ツイッターとディスコードにて親しくさせて頂いている方にお教えいただきまして。
頑張りはしたものの前篇までしか上げられなかったふがいなさですが、お目汚しさせて頂きまする。

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前篇

00

くしゃりとした感触が足元に或る。

草だ。

それが見渡す限り地平の彼方まで続いている。

草それ自体は美しい蒼翠色(ヴィリジアン)の様だが、しかし地平の彼方まで続くそれを蒼翠色と認識するのは難しいだろう。

何故ならば。

―――(そら)が燃えているのだ。

赫灼(かくしゃく)たる()光芒(こうぼう)が天を満たし、満ち溢れて(こぼ)れた朱で大地は染め上がっている。

一言で表すならば、それは絶景と言う他にない。

振り返ってみれば台地は途切れ、代りに大海原が原初のように両の腕で迎えんとする。

昊の赤を緋色とするならば、大海のそれは深緋(こきひ)と呼ぶべきだろう。深みのそれが一段違う。

(さざなみ)と白波が入り混じり、海の上を紫雲が走り、天頂には薄い金色(こんじき)の月が輝く。

美しい。

恐ろしい光景でもある。

だがしかし、この光景を目の当たりにしてボクの心に浮かんだのは感嘆だけだった。

湧いて出てくる感想はひたすらに感動だった。

 

でも。

 

「これは転生というよりかは転移と言った方が正しいんじゃないかな?」

 

感動には程遠いそっけない声が口から洩れて、絶景には似つかわしくない寒々しい気配がボクから立ち昇った。

 

01

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星暦3245年25月41日

雑踏は喧噪で咽返(むせかえ)り、街並みは静謐に微睡(まどろ)み、空は青く澄み渡り、川は(せせらぎ)揺蕩(たゆた)う。

要するに、ミルフィーユ公国首都・ファルシルム(ここ)は普段通りだ。

フェルディティーア上級学校の5階の(フレーム)越しに見る世の中(そこ)は、眼鏡型情報処理端末機(グラスビュー)に写る歴史の大嵐(たいらん)なぞどこ吹く風だ。

かつて、通信教育や独立学習の機運が高まったことがあったというが、しかしどうだろう。

人間はそこまで効率的な生物ではなかったようである。

少なくともボク――ルーフェル・アン・リルディーズは映像授業なんて代物をされた日には教科書を読み切って問題を解き終わったら授業そっちのけで寝てしまうこと請け合いだ。

対面で向き合って行われるからこそ得られるものもある。それは、効率では量りえない福音だったのだろう。

……窓の外の蒼穹に目を奪われながら、そんなことを思う。

 

/2

17時。

今日は休部曜日だ。

授業終わりの刻鐘(チャイム)がガランゴロンと時の()を歌う。

原始的だと言う人もいるけれど、この街にはお似合いだとボクは思う。

空の色は微かにその色を薄く色づかせ、そろそろ夕方の衣をまとおうとしている。昔は1日が24時間だったらしいけれど、まったく信じられない。30時まである今でさえ時間が足りないのに6時間も少なくて人類は一体どうやって生きていたんだろうか。

…それはそれとして、24時間しかなかったってことは17時だとすでに夕方だったんだろうか。映像資料がほとんど残っていないので当時の事は分からない。だけど、きっとこんな空をかつての人たちも見ていたんではないだろうか。それはそれで、中々『フウリュウ』な考え方だと思う。

 

そんな由無事を考えつつボクは歩みを進める。

学校からの帰り道、この街では中規模にあたる緑葉公園に寄るのである。

目的は公園の中心部に造られた池で遊ぶ『ニシキゴイ』に餌をやる事。魚の顔は得てして怖いもに感じがちだけれど、こいつらは違う。実に可愛い。

「おや、また来たのかね。まぁ、ゆっくりしていきなさい」

この公園の管理人であるシュナイダーさんだ。こちらに背を向けて植栽の剪定しながら声をかけらるとやはりこの人の背中には目がついているのではと思わずにはいられない。

ゆるりと鯉たちに餌をやって公園内を無尽に走る川と無数に配された小滝の水音を楽しみながら帰路に就く。

ここは空気も美味しいし、植生の異なる樹々をどうしてか植えて緑のコントラストが都会の真っただ中で異界の如き美しさをその一角を形成している。また来よう。

大変癒される。

―――公園を出る間際、空を仰ぐと幽かなリングを携えた月が微かに銀色に霞む。

この光景に目を奪われる感性は、魔術師にとっての福音だ。

 

/3

公園から出てしばらく歩くと都会の喧騒の外側に達する。

人々が自らの領域で羽を休める為のホームである所の住宅街というやつだ。

ボクが間借りしているアパルトマンもそこにある。

住宅街は大きく分けて二層で構成されていて、古典的(クラシカル)な雰囲気の漂う観光スポット的な側面も持つ文化保護区と摩天楼の林立する近代都市区がそれにあたる。

ボクが宿拠(棲家)としているアパルトマンはそんな文化保護区の外郭部に建っている。窓のこちら側には摩天楼、窓のそちら側には石造りや木造の、極端な光景をゆったりと愉しめるここはボクの気性に大変あっている。

ベイカーストリート221-B。

大家のハドソンさんに挨拶をして階段を上がる。

踊り場を挟んで両側に一部屋ずつ。1フロアに2部屋しかない小さな下宿だけれど、この感じがボクはたまらなく好きだ。左のポケットから古風な鍵を取り出して錠穴に差し込む。

そしてこの鍵がいい。絶妙に骨董感(アンティーク)で心が躍る。

実家にいた頃、網膜認証で開くドアーのそれはそれで安心感があったものだけれど、ボクはここに来て初めて玄関に入る喜びというものを味わった気がするんだ。

……ところで、さっきからボクは現実逃避をしているんだけど、鍵を開けたはずが、何故か、閉まった。

 

ここを出る時、ボクは確実に鍵を閉めて出たはずなのに。

 

そうこうしていると、錠から〈ガチャリ〉という音が聞こえた。まずい。

(きびす)を返して階段を降りようとするより先にその人影があらわになった。

ゆっくりと視界が下降してゆく。

不安定な浮遊感が背中を襲う。

けれど、何故だろうか。

初めて目にするはずの人影の主――夜色の瞳、ワインレッドフレームのメガネ、鴉の濡羽色の髪、それらすべてに見覚えがあるような気がして―――けれどそれがいつどこで見たのかを考える間はなく、聞いたこともないような嫌な音とも視界は閉幕した。

 

02

磨硝子(すりガラス)越しの瓦斯燈(ガスとう)(あかり)の如き頼りない薄ぼんやりとした空間だった。

耳を澄ませても特に何も聞こえず、目を(すが)めても特に何も見えず、ただ漠然として掴み所を感じない。

例えるなら………あ、れ?

例えるなら……ボクはなんて言おうとしたのだろうか。

 

『おお、死んでしまうとは情けない!!』

 

と、そんな風に混乱の渦中に身を置いた状況に重ねて困惑をデコレーションしようとするかのように、突如大仰な台詞回しが空間に乱反射するかのように響いた。

正直言って不愉快だ。

『んっんっんっ? んっんっんっ? んっんっんっんっんっんっんっ?』

三三七拍子の音律(テンポ)で煽るかのような鼻息が四方八方で残響する。

――極めて不愉快だ。喧嘩を売られているのだろうか。

『――それはそれとして、あなたは死んでしまいました。本来であればもう少しは長い人生を送れたはずだったのですが、残念でしたね』

…ヲイ。

『ですが、あなたが命を落とした要因は残念ながら手前どもの手違いが原因でして』

……ヲイヲイ。

『たかが命の一つや二つに対して創造主/管理人(私たち神様)が手厚い保護活動なんぞ冗談は仕様書と納品書と運用コストだけにしておけというのが本音ですが、そのようなスキームが組まれている以上……キースのくそ野郎がこんなメンドクサイ仕様書を作りさえしなければ…失礼。

ともあれ、手前どものミスですから、あなたには転生の資格とその際に転生特典が与えられることとなります。

異世界における最強の力を笠に着た大冒険、お嫌いの方の方が少ないはずです。

 

さて、早く特典内容を決めてもらえますか?』

―――どうやら、神様という連中の頭には蛆が湧いているらしい。

いやいや、いきなりそんなことを言われても。

『そんなことを言われようが言われまいが選択肢に前進はあっても後退はありませんので』

「ボクはまだ何も言ってないと思うんだけど?」

『手前どもの膨大な経験則の中であなたのようなサンプルがこれまでいなかったわけではありません』

サンプル…サンプルねぇ。

「ボクの記憶はどうなっているんだい? さっき知っているはずのことを全く思い出せなかったんだけど」

『はい、一時的に制限を掛けさせて頂いております』

「それは小賢しいサンプルがいたからかな?」

『……お前みたいな勘のいいガキは嫌いだよ。いいから早くしな』

「はぁ、転生、転生、ね。ボクはどこに飛ばされるんだい?」

『ふん、勘のいいガキは好きじゃあねぇが、物分かりのいいガキは嫌いでもない。お前がこれから行くのはヌーベルスタンダッド。――まぁ、何があるかは行ってみてのお楽しみってやつだ』

「名前だけ、か。何も分からないよりは少しだけマシ、か。それに選択肢もないと来た。―――仕方ない、か。それじゃあ、そうだね。俯瞰の視点を、ボクは欲するよ」

『…味気ない能力だ。

 ふむ。分かった。

 だが、上位互換存在(私たち)をけち臭いと思われては遺憾だ。そうだな、HPとMPのカンストくらいは持って行け』

それを最後に薄ぼんやりとした乳白色(ミルクホワイト)な空間に黄桃色が差した。

今までボクが視界だと思っていたものにデジタルノイズのような影が一条、二条、三条と走り、ついにはブラックアウトした。

『これまでのあなたの人生は転落と激突によって喪われた。しかし、これからの全てがあなたに可能性をもたらすだろう。生存せよ、探求せよ、闘争せよ、その命に最大の成果を期待する。

それでは、ボンボヤージュ』

暗い、一切の光のない漆黒の闇の中でやけに機械的な声音が著しい違和感と共に耳朶を震わせて、途絶えた。

 

「…はぁ~」

ため息の一つくらいは許される。はずだ。

だってそうだろう?

ため息くらい()きたくもなるってものだよ。

 

以下、後編につづく

 



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