コードギアス Hope and blue sunrise 作:赤耳亀
「なぁお前、ロック・グルーバーだろう?以前ビスマルクの旦那に挑んだ…」
モニターに移るチェスの様子を眺めていたロックに、ノネットが話し掛ける。彼はノネットに目を向けると、自身がビスマルクと勝負を行った際に記憶を取り戻すきっかけとなった彼女の事を思い出していた。
「お前はあの時の…確か、ナイトオブナインか。」
「ああ、ノネット・エニアグラムだ。しかし、お前が騎士団にいるとは思わなかったよ。ここで会う事も予想外だ。目的はやはり、復讐か?」
ノネットはあの闘いのあと、ロックに何が起こったかを知っている。だからこそ、彼の姿を見掛けた時からこうして話し掛けるつもりでいたのだ。
「二つ、指摘させて貰う。まず一つは、俺がビスマルクともう一度闘いたいと思っている理由は復讐ではなく、妻と子の死を無意味なものにしない為だ。もう一つは、俺は騎士団員ではなく今チェスを打っているあの銀髪の男の騎士だ。あの男が黒の騎士団の団員でなくなれば俺も力を貸さない。それだけの関係さ。」
「成程な。だが、お前程の男が形はどうあれ誰かの下につくとは思わなかったぞ。」
ノネットの言葉に、ロックはニヤリと笑ってから言葉を返した。
「あの銀髪は、それ程の男ということだ。あいつが置かれていた環境や状況は、ある意味不自由なく暮らしてきた今の奴等とは全く違う。それは時代の違いもあるだろうが…それに、エニアグラムの姓を持つお前があいつと敵対する立場となるのは、中々の皮肉だと思うがな。」
「時代…?どういう意味だ?それに、立場だと…?」
言われた言葉の意味が分からず、思わず聞き返したノネットにロックは答えを返さず、その場を後にする。モニターでは、ライとシュナイゼルの勝負が白熱していた。
ライとシュナイゼルはチェスを指しているのは、式典会場とは別に急遽に用意された部屋だ。
ライの後ろにはカレンとゼロ。シュナイゼルの後ろにはジノとアーニャ、スザクにカノンが控えていた。
「これが黒の騎士団のエース、紅蓮のパイロット。あっちがもう一人のエース、蒼月のパイロット。どっちにも興味があるけど…でも、写真は撮れなかったけど、それよりもさっきの男に見覚えがある気がするのは何故?」
誰ともなく呟きながら、携帯電話のカメラを何度もカレンとライに向けるアーニャ。そのアーニャに、ジノが歩み寄って話し掛けた。
「手配画像よりずっといいな。ああいうの、タイプなんだ。」
そう言ってカレンに指を降ってアピールするジノを、ライが鋭い目付きで睨みつける。
「…っと、虎の尾を踏んだかな。」
生半可ではない殺気を感じたジノは一歩下がる。しかし次の瞬間には、ライはすでに勝負に集中している。
「強い…殿下が押されている。」
呟いたのはシュナイゼルの腹心のカノンだ。ライはナイトを上手く切り込ませ、シュナイゼルを追い詰めようとしていた。
しかし、シュナイゼルは瞬時にそれを逃れる。
「ふむ…今のを切り返されるとは思いませんでしたよ。」
ライは少し考え込む。
「なあアドニス、私はチェスには全く詳しくないのだが、これは殿下が負けそうなのか?」
部屋の外でモニターを眺めるノネットがアドニスに問うた。そこから少し離れた場所で、ロックもその勝負の行方を観察していた。
「…互角というところでしょう。どちらも簡単には流れを渡していません。」
言いつつ、アドニスは考える。あいつならその程度は出来るだろう。黒の騎士団で、唯一自分を苦しめたライならばと。
「ここは、ゼロに倣うとしましょうか。」
ライはキングを動かす。
「王から動かねば、部下は着いてこない。彼の言葉です。僕もそれに同意しますよ。」
「ほう、見識だねぇ。やはり私の見込んだ通り…では、こちらも。」
シュナイゼルはライと同様に、キングを手に取った。その表情は余裕に満ち溢れており、意表を突いたつもりだったライは、一瞬言葉を失った。
「これはどっちが勝ってるんだ?」
ノネットがまたしてもアドニスに問う。アドニスは真剣に画面を見つめていた。
「俺にも、判断がつかない…どうなるんだ…」
やがて両者のキングは一つのマスを空けて相対した。
「これで、進めないでしょう。」
ライはシュナイゼルを見つめながら告げた。
「このままでは、スリーフォールド・レピティションとなる。」
シュナイゼルも盤面を見つめながら答える。
「引き分け、ですかね。」
ライも盤面に目を落としつつ、シュナイゼルに問うた。
「いいや、白のキングを、甘く見てはいけないな。」
そう言うと、シュナイゼルはキングの駒を一つ進めた。これでは、次のライのターンで勝敗が決してしまう。
「…なるほど。僕を試そうということですか。」
ライはシュナイゼルの考えを察し、苦笑してみせる。おそらくこの場に座っているのがゼロであれば、与えられた勝利に納得せず、白のキングを取りに行くことは無かっただろう。
ライの言葉に、シュナイゼルは微笑みで答える。
「あなたの考えが読めた以上、次の手に意味は…」
ライが言いかけたところで、部屋に飛び込んでくる影があった。
「ゼロ!ユーフェミア様の仇!!」
そう言ってナイフを振り上げたのはニーナだった。咄嗟にスザクが腕を掴むが、ニーナは止まろうとしない。
「どうして邪魔するのよ!スザクは、ユーフェミア様の騎士だったんでしょ!あなたは、やっぱりイレブンなのよ!!」
その言葉にたじろいだスザクは、思わず手を離してしまった。
すぐにゼロに向かって走ったニーナであったが、しかしその手を横からライが掴んで捻り上げた。
「すまない、ニーナ。」
「ライ!なんでブリタニア人のあなたが!?」
ニーナはライがハーフであることを知らない。それ故に、ブリタニア人でありながらテロリストとなった裏切り者だと思っているのだ。
「僕はハーフだ。そして今は、日本人として闘っている。」
ナイフを取り上げ、ニーナを突き放しながら告げる。
「日本人?イレブンでしょ…イレブンのくせに、友達の顔をして!」
ニーナの詰りに、ライはそれ以上言葉を返すことは無かった。ニーナはさらに言葉を続ける。
「返してよユーフェミア様を!必要だったのに!私の、女神様…」
そう言って踞るニーナ。そのニーナの前に膝をつき、カレンが言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい、今まで。でも…」
その姿を、ミレイが見つめていた。
(カレン…変わっていないのね、あなたは。ブラックリベリオンの時も、私達を気にかけて…)
スザクにナイフを渡し、カレンを支えて立たせてやるライ。直後に彼はミレイに気付き、少し気まずそうに頭を下げた。
(ライ…今も誰かの為に闘っているのね。それに引き換え、私は…)
「すまなかったねゼロ。余興はここまでとしよう。それと確認するが、明日の参列はご遠慮願いたい。次はチェス等では済まないよ。」
言い終わると、シュナイゼルは部屋を出た。それに続いてジノとスザクも出ていったが、一人、アーニャだけが残っていた。
アーニャは携帯電話を取り出すと、ライの方へ向ける。そこには、モルドレッドを攻める灰塵壱式が映っていた。
「…この機体のパイロットは、誰?」
「我は問う!天の声、地の叫び、人の心!何をもってこの婚姻を中華連邦の意思とするか!?」
婚姻の儀に乱入し、あまつさえ刀を抜いてみせたのは星刻だ。彼は天子と永続調和の契りを結んでおり、天子に大恩がある。その天子を救う為に、婚姻の儀を壊そうと部下達を引き連れて駆け付けていた。
「全ての人民を代表し、我はこの婚姻に異議を唱える!!」
飛び掛かってきた中華連邦の兵士達を弾き飛ばし、星刻は天子の元へ駆ける。天子も、星刻と交わした契りをその手に表し、星刻を呼んだ。その姿を見た星刻は、自分の行動が天子の意思を無視したものではないと確信した。
「我が心に、迷いなし!」
星刻は剣を掲げて天子に走り寄った。しかし二人の間に、中華連邦とブリタニアの国旗が落ちて視界を遮った。
「!?」
国旗が完全に地面に落ちて視界が開けると、そこには天子の肩を掴むゼロの姿があった。
「感謝する星刻。君のおかげで、私も動きやすくなった。」
「ゼロ、それはどういう意味かな?」
ゼロに歩み寄ろうとする星刻を、ゼロが制する。その手には銃が握られていた。
「動くな!」
その銃を天子のこめかみにに突きつけるゼロ。
「…黒の騎士団にはエリア11での貸しがあったはずだが?」
「だからこの婚礼を壊してやる。君たちが望んだ通りに。但し…花嫁はこの私が貰い受ける。」
「…この外道がっ!!」
直後、天井を突き破ってナイトメアが現れる。藤堂が騎乗する新型、斬月である。
「まさか斬月の初仕事が、花嫁強奪の手伝いとはな…」
そう呟く藤堂へ、ゼロが命じた。
『藤堂、シュナイゼルを!』
「分かった!」
藤堂は斬月をシュナイゼルへ向けるも、全く違う方向へ制動刀を動かした。
その制動刀がスラッシュハーケンを弾く。
ゼロがそちらへ目を向けると、飛来するランスロットが目に入った。
「殿下は渡さない!」
「スザク君!」
藤堂はスザクの名を呼びながら、ランスロットに斬りかかる。
「まさか…藤堂さんですか!?」
ランスロットを上空に押しやる藤堂。そのスキに、ジノがシュナイゼルとオデュッセウスを逃がしていた。
それと入れ替わるように、千葉が騎乗する暁が、コンテナを持って侵入してきた。
コンテナが開くと、そこには神楽耶の護衛として婚姻の儀に参加しているカレンを乗せる為に、紅蓮可翔式の姿があった。余談だが、ライとロックはそれぞれ近辺の中華連邦軍基地を潰す為に別行動中だ。
「よし、ここで!」
スザクは斬月に向けてヴァリスを放つ。しかし斬月はその場を動かず、輻射障壁で弾丸を止めてみせた。
「やはりいけるな。この斬月なら、相手がスザク君であろうとも…」
「しかし、これなら!」
スザクはハドロンブラスターを起動させ、ヴァリスと接続する。しかしその接続までの一瞬を藤堂は見逃さなかった。
「甘い!」
ランスロットの後方に回る斬月。ランスロットが照準を向けた先には、朱禁城をバックに剣を構える斬月の姿があった。
「撃てるかな?この位置で。」
「…朱禁城を!」
その朱禁城から、飛び出す紅蓮と暁の姿が見えた。スザクが気を取られたその瞬間に、斬月は上空へと飛び上がっていた。
「枢木スザク、ここでっ!」
「藤堂鏡志朗、まだ!」
スザクは斬月の斬り下ろしを何とか躱すが、制動刀のブースターによる返しの斬り上げは避けきれず、フロートの右側を断たれた。
「フロートぐらいで!!」
ランスロットの脚部にブレイズルミナスを発生させ、斬月に蹴りを放つ。左腕で受けた斬月だが、ブレイズルミナスに押されて後退せざるをえなかった。
『藤堂、ここはひとまず退け。ランスロットのフロートを破壊しただけで十分だ。私達を追うことは出来なくなったからな。』
その藤堂に、ゼロから通信が入る。
「分かった。」
ゼロの言葉を受けて、千葉やカレンに合流する為に下がる藤堂。ゼロと天子、神楽耶は紅蓮を運搬したコンテナに乗っており、それを千葉の暁が運搬している。
「龍騎兵隊を回せ!天子様を…」
飛び去る紅蓮や斬月を前にして、星刻が部下に告げる。
しかしその星刻を、大宦官が遮った。
「そこから先は、我らのお役目よ。」
動物園のトラックを偽装した車両に、暁がコンテナを降ろす。
『藤堂将軍、予定通り、千葉の暁から補給を始めますが…』
杉山からの通信に、藤堂は同意する。
「分かった。斬月と紅蓮、蒼月は斑鳩に戻ってからでいい。」
『では、それで手配を。』
その車両の前に、中華連邦軍の航空部隊が展開していた。
「もう、しつこすぎるよ!」
「ああ、一気に終わらそう!」
紅蓮が右腕を向ける。そこへ別動隊を潰してから駆け付けていた蒼月も、紅蓮の隣でマイクロメーサーキャノンを拡散型に切り替え、右手を部隊に向けていた。
放たれたワイドレンジの輻射波動に加え、拡散されたマイクロメーサーキャノンをくらった航空部隊は一機残らず撃墜される。
中華連邦の部隊を振り切り、車両は斑鳩に到達するかに見えた。しかしその目の前には、橋が寸断され、崖のようになった道路が見えていた。
そして後方からは、中華連邦の戦車隊と鋼髏(ガン・ルゥ)部隊が迫っている。
「愚か者が…」
その光景を監視していた大宦官が呟く。しかしこれもゼロの策であることには、大宦官達の中には誰一人として気付いている者はいない。
「朝比奈!」
「はいはい。全軍、攻撃準備!」
ゼロの声に、朝比奈の暁が崖から現れる。それに続いて、ハーケンでぶら下がることで崖の内側に身を隠していた、量産型の暁も続々と現れた。彼らは左腕のマシンキャノンを一斉に鋼髏へと向ける。
「ふっ…伏兵!?」
状況を理解した大宦官は慌てふためく。彼らの見ているモニターには、側面からも暁が現れる様子が写し出されていた。
そして、部隊はすべて殲滅された。