魔法科高校の訪問者 ~真紅の双子~   作:冬元 鈴

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入学編Ⅷ

「き、奇遇だね、まさか風紀委員初仕事が北山さんと光井さんを助けることになるなんて……」

 

頭の回転は早く機智も働くアーティだが、どうにも歯切れが悪いのは相手が悪いからか。

 

「軽身体操部の勧誘が思ったより結構強引で………本当に助かりました。工藤くん、ありがとうございます」

 

改めて向き直って深々と頭を下げるほのか。彼女に倣って雫もペコリと頭を下げている。

 

「いやいや、仕事だから全然気にしないで、っていや、北山さんと光井さんを助けられたのは嬉しいけど……」

 

自分が口にした仕事だから、という言葉にビジネスライクではないかという懸念を抱いて慌てて訂正しにかかるアーティ。

 

「工藤くん、この前は森崎くんを投げててびっくりしたけど、本当はとっても気さくなんですね」

 

そんなアーティの様子にくすくすと笑いながらほのかがそんな感想を述べる。

 

「やるときはやる。でも、いつもは優しい。工藤くんは、きっとそういう人」

 

ほのかの賛辞だけでも思春期の男子には容量オーバーなのだが、そこに想い人からの賛辞まで付け加えられて、アーティは嬉しいの域をとっくに通り越して恥ずかしいという域に突入していた。目の前の二人の少女は全く気付いていないが、既にアーティの耳は真っ赤だ。エリカあたりがこの場を目にしたら、思わず写真を撮り始めたに違いない。

アーティとしてはすぐにでも話題転換をしたいが、既に彼の思考能力は限界を超え機能していない。ともすればこのまま逃げ出してしまうかとも思われたが、ほのかの自然な話題転換に救われることになる。

 

「それにしても、一高の勧誘は想像以上に熾烈ですね」

 

ほのかとしては話の流れで自分の感想を述べたに過ぎないが、目の前の少女たちに心奪われていたアーティにとっては今現在の自分の責務を思い出させる、いい気付けになった。

 

「オレも風紀委員で聞いてはいたけど、驚いている。想像以上だ。クラブによっては、今みたいな強引な勧誘だけじゃなくて魔法の不正使用があったりする例もあるらしいんだ。二人共、くれぐれも気をつけてね。風紀委員も巡回しているけど、常にすべての場所を網羅できるわけじゃないんだ。大抵は騒ぎを聞きつけて急行することになる。そうだ、万一の際にはすぐにオレを呼べるように情報端末の番号を………」

 

風紀委員の職務に戻り冷静さを取り戻し、2人の同級生に注意喚起を始めたアーティだったが、連絡先を交換するという自分が提示した提案の意味に気づいて、言葉に止まる。

 

「それは心強いですね」

「風紀委員と仲良くなった役得」

 

そんなアーティの思春期らしい逡巡に気づく様子もなくほのかと雫は懐から自分の情報端末を取り出し、自分の番号を表示する。

アーティはドギマギしながらも彼女たちの番号を自分の情報端末に登録し、自分からワンコールをかけて自分の番号を登録させた。

 

「それじゃあ、工藤くん、ありがとうございました」

「風紀委員の仕事、頑張って」

 

気になる異性の連絡先を入手するという一大イベントをあっけなく済ませてしまったアーティは呆然としながら、次の部活の見学へと向かった2人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく立ち尽くしていたアーティの意識を現実に引き戻したのは、余韻を噛みしめるように握りしめていた情報端末の鳴動だった。

 

「まさか、北山さん!?」

 

早速彼女たちが何かに巻き込まれたのかと慌ててディスプレイを確認したところ、発信源は風紀委員会本部だった。ほっと息をついて、応答ボタンを押す。

 

【風紀委員会本部より通達。第二小体育館、通称闘技場で剣道部と剣術部の紛争勃発。現在その場に居合わせた司波が対応中。手の空いている生徒会役員、風紀委員は現場に急行しろ】

 

声の主は摩利。声の緊迫感から、抜き差しならない状態になっているのではないかと悪い予感がアーティの脳裏をよぎる。

 

「風紀委員工藤、了解。これより現場に急行、2分後に現着します」

 

アーティは自分の現在位置から通達された現場の地理関係を思い出しながらそう短く応答し、すぐさま駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

闘技場に到着したアーティが目にしたのは異様な光景だった。

剣術部と剣道部の紛争と聞いて来たもののアーティの目下に広がっているのは達也vs剣術部皆さんの総掛かり稽古といった風情だった。それも達也に投げられたであろう剣術部の部員の屍(もちろん比喩表現である)が累々と転がり、まもなく収束するだろうという状態であった。

 

「一体何が………」

 

思わずそう呟きながら情報端末を取り出す。

 

「風紀委員工藤です。闘技場に現着しました。負傷者がいるようですので、保健委員の出動を要請してください」

【こちら風紀委員会本部。工藤の現着了解。これより保健委員に出動を要請する。工藤は現場を整理して保健委員の到着を待て】

「了解」

 

本部の摩利と最低限の連絡をかわし、人垣をかき分け最前線に立ち、これ以上混乱が広がらないよう現場の整理にかかる。

 

「こちらは風紀委員です!周囲のクラブは混乱が沈静化するまで活動を中止してください!繰り返します!」

 

乱闘が起きた際の風紀委員のマニュアルに則り、まず周囲の活動を止め、その後退避させる。巻き添えを食い、それに対する報復などで混迷を極めないようにするための処置だ。

 

「アーティか。助かる」

 

すでに次々と迫りくる剣術部員を片付けた達也が息も乱さずに応援に来たアーティに礼を言う。

 

「派手にやりましたね」

「やむを得なかった」

 

アーティの軽い皮肉に達也も大げさに肩をすくめて応じる。

 

「現場の整理はオレが。達也さんは後で聴取があるでしょうから、先に風紀委員会本部に出頭してください」

「わかった」

 

そう短く返すと達也は悠々と闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

閉門時刻間際。

達也が介入した剣道部と剣術部の紛争以降、小競り合い程度のトラブルは頻発したものの、風紀委員が本部にて事情を説明する必要があるほどの事案は発生しなかった。剣術部の部員14人を相手に大立ち回りを演じ、瞬く間にその名を一高中に知らしめたあの男が災いを引き起こしているのではないうかという疑いがアーティの胸に去来したが、それは胸の奥底に封印することにした。

 

「しかし、案外疲れたな」

 

風紀委員のこの時期の業務は激務だと聞いてはいた。だがアーティは未来において既に実戦経験もある魔法師である。体力的に参ることはないと高をくくっていた。だが予想に反してアーティに疲労感を感じさせているのは、きっと精神的に気を張り詰め続けてきたからだろう。本人は全く自覚していないが、意中の生徒と思いがけぬ邂逅を果たしたことも彼のエネルギーを著しく損耗しているに違いない。

 

「早く帰らないと、稽古もあるし殆ど寝られないぞ」

 

アーティには日課がある。それは彼の後援者(パトロン)との約束であり、たとえアーティが疲れ切っていても欠いて良いものではない。しかもアーティの朝は早い。このまま一高前の駅から電車に乗り、最寄りの駅から歩いたのではまっすぐ帰ったとしてもアーティは疲労を癒すのに十分な睡眠は取れないだろう。

 

(やむを得ないな)

 

体調管理も魔法師の仕事のうちである。時には手段を選んでいられないこともある。睡眠時間のため、というのがなんとも格好がつかないが。

アーティは懐からいつも用いているCADを取り出すと、一瞬でその操作を完了させる。すると、アーティの体は宙に浮き、そのままかなりの高度に上がると、流星の如き速度で遥か彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

第一高校の校門前からひとっ飛び。10分ほども飛んだところでアーティはその高度を下げ、着地した。そこは、小高い丘の上だった。何もない場所ではない。一言で言うならば、そこは寺だ。だが、そこにいるのは僧侶や和尚さんと言えるような風貌の人達ではない。どちらかといえば修行僧や僧兵と形容したほうが似つかわしい、そんな男たちが待ち構えていた

 

「思ったより早い帰りだねえ」

 

着地したアーティの後ろから声がかけられる。

 

「―――大師匠。今日は飛行魔法を使いましたから」

 

自分が飛んできた方向から声をかけられ、驚きのあまりすぐに返事を返せない。

 

「―ふむ。今日は初日と言っていたねえ。少しばかり疲れたのかな」

「はい。まだまだ修行不足です」

「そうだねえ。その年では色香にはまだ太刀打ちできまい」

「?なんとおっしゃいましたか」

「いや、自覚がないのならいいんだよ、スチュアートくん」

 

今アーティが話している相手は、忍術使い、九重八雲。彼こそが、アーティが現代社会で生きていくために必要な基盤を用意した後援者(パトロン)である。

 

「ではさっそく。ウチに住まう以上、君には修行を積んでもらう。疲れている君に鞭打つようで申し訳ないが、朝は達也くんが来るからねえ。彼とここで会うのはまずいんだろう?」

「はい。それに部活の朝練もありますし。夕餉の前にお願いします」

「いいともいいとも。そのつもりで門下生にも準備させていた」

 

もう日が暮れているのに八雲の門下生がすでに庭に出ていることを不審に思ったアーティだったが、まさかと思っていた予想が見事に的中し舌を巻く。果たして彼は自分が飛行魔法を使用するのをここから探知し、10分足らずで弟子たちに準備をさせたのか、それとも今日は疲れて飛行魔法を使って早く帰ってくることを予想していたのか。どちらにしてもアーティにとっていい気持ちはしない。

 

「では、はじめたまえ」

 

縁側の上の八雲の合図で門下生たちが一斉にアーティに飛びかかる。アーティに対しても達也と同じように総掛かり稽古だ。アーティの師匠は達也であり、達也の師匠は八雲。つまり、八雲にとってアーティは孫弟子に当たる。実際、アーティは未来において晩年の八雲の手ほどきを受けたこともあった。

 

「疲れてはいるようだけど、技は冴えているね。いつもより彼らを倒すのにかかる時間が短い」

 

そして現代においては門下生たちに全員有効打を入れると八雲自身に稽古をつけてもらい、それで一日を締めくくるのがここでの日課になっている。

 

「君は色恋は苦手そうだが色恋で強くなるタイプだね。僕とは逆だ」

 

軽口を叩いている八雲だが既にその身はアーティと拳を交えている。アーティも彼の言葉が聞こえてはいるがその中身に意識を向けることができないでいる。

アーティは全神経を集中し八雲の動きに食らいつく。古式魔法の使用を織り込んだ八雲の動きに翻弄されながらも、アーティも同じ古式魔法を駆使しながら虎視眈々とカウンターを狙っていく。

 

「また一つ盗んだね」

 

古式魔法は現代魔法とは異なり起動式などの鍵になるものを供与すれば使えるようになるものではない。故に才能ある者でも古式魔法の真髄に触れなければ古式魔法を習得することはできない。しかし古式魔法に何度も触れ、その正体を肌で感じ取れば、あとは古式魔法の使い手が何をしているのかを理解すれば、使えるようになるのが古式魔法だ。算数の計算などのように教えを請うものではない。そしてアーティは教えを請う学びよりも、見て盗む学びの方が圧倒的に得意だった。

 

「―――っ!」

 

八雲の動きをまた一つ物にしたアーティだったが、盗んだ動きを一つ披露すると決まってそこで一本を入れられ、その日の稽古が終わってしまう。アーティが転移してきてから半年になるが、絶対に今くるとわかっている八雲の一本を、未だに一度もかわせずにいるのだった。

 

「体術はまだ達也くんには及ばないけれど、君は魔法の実力がずば抜けている。体系的な現代魔法を得意とする魔法師は大抵、分散的にそのノウハウが存在する古式魔法の習得を苦手としているものだが………君は元々、こちらのほうが得意なのかもしれないね」

 

八雲に手痛い一本を入れられ大の字に寝転んで息を上がらせているアーティに、飄々とした息遣いの八雲がそんな感想を口にする。

 

「じゃあ、僕は先に上がっているからね。夕餉の準備はできているから、落ち着いたら君も上がってきなさい」

 

未だに返事すらできずにいるアーティにそう言葉をかけると、八雲は軽々とした足取りで縁側にひょいと飛び乗り、そのまま廊下の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日は投稿できないかもしれないです。
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