コードギアス Hope and blue sunrise 作:赤耳亀
シズオカゲットーにある、行政特区日本の予定地。その中にある式典会場には、百万人を超える日本人が集まっていた。その人々に紛れる形で、変装した騎士団の団員達も会場に入っている。
なお、ライはその銀色の髪が目立ちすぎる為、カツラをかぶっての潜入となっていた。
ブリタニア側の監視員の中には機情に所属するヴィレッタもおり、扇の存在を探している。
『日本人のみなさん、行政特区日本へようこそ。たくさん集まってくださって、私は今、とても嬉しいです。新しい歴史の為に、どうか力を貸してください。』
式典会場ではナナリー総督の演説が始まっていた。
『それでは式典開始前に、私たちがゼロと交わした確認事項を伝えます。』
ミス・ローマイヤが読み上げる。その内容は、
行政特区に参加する者は局舎として罪一等を減じる
三級以下の犯罪者は執行猶予扱いとする
ゼロだけは、国外追放処分とする
以上の三項目であった。
『ありがとう、ブリタニアの諸君!寛大なるご処置、痛み入る。』
突如として会場内のモニターが切り替わり、ゼロが写し出される。
「姿を現せゼロ!自分が安全に、君を国外に追放してやる!」
スザクがナナリーの前に出てゼロに語りかける。しかしゼロは応じず、質問を返した。
『人の手は借りない。それより枢木スザク、君に聞きたいことがある。日本人とは、民族とは何だ?』
「…何!?」
『言語か?土地か?血の繋がりか?』
ゼロの質問に戸惑いつつも、スザクは自身の信じる答えを告げた。
「違う!それは……心だ!」
『私もそう思う。自覚、規範、矜持…つまり、文化の根底たる心さえあれば、住む場所が異なろうと、それは日本人なのだ!』
「それと、お前だけが逃げることに何の関係が?」
スザクが口にした時、ライやカレン、藤堂ら騎士団達は鞄に隠していたスイッチを押し、その鞄から煙幕を噴射させた。
会場は一瞬にして煙幕に包まれ、視界が遮られてしまう。
「何が起こったのです?」
目が見えない為に状況を把握できないナナリーに、アーニャと選任騎士候補であるサーシャ・ゴットバルトが駆け寄る。
「総督、今は。」
それだけ告げると、アーニャはナナリーの車椅子を押して、サーシャと共に彼女の安全を確保する為に舞台裏へと連れ出した。
「仕方ない…全軍、鎮圧準備に入れ。」
命じたのはギルフォードだ。会場に配備されたナイトメア部隊や、フロートで空中から監視していた部隊が銃を向ける。
「待て!相手は手を出していない!」
それを止めるスザク。
煙幕が薄まり始めた為、会場に目を向けるスザクとローマイヤ。するとそこには、100万人を超えるゼロが立っていた。
「この手があったか!圧倒的な戦力差を逆手に取って、百万人を…」
「手を出すなよジノ!それではただの虐殺だ!」
「分かっている!」
状況を理解したジノとアドニスが歯噛みする。この状況で手を出せば、ナナリーは第二の虐殺皇女としての謗りを免れない。
『全てのゼロよ!ナナリー新総督の御命令だ!速やかに、国外追放処分を受け入れよ!
どこであろうと、心さえあれば我らは日本人だ。さあ、新天地を目指せ!』
画面の中のゼロの言葉に、会場にいるゼロ達は移動を開始する。
その先には、巨大な海氷船が迫っていた。
「仮面を外せ、イレブンども!」
そう言って銃を構えたのはヴィレッタだ。それに応じて銃を構えようとした玉置のゼロを、扇のゼロが慌てて遮る。
「撃つな!我々は、闘いに来たんじゃないんだ。」
「その声…扇!?」
ヴィレッタは目の前に立つ、長身のゼロの正体に気付く。自分が探していた扇要が、仮面を被っているとはいえ目の前にいるのだ。
「あ、いえ…俺は…ゼロです。」
ヴィレッタの言葉を扇は否定する。ヴィレッタを探していたのは扇も同様であるが、ここで時間を取られるわけにはいかなかった。
また、会場内各所でも同様の事が起こっていた。警備に当たっていたブリタニア軍人がゼロ達に銃を向け、仮面を外すよう命じる。そうなるであろう事を事前に予測していたライは、ロックと騎士団員達に矢面に立ち、有事の際にはすぐに動ける状況を保つよう伝えていた。
(さて、後はスザクとアドニスがこちらの思う通り動いてくれれば…あの二人なら、万が一にも虐殺という命令を下す事はない筈だけど…)
ライはこの策の落とし穴に気付いていた。それは、一人でも命令を待たずに発砲した時点で特区成立は不可能となり、ナナリーの面子も丸潰れとなる。そして、それを最もやる可能性が高い人物が、補佐官であるローマイヤであった。
ライは注意深く彼らの様子を観察する。その内の一人であるスザクは、この状態でどう処置を行うかを巡ってローマイヤと口論になっていた。
「特区日本は、どうなったのです!?」
ナナリーの横を歩くサーシャが彼女に答える。
「未確認ですが、ゼロが会場内に現れたとの報告があります。念の為、一時待避を…」
「ですが、ゼロは…」
「事前の取り決めで、ゼロは国外追放処分となっています。ただ、万が一の事がありますので、事態が落ち着くまではどうか枢木卿にお任せを。」
彼女の言葉に、ナナリーは不安そうに頷いた。
「枢木卿、百万の労働力、どうせ無くすなら見せしめとして…」
「待ってください!」
言いつつ銃を構えるローマイヤを止めたスザク。ゼロが映るモニターに向き直ると、そちらに向かって叫ぶ。
「ゼロ!みんなに仮面を外すよう命令しろ!このままではまた、大勢死ぬ!」
『どうするんだスザク、責任者はお前だ。』
トリスタンからジノが問いかける。
(黒の騎士団がいなくなれば…エリア11は平和になる。ナナリーの手を汚すことも無くなる。)
スザクを見つめながら、ルルーシュは思案する。一方のスザクは、どういう決定を下すかを決めかねていた。
(しかし…これは卑怯な騙し討ちだ!)
迷うスザクを尻目に、ローマイヤが目の前のゼロに銃を向ける。
「…死になさい、ゼロ!」
そのローマイヤの前に、ランスロット・クラブから降りたアドニスが立ちはだかった。
「また虐殺を行えと言うのか!?あなたは人命を…!総督の立場を何だと思っているんだ!?」
「ああ、そうだよな…」
アドニスが目の前に現れたことで一瞬躊躇したローマイヤの手から、スザクが銃を取り上げた。
「ユフィもナナリーも許すつもりだった!」
「相手はゼロです!」
「ゼロは国外追放!約束を違えれば、他の国民も我々を信じなくなります!」
反論するローマイヤをスザクが説得にかかるが、ローマイヤは納得できないようで、さらに反論を重ねる。
「国民!?イレブンのことか?あなたがナンバーズ出身だからといって…」
ローマイヤの言葉は侮蔑に満ちていたが、スザクははっきりと否定する。
「ナンバーは関係ありません!それに、国策に賛同しない者を残して、どうするのです!」
「この百万人は、ブリタニアを侮蔑したのですよ!」
自分の言動を棚に上げ、異を唱えるローマイヤ。しかし、スザクが結論を曲げることは無かった。
「そのような不穏分子だから、追放すべきではないのですか!」
「ミス・ローマイヤ!ここでこいつらを殺せば、ブリタニアは他国からも信頼を失い、戦禍が広がるだけだ!あなたはその責任を取れるとでも言うのか!?」
アドニスとスザクの言葉に反論の術を見出だせずに黙り込んだローマイヤの姿を確認し、スザクは再びゼロの映るモニターに向き直る。
「約束しろゼロ!彼らを救ってみせると!」
『無論だ。枢木スザク、君こそ救えるのか?エリア11に残る日本人を!』
「その為に、自分は軍人になった!」
スザクはゼロの問いに迷いなく答える。
『…分かった。信じよう、その約束を。』
その言葉を最後に、モニターからゼロが消える。
それを見て、百万人のゼロが移動を再開した。
「急ごうぜ、今の内だ。」
扇に告げたのは玉置だ。扇もそれに応じ、ヴィレッタの横を抜けていく。
「さ、さようなら、ブリタニアの人…」
その背中を、ヴィレッタは悲しげに見つめていた。
海氷船に向かうゼロの中から、一人のゼロがスザクに向かって歩を進めてきた。
「ありがとう、スザク。君のおかげで、悲劇を繰り返さずにすんだ。」
軽く仮面を上げると、そこにいたのはライだった。
「ライ、君は…」
「次はまた戦場で会うことになるだろうけど、それでも僕は信じているよ。いつか君と僕の道が交わることを…」
そう言うと、ライは仮面を被り直し、スザクの前から去っていった。その後ろ姿を見ながら、スザクは以前の特区日本が施行される直前に、彼と交わした言葉を思い出していた。
(これは、僕が発砲命令を出さないと信じての作戦だ。ゼロは、僕の事をよく知っている。そして、彼が未だ付き従っている事を考えると…)
スザクは、やはりゼロの正体はルルーシュではないかと疑いを深めていた。
式典会場に一人立ち尽くすスザクを、離れゆく海氷船からライは眺め続けた。彼の姿が見えなくなるまで。
今日はこれが最後の更新です。お付き合い頂きありがとうございました。