コードギアス Hope and blue sunrise 作:赤耳亀
ゼロは突然現れた皇帝シャルルの手により、黄昏の間へ引き込まれていた。彼はそこで蜃気楼から大量の鏡を射出し、反射させることで直接シャルルを見ることなく彼に死ねと命じることに成功した。
シャルルは懐から拳銃を取り出し、自身の心臓を撃ち抜いて倒れこむ。
「……勝った?ナナリー、母さん、俺は、俺は…うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
シャルルの遺体を前に、ルルーシュは叫びを上げる。彼の悲願であった父シャルルの殺害を達成した為、ルルーシュの心はこれまでにないほど高揚していたからだ。同時に、シャルルを殺してしまったことで、自身が知りたかった真実を聞く機会も永久に失われた、ということも理解していた。
「殺してしまった…こんなにもあっさりと。聞きたいことがあった、詫びさせたい人がいた。なのに…」
「ほぉう、誰に?」
一人呟くルルーシュに言葉を返したのは、彼の目の前に倒れるシャルルであった。彼は閉じていた目を見開くと、ルルーシュを睨み付けた。
「小癪だな、ルルーシュ!」
死んだと思ったシャルルが目を覚ましたことで、ルルーシュは後退る。彼の目の前では、そのシャルルが立ち上がろうとしていた。
「生きている!?そんな…心臓を…」
「策略、奸計、奇襲。そのような小手先でわしを倒そうとは…王道で来るがいい!王の力を継ぎたいのであれば!」
立ち上がったシャルルはルルーシュの前に聳え立つ。シャルルの言葉を受け、ルルーシュは彼に直接ギアスで命じた。
「…死ねえぇっ!!」
「それが、王道かっ!?」
シャルルの二度目のギアスは、シャルルの体と思考を一切支配しなかった。彼は泰然と立ち、ルルーシュを見下ろしたままであった。
「ギアスが効かない!?くっ…」
その事実を目の当たりにしたルルーシュは、シャルルの後方に落ちていた、彼が自身の心臓を撃つのに使った銃を拾い、シャルルに向けて何度も引き金を引いた。しかしそれもシャルルの体を傷付けはするものの、彼は何事もなかったかのように立っている。
「分からんのかルルーシュ!もはやわしには剣でも銃でも、何をもってしても…無駄ぁ!!」
シャルルは右手の手袋を取り払い、掌をルルーシュに向けて見せる。そこにはC.C.の額にあるものと同じコードが現れていた。
「ぐあっ!」
ルルーシュは驚きの余り黄昏の間の階段を転げ落ち、床に叩き付けられていた。そして彼の思考は、数分前とは真逆の絶望に支配されている。
(あの男が不老不死に!?勝てない…勝てるはずがない!!)
そうして倒れたまま立ち上がれないルルーシュに向けて、シャルルが彼を見下ろしながら告げた。
「わしはギアスの代わりに新たなる力を手に入れた。故にルルーシュ、教えてやっても良い。この世界の真(まこと)の姿を。」
「ゼロはまだ見つからないのか!?」
零番隊副隊長である木下が声を荒らげる。しかし団員達から明確な答えが返ってくる事は無かった。嚮団施設周辺にはゼロの姿はおろか、蜃気楼すら見当たらない。変形し、暁では入れない狭いスペースにも捜索に入ったアレクサンダですら、情報の欠片すら得られないでいる。そんな中で、ロックだけは下層ブロックに扉のようなものがあるのに気付いていた。
「…成程。奴が言っていたCの世界とやらか。ならば、捜索はするだけ無駄だな。零番隊と特務隊は捜索を中断し、施設外縁部へと集結しろ。」
「な、何故です!?このままゼロが見つからなければ…」
木下が反論するが、ロックは取り合わない。彼はこの状況を変えれる人間はこの中にいないことを理解しているからだ。
「いいから、ライを連れてこい。あいつしかゼロを見つけ、連れ帰る事の出来る人間はいない。」
「──了解。隊長に連絡を…」
言いかけたアキトの目には、まだ距離はあるもののこちらへ飛来する蒼月とヴィンセント・アソールトの姿が映っていた。
シャルルの傍らに何やら基板のようなものが現れた。それに触れることで、ルルーシュの周囲は白一色に染められ、そこに大量の仮面が現れた。さらにその周辺を、多数の歯車が覆ってゆく。
状況が理解できずに狼狽するルルーシュの前に、シャルルが姿を現した。そのシャルルに向け、ルルーシュが問うた。
「ギアスとは何だ!?貴様は何を企んでいる!?」
「おかしなことよ。嘘にまみれた子どもが人には真実を望むか…?」
シャルルの姿が徐々にルルーシュに迫る。ルルーシュは咄嗟に身を引くが、シャルルの姿は消えてしまった。
「お前はゼロという仮面の嘘を手に何を得た?」
ルルーシュの問いに答えず、逆に問い返してくるシャルルの声に対し、ルルーシュは叫ぶように言葉を返す。
「手に入れた!ただの学生では到底手に入れられない軍隊を!部下を!領土を!」
「ユーフェミアを失った。」
「スザクやナナリーにも姿を曝せない。」
「何故嘘をつく?本当の自分を分かってほしいと思っているくせに。」
ルルーシュの周囲から、仮面が誰のものともつかぬ声で言葉を放つ。その言葉は、ルルーシュにとって突き付けられたくない真実だった。
「そう望みながら自分を曝け出せない。」
「仮面を被る。」
「本当の自分を知られるのが怖いから。」
ルルーシュの周りを、多数のルルーシュが囲んでいた。今やその声は、本物のルルーシュを囲む偽物のルルーシュから発せられていた。
「違う!」
「嘘などつく必要はないのだ。」
咄嗟に彼らの言葉を否定するルルーシュ。すると周囲を囲んでいた偽物のルルーシュが一瞬で全て消え去り、背後にシャルルが現れていた。
「何故なら、わしはお前でお前はわしなのだ。
そう、人はこの世界に一人しかいない。過去も未来も人類の歴史上たった一人…」
「一人?何を言っている!?」
シャルルの言葉が理解できず、また質問をぶつけるルルーシュ。そのシャルルとルルーシュのちょうど中間地点に、C.C.が現れた。
「シャルル、遊びの時間は終わりだ。私にとって、それにもう価値は無くなった。それを籠絡して私を呼ぶ必要もない。私は既に、ここにいる。」
冷たく、無表情で言い放つC.C.。そのC.C.の言葉を受けたシャルルは深く頷き、体を彼女へ向ける。
「そうだな、C.C.。お前の願いはわしが叶えてやる。」
「!?…C.C.の願いを知っているのか!?」
ルルーシュがシャルルにまた問いを重ねるが、それに答えたのはシャルルではなくC.C.だった。
「ルルーシュ、今こそ契約条件を、我が願いを明かそう。」
ルルーシュへ振り返るC.C.。そして彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、自分の願いを口にした。
「我が願いは死ぬこと。私の存在が永遠に終わることだ。」
「何っ!?」
「ギアスの果てに、能力者は力を授けた者の地位を継ぐ。つまり、私を殺せる力を得る。数多の契約者は、誰一人としてそこまで辿り着けなかった。しかし、ここに達成人、シャルルがいる。」
「馬鹿な…お前は死ぬ為に、俺と契約したのか!?」
C.C.の願いが予想外であったことで、ルルーシュの頭は混乱の極みにあった。しかしC.C.はそんなルルーシュの様子を気にする素振りすら見せず、さらに言葉を重ねる。
「限りあるもの、それを命と呼ぶ。」
「違う!!生きているから命のはず!それに、死ぬ為だけの人生なんて悲しすぎる!!」
「死なない積み重ねを人生とは言わない。それは、ただの経験だ。
…お前に生きる理由があるなら私を殺せ。そうすれば、シャルルと同等の、闘う力を得る。」
C.C.の言葉に、ルルーシュは何も返せないでいた。自分の手でC.C.を殺すなど、考えてもみなかったことだ。そして考えていたとしても、彼にそれを実行することはできない。それだけ、ルルーシュにとってC.C.の存在は大きなものとなっていた。
「…さようならルルーシュ。お前は優しすぎる。」
決断出来ないルルーシュを見て、C.C.が別れを告げた。彼女の前にはいつのまにかシャルルが操作したものと同様の、基板のようなものが現れていた。彼女がそれに触れると、ルルーシュの姿は床に飲み込まれて消えていった。
「シャルル、何故V.V.のコードを奪った?」
ルルーシュが消えたことで二人きりとなり、元の場所へ戻ったC.C.が、隣にいるシャルルに問う。しかしシャルルは、その答えをC.C.に教えるつもりはないようであった。
「質問に意味があるのか?これから死にゆくというのに…」
「そうだったな。」
少し哀しそうな笑みをシャルルに向けるC.C.。そしてシャルルに歩み寄り、自身のコードを明け渡す準備をしようとしたその時、彼らの前に光が集った。
「…なるほど、黄昏の間か。ここなら、誰にも邪魔はされないと言うわけだ。」
そこに姿を現したのはライだ。彼はシャルルを睨み付け、階段に足をかける。その姿を見たシャルルはライの方へと身体を向けてから、その場に膝を付いて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、ライディース・リオ・ブリタニア様。私は現皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアと申します。」
シャルルの行動が意外だったライは、階段の途中で足を止める。自分の正体がバレているかもしれないとは思っていたが、まさか皇帝が跪くとは思ってもみなかった。
「…何のつもりかな?」
ライの問いに、彼は膝を付いたまま答える。
「私は、嘘のない世界を作る為にこれまで生きてきました。狂王と呼ばれる以前のあなた様が目指した、平等な世界の為に。そして今、C.C.が現れたことでその願いを遂げる時がきました。あなた様にも、それを是非見て頂きたい。」
シャルルがライに対して、自らの願いを説明する。それを聞いて、何をしようとしているのか理解したライは、彼の願いを否定した。
「……嘘のない世界、か。それは退化だよ。シャルル・ジ・ブリタニア。自分の全てを曝け出して、何事も隠さず送る人生など、理性を持たない動物と同じだ。」
ライも自分の考えに賛同してくれると思っていたシャルルは思わず顔を上げる。ライが目の前まで来たことを確認して立ち上がると、これまでとは違って彼を見下ろすように言葉を放った。
「私の望みを否定すると?あなたも望んでいた筈では…?誰しもが平等に、嘘を恐れなくても良い世界を。」
「残念だが、あなたと僕では守りたいものが違う。それに、進むことを諦めた世界を生きているとは言わない。あなたの我儘に付き合うつもりは、僕にはないよ。」
鋭い目付きを崩さぬまま言葉を放ったライ。シャルルは彼に向けて自身の右腕を見せ付けるように付き出した。
「しかしコードがここに揃っている以上、あなた様に止めることはできません。私は今こそ、自分の願いを…」
「確かに、僕にあなたを止めることは出来ない。だけど、C.C.を止めることが出来る奴なら、この世界にはいるんだよ!」
シャルルの言葉を遮って告げるライ。彼が右手を蜃気楼に向けると、その先に光が集まり始めた。
「…まさか、思考エレベーターを!?」
ライの行動に驚くシャルル。まさかCの世界で、彼がこの世界の意識を操れるなど、考えていなかったからだ。
「…ギアスと、そしてこの世界とは何年の付き合いだと思っている?この世界に二百年も繋がれていた僕が、この程度のことが理解出来ないとでも思っていたのか!?」
その言葉と同時に、蜃気楼のコックピットにルルーシュが現れた。
「C.C.!!」
ルルーシュが叫ぶ。しかしシャルルが手を振ると、蜃気楼に向かってピラミッドのような物が降り注ぐ。それでもって蜃気楼の動きを阻害しようというのだろう。しかしそれは、ライが再び蜃気楼に手を向けたことによって阻まれた。
それを見て慌てたシャルルが、C.C.の腕を掴む。すると二人の背後から、眩い光が溢れ出した。
「ルルーシュ、彼女を止められるのは君だけだ!自分を偽らない、本当の思いを彼女に!」
蜃気楼に向かって叫ぶライ。ルルーシュは蜃気楼のコックピット内で頷くと、再び二人に目を向けた。
「答えろC.C.!何故俺と代替わりして死のうとしなかった!?俺に永遠の命という、地獄を押し付けることだって出来た筈だ!
俺を憐れんだのか!?C.C.!!」
ルルーシュの言葉を受け、C.C.は目に涙を浮かべる。それを見たルルーシュは、心のままに彼女へ言葉を続けた。
「そんな顔で死ぬな!最後くらい笑って死ね!!
必ず俺が、笑わせてやる!!だから!!」
その言葉がとどめとなった。彼女はそれを聞いて、シャルルを突き飛ばして蜃気楼に走り寄った。
「どういうつもりだC.C.!?」
C.C.が突如考えを変えたことで、今までの余裕が嘘のように動揺するシャルル。その彼に向かって、蜃気楼がハドロン砲を構えていた。
「これ以上、奪われてたまるか!!」
蜃気楼のハドロン砲は、シャルルの後方にある遺跡を破壊する。それを見て、シャルルが怒りを露にした。
「なんたる愚かしさかぁ!!ルルーシュ!!ライディース・リオ・ブリタニアァァァァ!!」
しかしルルーシュは既にコックピットから身を乗り出し、C.C.の手を取っていた。それと同時に、ルルーシュとC.C.、それに蜃気楼に触れていたライは現実世界へ戻っていた。
そこが嚮団施設内であることを確認したルルーシュは、意識を失って倒れるC.C.を揺さぶり、声をかけた。
「…おい、戻ってきたんだC.C.。しっかりしろ!」
それによって目を開いた彼女は、まるでルルーシュが見知らぬ相手であるかのように後退った。
「…ど、どなたでしょうか?新しいご主人様ですか?」
いつもとは全く違った様子のC.C.に、ルルーシュは言葉を失う。しかしそんな彼の様子に気付くことなく、怯えたような目で彼を見ながら、C.C.が言葉を続けた。
「出来るのは、料理の下拵えと掃除、水汲みと、牛と羊の世話、裁縫…文字は少しなら読めます。数は二十まで…死体の片付けもやっていました。」
理由は不明だが、C.C.は記憶を失い、奴隷時代の彼女まで戻ってしまったようだ。必死に自分の出来ることを伝えようとするC.C.を見て、ライが口を開いた。
「もしかすると、自分で記憶を閉じてしまったのかもしれない。」
彼女の前に膝をつきながら、ルルーシュに伝えるライ。彼のその言葉に、ルルーシュは我を取り戻した。
「自分で記憶を閉じた!?何故だ!?」
「推測だけど、それが君を守る為だったんじゃないかな?皇帝に、利用されない為に…」
それだけ告げると、ライは顔をC.C.に向けた。
「C.C.、怯えなくていい。僕らは、君を傷付けるつもりはない。とにかく、一旦帰ろう。」
ルルーシュとC.C.を立たせ、蜃気楼の元へ歩かせるライ。ふとそこで、ルルーシュに話しておかなければならないことを思い出した。
「…ルルーシュ。以前話した、僕が殺した筈の妹が、生きていた。」
「何っ!?」
ライの言葉に、ルルーシュは今日何度目か分からない驚きの言葉を口にする。彼の妹の遺体は、彼が直接その目で確認したと言っていた筈だ。
「彼女が生き延びたのも、ギアスの力だ。そのあと、彼女は僕と同様に現代まで封じられていたようなんだ。
とりあえず、斑鳩に戻ったら紹介するよ。」
ライは言い終えると蒼月に乗り、滞空するヴィンセント・アソールトの元へ飛翔していった。
「あいつの妹が…最近では、最もいいニュースだな。」
思わず笑みを溢したルルーシュを、C.C.が不思議そうな顔で見ていた。
「皇帝陛下が行方不明!?」
驚きの声を上げたのはギルフォードだ。彼の言葉を、ナナリーが認めた。
「先程、シュナイゼル宰相閣下より連絡を頂きました。当面は、ここにいる人だけの話とさせて下さい。帝国本土でも、極一部の方しか知らされていないようですから…」
「中華連邦への攻撃準備はどうなさるのです!?皇帝陛下が宣戦布告をされねば、こちらからは手が出せませんよ!」
グラストンナイツのエドガーが疑問を口にする。それに対し、答えを見付けられずに言い淀むナナリーに、ローマイヤが強い口調で告げた。
「こんなことがナンバーズに知られたら事ですから、方針を決めて頂かねば。ナナリー様は総督なのですから!」
「そんな言い方って…!」
ローマイヤの言い様に、正式にナナリーの選任騎士となったサーシャ・ゴットバルトが不満を口にする。それに続いてアドニスが、ローマイヤに鋭い目を向けながら口を開いた。
「随分と上からの物言いですね、ミス・ローマイヤ。不敬ですよ。」
アドニスの言葉とあまりの視線の鋭さに、ローマイヤ思わずはたじろいだ。
「い、いえ…そんなつもりは…」
その会話を聞いていたスザクは考え込む。皇帝がいないということは、ナナリーはひとまず安全ということだ。彼はリフレインの使用を止められた後も、機情の指令室へ訪れて局員にギアスがかけられていることを確認することで、ルルーシュがゼロであると確信し、その考えに至ったのだった
SIDE Rock episode1、V.V.の台詞をちょっとだけ変更しました。