コードギアス Hope and blue sunrise 作:赤耳亀
ルルーシュ皇帝殺害より、二ヶ月の月日が経った。ブリタニアの田舎町、その中でもさらに山中にある古びた一軒家に向かって、一人の男が歩いていた。
「やっぱり、病み上がりには、きつい、な…」
その男はライだ。死んだと思われていた彼は、この二ヶ月間を世界から隠れるように生きていた。
「まったく、スザクも甘い…」
彼は自身の左胸と腹部の間辺りを押さえる。衣服の下には剣で刺された後があるが、その剣は心臓や肺を避けて綺麗に貫通し、彼の命を奪うことはなかったのだ。スザクは間違いなく、わざとそうなる事を狙ったのだろう。みんなを救う為とは言ってみたものの、結局自分は彼に救われた形となっている。これでスザクに全てを押し付けてしまう事になり、ライはどこか罪悪感を覚えていた。
「ここ、かな?」
一見すると小屋のようにも見える木造の家の前で、彼は足を止めた。そして扉をノックすると、ほとんど間を置かずにその扉が開かれた。
「久しぶりやのう、ライ。わざわざ来てもろうてすまんなぁ。」
中から現れたのはタカムラ博士だ。彼の後ろにはジェレミアやアーニャ、そしてロックの姿もあった。そして奥の椅子には、ルルーシュとロロが腰掛けている。
「いえ、身体を動かして体力を回復しないといけないので…」
その言葉に続けて、五人に挨拶をしようとするライを、タカムラは半ば引き摺るように地下の格納庫へと連れていった。
「タカムラ博士、これが…」
「おお、これが蒼焔轟柳型やでの。」
二人の前には、タカムラの手によって改造された蒼焔があった。
「エナジーウイングはアッシュズと同様に三対、肩から背中にかけてのんは二門の狙撃用レールガン。スラッシュハーケンはブレイズルミナスを発生させよる事で威力を向上。そんで、胸部にはブラストメーサーキャノンを装備しとるわ。それから…」
タカムラは蒼焔の右腕を指した。そこにはMVSが無くなっており、シールドと、縦長の射出口のようなものだけが見えた。
「あれがブレイズルミナスソードや。この蒼焔轟柳型の目玉とゆうてええわ。出力も大幅に向上しとる。これこそ現行の第九世代を超える、新たなナイトメアフレームやのぉ。」
ライは彼の言葉に頷くと、蒼焔の隣に目を移す。そこには、ランスロット・クラブ・バーディクトを改造したと思われる機体があった。
「アドニスに頼まれてなぁ。こっちもエナジーウイングは三対、肩から背中にかけてのアレは二つのスーパーヴァリスⅡやわ。腰に指しとるのは二刀のブレイズルミナスルミナスソードに、スラッシュハーケンも轟柳型と同じもんに変更しとる。こいつも、バーディクトに比べたら出力はかなり上がっとるわ。名前は、ランスロット・クラブ・レイン。」
「…これで、今後万が一世界に何かあったとしても対応できますね。タカムラ博士、ありがとうございます。」
ライは頭を下げる。タカムラは頷くと、微調整さえ終われば彼の元に蒼焔を届ける事を伝え、ライの前から去っていった。ライはしばらく蒼焔を見つめていたが、やがて踵を返し、格納庫を後にする。
地上に戻った彼を迎えたのはジェレミアだった。手にはティーポットを持ち、テーブルにカップを用意している。
「ライ様、せっかく来られたのですから紅茶でも如何ですか?」
ジェレミアの申し出に、ライは苦笑する。
「ジェレミア、君、みんなをここに呼んだんだろ。ルルーシュが生きてここにいるから会いに来いと伝えて…ついでに僕にも会わせてしまえという魂胆だろうけど…誰かが来る前に、僕は立ち去るとするよ。」
自身の考えを見抜かれていた事で、ジェレミアも苦笑する。彼はこのままでは忍びないと、黒の騎士団の主要メンバーやナナリーに、ルルーシュが生きている事を知らせたのだ。ついでにライにも会わせようと考えて時間稼ぎをしようとしたのだが、その目論みは失敗した。
ライはルルーシュ、ロック、ロロ、アーニャの順に挨拶を済ませると、早々にその場を後にした。
しかし山道に入ったライを、呼び止める男がいた。
「おい待て!ライ!」
追い掛けてきたのはルルーシュだ。彼は少し乱れた息を整えると、ライに向かって口を開いた。
「お前には感謝している。お前のおかげで、俺はいつかナナリーに謝る事が出来るし、C.C.の事も…だが、お前はいいのか?カレンの事は…」
「ルルーシュ…以前も言ったが、これは僕の選択だよ。僕がいては、これからの彼女の道を妨げてしまう。それに、ギアスを使ったんだ。僕の事はもう覚えていないさ。」
悲しげな彼の瞳に、ルルーシュは戸惑う。今の状況では、ライだけが独りだ。おおっぴらには正体を明かせないもののゼロの正体を知るナナリーの護衛となり、同様にそれに気付いている藤堂らと会う機会も多いスザク。ナナリーの騎士として未だに付き従っているサーシャもそれを知っている。そして隠遁するつもりであったものの、ジェレミアがかつての仲間達に生きている事を知らせてしまったルルーシュ。しかしライだけは、本当に世間との関わりを絶って、生きてゆかねばならない事になる。
「ライ、しかしお前だけが…」
「いいさ。僕はみんながこの平和を安心して謳歌できるよう、影からこの世界を支えるよ。それが、200年もの間、人々を縛り付けてしまった僕の役目だ。」
ハッキリと自身の考えを口にするライ。それを受けて、ルルーシュは彼の考えを変えることはできない、ということを悟っていた。
「そうか…すまない、ライ。」
「何度も言うが、僕の選択だよ、ルルーシュ。じゃあ、また会おう。」
別れの言葉を口にしたライは、ルルーシュに背を向けて山を降りていった。
「少し早く着きすぎたかな…?」
麓に止めていたバイクで移動し、空港に訪れたライ。彼は旧E.U.方面の人里離れた場所を目的地に、飛行機を予約していた。だがその機の離陸まではまだ二時間以上があった。
「これで本当に、みんなともお別れだな…」
一度空を見つめ、感傷に浸るライ。だがすぐに歩を進めて空港内に入ると、とりあえず発券だけはしておこうと空港カウンターに向かう。
だが、出来る限り人の視線から逃れるように下を向いて歩いていた彼の前に、こちらを向いて立ち止まっている足が見えた。
ライが足を止めて顔を上げると、そこには赤髪の少女が立っている。
「カレン…?」
ライが声を上げると同時に、彼女は右手を大きく振りかぶった。平手というより掌底に近いような一撃を受け、ライは思わずその場に尻餅をつく。
「何を…?」
倒れた体勢から顔だけを上げると、カレンの目から涙がいくつも流れ落ちるのが見えた。彼女は振り切った右手を胸の前で強く握り、涙を流したまま口を開いた。
「あなたは、私に幸せになって欲しいと言ったわね…でも記憶を、あなたを失った上での幸せなんて私にはないわ!」
彼女はライを引き起こすと、両腕で彼の襟を掴んだ。
「記憶を無くした日々がどれだけ虚しかったか!ずっと違和感を感じ続けた日々がどれだけ苦しかったか!記憶を無くしていたあなたなら理解できるでしょ!?」
カレンはライの首元に額を押し付ける。ライはまだ状況が飲み込めていないのか、戸惑いを隠せないままだ。その様子に頓着せず、カレンは自身の思いを彼にぶつけた。
「あなたのやろうとしたことも、これからやろうとしてることも、全部分かったわ!でも、もう自分を犠牲にするのはやめて!私の所に戻ってきて!!」
「カレン、どうして…ギアスは…?」
ライの疑問に、カレンは顔を上げて答えた。
「あの日から、ずっと違和感があった…何かとても大切なものを忘れているような…私は、ずっと探し続けたわ。その手掛かりを。そして、一週間前に全てを思い出した。あなたが、私の前に現れた時のこと、あなたを助けに神根島へ行ったこと、行政特区であなたが撃たれたこと、そして、そこから一年も離ればなれになったこと…」
カレンの言葉には嗚咽が混じっている。しかし彼女は言葉を止めず、口を動かし続けた。
「ようやく、再会できたこと。あなたの過去を聞いた事、ブリタニア軍から助け出してくれた事も…そして、あなたが私の前からいなくなったこと。私を悲しませない為に、自分の事を忘れるようにギアスをかけたことも!
でも!私はあなたさえいてくれればそれで良かったのに!あなたさえ…あなたさえ!!」
カレンは左手で何度もライの胸を叩く。しかしライは叩かれている場所よりも、遥かに深い場所に痛みを感じていた。
「すまない。本当にすまない、カレン。僕は結局、君を泣かせてばかりだ。でも、僕はこの世界にいるべき人間じゃ…」
その時、言いかけたライの前に何人もの人が現れた。藤堂や扇、ナナリーとゼロ、朝比奈や千葉に加え、ルーンとノネットがそこに揃っていた。
彼らを代表するように、扇が一歩前に出る。
「…ライ。俺達はシュナイゼルに踊らされ、君やルルーシュを裏切ってしまった。本当にすまない。贖罪って訳じゃないが、君の戸籍はこちらで用意したんだ。君はルルーシュの部下だったけど俺達以外にはそれほど顔も名前と知られてない…だから、戻ってこないか?君に頼みたいことが沢山あるし、カレンの事も、もう一度よく考えてみて欲しい…それに、ルルーシュの事も近いうちにどうにかしてみせる。」
「ああ、過去の事は謝罪する。我々にはまだ君の力が必要だ。ライ君、どうか戻ってきて欲しい。」
扇に続いて、藤堂も口を開いた。ナナリーも車椅子を進め、彼の前へ出てきた。
「ライさん、私はまだ、あなたに何も返せていません。本当の妹のように良くしてくれたのに…あんなお別れだなんて…私は…嫌です。」
「そうね。それに、私にまで黙って行こうとするなんて、薄情すぎると思わない?」
ナナリーとルーンに続き、朝比奈と千葉も声をかけた。
「ライ君。僕らが間違っていたよ。あの時、君達を信じられなかったのは僕らの弱さだ。どうか、許して欲しい。」
「ああ、お前達を信じられる理由はいくつもあったのに、思い込みだけで私達は裏切ってしまった。だが、朝比奈も私も、出来れば戻ってきて欲しいと思っている。」
二人に続いて、今度はゼロが一歩ライに近付いた。
「君は、ルルーシュ達に生きて欲しいから自分が身代わりになると、そう言ったね。でも、僕らの思いも分かってくれ。何故僕が、君を殺さなかったのか分かるかい?君にも、生きて欲しいからだよ。」
彼らが口々にライを呼び戻そうとする姿を、ライは一体何が起きているのか理解しきれていない表情で見つめていた。
「王よ。あなたは、今の世界でこれだけの人達から求められている。もう、いいんじゃないですか?200年前の贖罪は。今はこんなにも、あなたを求め、愛してくれる人がいるじゃないですか。」
最後に進み出たのはノネットだ。彼女の言葉にようやく状況を理解したライは、自分が受け入れて貰えた事に驚き、そしてこれまで自分の中で押さえつけていたものが一気に溢れでた事で涙を流した。彼はその場に膝を着くと右手で顔を覆って泣き続けた。
「もういいのよ、ライ。少なくとも私達は、あなたを許しているから…」
カレンが、泣き崩れるライを優しく抱擁する。その彼女にしがみつき、ライはしばらく涙を流し続けた。
5分程泣き続け、ようやく落ち着いたライはゆっくりと立ち上がった。そして集まってくれた扇達に礼を言った。
「ありがとうございます。僕はまた、一人で全てを抱え込もうとしていたようです。みんなのおかげで、目が覚めました。」
そう言うと、ライはカレンに向き直り、彼女の肩に両手を置いた。
「カレン、僕はもう迷わない。僕の残りの人生を全て君に捧げます。だから、君の残りの人生を僕に下さい。」
思わぬ公開プロポーズに、藤堂達だけでなく周囲を歩く人々も足を止めて二人を見ていた。カレンはプロポーズに加えて視線が集まっている様子に顔を真っ赤にするが、ライが自分だけを真っ直ぐ見ている事に気付き、覚悟を決めて返答した。
「…は、はい!喜んで!!」
扇達は歓声を上げると、二人に向かって突進してきた。彼らに揉みくちゃにされながらも、それでもライは幸せを感じていたのだった。