コードギアス Hope and blue sunrise   作:赤耳亀

26 / 73
episode20 Glinda Knights

エリア24。旧スペイン領に位置するその地では、エリア11とまではいかずとも激しいテロ行為によって混乱の一途を辿っている。そんな場所へ、このタイミングで行って欲しいというシュナイゼルの言葉に、アドニスは一瞬眉を潜めた。

 

「どういう事です?あのエリアは確かマリーベル皇女殿下が…」

 

「そうだね。だが彼女はいささかナンバーズを力で押さえつけ過ぎていてね。このままではエリア11の二の舞になりかねない。だから、総督を交代させるという決断をしなければならなかったんだよ。」

 

それを聞いて、アドニスは自身の任務が新総督に関するものだと推測した。

 

「つまり、新総督の護衛ですか?」

 

「いや、君にはマリーベルをこちらに連れてきて貰いたい。それこそ、力尽くでも。」

 

自身の予測とは全く違うシュナイゼルの返答に、アドニスは戸惑う。同時に、他に適任者がいるであろうとも感じていた。

 

「それは構いませんが、何故自分に?」

 

「君が、アドニス・ウィル・ブリタニアだからだよ。」

 

シュナイゼルが告げたその言葉に、アドニスは鋭い目付きを彼に向けた。

 

「…自分に、皇族へ復帰しろということですか?」

 

「いや、君がそれを望んでいないのは理解している。その名を持つがばかりに不必要な苦労や扱いを受けてきたこともね。ただ、例え君自身が忌まわしいと思っているものでも、使えるものであることには変わりがない。君の名前と力で、彼女らをこちらに連れてきて欲しいということだよ。」

 

つまりは準皇族としての立場を活用しろという事である。今までは彼自身疎んでいた事柄ではあるのだが、そういった使い方は彼の頭には無かった。

 

「…分かりました。それと、シュナイゼル殿下。自分からも一つよろしいでしょうか。」

 

「何かな?」

 

アドニスの問いに、シュナイゼルは笑顔のまま言葉を返した。

 

「シュナイゼル殿下は、あの男が手元に欲しいとお考えですか?」

 

中華連邦でのチェスで、シュナイゼルはライを欲しているそぶりを見せた。アドニスはその時からそれがずっと気掛かりだったのである。

 

「…そうだね。今の黒の騎士団の信頼関係は、中心に彼がいてこそのように思う。彼を引き抜く事は、騎士団の崩壊だけでなく、我が国の、世界の為にもなると思うのだけどね。君は、彼と決着を着けたがっているようだけど。」

 

「…そうですね。味方であれば頼もしいとは思いますが、敵としてあれ程楽しませてくれる相手を、自分はあの男以外に知りません。」

 

アドニスの偽りのない本音に、シュナイゼルはさらに笑みを深めて言葉を返した。

 

「彼を捕らえる事を強制することはしないよ。戦場では、君が思う通りに闘って欲しい。」

 

「分かりました。では、これよりエリア24に向かいます。」

 

アドニスはシュナイゼルに頭を下げると、すぐに移動する為に格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュナイゼル殿下の命により、大グリンダ騎士団は本日をもって私の傘下に入って頂く。」

 

一方的に告げるアドニス。彼は皇女マリーベルを前にしても膝を着くことすらせず、不遜な態度のまま決定事項を伝えていた。

 

「マリーベル皇女殿下を前に、その態度は一体何なのです!?いくらラウンズとは言え、許されるものではありません!」

 

マリーベルの隣に立つオルドリン・ジヴォンから怒りの声が上がる。しかしアドニスはそれを気にする風もなく、淡々とシュナイゼルからの命令を伝えた。

 

「このエリアには、新たな総督が配属される事となった。それに伴い、グリンダ騎士団は私が預かると申し上げているのです。ハッキリ申し上げると、あなた方はやりすぎた。シュナイゼル殿下は、この地が第二のエリア11となることを危惧しておられるのです。」

 

態度を改める気配のないアドニスに、オルドリンは歯噛みする。そして剣を抜いて彼に突き付けようとした直後、マリーベルがそれを制した。

 

「シュナイゼル宰相閣下のご命令は理解したわ。しかし、閣下の直属ではなくあなたの指揮下に入るというのは、どういうことなのかしら?」

 

シュナイゼルならば納得も出来る。しかしながら、一ラウンズとしての立場しかないアドニスに、皇女であるマリーベルを従わせる権限など全く無い。それはアドニスも理解している事であり、だからこそ彼の名前が必要だという事の表れでもあった。

 

「不服ですか、マリーベル皇女殿下。」

 

「不服というより、解せません。あなたにそのような権限は…」

 

マリーベルの言葉を受け、アドニスは一度自身に言い聞かせるように深呼吸をする。そして彼の口から、マリーベルやオルドリンが最も予想していなかった言葉が飛び出した。

 

「…俺が、アドニス・ウィル・ブリタニアだからだ。」

 

彼の言葉に、マリーベルとオルドリンは言葉を無くす。ウィルというミドルネームは彼女らが生まれるよりも前に皇族から外された者の名であり、それが示すのは彼がその子孫である事に他ならないからであった。

 

「アドニス・ウィル・ブリタニア…まさか…」

 

「そう、俺はラウンズだが、準皇族でもある。だからこそこうしてお前達を連れ戻し、配下とする事を宰相閣下より仰せつかった。…とは言え、一方的に言われても不服であることに違いはないだろう。だからこそ、俺がお前達の上に立つに足る者であると証明してみせよう。」

 

彼の言葉に、マリーベルとオルドリンは同時に眉を潜める。

 

「ナイトオブナイツ、オルドリン・ジヴォン。お前の専用機であるランスロット・グレイルと、本気の模擬戦をしてみんか?それにマリーベル・メル・ブリタニア、そちらも相当な腕前だそうだな。こちらには多数のヴィンセントが配備されていると聞いている。ランスロット・グレイルに、マリーベルが騎乗したヴィンセント、それにブラッドフォードといったか…三対一で構わん。お前達を完膚なきまでに叩き潰し、俺が上に立つ事を無理にでも証明してやろう。どうだ?」

 

アドニスの言葉に、オルドリンは拳を握りしめて返答した。

 

「私達を、グリンダ騎士団をナメるのもたいがいにしなさい!例えあなたがラウンズでも…」

 

「その言葉は、この挑戦を受けるという事で相違ないか?」

 

話をまとめにかかるアドニスに、オルドリンはマリーベルへと目を向けた。

 

「分かりました、受けましょう。しかし、このような条件で行うからには、あなたが死んでも文句は言えませんよ。」

 

マリーベルの言葉に、アドニスは皮肉そうな笑みを向けたまま黒いバンダナを額に巻いた。

冷静にその姿を見つめるマリーベルの内心は怒りで煮えたぎっていたが、逆にオルドリンの心は冷静さを取り戻しつつあった。

 

(これはある意味チャンスなのかもしれない…マリーを止める為の…)

 

 

 

 

 

 

 

 

グリンダ騎士団の旗艦であるグランベリーが訪れたのは、エリア24内の荒野であった。浮遊するグランベリーの真下にはヴィンセントが立っており、その左右にランスロット・グレイルとブラッドフォードの二機が佇んでいる。そこから50メートル程離れた位置に、フロートを外したランスロット・クラブが鎮座していた。

 

「準備はよろしいですか?アーチャー卿。」

 

マリーベルは挑発の意味も込めてアドニスを通名のアーチャーで呼ぶ。しかしその挑発にもアドニスの表情はどこ吹く風といった体で、マリーベルのそれに乗ることは無かった。

 

「いつでも構わん。先手は譲るよ。マリーベル・メル・ブリタニア。」

 

アドニスの余裕に、逆に怒気を露にするマリーベル。彼女は両サイドに控える二人に視線を合わせた。

 

「オズ、レオンハルト、いいわね?始めなさい!」

 

マリーベルの命令に従い、大回りでクラブに迫るグレイル。同時に、フォートレスモードに変形したブラッドフォードも距離を詰めていた。その二機からタイミングをずらし、マリーベルの騎乗するヴィンセントが突撃する。

 

「これで終わりです!」

 

グレイルがシュロッター鋼ソードを振るうのに合わせて、ブラッドフォードからメギドハーケンが放たれる。それを空中で前方へと一回転して避けたクラブであったが、目の前にはMVSを腰だめに構えたヴィンセントが迫っていた。

 

「遅いっ!!」

 

だがクラブは右脚にブレイズルミナスを発生させると、ヴィンセントに強烈な踵落としを繰り出す。なんとかMVSの柄で受け止めたヴィンセントであったが、続くスラッシュハーケンでの一撃を受け止めきれず、後退を余儀なくされた。

その直後にはクラブが両手に持ったMVSにより、反転してきたグレイルと、変形したブラッドフォードの一撃を受け止め、すぐに角度を変えて受け流した。それによって体勢を崩したことでぶつかりそうになったグレイルとブラッドフォードが慌てて機体を後退させようとした時には、両機の頭部にMVSの柄が叩き込まれている。

 

「がっ…!」

 

「うっ…!この…!」

 

攻撃を受けた勢いのままに両機は一旦後退し、クラブを三方から囲む形を作る。その三機の前で、クラブはランスロットのものと比べても短めであるMVSを接続し、両剣の状態にしていた。

 

「どうした、グリンダ騎士団。この程度ではないだろう?」

 

「嘗めるなぁぁっ!!」

 

突撃をかけたブラッドフォードに合わせ、同時に前進するグレイルとヴィンセント。振るわれたシュロッター鋼ソードとデュアルアームズ、MVSをかがんで避けると、両剣状態のMVSを持ったまま一回転し、三機を同時に弾き飛ばした。さらに体勢が整っていないブラッドフォードに接近すると、高周波振動を解除した状態でMVSを叩き込んだ。

 

「まず、一機。」

 

クラブはブラッドフォードに背を向けヴィンセントに突撃する。対するヴィンセントも腰を落として迎撃の体勢を取っていたが、なんとクラブはスライディングの要領でヴィンセントの股下を滑りながら抜けていった。呆気に取られたマリーベルがヴィンセントを反転させようとした時には、クラブから鋭い蹴りが放たれて機体は弾き飛ばされていた。

 

「マリー!」

 

慌ててグレイルがフォローに入るが、両手に持ったシュロッター鋼ソードは掠りもしない。逆にアドニスの剣術によりグレイルは徐々に追い詰められている。

 

「どうした!こんなものか、ナイトオブナイツ!?」

 

「…くっ!私は、剣を持たない人々を守れるだけの力を…!言葉だけでは命も心も救えない…だから!」

 

グレイルが反撃としてスラッシュハーケンを放つも、クラブはそれをギリギリで躱して分離したMVSの柄でグレイルを殴り付けた。

 

「だからこそ、お前にはここで負けてもらう。」

 

後退するグレイルに、高周波振動を解除したMVSを叩き付ける。

 

「…さて、残るはお前だけだ。マリーベル・メル・ブリタニア。降参してもいいが、まだやるか?」

 

クラブがMVSをヴィンセントに向ける。それを受けて、彼のあまりの強さに思わず唾を飲み込む。しかし一瞬後には自身を戒め、クラブに向けてMVSを構えた。

 

「フン…身の程知らずめ…」

 

「まだ、まだ私は…!」

 

クラブに急接近するヴィンセント。それを見てもクラブはその場から一歩も動かず、右手に持つMVSをだらりと下げただけであった。

好機と見たマリーベルはヴィンセントのMVSを振り上げ、渾身の力で振り下ろす。だが次の瞬間には、ヴィンセントのMVSは上空高くへと弾き飛ばされていた。

 

「…決着だな。」

 

MVSの先端をヴィンセントの頭部ギリギリに向けるクラブ。コックピットの中で歯噛みするマリーベルに、アドニスが止めとなる一言を放った。ヴィンセントを見下ろす彼の目は冷たく、皇女を殺す事すら全く厭わないような鋭すぎる程のものである。

 

「この程度の力しかないのでは、為政者として失敗したのも頷けるな。」

 

「あなたに…!あなたに何が分かるのっ!?」

 

彼女の反論とすら言えぬ言葉を聞いて、アドニスは鋭い目付きのまま述べた。

 

「…お前の生い立ちは聞いている。それがお前のトラウマとなり、足枷になっている事もな。だが、いつまで自身の過去から逃げるつもりだ?世界で自分が最も不幸な者だとでも?お前より不幸な者などそれこそ腐る程いる。幼い頃に母がテロリストに殺されたのがずっと棘として心に突き刺さっている事は理解しよう。だが、お前の圧政によって憎しみの連鎖を広げ続けている事に、気付けない程の馬鹿ではあるまい。悲劇のヒロインを気取って、いつまで甘えているつもりだ!?」

 

アドニスの言葉が彼女の心の奥へと刺さる。それを黙って聞いていたオルドリンは、シュナイゼルの意図と、それとは少しズレた言葉を放つアドニスの思いに気付いていた。

 

(シュナイゼル宰相閣下は、オズの暴走を止め、かつ黒の騎士団と闘う為のカードにするつもりだったんだろうけど、でも…この人は…)

 

アドニスとて、幸せといえる生い立ちではない。準皇族という立場の為に差別やいらぬやっかみを受けてきた身だ。それでも彼は自分の道を見つけ、自身の力でそれを切り開いたのである。だからこそ、マリーベルが過去から逃げ続けている事を自分と照らし合わせた上で諌めることができているのだ。それに、いい意味でも悪い意味でも同じ高さに立って意見を言ってくれる相手というのは、マリーベルにはいなかった。その点、彼であればマリーベルの苦しみを理解してやれるのかもしれない。

そう考えたオルドリンは、グレイルをクラブの前に跪かせた。

 

「アドニス・ウィル・ブリタニア様、我々グリンダ騎士団は、これより貴方の指揮下に入ります。」

 

それを見たアドニスは一つ息を吐くと、オルドリンに返答した。

 

「自分で名乗っておいてなんだが、その名は出来れば呼ばんでくれ。それに、堅苦しいのは嫌いでな…。アドニスで構わん。」

 

画面越しとはいえ、ようやく笑顔を見せたアドニスに、オルドリンも思わず笑い掛けた。ほどなくしてマリーベルも我を取り戻し、先程の彼の言葉に対して問い掛ける。

 

「アドニス…あなたはどうして、そんなに強いの?」

 

「強くなどない。ただ強くあろうとしているだけだ。それに、俺の周囲には信頼に足る仲間もいるからな。お前はどうだ?」

 

アドニスから帰ってきた言葉に、マリーベルはグレイル、ブラッドフォード、そしてグランベリーに目をやると、頬を一筋の涙が流れ落ちた。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、引き継ぎが終わり次第シュナイゼル殿下に連絡を。俺は先に戻る。それと、オルフェウスといったか。会うことがあれば、兄として妹を手助けする気が少しでもあるなら、これまでの事は見逃してやるから俺の下につけと言っておけ。文句があるなら、真正面から叩き潰してやるともな。」

 

アドニスの言葉に、オルドリンは頭を下げる。マリーベルは未だに少し不服そうな表情を見せてはいるが、本心では今すぐにでも彼に着いていきたいと思っているのは誰の目にも明らかだった。

 

「わかりました。ではアドニスさん、またエリア11でお会いしましょう。」

 

「シミュレーターでいいので、また一戦お願いします。」

 

オルドリンとレオンハルトの言葉に、アドニスは手を上げてからクラブに乗り込み、エリア24を後にした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。