真由美と有志同名の討論会が討論会の様相を呈していたのは冒頭のみであった。
感情的に一科生と二科生の間に存在する差別をまくしたてる有志同盟に対して、それらの大部分が客観的事実に基づいた成果主義的な平等のもとに定められてきた事実を真由美が反論し、それに対する有効な反論がないまま次の指摘をしてはそれも返されるという質問会のような状態になっていた。
終盤は真由美が
突如の轟音が真由美の演説の余韻に浸っていた生徒たちを現実に引き戻す。それと同時に各所に配置されていた風紀委員が一斉に地面を蹴る。普段から訓練を重ねているわけではないが、今日は摩利の檄の飛ばし方が違った。きっとなにかが起こる。そう考えて緊張の糸をずっと張っていたからこそ、逡巡なく己の為すべきことを為し得た。自分がマークしていた同盟のメンバーを拘束する。この風紀委員の初動により、外部からの襲撃と内部からの撹乱という挟み撃ちの形に陥る事態は回避された。しかしながら、当然脅威度が高いのは武装して攻め込んできている外部からの戦力である。
「催涙弾!?」
外部から窓を破り、紡錘形の物体が飛び込んでくる。床に落ちると同時に白い煙を吐き始めた榴弾に、近くにいた生徒が悲鳴に似た声を上げる。が、その榴弾はその煙を拡散させることなく、コマ送りの巻き戻しのように窓の外へと戻っていった。服部の魔法によるものだ。
「委員長!オレは部活棟を見てきます!」
「了解。気をつけろよ!」
既に生徒たちが速やかに避難を終えつつあり、その内部に限っては危険分子が鎮圧されつつある講堂にこれ以上長居は無用と断じたアーティはそう短く摩利に行き先を告げると、扉を吹き飛ばすように出ていったのだった。
(わかりやすい奴め)
状況的に笑う余裕などないので、心の中だけに留めた達也は、自分のそばにピッタリくっついてきている深雪を肩越しにちらりと目をやりつつ、自分も摩利に行き先を告げる。
「では俺は、実技棟の様子を見てきます」
「お兄様、お供します!」
「気をつけろよ!」
摩利の声に送り出され、達也たちは最初に轟音が鳴り響いた区画へと向かった。
魔法科高校には、魔法実技の指導のため、魔法師が教師として常駐している。その実力は魔法師社会においても一流の魔法師揃いであり、このような有事にも対応は可能だ。加えて生徒の中には生徒会長を務める七草真由美や部活連会頭を務める十文字克人のように十師族に名を連ねる者を始めとし既に成熟した魔法師顔負けの戦闘技能を持つ逸材も揃っている。国内トップクラスの第一高校ともなれば、小国の軍隊程度なら単独で撃退してしまうほどの戦力を有していることになる。
しかしアーティの向かった部活棟はその堅牢な要塞とも言える一高の中で、数少ない脆弱なエリアと言える。グラウンドのある区画に位置する部活棟は、講堂や実技棟、講義棟などが密集するいわば一高の心臓部分とは距離がある。加えて生徒たちを守る貴重な戦力たる教師は今の時間、部活棟の方にはいない。いるのは部活の仲間と昼食を取るために足を運んだ生徒たちであり、彼等は校則によりCADを預けている。部活棟の部室にもCADはあるが、競技用にスペックを統一された低スペック機であり、セットされている魔法も競技用のものである。これではこのような事態に対抗することは叶わない。
もっとも、そのような防衛の穴に外部からの侵入者が欲しがるようなめぼしいものはない。故にそもそも狙われるような場所ではないのだが。万一、とは言えない程度には可能性がある攻撃に備えて武装した風紀委員が急行したことは、この場において大きく命運を分けた。
およそ魔法的な補助を受けなければ出せない速力でアーティはグラウンドを横切り部活棟に真っ直ぐ向かう。部活棟を見据えるアーティの目に、襲撃者の姿は映らなかった。そのことに安堵を覚えながらも、そのまま部活棟に肉薄する。すでに部活棟で昼食をとっていた生徒たちも騒ぎに気が付いているらしく、安全を確保しながら遠目に講堂や講義棟を眺め、状況把握に努めているようだ。風紀委員の腕章をつけたアーティの到着に、自然と視線が集まる。
「現在当校は何者かの武力攻撃を受けています。生徒会役員、風紀委員、部活連、それに教師たちが目下交戦中です。ここを襲撃する動機は薄く、これからここが戦闘に巻き込まれる可能性は高くありませんが、みなさんも部活用のCADなどを装備して頂き、万一の際には最低限の自衛ができるよう備えてください。道中が危険なので本棟にCADを取りに行くことはおやめください。敵戦力に対して一高側は現在優勢を保っています。鎮圧されるまで部室で待機をお願いします」
部活棟周辺にいる生徒全員に聞こえるよう声を増幅して指示を出す。
「工藤くん」
「来てくれたんですね」
指示を出し終え本棟、現在戦闘が行われている方角を見張るアーティに背後から声をかけたのはほのかと雫だった。
「北山さん、光井さん」
その声に振り返るアーティの声は少し上ずっている。ここにエリカでもいれば茶々の一つでも入ったのだろうが、彼女はここにはいないし今はそんな状況ではない。
「討論会が狙われたのでしょうか」
「うん。どうにも反魔法政治団体がバックにいたみたい。それを生徒会も風紀委員も掴んでて、今回は厳重警戒だった。正直、想定以上の攻撃だけど、それでも鎮圧は時間の問題だよ」
ほのかの質問に答えながらも、しきりに流れる風紀委員の無線は聞き漏らさない。その内容から、一高側は建物の被害を除けばほぼ損害なく順調に侵入した戦力を鎮圧していることをアーティは読み取っている。
「反魔法……魔法科高校の生徒にまで魔の手を伸ばして自分たちの主義主張を押し通そうとするなんて」
アーティの言葉を受けて呟く雫の頬は怒りから少しばかり紅潮していた。普段感情が表出しにくい雫にしては珍しいことだった。
いつもならばそんな雫の様子に反応し必死で言葉を選び返しを考えていたところだろうが、今のアーティの反応は全く異なるものだった。それは、本棟の方角を目を凝らして見張っていたアーティの瞳が、視界の端に違和感を感じたからだった。
「二人とも、下がって。できることなら、部室に退避して」
いつもの身長に似合わぬ高い声ではなく、低く、威圧感を感じさせる声に二人の動きが止まる。
「早く!」
そのまま動きを止め心配そうにアーティを見つめる2人にアーティが低く怒鳴りつける。彼女たちの動きは無理もないことだ。彼女たちはアーティが急に警戒感を倍増させた理由が全くわかっていないのだから。
それでもアーティの豹変ぶりに2人はハッとしたように動き出すと、2人が所属するバイアスロン部の部室に手早く退避した。
「………っ!確かに、いる」
先程一瞬視界の端で捉えた違和感。その違和感は一瞬で消えたが、アーティはそれを自分の気のせいとは考えない。用心深く張った気配への意識の糸に、確かにかかるものがある。確かに自分の意識の網にかかっているのに、その位置がイマイチ特定できない。その事実に焦っていることを自覚したアーティは、隙を作らないように慎重深く深呼吸をし、今一度気配を探る。
(これは、どこにいるのかがわからないのではない。気配は一つの方角、定まった距離から届いている。にもかかわらず、オレが
精神干渉の魔法を織り込んだ認識阻害に対して魔法師は、その魔法の発動を知覚しなければ対抗することは難しい。しかしながら隠形からの不意討ちを主とする忍術の使い手はこの知覚が阻害されている事実を、偽装情報を素直に受け取るのではなく不明であると直感的に印象づけることで
(この感覚は)
そしてアーティは自分が陥っている状況に対して見に覚えがあった。
中国を源流とする占いの考え方に、風水というものがある。簡単に言えば、その日その時ある人物にとって吉を呼び込む方向とその人物が苦手とする方向を掴む術である。特に苦手とする方角を鬼門と呼び、古来日本においても鬼門の方角に用事がある際は予め前日に別の方角の場所に寝泊まりをし経由することによって鬼門に向かうことを避けたと言う。アーティが今まさにかけられている術は鬼門の方角から使用することによって魔法師が無意識に自分にかけている情報強化からくる精神干渉への抵抗力を効率的に無効化し、自分の気配の方角をアーティに錯覚させているのだ。
この場において、アーティが鬼門を用いた風水の古式魔法に覚えがあったことは、大きく命運を分けた。
「―――っ!」
狼狽を帯びた息を呑む音はアーティのものではない。なにもない虚空から生じたものだ。ドアを薄く開けちらりと様子をうかがっていたほのかと雫は声を上げることになる。アーティが突如向く方向を変え、猛然と2人が隠れる部室の方向に突進してきたのだ。
「工藤くん!?」
ドア越しに思わず悲鳴を上げたほのかに構うことなくアーティはドアの前で急停止すると、携行していたCADを一瞬で操作すると、入学直後森崎との模擬戦とは比にならない規模の偏倚解放が、誰もいないはずの虚空に向かって放たれた。
広範囲に作られた圧縮空気の開放による範囲攻撃。それはもうもうと辺りの砂を巻き上げ大きな土煙を作り上げた。
「鬼門の優位を失った上にとっさに回避のために加速魔法を使用すれば、その隠形は子供でも見破る事ができるぞ」
アーティの言葉は未だに静まらぬ土煙の中に向けて放たれる。土煙が収まったそこには、中年の細身な男が口に手を当てながらアーティを睨んでいた。
「あの人は!?」
「一体どこから?」
アーティの後ろから、ドアの隙間を通じるほのかと雫は突如として現れた人影に驚きを禁じえない。
「オレに対しては念入りに鬼門からの認識阻害。他の生徒たちは範囲型の認識阻害と完全光学迷彩魔法の併用で隠形を果たしたか」
初見ならばあるいは超一流の魔法師を相手にしても完全な形での不意討ちを成功させうる隠形を見付いてみせたアーティの顔には、その絶対優位な状況に似合わぬ焦燥があった。
(なぜこれほどまでに高度な隠形使いをたかが魔法科高校への侵攻で使うのか。しかも最先端の資料がある実技棟ではなく、戦略的価値のない部活棟に)
これほどの相手がこんな場所にいる。彼等も伊達や酔狂で魔法科高校への侵攻というテロ行為を計画したわけではあるまい。故にその人員の配置には明確な動機があって然るべきだ。
(それに、オレに対してピンポイントで鬼門を使ってきた)
鬼門を用いた精神干渉の強化は方角を用いるがゆえに一度に多数の人間に使用することはできない。収束系の魔法で鬼門を収束すれば可能かもしれないが、鬼門を用いる前に大勢の魔法師の鬼門に干渉などすればその時点で隠形は成り立たなくなる。故に鬼門は多くの場合一人の対象にしか用いることはできない。
「お前、別口だな」
少しの逡巡の後に口に出したアーティの推論に、目の前の壮年の魔法師は少しばかり目を丸くする。
「………そう考える根拠をお教え願えますかな」
土煙で薄汚れてしまった服の埃を静かな動作で払い落としながら、男は静かにアーティに問いを投げる。
「単純な話だ。有志同名の背後にいたのはエガリテ、及びその上部組織ブランシュ。しかしエガリテもブランシュもこれほどの凄腕の隠形使いを用意できるような組織ではない。その上、戦略的価値のない部室棟にわざわざ足を運びオレにピンポイントで隠形の焦点を集中させた。これらの情報から分かることは、一つだ」
「………ほう」
「
そう指摘しながら睨みつけるアーティの視線にたじろぐ様子もなく男は感心した顔で静かに拍手を始めた。
「お見事。大筋は合っている。もっとも、私は元々貴方にちょっかいを掛けに来たのではない。私の大いなる責務のため、今日は下見に来たつもりだったのです。そこで、
「余計な言葉は不要だ。お前の『大いなる責務』とやらは分かっている。その上で断っておく。オレはお前の敵だ」
目的は同じだろう、同士になれという言葉を遮り、明確な敵対宣言を告げる。
「………やはり牙を抜かれていましたか。では決裂ですね。では最後に一つだけ。貴方は私の敵ではありません」
「最後、だと?逃げられるともりでいるのか」
逃がすわけがないだろう、と呟きながらCADを操作し、男に照準を合わせる。男の周囲の空間27箇所から発射された圧縮空気弾が、男の腹、心臓、頭と四肢を抉り吹き飛ばす。
「貴方は、あの宣言をもって
およそ原型を残していないにも関わらず、男は言いたい台詞を残しその気配を霧散させた。
「………式神か」
忌々しそうに肉塊と化したかつて自分と対峙していた物体を睨むと、諦めたように振り向き、手元のCADを静かに操作し始めた。
(風水を用いた遁甲術に完全光学迷彩魔法。それに生きた人間の精神のみを取り除き式神の憑依体とする技術)
男が使った術から男の素性をある程度検討をつけることは、難しいことではなかった。
(大亜連合……すべてを変えようとするオレの前に立ちはだかるか。ならば、迎え撃つのみ)
アーティには迷いがあった。深雪が斃れ世界が滅びる未来。それを変えるためには闇雲に動けばいいというものではない。自分という本来は存在しなかった者が動けば動くほど、歴史は正史からかけ離れていく。それは世界の破滅を防ぐことになるかもしれないが、ともすれば世界の破滅を早めることになる可能性もある。歴史を知るアドバンテージを捨てることにもなる過去改変を積極的に行うことは憚られた。
(だが、同じく改変を試みる者がいるのなら、そもそも歴史は正史からオレが動かなくてもかけ離れていく)
男は去り際にわざわざ仲間の存在を示唆して行った。つまりそれは男を逃した以上アーティの存在が敵陣営全てに知れ渡ることになったことを意味するのだが、アーティにとってはその迷いが晴れたことのほうが意味が大きかったのかもしれない。
(おそらくは無駄だが………本体の居場所候補でオレが現時点で把握できているのは一箇所。保険にと聞いておいたんだが)
ここまでやっては保険だと言った自分の言葉を嘘だと取られても仕方ない。そう苦笑しながらアーティは起動式の展開を終了させる。
CADを操作し終わったアーティの身体からとてつもない規模の魔法の行使の余波が放たれる。
「工藤くん………」
「その人」
始終をドアの影から見守っていたほのかと雫が恐る恐る部室から出てアーティに声をかける。
「殺していないよ。この人は既に式神の憑依体にされていた。その時にこの人は死んでいるんだよ」
普通ならば信じられない、という場面であるが、アーティに全身を吹き飛ばされてなお喋り続けた姿を目にした2人はそれを信じざるを得ないのであった。
すでに人として死んでいたものとはいえ目の前で躊躇なく人体を吹き飛ばしたアーティの行いに動揺を隠せない二人を尻目にアーティは脅威の去った部活棟を後にしたのであった。
街外れの丘陵地帯。そのなだらかな坂道をゆっくりと下る、初老の紳士の姿があった。白いあごひげをたっぷりと蓄え、小柄な体躯とその優しい瞳から受ける印象はひ弱な老人だ。しかも、その老人は服のあちこちが焼け、擦り切れている。今力尽きても不思議ではない痛々しい風貌だが、その敵意に満ちた爛々と光る眼光は男の気力がまだまだ尽きないことを雄弁に物語っている。
「
忌々しそうに吐き捨てながら、男はその坂道をゆっくりと降っていった。
「お兄様、これは」
警察の介入を嫌い、一高戦力単独でブランシュのアジトを叩くために出動した一高実力部隊は、目的地の豹変ぶりに呆然としていた。
一高から徒歩でも1時間とかからない、街外れの広陵地帯に存在する廃工場を今回の騒動の背後にいたブランシュがアジトにしているとの情報を受けそこを叩きに来たのだが、到着した彼等を待っていたのは地下の基盤部分を残して吹き飛んでいる工場の跡地だった。周囲から立ち昇る白い煙がこの破壊がつい先刻行われたことを雄弁に物語っている。
「ブランシュのさらに背後にいる者たちによる口封じか」
深雪の問いかけに、さしもの達也もそのような推測を口にするのが精一杯だった。
自分で始末をつけ損ねたという事実は、達也に小さな苛立ちを感じさせるのには十分であった。
「これで…壬生を誑かした奴についても分からずじまいかよ」
忌々しげに吐き捨てたのは桐原。
一同が呆然としていたのもそう長い時間ではなく、ブランシュのスポンサーに先手を打たれたと打ちひしがれながらも乗ってきた車両に乗り込む。
だが、達也はブランシュの拠点を叩きに行くという話になった時に心底興味なさそうに自分は学校に残ると告げ部屋を後にしたアーティの後ろ姿を思い出していた。
これにて入学編は終了となります。次話から九校戦編になります。
よろしくおねがいします。