コードギアス Hope and blue sunrise   作:赤耳亀

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episode2

ロックの予想より早く、指定されたのは一ヶ月後であった。ナイトオブワンが出撃している戦場はほぼ決着がついた状態であり、後は残務処理だけで本国に戻れるという状況だった為だ。

 

「では両者、準備は宜しいか。」

 

立会人となった貴族の男が口を開く。その後ろには皇帝シャルルも控えており、周囲には皇帝を警備する者に加えて暇をもて余した貴族の面々も控え、ナイトオブワンに挑もうなどという若造の試合を見てやろうとこの場に集まっていた。

また、ロックの妻であるカミラも観覧を許され、この場で闘いを、ロックの姿を見守る為に訪れている。

その若造であるロックは二本の短剣を逆手に持ち、対するビスマルクは大剣を構えている。そして立会人の貴族が号令をかけようとしたその時、闘技場の扉を開けて一人の女性が入ってきた。

 

「ノネット・エニアグラム…お前も、観覧を希望するか?」

 

「はい。ヴァルトシュタイン卿の闘いから学ばせて頂きたく。」

 

現れたのは数ヶ月前に任命されたばかりのラウンズ、ナイトオブナインのノネット・エニアグラムであった。彼女は自身の手が空いていた為にこの場に訪れたのだ。

 

(エニアグラム…?どこかで聞いた覚えが…)

 

シャルルが呼んだ名前に記憶を刺激されたような気がしたロックは、思い出そうと頭をフル回転させる。だが彼のそんな様子に気付かず、シャルルが号令を下した。

 

「よかろう。では、始めよ。」

 

「はっ。では両者、よろしいか?始め!」

 

その言葉と同時に、ロックは正面からビスマルクに突撃した。両手の短剣を使うかと思いきや、最初の一撃は顔を狙った右ストレートだった。それを避けたビスマルクが大剣を振るうも、短剣を十字に交差させる事で受けきったロックが、今度は左腕で牽制の一発を放った後、左足でビスマルクの横っ腹を蹴り抜いた。

 

「……ふむ、なるほど。舐めていたことは認めよう。」

 

ロックの蹴りによって飛ばされるも、空中で体勢を整えて着地したビスマルクが言う。

 

「こちらも本気で行かせて貰う!」

 

その声と共に、今度はビスマルクが仕掛けた。大剣を器用に扱い、何度も鋭い攻撃を仕掛ける。ロックはそれを避け、避けきれない攻撃は短剣で捌きつつ拳で反撃する。二人の闘いは拮抗していた。

 

「おいおい、ビスマルクの旦那と互角とは…」

 

二人の様子を見て、ノネットがたまらず呟く。彼女も過去にビスマルクとの対戦経験があり、その時は三本勝負のうち一本も取ることが出来なかったのである。

 

「せあっ!!」

 

ロックが繰り出した拳を、ビスマルクが剣の腹で受け止める。さらに繰り出された蹴りを避けると、ロックの脚が伸びきったタイミングを見計らってしっかりと構えを取る。

 

「はあぁっ!」

 

横薙ぎに振るわれた剣に対して、ロックは軸足だけで地面を蹴って下がった。

 

「…先程の蹴りのお返し、というところかな。」

 

見ると、ロックの腹部は衣服に切れ目が入り、徐々に赤く染まり始めていた。

 

「薄皮一枚。まだこれからさ。」

 

ロックは短剣を構え直す。

 

「そう来なくては!」

 

ビスマルクは再び斬りかかる。今度はやや遠めの間合いから剣を何度も細かく振るう。大剣独特の間合いと、その重量を感じさせぬ剣撃のスピードに、ロックはいくつか浅い傷を負う。

彼がその動きを見切ろうとした瞬間、ビスマルクは剣を大きく下げ、一本踏み込んだ。

 

「ずあっ!」

 

ビスマルクの斬り上げを二本の短剣で受けるも、ロックの手から短剣がはじき飛ばされて床に転がった。

 

「まだやるかね?」

 

ビスマルクの問いに、武器を失ったロックはニヤリと笑う。

 

「俺はまだ立っているぞ。それに…」

 

そう言うと、古武術のような構えを取るロック。彼は、この闘いを通して自分が何かを取り戻そうとしている事に気付き始めていた。

 

「ふむ、あくまで降参はしないということか。」

 

剣を構え直すビスマルク。先程とは違い、今度は大きく踏み込んで斬り込む。ロックは剣の腹に掌打を当てて軌道を逸らす。

 

「ふっ!」

 

反撃に転じようとしたロックに対し、ビスマルクは踏み込んだ勢いのまま膝蹴りを放った。

 

「ぐっ…」

 

カウンターをあびせようとしたところにさらにカウンターを合わせられた形になり、ロックは体勢を崩される。一方ビスマルクはしっかりと地に足をつけ、剣を横薙ぎにふるった。

 

「!!」

 

避けきれず、胸元に浅くはない傷を負う。一旦距離を取ろうとバックステップで下がるロックだが、ビスマルクはピッタリとついてきた。

 

「終わりだ!!」

 

上段からの苛烈な斬撃。周囲の誰もがビスマルクの言葉通り決着だと考えた。ただ一人、カミラを除いては。

 

「──何?」

 

ビスマルクの振り下ろした大剣は、ロックの頭上で両拳によって挟まれる形で止められていた。拳による真剣白羽取り、といった形である。

 

「──ククッ…」

 

驚くビスマルクの目の前で、ロックが笑う。その様子に疑問を覚えたビスマルクの顔には、ハッキリと戸惑いが浮かんでいた。

 

「…何がおかしい?」

 

「…おかしくはないさ。ただ、思い出しただけだ。戦場の、闘うことの楽しさを。」

 

言葉を発すると同時に、ロックは自身の頭に今まで自分が欲していたものが溢れ出てくるのを感じていた。

 

(そうだ、俺は…)

 

ビスマルクは疑問をさらに深め、問い質す。

 

「この私を相手に、楽しいだと?」

 

「そうさ。今の帝国最強がここまで強いとは思わなかったが、だからこそお前を倒す価値がある!」

 

(俺は、ロック・エニアグラム。王の騎士…あの時代の、ナイトオブワンだ!!)

 

そう言うと、ロックはさらに拳に力を込める。すると、徐々にビスマルクの剣にヒビが広がる。

誰もが目を疑う中、ロックは自信を取り戻したような表情で、ビスマルクに宣言する。

 

「さぁ、ここからが本当の勝負だ!!」

 

ロックの拳が交差し、挟まれていた部分が完全に砕けた。思わず下がろうとしたビスマルクの顔に、ロックの蹴りが直撃した。

 

「ぐぉっ!」

 

たたらを踏んで下がるビスマルクに対し、ロックはさらに接近する。それを阻止しようとビスマルクが剣を振るうが、下から突き上げたアッパーで斬撃の方向を剃らし、右の拳でビスマルクの腹部を撃ち抜いた。

 

「ぐふっ…」

 

想像以上の威力に後退を余儀なくされるビスマルク。ロックはその隙に前方に落ちていた短剣を一本拾うと、ビスマルクに向かって全力で投げた。

 

「!!」

 

向かってくる短剣を折れた剣で弾いたビスマルクの目に写ったのは、もう一方の短剣を拾って斬り込んでくるロックの姿だ。

 

「はぁっ!!」

 

鋭い斬り込みに、脇腹を裂かれる。幸いにもなんとか身を捻るのが間に合った為、傷は浅い。

 

「せえいッ!!」

 

「ぬん!!」

 

短剣を持たぬ右手で放った拳に対し、柄で突きを放つビスマルク。両者の攻撃は同時にヒットして二人が揃って後退するも、すぐにまた距離を詰める。そして再び攻撃しあい、そして後退する。繰り返される斬撃と拳打、その中でロックの顔は歓喜に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…それまで。」

 

ロックの闘いぶりに茫然自失となり、言葉を発することの出来ない立会人の貴族や周囲の見物人らに変わって、皇帝自身が告げる。彼の眼前には尻餅をついたロックと、片膝をつき、折れた剣を支えにするビスマルクの姿があった。

 

「この勝負、引き分けとする。よって、ナイトオブワンは変わらずビスマルク・ヴァルトシュタインである。」

 

皇帝は二人を見下ろしながら続ける。

 

「なお、再戦を希望するならば認めよう。両者の傷が治ってからだが…」

 

皇帝の言葉に真っ先に答えたのはロックだ。

 

「自分は再戦を希望します。次こそ、ナイトオブワンの称号を奪ってみせる。」

 

ロックは立ち上がって姿勢を正し、真っ直ぐに皇帝を見つめた。

 

「…よかろう。期日は追って知らせる。」

 

皇帝の言葉により、二人の決闘は一旦の終了を迎える。ロックは居合わせた医務官による治療を受ける為、闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──全く、ヒヤヒヤさせないでよ。」

 

帰路についたロックに不満の声を漏らしたのは、彼の妻であるカミラだ。彼女はロックが負ける可能性など微塵も考えていなかったが、それでも今回の闘いはナイトオブワンの力を思い知らされるのに十分なものであった。

 

「すまんな。勝てると思っていたが、やはり帝国最強の壁は厚い。」

 

ロックの言葉にカミラが苦笑する。

 

「そう簡単に帝国最強になれるなら、目指す価値がないじゃない。目標を失わないで良かったって思えば?」

 

カミラの言葉に、今度はロックが苦笑する。応急処置をされた腹部を抑え、左足も少し引き摺っている状態でありながらも笑っていられるのは、生半可ではない力を持つ強者との闘争によって得た多大な満足感と、自分を取り戻した高揚感があったからこそだ。

 

「まあそうだが…それよりカミラ。話しておかなければならない事が出来た。」

 

「何よ急に…怖いんだけど。」

 

カミラの言葉に、どう説明するか悩んだロックは頭をかく。そして結局、ストレートに伝えるしかないとの結論に至った。

 

「実は…闘いの中で記憶が戻った。」

 

「…は?え、本当に?」

 

驚きとともに徐々に笑顔になるカミラ。その彼女に、ロックは信じてもらえるかすら分からない過去を打ち明ける覚悟を決めた。

 

「俺は…信じられんだろうが200年前の人間だ。その時代に、今は狂王と呼ばれている男の騎士で、ナイトオブワンだった。」

 

「……うぇ?」

 

ロックの言っている意味が分からず、素っ頓狂な声を返してしまったカミラ。ロックは一つ息を吐くと、彼女に分かって貰うにはどうすべきかを思案する。

 

「詳しくは帰ってから話すが、どうやらこの時代まで封じられていたのを無理矢理起こされたらしい。その俺が、ナイトオブワンの座をかけて先程まで闘っていたというのは中々の皮肉だな。」

 

「……本当、なの?」

 

「ああ。だが、安心してくれ。起こされたとは言え、この時代に目覚めたからには今の生活を捨てるつもりはない。ナイトオブワンには、もちろんまた挑むが。」

 

ロックの言葉に、カミラはとりあえず安心した。ここで出ていくと言われたら、妻としての自分や生まれてくる子どもの事をどうすればいいのか、彼女にとっては考える事すら否定したいような事柄であったからだ。

 

「分かったわ、詳しくは、帰ってからね。でも、そのあなたが今のナイトオブワンに挑むなんて…というか、それならそれで勝ってきなさいよ。」

 

「そう言ってくれるな。まぁ、次がいつかは分からんが、さっさと傷を治して、その時こそは自分がナイトオブワンだと、胸を張って宣言できるようにするさ。」

 

「──それは不可能だ。」

 

突如として二人を囲んだ十人程の男達。ロック程の男が囲まれた事に完全に気付かなかった。ビスマルクとの戦闘による満足感と、自身を取り戻した高揚感に浸っていたことで、完全に油断しきっていた為だ。

周囲を見渡せば、自分達以外の人影も全く見えない。完全に罠にかかった形になってしまった。

 

「…カミラ、下がっていろ。」

 

「ロック、でも…」

 

カミラはロックの体を見る。応急処置はされているが、未だに出血が止まっていない傷も多々あるのだ。そんな状態で闘えば、どうなるかは目に見えていた。

 

「どういうことだ?仕組んだのはビスマルクか?」

 

ロックの問いに、正面にいる男が代表して答える。彼の顔には、ロックを蔑んでいるような下卑た笑みが浮かんでいる。

 

「我々がビスマルク様の部下であるのには違いないが、こうして貴様の前に現れたのは我々の意思だ。現皇帝陛下がその椅子に座り続ける限り、ビスマルク様がナイトオブワンから変わることはない。そして、ビスマルク様の露払いをするのが我々の役割だ。」

 

「…なるほど。それほど俺を脅威と思ったか。」

 

ロックの言葉を、男は素直に認める。

 

「左様。だからこそ、貴様にはここで消えて貰わねばならぬ。」

 

皇帝とビスマルクには主従以上の何らかの繋がりがあるらしい。しかしここでその答えを聞くよりも、カミラを連れて切り抜けるのが最優先だった。

 

「その女を守りながら、我々には勝てんよ。」

 

男がさらに笑みを深めながら告げた。それと同時に、囲んでいた男達が一斉に距離を詰めてきた。

 

「それは、どうかな!」

 

そのうちの一人を右手で掴み、軽々と片手で持ち上げて逆側の男達に投げつける。左側の男達の体勢が崩れたときには、右側にいた他の三人が吹っ飛ばされていた。

 

「カミラ!動くなよ!」

 

彼女も元軍学生であり、自分の身は自分で守れるだけの力はある。しかし、妊娠している今は別だった。男達全員を、ロックが自分一人の力で倒さねばならない。

 

「はぁっ!」

 

動かぬ足を軸に、ロックの放った蹴りがカミラの顔のすぐ横を抜けていく。直後にカミラに襲いかかろうとしていた男が崩れ落ちるが、それを知ってもカミラは微動だにせず、周囲の男達に怪しい動きがあればすぐにロックに教えられるよう、注意深く観察していた。

 

「シッ!」

 

蹴り脚を振り下ろし、自分を下から狙っていた男を踏みつける。すぐに体勢を沈め、後ろから襲いかかろうとしていた者に肘で一撃。次の瞬間には懐から短剣を取り出し、両側から同時に攻めてきていた二人の首を斬っていた。

 

「はぁ…はぁっ…先程貴様は、なんと言ったかな?…この俺が、貴様らごときに勝てんだと?」

 

息を乱しながらも、ロックが最後に残った一人に問いかける。男の顔は青ざめ、脂汗を流していた。

 

「…とりあえず貴様には、ビスマルクへのメッセージになってもらおう。」

 

近付いてくるロックの言葉を聞いて、恐れのあまり後退する男。その男の視線が一瞬逸れたのを、カミラは見逃さなかった。その目は少しこの場からは距離のある、高層ビルを見たように思えた。

 

「ロック!!」

 

気付いた時には、体が勝手に動き、ロックを庇うように前に出ていた。それに驚くロックの目の前で、銃弾がカミラを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カミラ!しっかりしろカミラ!」

 

あれからすぐにカミラを抱え、近くの病院に飛び込んだロック。医者や看護師に囲まれながらも、彼はカミラに声を掛け続けていた。

 

「…ごめんね、ロック…体が、勝手に…」

 

ストレッチャーに乗せられ、手術室に運ばれるカミラ。その間、彼女はしきりとロックに謝り続けていた。

 

「大丈夫だ!必ず助かる!心配するな!」

 

そう言いながら彼女の頬に手をやる。カミラも弱々しく、ロックの手に自身の手を重ねる。

 

「…うん、赤ちゃんも…私も…頑張るから…」

 

「ああ、大丈夫!大丈夫だから!」

 

「手術室に入ります!旦那さんは一旦下がって!」

 

医者に止められ、手術室すぐ前で立ち止まる。閉まった扉に向け、ロックは涙を流しながら謝罪の言葉を口にした。

 

「──すまないカミラ。俺が…俺のせいで…俺が自分の記憶などに拘っていなければ…」

 

ロックは生まれて初めて、神に祈っていた。

 

(頼む!神よ!カミラと子どもを助けてくれ!助けてくれるなら俺はなんでもする!魂を捧げてもいい!お願いだ!二人を俺から奪わないでくれ!)

 

十数分後、うつむいた医者が部屋から出て来た。彼はロックの姿を見付けると、その両肩を掴んだ。

 

「落ち着いて、聞いてください。」

 

 

 

 

 

 

 

「お父様、ロックは…?」

 

涙を流すアーニャの問いに、同じく涙を流しているカーズがゆっくりと首を振った。彼らの周りには喪服を来た大勢の人が集まっており、目の前にある墓にレイナがすがりついている。

 

「行方は分からないそうだ。カミラを襲ったという暴漢を探しているのか、それとも、考えたくもないがショックで自身の命を…だが、捜索は続けさせるつもりだ。」

 

墓には、カミラの名前が刻まれている。彼女の葬儀に、ロックは最後まで現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひいぃぃぃぃ!!わ、悪かった!!なんでもする!!なんでもするから命だけは助けてくれ!!」

 

雨の中、男は必死に命乞いをしながら後退りをする。しかしその男の前に立つもう一人の男の目には、殺意だけが宿っていた。

 

「あの時言った筈だ。貴様には、ビスマルクへのメッセージになって貰うと。」

 

ロックは男に向かって拳を振り下ろした。

 




ロック・エニアグラム
身長187センチ
血液型AB型
元々ライと同等の身体能力を持っていたが、V.V.に改造されたことによって今ではそれを少し上回る程の身体能力を得ている。ただし思考は突撃一辺倒で、ライなどの有能な指揮官の力があるとよりその力を活かせるタイプの人物。
ライの200年前からの親友で、公の場でなければライのことをお前呼ばわりしたり、軽口も言い合える間柄。

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