはおそらく一夏でなくて鈴ちゃんでしょう。
「で、あんたはどうするの?」
 3巻のあのやりとりできっと一夏以外にも箒を束の妹でなく箒個人として見てくれている人がいると箒に伝わったんじゃないでしょうか。

 ではまたどこかで。


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