コードギアス Hope and blue sunrise 作:赤耳亀
中華連邦にある、蓬莱島。人工島であり発電施設でもあるこの場所が、中華連邦から黒の騎士団に貸し与えられた場所だった。
その蓬莱島には、インドから大量のナイトメアと、黒の騎士団の旗艦となる斑鳩が運び込まれていた。
「本気で中華連邦の首都を落とすつもり?」
カレンはライ、ルルーシュとともに斑鳩の最終チェックを行っている。彼女はライに肩車をしてもらい、天井部の基盤を操作していた。
「侵略者にならない方法でな。洛陽さえ落とせば、ブリタニアを倒せる条件はほぼクリアされる。それより…」
「ん?」
ルルーシュの言葉をカレンが聞き返す。
「お前達が付き合っているのは知っているが、その…距離が近すぎないか?」
ルルーシュが言ったのはライとカレンのことである。天井の基盤を操作しなければならない、と分かった際、無言でライが屈むと、カレンも何の疑問もないように彼の肩に座ったのである。その様子を、C.C.もピザを頬張りながら当たり前の光景のように見ていた。
「…カレンにも、僕の過去とギアスのことを話したんだ。受け入れて貰えるとは、思ってなかったけどね。」
どうやらこの二人の絆はまた強くなったらしい。ルルーシュは苦笑すると、ライに顔を向ける。
「なるほど…後でいいから、行方不明だった間の話を、俺にも聞かせてくれ。あのロックという男の事も。あぁそれから、お前にはユーロ方面から亡命してきた奴等を中心にした特務隊を預けるから、上手くまとめてやってくれ。」
「分かった。後で会ってくるよ。」
そこでルルーシュは自分の作業に戻ろうとしたのだが、直後に神楽耶から通信が入った。
『ゼロ様、ブリーフィングルームに来て下さい!大変な事が!』
その言葉にルルーシュ達は慌ててそちらへ向かった。そこで待ち受けていたのは、最も恐れていた事態が起こったという報せだった。
「政略結婚!?」
「ええ、皇コンツェルンを通して式の招待状が届いたのです。新婦は、この中華連邦の象徴である天子様。私を友人として招きたいと…」
神楽耶の言葉に藤堂とラクシャータが続く。
「新郎は、ブリタニアの第一皇子…」
「オデュッセウスとかいう人。」
三人の言葉を聞いて、ディートハルトがゼロに告げる。
「用意していた計画は間に合いません。まさか大宦官が…」
「いや、ブリタニアの仕掛けだろう。」
ディートハルトに、ゼロが答える。
「だとしたら、俺たちは…」
「ああ、最悪のケースだな。」
扇に同意し、仮面の中で歯噛みするルルーシュ。
(チッ…この手を打たれる前に、天子を抑えるつもりだったのに…まさかこんなに早く、あんな凡庸な男が…)
「何心配してんだよ。俺たちはブリタニアとは関係ないだろ?国外追放されたんだからさ。」
遮ったのは玉置だ。彼は状況が理解できていないようで、一人だけ楽天的な言葉を口にしていた。
「何を言っているんだお前は…?」
「あの…罪が許されたわけじゃないんですけど…」
「それに政略結婚ですし…」
「中華連邦が私たちを攻撃してくる可能性だって…」
ロックと斑鳩のオペレーター三人に告げられ、ようやく状況を理解し始める玉置。
「…じゃあ何かよ!?黒の騎士団は結婚の結納品代わりか!?」
「あら、うまいこと言いますね。」
「使えない才能に満ち満ちているな。」
神楽耶とC.C.の言葉に、玉置は焦りながら言葉を返す。
「呑気こいてる場合か!大ピンチなんだぞこれは!」
「…だからさぁ。」
「それを話してるんだよ。」
呆れながらも、ラクシャータと扇が返答する。その光景を見つつも、ライは思案を巡らせていた。
「シュナイゼル、だろうね。おそらく、以前から中華連邦を取り込む為の策として進めていたんだろう。」
ライの言葉に、ゼロは同意する。
おそらく大宦官は、国と引き換えにブリタニアでの地位を約束されているのだろう。
「ああ、こんな悪魔みたいな手を打てるのは奴しかいない。」
ライはゼロの隣に立ち、自身が式までにしなければならないと思う事を伝えた。
「ゼロ、ロックも交えて、あとで時間を取ってくれ。どうするかきっちり決めておこう。招待状が来ているとの事だが、我々も参加できるのかどうかや、出来たとしてどう進めるべきか、計画立ててその通りに動けるようにしておきたい。」
「それはその通りだが、お前はどこへ行くんだ?」
ゼロの問い掛けに、ライは少し笑顔を浮かべながら答える。
「とりあえず、予定通りユーロからの亡命者と会ってくるよ。いつも通り、大したことじゃないって装ってないと、団内に不安が広がるからね。それに、その人達の意思や目的の確認がしたいし。」
「分かった。終わったら連絡をくれ。」
ゼロの言葉に頷き、ライはブリーフィングルームを後にする。彼は艦内の食堂へ向かうと、所在無さげに回りを見る11人に歩み寄った。
「え…あれ女の人?あ、いや男か。うわ、すごいイケメン…」
11人のうち、日本人らしい女性が呟いた。ライには聞こえておらず、彼は一番前にいた金髪の女性に話し掛けた。
「君達がユーロから亡命してきた人達かな?」
「あ、はい。そうです。」
ライの問い掛けに、リーダー格の金髪の女性が姿勢を正して答える。
「君達は第一特務隊に組み込まれる事になった。第一特務隊は場合によってはゼロの指揮から外れ、独自の判断で動く権限を持つ部隊だ。その隊長を僕が務めることになった。よろしく。」
「は、はい。よろしくお願いします。あの、お名前を伺っても…?」
彼女の質問で、ライは自分がまだ名乗っていない事に気が付いた。
「ああ、すまない。僕はライ・ウォーカーだ。気軽にライと呼んで欲しい。」
それを聞いて、金髪の女性は頭を下げた。
「私はレイラ・ブライスガウと申します。それと、こちらから日向アキト、左山リョウ、成瀬ユキヤ、香坂アヤノ、アシュレイ・アシュラ、それからアシュラ隊の面々で、アラン、シモン、フランツ、ヤン、クザン、ルネです。」
「レイラ、アキト、リョウ、ユキヤ、アヤノ、アシュレイ、アラン、シモン、フランツ、ヤン、クザン、ルネ…だね。早速なんだけど、一つ聞いていいかな?君達はユーロブリタニアとの戦争の最前線に立っていたが、最後は戦場を離れて穏やかな生活を求めたと聞いている。そんな君達が何故黒の騎士団に?」
レイラはやや言い澱むと、言葉を選びながら彼に返答する。
「…ユーロブリタニアとE.U.の戦争にブリタニア本国が介入したことで、私達は暮らしていた場所も、移り住む場所も奪われました。そうなった以上、私達が本当に穏やかな生活を望むのであれば、自分の力で取り戻さなければならない…そう考えて再び戦場に戻る決意をしたのです。」
彼女の言葉に、ライは真摯な目を向けたまま頷いた。
「…分かった。だけど、ここに来た以上は望まぬ任務もあるだろうし、仲間の死に直面する場面だって有り得る事だ。もちろんそうならないように最善は尽くすけど、分かった上で切り捨てなければならない時もある。その覚悟は出来ていると見ていいのかな。」
再び問われた事に、今度はアキトが一歩前に進み出て答えた。
「あなたの事は聞いています。味方を見捨てられない、兵を駒として扱えない甘い人だと。でも、だからこそ他者の痛みが分かる人であると、そう思います。これは自分達が望んだ事です。自分で自分の道を切り開く為に、身命を賭したいと思っています。」
「そうか、そこまで覚悟しているのなら、これ以上聞くのは失礼だね。これからよろしく頼むよ、みんな。未来を、明日を手に入れる為に力を貸してくれ。」
「「はいっ!」」
ライはタブレットを取り出すと、目の前にいる面々にデータを送りながら告げる。
「あのアレクサンダという機体は、君達が数ヵ月前に提出してくれたデータに基づいてラクシャータさんが造ってくれている。リョウだけは、戦闘データがアレクサンダに向いてないから別の機体を造ると言っていたけどね。もし時間があるのなら、20分後にシミュレーターで一戦やろう。場所はタブレットに送っておいたから。」
「分かりました。」
全員が頷いたのを確認して、ライはその場を去った。その後ろで、日本人の女性、アヤノがうっそりと口を開いた。
「あの人、やばいくらいイケメンだったな…」
「アヤノ、もう少し真剣に聞きなよ…」
横にいたユキヤに注意され、アヤノは慌ててタブレットからデータを引き出した。
「マジかよ…四対一だぞ…」
シミュレーターに座りながら、呆然とした声を上げたのはリョウだ。データはアレクサンダのものを使っているが、彼は模擬戦開始から僅か25秒で撃墜されていた。
「ウソでしょ…あの顔で、ナイトメアの操縦も超一流なんて…不公平すぎ…」
リョウを援護していたアヤノも、ほぼ同時に撃墜されている。彼女も自分に出来る精一杯の動きをしたつもりだが、その悉くを読まれて先を潰された。
「こりゃあ、シャイング卿よりも遥かに上だな…」
アキトと共に数合斬り合ったものの、40秒が経過した時点で撃墜されたアシュラも呟く。彼は近接戦闘に絶対の自信があったが、上には上がいることを目の当たりにしてショックを受けている。
「銃弾がすり抜けるなんて…これでは本当に亡霊のようだ。」
唯一1分以上闘い続けていたアキトですら、蒼月には一太刀も浴びせる事が出来ていない。これまで命を懸けた闘いを切り抜けてきたという自負のある彼にとっては、表情には出さないまでも歯軋りしたくなる結果であった。
「君達がしばらく戦場から離れていたのも影響していると思うよ。もう一戦やるかい?」
ライの問いに、模擬戦を見ていたフランツが声を上げる。それに、ユキヤも続いた。
「いや、今度は俺達にやらせて下さい!」
「僕も自分の腕がどこまで通用するか試したいんですけど。ねぇ、レイラ。」
ユキヤは言外に、レイラにもシミュレーターに乗れと伝えていた。そこで、周囲で見ていた騎士団員達から声がかかる。
「おっ!ライ隊長とやりたがるなんて、勇気あるなぁ!お前ら、気に入ったぜ!」
「ああ、特に1分以上正面から斬り合うなんて信じられないよな!ホントに根性あるよ君達!」
その声は、アキト達に対する喝采であった。ライがこの模擬戦を行った理由は、彼らの存在を団員に認めさせる事であり、その為に手を抜かずに本気で闘ったのだ。そして、その目論見は見事に成功していた。
「周りのみんなも見たがってるね。なら今度はメンバーを変えてやろうか。」
ライの言葉に、周囲の団員達はさらに歓喜の声を上げた。
洛陽の朱禁城内にある迎賓館。そこでは、天子とオデュッセウスの婚姻パーティーが盛大に行われていた。
「天子様は、納得しているんでしょうか。」
そのパーティーに出席しているスザクが、隣を歩くセシルに問い掛ける。
「向こうがそう言ってるからには信じるしか…それにこれは、平和への道の一つだし。ここは招待客として、楽しみましょうよ。」
「ス~ザク~!あったあった!これだろ、お前が言っていたイモリの黒焼き。どうやって食べるんだ?」
そう言ってジノが差し出したのは、芋で出来た獅子であった。
「これは料理の飾りだよ。」
その言葉に落胆するジノ。その後ろから、ある人物が声を掛けてきた。
「なんだ、ヴァインベルグの坊やはまた騒いでるのか?」
そこにいたのは、ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムであった。
「エニアグラム卿!?何故ここに!?」
彼女の来訪を聞いていなかったスザクは驚く。そのスザクを見下ろし、笑いながらノネットは告げる。
「いやいや、お前達だいぶ苦戦しているそうじゃないか。だから皇帝陛下に直訴して、私も加えて貰ったんだよ。それにエリア11であれば、何かコーネリア皇女殿下の行方が分かるものがあるかもしれんからな。」
おそらく彼女はコーネリアを探すためだけにエリア11に来たのだろう。その為に、それらしい理由を使って皇帝に直訴したに違いない。スザクとジノは、彼女を見て思った。
「エニアグラム卿、ラモラックも到着しているのですか?」
聞いたのは、こちらに気付いて近づいてきたアドニスだ。彼はノネットを、こちらの戦力が増えるかも 程度に考えていたが、ノネットはそれを無視して自身の長い腕をアドニスの首に絡めた。
「ノネットさんだ、アドニス。それに、まず挨拶をしようという考えはないのかい?」
そう言いながら逆の手で頭をグリグリする。さすがのアドニスも、ノネットの前では形無しだった。
その後方から、ピピッという電子音が響いた。
「アールストレイム卿、迎賓館の中ではメールを打っても…」
携帯のカメラを構え、操作するアーニャにセシルが告げた。
「ううん、これは記憶。」
「ああ、日記ですか。」
アーニャには幼い頃の記憶がない。いや、正確には自身の覚えていることと、写真やデータ等との間に差異がある。それ故に小さなことでも写真に残し、自分の記憶に疑いが出たときには確認できるよう、残しているのだ。
その二人の横を、ロイドが通りすぎていった。
「だったら記録だねぇ。」
ロイドの歩む先にいるのはミレイだ。彼女もロイドの婚約者として、このパーティーに招待されていた。
「あの…私ってまだロイドさんの婚約者なんでしょうか?」
留年することで結婚から逃れたミレイが問う。
「あれ?解消はしてないよねぇ?」
高校を留年するような者は、貴族の婚約者として相応しくない。そう言われることを心のどこかで願っていたミレイだったが、ロイドはそういったことを一切気にしない性格だ。
「神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル殿下、ご到着!」
その声にスザクやミレイが振り向く。そこにはシュナイゼルと、彼に連れられたニーナの姿があった。
そのシュナイゼルの前に、ラウンズの面々が跪く。
「お久しぶりです。皇帝陛下から、この地ではシュナイゼル殿下の指揮下に入るようにと。」
代表して、ジノが挨拶する。
「ラウンズが五人も…頼もしいね。ただ…」
そこでシュナイゼルは、一度言葉を切った。
「ここは祝いの場だ。もっと楽にしてくれないと。」
「わかりました。」
ジノが言うとともに、ラウンズの面々は立ち上がる。
「スザク、学園のみんなは元気?」
「ああ、ほら。」
ニーナの質問に答えたスザクは、首を横に向ける。その先には、ニーナに手をふるミレイの姿があった。
「ミレイちゃん!」
ニーナは見知った顔を見付け、少し笑顔になる。二人っきりで話す為、ミレイはニーナをバルコニーへと連れていった。
「皇コンツェルン代表、皇神楽耶様、ご到着!」
その時、スザクらの後方から声が響いた。振り返るとそこには神楽耶とゼロ、その護衛としてライとカレン、ロックが付き従っていた。
「ゼロ…堂々と!」
「紅蓮のパイロットもいるじゃないか。」
シュナイゼルの部下であるカノンに続き、ジノも声を上げる。
それと同時に中華連邦の兵士達がゼロ達の前に立ち塞がる。それを見て、ライとロックが一歩前に出た。
「やめませんか諍いは。本日は祝いの席でしょう。」
シュナイゼルが大宦官や兵達に告げ、視線を神楽耶へと移す。
「皇さん、明日の婚姻の儀ではゼロの同伴をご遠慮頂けますか。」
シュナイゼルは神楽耶を真っ直ぐ見て伝える。
「それは…致し方ありませんね。」
神楽耶も渋々納得した。最も、ゼロからは明日の婚姻の儀については出席しないとは聞いていたが。
「ブリタニアの宰相閣下が仰るのなら…退けい!」
大宦官が声を発すると、兵達は下がっていった。
ゼロに歩み寄るシュナイゼルの前に、スザクが立ち塞がる。これはゼロの、ルルーシュのギアスを警戒してのことだ。
そのゼロの前に、神楽耶が歩み出た。
「枢木さん、覚えておいでですか?従姉妹の私を。」
「当たり前だろ。」
「キョウト六家の生き残りは、私達だけとなりましたね。」
神楽耶の言葉に、スザクは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「桐原さん達はテロリストの支援者だった。死罪は仕方がなかった。」
「お忘れかしら?昔、ゼロ様があなたを救ったことを。その恩人も、死罪になさるおつもり?」
神楽耶の言うことは事実であるが故に、スザクにとっては非常に反論しにくい事柄だった。
「それとこれとは…」
「残念ですわぁ。言の葉だけで、人を殺せたらよろしいのに。」
そう言いながら、神楽耶はにっこりと微笑む。言葉の裏には、スザクに対する裏切り者としての感情が見え隠れしていた。そして皮肉なことに、それが出来る者がこの場に二人もいることを、神楽耶は知らずに口にしていたのだった。
「シュナイゼル殿下、一つチェスでも如何ですか。」
問うたのはゼロだ。
「ほう。」
シュナイゼルは顔に笑みを浮かべる。ゼロの提案をどこか楽しんでいるようだ。
「指すのは私ではなく、こちらの男ですが…」
そう言って、手でライを指名する。カレンや神楽耶は驚きの表情を隠せないでいたが、事前に頼まれていたライはゆっくりと頷いただけだった。
ルルーシュにしてみれば、自分の指し筋はシュナイゼルに知られている。であれば、ライの方が勝率が高いと踏んでの事だ。
「彼が勝てば、枢木卿を頂きたい。…神楽耶様に差し上げますよ。」
ゼロがスザクを指名したのは、この場で自分のギアスが効かないのがスザクだけだからだ。それに最もらしい理由をつける為に、神楽耶とスザクのやりとりが終わるのを待っていたのだ。
「まあ、最高のプレゼントですわ!」
事情を知らない神楽耶は素直に喜ぶ。その姿を見たシュナイゼルは徐に口を開いた。
「では私が勝ったら、その彼を頂くとしようかな?」
シュナイゼルはなんとライを指名してきた。これはゼロにとっても予想外で、せいぜい自分の仮面を外させる程度のことだと思っていた。
「構いません。」
答えたのはライだ。そのライにゼロが歩み寄り、小声で伝える。
「本気でやれ。」
「ああ。」
二人の様子を見て、シュナイゼルはなおも嬉々として言葉を発した。
「楽しい余興になりそうだね。」